第四十四章 ヒーローは遅れてやって来る
「神さえ超えるか……………」
ヴァルゼ・アークは至って冷静だった。
ジャッジメンテス達はまだ指示を受けていない。
ベルゼブブ達がピンチだと言うのにこの冷静さは何処から来るのか……?
答えは全員わかっている。
その気になればルバートに負けるわけがないと。
いつでもベルゼブブ達を助け出せる絶対的な自信がヴァルゼ・アークにはあった。
「サマエルも城の中にいたのだな?」
これはサマエルと直に話しているサタンに向けられたものだ。
「はい。この目で確認しています。直接会話もしました。」
城の中でのサタンの『軽さ』もヴァルゼ・アークの前ではそのプレッシャーに勝てない。
「……………羽竜は?」
「わかりません。ルバートの元へ向かっていると思われますが…………」
リリスが代表して答える。
「………お前達はあのルバートの強さ、どう見る?」
ヴァルゼ・アークにもルバートの強さが異常である事はわかっている。
不死鳥神オブリガードが軽くあしらわれてしまうのだ、実際問題として有り得ない。
ここから戦いの様子は肉眼では確認出来ないが、感じるオーラから中の様子を知る事はたやすい。
「正直、ルバートの実力だとは思えません。何か裏がありそうだとは思いますが………」
ジャッジメンテスにも不可解な事はわかるが、それだけで他に思い当たる事は何もない。
「………………俺には今のルバートが柩の従者にしか見えないのだが………」
ヴァルゼ・アークの言葉にハッとする。
「柩の従者………犠牲の柩をかけられているとおっしゃりたいのですか?」
言われてみれば症状というか雰囲気は似ているし、彼の変わり果てた性格もそれならつじつまが合う。
「俺達の知る犠牲の柩とは少し異なるが、紛れも無く犠牲の柩だ。」
「だとしたら改良されたと考えるのが打倒なのでしょうか?」
魔法を改良するなんて荒業は余程の知識がなければまず不可能だ。
「ジャッジメンテス、すぐに重力レンズの準備にかかれ。リリス、サタン、アシュタロトはベルゼブブ達の救出の後ジャッジメンテス達と合流して同じく重力レンズの準備だ。準備出来次第発動しろ。」
「「了解しました。」」
それぞれが最後の任務に取り掛かる。
「バルムング、フラグメントを持っていてくれ。」
「わかりました。預からせて頂きます。」
ヴァルゼ・アークからフラグメントを受け取りジャッジメンテス達の後を追う。
「ルバート…………お前の負けだ。お前は羽竜には勝てん。」
レリウーリアの中でヴァルゼ・アークを除けば一番実力があるのはもちろんジャッジメンテス、次はリリスかベルゼブブだろう。
そのベルゼブブが気を失って倒れている姿は複雑だ。
「仲間か。」
見れば一目でレリウーリアである事はわかる。
ルバートの言葉の意味は、援軍かどうかを自分に確認した言葉だ。
「ベルゼブブ、しっかりして。」
痛む頭を押さえながらリリスに起こされ、自分が気を失っていた事に気付く。
「副司令…………私………」
ゆっくり気を失う前の事を思い出す。
「悪魔が何人来ても何も変わらない。ヴァルゼ・アークはどうした?私とトランスミグレーションの使い手との戦いを見守ると言っていたが………?それとも気が変わってお前達に私を殺させに来たか?」
「そうしてやりたいのは山々だけど、ここは退散させて頂くわ。」
ベルフェゴールとシュミハザを両肩で支えたアシュタロトが戦う意思はない事を伝える。
憂いを持ったルバートの瞳も、アシュタロト達には嫌みにしか見えない。
不死鳥神さえ手玉に取る力に溺れている。
「退散?ハハハハ!逃げられると思うのか?」
「調子に乗りやがって………」
ベルゼブブは歯を食いしばり、今すぐにでも殴ってやりたい気持ちを必死に抑える。
リリス達がいなければ勝ち負けに関係なくそうしていただろう。
彼女達が来たという事は作戦が終盤を向かえたという事。
自分の欲求は捨てなければならない。
「不死鳥王、心配しなくても貴方のお相手が来たわ。」
朦朧としているナヘマーを支えながらルバートの様子を伺っていたが、それも終わる。
サタンの胸に安心感が生まれる。
「随分遅かったわね…………」
ベルフェゴールも待ちくたびれた様子で微笑を浮かべる。
「ヒーローって、遅れてくるものなのよ。」
ここを任せるに相応しいかどうかはリリスには計り兼ねるが、ヴァルゼ・アークが目をかけるほどの少年。
今は頼ってもいいかもしれない。
「うっ……………目黒君…………」
まだはっきりしないナヘマーの意識の中に羽竜のオーラを感じる。
雑で……スマートじゃなくて……炎よりも熱い。それでいて触れたら壊れそうな繊細で優しいオーラ。
とにかく全てが極端な羽竜のオーラはナヘマーには受け入れ難い。
でも今回だけはリリス同様に頼ってやる。
そして羽竜がやって来た。