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第八章 人の病、人の証

ローサ・フレイアルはつくづく嫌になった。

何が嫌になったかというとまあたいした事ではない。


「貴方まさか私達の身体が目的なんじゃないでしょうね?」


仲間の命を助けてくれた礼にと、ヴァルゼ・アークは面会を快諾してくれた。

そこで事のいきさつを話し、レジェンダから頼みがあると言われた。

それを聞いていた綾女はるかの言葉があれである。

同じような考えをもっているのがここにもいた。考えというよりは若気の至りとでも例えた方が早いかもしれない。


「なんにしてもローサと絵里は命拾いしたわけだし、外ならぬレジェンダの頼みなら聞いてやるしかあるまい。なんなりと言ってくれ。」


こうなる事は予測済みだったのだろうか?ヴァルゼ・アークは意外と話のわかる男だ。

 広い応接間の真ん中に見るからに高級なソファーとテーブル。コーヒーを飲みながらレジェンダの話を聞く。

ヴァルゼ・アークの右隣には仲矢由利、左には南川景子がその周りに全員ではないがレリウーリアのメンバーがいる。宮野葵、ローサ・フレイアル、綾女はるか、九藤美咲の四人。

そして、レジェンダの前にはおそらく飲まないだろうコーヒーが砂糖を添えて置いてある。

儀礼的なものとはいえバランスの取れない画だ。


「不死鳥族の話はしたが、彼らは近いうちにフォルテを見つけ出してしまうだろう。そうなれば嫌でも戦闘になる。羽竜達では不死鳥族に勝てる見込みはない。」


「だから護衛が欲しいと?」


「願わくば。」


「………わかった。羽竜達には気付かれぬように交代で護衛をつける。」


「かたじけない。」


時代劇のような返答をするが、これがレジェンダなりの礼の尽くし方でもある。


「でもまさか貴方が不死鳥族と知り合いだったなんて驚きだわ。」


由利が足を組み替え一つの話が終えた事を伝える。


「そうだ!そういえばレジェンダ、不死鳥族に会ったの八百年前って言ってたけど、人間だった貴方の肉体が千年前の戦いから二百年ももったの?」


ローサがレジェンダとオクターウ゛の会話を思い出して疑問に思ってた事を聞く。


「ほんとなの?」


由利も興味が惹かれるらしい。


「………………………。」


「ちょっと、黙ってないで答えて下さい。都合が悪くなったらだんまりっていうのは受け入れられません。」


「………………………。」


「あのですね、いいですかレジェンダ?仲矢司令が………」


「まあ待て景子。」


景子は悪気があるわけではなく、なんとかヴァルゼ・アークに褒めてもらいたくてつい張り切ってしまうだけなのだ。

これも若いからこその成せる技だろう。


「しかしヴァルゼ・アーク様……」


「言いたくない事もあるだろう。肉体こそ無くても彼もまた人。心というものがある。それを下手に勘ぐるのは感心しないぞ?」


若干十四歳の女の子に刺の無いように言い聞かせる。


「すいません………」


ヴァルゼ・アークに言われてしまっては頑固な景子も退くしかない。


「総帥の言う通りよ、ローサと絵里を助けてもらっただけでも感謝しなくちゃ。」


九藤美咲が景子だけでなくその場にいるメンバーに言い聞かせる。


「ヴァルゼ・アーク、何故羽竜に解空時刻を?」


親切にレジェンダを気遣った美咲の台詞は無視されてしまう。

レジェンダの性格を知っている羽竜なら気にも止めないのだろうが、美咲達は顔を引きつらせる。


「なあに、天界では世話になったからな。その礼だよ。」


ソファーの後ろに腕を回し余裕の笑みで返す。


「羽竜にくれた解空時刻はお前さんの友達から奪ったものだ。気にするな。」


「リスティの事か?」


「天使達がフラグメントを探すのにリスティを利用していたようだ。おそらくミカエル達はリスティがどうやってフラグメントを探し当てるのかはわかってなかっただろう。知られてしまえばリスティは用済みになってしまうから彼も必死だったはずだ。全くあざとい奴だよ。」


