第四章 届かない声
不死鳥族は暑さには強いらしい。気温は既に三十六度。アスファルトの照り返しなんかで体感温度は四十度近くはあるだろう。この暑さの中をはしゃぎ回る体力には脱帽する。
「ほら!羽竜!あかね!蕾斗!早く来なよ!」
自動車を見ては感動し、テレビを見ては感動し、アイスクリームを食べてはまた感動。フォルテにとってこの街の全てが感動になっているようだ。
それに付き合わされてる三人はたまらない。
「なんなんだよアイツ………」
「不死鳥族ってタフなんだよ、きっと。」
羽竜と蕾斗は朝から振り回されてへとへとになっている。
「でもあの雛鳥が不死鳥だなんて………成長したらやっぱり漫画みたいになるのかな?」
羽竜から話を聞いてあかねはフランジャーに興味をそそられていた。
「今はそんな事どうでもいいよ、少し休もうぜ………死んじまうよ……」
「僕も羽竜君に賛成…………あそこのカフェに入ろうよ。なんか冷たい物が飲みたい……」
「確かにこの暑さは私達にはキツすぎるもんね。」
そう言ってフォルテを呼ぶ。
「フォルテく〜ん!少し休憩しよ〜〜!」
あかねの呼び声に大きく頷き人込みの中を走ってくる。
「あかね、休憩するのか?ならハンバーガーが食べたい!!」
羽竜の家で口にして以来大好物になったらしい。
中でもテリヤキバーガーがお気に入りだ。
「毎日毎日ハンバーガーばっか食えるかよ!」
特別、羽竜は料理が好きなわけではない。いつもは自分一人食べる分だけ簡単に作るから造作ないが、フォルテが来てから二人分作るのが面倒でフォルテの好きな物を与えようかと考えていた。しかしフォルテの口から出てくる言葉は毎日『ハンバーガー』しかない。
羽竜はさすがに毎日ハンバーガーは食べてはいないが、正直見るのもうんざりしていた。
「だってハンバーガー美味しいよ!」
「だってじゃねぇ!!金払うのはこっちだぞ!!決定権は俺にある!!」
偉そうに腰に手を当て胸を張る。
「…………あかね、僕ハンバーガー食べたい!」
「しょうがないなあ。一つだけよ?毎日じゃ栄養偏るだろうから、サラダも付けるからちゃんと野菜も食べてね。」
「あかねは優しいね。きっといいお母さんになるよ!その時は僕がお父さんだね!」
「え……!」
無邪気なフォルテの申し出にユデタコみたいに真っ赤になる。
「もうやだ!お母さんなんてまだ先よ!」
「そうなの?不死鳥族ではあかねくらいになったらお母さんになれるよ?」
「バ〜カ!吉澤がお母さんだあ?へっ、その前に嫁の貰い手がいねーよ!」
けらけら笑い飛ばす羽竜のボディに強烈な一撃がお見舞いされた。
「見てらんないよ………」
蕾斗が暑さプラス呆れて溜め息を漏らす。
うるさい三人を横目で見ながらいつになったら喉を潤せるのか考えていた。
「オクターウ゛が必ずやフランジャーを連れ戻す事でしょう。それまでしばしご辛抱を。」
長いあごひげを伸ばした老人が噴水に腰を掛け、水の中の魚に餌をやっている金髪の男に話かける。
「オクターウ゛が行ってるのなら心配は無用だな。」
宝石ような青い瞳が穏やかな表情を見せている。
「フォルテ様はどうなされますか?」
あまり聞きたくはなかった。が、無視する事も出来ないのでなるべく柔らかく聞く。
「………どんな事情があろうと不死鳥を盗むなど言語道断。重罪につき裁判を執り行う。生かして捕らえよ。」
「ははっ。」
これ以上突っ込んだ話はしない方がいいと判断する。
男は黙って魚に餌をやる行動を続けている。
周りには噴水の音と小鳥の囀りしか聞こえない。
その心和む静寂を裂くように足音が聞こえてくる。
「ルバートか………」