「あいつは昔からああいう奴だよ。頭だけはいいのだがな。」


あんな奴でも褒めるところがあるくらいだから相当賢い頭脳の持ち主なのだろう。


「そろそろ失礼する。邪魔をした。」


「気にするな。お前も聞きたい事があるかもしれないが、お互い今はやめておこう。そんな事より不死鳥族との戦いは避けたいところだったのだが………」


はるかがドアを開けレジェンダをエスコートする。


「策はあるのか?」


「……死ぬ気で戦うだけだろ。」


ニヤリと笑う。余裕の笑みとは違う印象を受ける。その真意はヴァルゼ・アーク一人にしかわからない。

レジェンダなら瞬間移動でその場から行きたい場所へ行けるはずなのだが、わざわざ玄関まで見送られてレリウーリアの屋敷を跡にする。


「葵。」


「はい。」


「早速今日から羽竜の護衛に回ってくれ。」


「わかりました。」


「相手はローサと絵里を手玉に取る程の戦士だ。戦闘は避けろ。」


「了解しました。」


準備するまでもなく瞬間移動で消えた。羽竜の元へ向かったのは言うまでもない。


「不死鳥族が出てくるとは思ってもみなかったのでは?」


「フッ………鬼が出ても蛇が出ても全ては俺の手の中さ。」


由利の問い掛けに軽くウインクして応えて見せた。














「ヴァルゼ・アークの世話にはなるつもりはない!」


あまり受け入れられない申し出だった。不死鳥族にいつまた襲われるかもしれない。オクターウ゛に羽竜の家をわかってしまった。

身を隠すにしてもどこへ行けばいいのかわからない。

そこでレジェンダが提案したのがヴァルゼ・アーク達にかくまってもらうという内容だ。

蕾斗とあかねはすんなりOKした。

ただ羽竜は頑なに拒む。

素直になれないところを見るとヴァルゼ・アークに対しての意地なのだろう。

なんの意地かは本人に直接聞かなければわからないが。


「羽竜君は意地っ張りだなあ。」


いつもの事だから蕾斗もそんなに強く羽竜を推さない。


「ならこのままここに留まるのか?」


今日のレジェンダはやけに頑固だ。

羽竜に食ってかかる。


「ヴァルゼ・アークは俺達を敵だって言ってるんだぜ?大体なんでヴァルゼ・アークに相談なんかするんだよ!お前はどっちの味方なんだ!?」


「…………話にならんな。」


二人のやり取りを見てるとレジェンダが焦ってるのがわかる。

いつもならこんなに食い下がる事はない。

フォルテもあかねも口を出せる雰囲気ではないと出てくる結果を待つしかない。


「羽竜君、少し冷静になりなよ。そんな言い方しなくても…………レジェンダは僕達の事を思って…………」


「嫌なものは嫌なんだ!」


「じゃあどうするんだ?わがままを言うのは勝手だがフォルテの事も考えてやれないのか?」


まるで親子喧嘩だ。


「だったらお前らだけで行けよ。」


ぷいっと横を向き絶対に気持ちが変わらない事をアピールする。


「……………わかった。フォルテ、蕾斗、あかね、お前達は私と一緒にヴァルゼ・アークのところへ行こう。」


聞き分けのない羽竜に愛想を尽かしてフォルテ達を連れて行こうとする。


「レジェンダ………気持ちはうれしいけど僕は羽竜とここに残るよ。」


「フォルテ………」


レジェンダには理解し難い言葉だった。


「オクターウ゛はまたお前を狙って来るぞ?」


「うん。それでもここにいたいんだ。」


「どうして?」


あかねはレジェンダの意見に賛成だったからフォルテの意思が読めない。


「夕べ羽竜が戦ってるのを見て思ったんだ。逃げ回ってもそれはその場凌ぎでしかない。いずれ捕まってしまうって。だったら僕も戦う。僕は剣も魔法も使えないけど、それでも戦う。僕の為に羽竜達が戦ってくれるのなら、僕も羽竜達の為に戦う。そして羽竜達のこの世界を守るんだ。」