男が後ろを見る事なく足音の主に声をかける。
「タセット、外してくれ。」
足音の主に名前を呼ばれ一礼をしてその場を去る。
「何用だ?」
相変わらず後ろを見る気配はない。
「スタッカート、考え直してはくれないか?人間界を破壊しても何の解決にもならないはずだ。トレモロも心配している。」
足音の主の問い掛けに少し沈黙を落とす。
手の平の餌を全てやり終え、手をはたく。
「またその話か…………何度も言ったはずだ、我々の世界は人間界の影響を直に受けやすい。それが今顕著に出てるではないか。北東の空はここ数日陽を射していない。揚句木々も生気を失いつつある。人間界のクズ共の為に我々が苦しむのは耐えられん。違うか、ルバート。」
そう言うと初めて振り向きルバートを見る。
「違うな。確かに人間界の影響は受けやすいが、人間界の環境汚染は今に始まった事ではない。それにここは結界を張っている。こんなにすぐ影響が出てくる事はない。もっと何か別の原因があるはずだ。お前にはわからないのか?」
頑ななスタッカートに苛立ちを覗かせる。
「わからんな。」
ルバートから目を反らし立ち上がる。
「どのみち人間界には用がある。」
「フォルテとフランジャーか?」
「それは別の問題だ。お前も聞いただろう?人間界にはオノリウスの魔導書とかいう書物があるらしい。そこには伝説のインフィニティ・ドライブを手に入れる方法が記されているらしいと言うではないか。しかも既に天使と悪魔がその封印を解く為の鍵を争って悪魔が勝利したという。悪魔など相手ではないが、ヴァルゼ・アークは厄介な奴だ。奴らがフラグメントを全て集めてしまう前に手は打たねばならぬ。」
「それが本音か?」
「ルバート、わかってくれないか?私はこの世界を守る義務がある。手段は選ぶものではない、生み出すものだ。」
スタッカートが手を伸ばすと手の甲に小鳥が停まる。
「不死鳥王の名が泣くぞ。」
「かまわん。オノリウスの魔導書さえ手に入れれば環境汚染に悩まされる事もない。ましてインフィニティ・ドライブが本当に存在するのなら、他の種族に好き勝手させずに済む。それがいけない事か?」
小鳥の頭を左の人差し指で優しく撫でてやる。
「変わったな………昔はもっと純粋だった。それが………今は野心の塊にしか見えん。」
昔はもっと通じ合う仲だったのだろう。意見が食い違っても腹を割って話せば互いに理解し合えた。だが今はどんなに語りかけてもルバートの声は届かない。
「ルバート、外ならぬ親友だから黙って聞いてるが、これ以上私を愚弄するなら…………」
スタッカートの逆立つ『気』に小鳥が逃げて行く。
その後ろを何も言わず見守る。
「兄さん!」
二人の気まずさを知らずに一人の女性が声をかける。
「トレモロ………何しに来た?」
「何しにって………来てまずかった?」
「……………………。」
調子を崩され無言で立ち去ろうとする。
「ちょ………兄さん?」
少し進んで足を止める。
「スタッカート、俺は諦めん。必ずお前を止めて見せる。」
止めていた足をまた動かして城の中へ入って行った。
「スタッカート、兄さんと何かあったの?」
何となく気まずい雰囲気に気付いて心配する。
「トレモロ、悪いが一人にしてくれないか?」
トレモロの心配を余所に冷たくあしらう。
「ご、ごめんなさい。それじゃ……」
来てはいけないところへ自分が来た事に気付き足早にルバートの後を追って行った。
「…………野心の塊?何が悪い。国を愛する心に野心を求めて何が悪い!分からず屋め!」
抑えていた気持ちが圧し出てくる。
届かない声にもどかしさを感じていたのはスタッカートも同じだった……………