「フォルテ君………」


「言ってくれるぜ。」


「ありがとう、フォルテ。」


あかねも羽竜も蕾斗もフォルテの言葉に胸を打たれる。


「フォルテ、それでいいのか?不死鳥族は掟を破る者に対して容赦なく罰する。捕まってしまえば間違いなく死罪にされるぞ。」


ただコクリと首を動かす。


「ねぇ、レジェンダはどうしたいのさ?羽竜達をオクターウ゛から守っても、近いうちに不死鳥族の戦士達が攻めてくるよ?人間達は兵器ってのを使っても不死鳥族には勝てない。十日。十日あればこの世界は火の海になる。そうなったら羽竜達を守る行為はただの延命措置にしか過ぎなくなるんじゃない?ほんの僅かな時間悪戯に延命させるだけなら、残りの命を燃やし尽くす方を僕は取る。」


「……………フッ。デカイ口を叩きおって。成長したなフォルテ。」


「僕を………知ってるの?」


「ああ。八百年前に一度、不死鳥界に訪れた時にまだ幼いお前と会っている。」


「何しに不死鳥界になんて行ったんだ?」


羽竜にとっては特に驚くような事ではない。レジェンダの存在そのものが不思議不自然なのだから。


「たいした用ではない。」


これもいつものレジェンダ。

答えに期待はしてなかった。


「でもフォルテの心意気は感動したぜ。お前にそこまで言われたら、不死鳥族に人間が滅ぼされるか、俺達がまた奇跡を起こして不死鳥族に勝つか、戦いぬくしかないよな。だろ?レジェンダ。」


レジェンダ自身してやられた気分だろう。

羽竜達と出会ってから守りに入る自分を引きずり出される。いや、少し言い方が悪い。前向きにさせてくれると言った方が正しいのかもしれない。


「……………その情熱は己の身を焼く事にも成り兼ねんぞ?覚悟はあるのか?」


「心配し過ぎなんだよ。今世界を救えるのは俺達しかいない。悪魔に任せておけるかよ!ぐたぐた言っても始まらねー!トランスミグレーションの使い手は伊達じゃねーよ!」


「いつもながら羽竜君は強引だね。ま、そこが魅力的なんだけど。だよね?吉澤さん。」


「ななな、なんで私に振るの?そりゃまあ……いいとこだとは思うけど……。と、とにかく、私もエアナイトの力があるし、何もしないで死ぬのはごめんだもん。出来る事は全てやってから死にたいじゃない。」


「じゃあ決まりだね?僕達は僕達で戦う!レジェンダ、異論は?」


自分は果たして羽竜達と同じくらいの歳の時、望みのない戦いに闘志を燃やせていただろうか?

千年という月日は若かった自分すら思い出せない壁となる。

でも、例え若かった自分が羽竜達とは違う性格をしていたとしても、今彼らの情熱は間違いなくレジェンダの闘志に火を付けつつあった。


−悪い癖だ。何かに理由をつけて守りに入る。あがいて初めて見えてくるものもある。それを天使との戦いで学んだではないか。私は………−


四人の視線はレジェンダに注がれる。


「私は…………お前達と運命を共にしよう。どんな運命が待ち受けていても、羽竜、蕾斗、あかね、フォルテ、お前達とならどこまでも行ける気がしてきたよ。」


「ビーッ!」


「フフ……そうだな、お前も仲間だったなフランジャー。」


人はどんなに偉い人間だって過ちを犯す。その度にもう二度と過ちを犯すまいと誓うが、それでも時間が立てばまた過ちを繰り返す。

レジェンダもその一人だ。

永い時間を存在し続けてきた彼は、確率という物差しでしか物事を計れなくなってしまった。

それは彼が数多の歴史の中から感じとった事だ。

確率で人の心までは計れない。そうわかっていたはずなのに、どうしても知らず知らずのうちにまた過ちを繰り返す。

しかしその過ちは、レジェンダもまた人である事の証でもある。

そしてその過ちを正しい方向へと導いてくれる仲間達がいる。

 最も不幸な事は過ちを繰り返す事ではない。人でいられなくなる事だ。

かつて偉人はそう言った……


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