第四十三章 誤算
「遅くなったけど…………問題はないみたいね。」
ジャッジメンテスがベルゼブブの築き上げた死人の山を見て思わず苦笑いする。
「こういう事するのは誰かしらね。」
悪戯な笑みでアドラメレクが呆れ果てる。
誰がやったかは一目瞭然。
メンバーの中で一番残忍なのはベルゼブブしかいないのだから。
「司令、城の上の方が何やら騒がしいみたいですけど?」
ティアマトに言われ全員が上から漏れるオーラを感じ取る。
「…………目黒羽竜でしょうか?」
アシュタロトがひょいと窓から顔を出して確認する。
確かに凄まじいオーラを感じるが、人間のオーラとは違う。
「嫌な予感がするわ。急ぎましょう。」
ジャッジメンテスの合図で全員が走り出そうとした時、前方の闇からユラリと人影が見える。
「司令……………」
ジャッジメンテスの横でアシュタロトがロストソウルを構えると、他のメンバーもロストソウルを構える。
「あっ、みんな!!」
「「サタン!!!」」
ジャッジメンテス達の緊張感を一気に払拭してしまうようにのほほんとしながら歩いて来た。
「何やってんの、あんた!?」
アシュタロトの言い分ももっともだ。
「何って…………待ってたんじゃない、司令達を。」
「何かあったの?」
ジャッジメンテスがサタンの雰囲気を読み取る。
あまりいい知らせではないだろう。
「司令、不死鳥神が現れました。」
「不死鳥神…………」
なるほど、それはただ事ではない。
「でもおかしな事にルバートと戦っているみたいです。」
「ルバートと?」
「はい。理由はわかりませんけど。今ベルゼブブ達が事の成り行きを見守っています………どうしましょう?」
手の甲を顎に当て少し考え込む。
理想は相打ちなのだが、間違ってもルバートが勝つ事はない。
それに羽竜達の事も気にかかる。
今回はヴァルゼ・アークから羽竜達の警護を命じられている。警護といっても、本当にヤバイ状況の時だけ手を貸せばいいだけだからその辺はベルフェゴール達が自分達で判断を下すだろう。
でも不死鳥神と羽竜達が戦ったら?
それはさすがにベルフェゴール達だけでは無理だ。
一緒にベルゼブブがいるようだが、それでも旗色は悪い。
成り行きを見守っているという事はまだ羽竜は生きているのだろうけど。
−問題ない?問題大有りじゃない。−
微動だにしないジャッジメンテスに不安が集中する。
「それにしてもまた派手にやったわね〜、あの人。」
サタンの目は死人の山に集中している。
「サタン、あんたは緊張感なさすぎ!司令が考え事してるんだから!」
ひそひそとアスモデウスに諭される。
この軽さが彼女のいいところでもあり、悪いところでもある。
「…………総帥のところへ行きましょう。私の独断では行動出来ないわ。」
結論は至極真っ当なものだった。ここまで来て失敗は許されない。
不死鳥神と不死鳥王が戦っている……………何故?
不死鳥神は不死鳥族の象徴、ヴァルゼ・アークと同じ立場の人物だ。
その代理人とも言うべき不死鳥王と戦う理由など何処にもないはず。
ましてや、その存在を確認した者は神々の中にもいない。
「急いで!」
ジャッジメンテスの号令に頷き全員が窓から飛び出して行く。
−誰にもヴァルゼ・アーク様の邪魔はさせないわ−
「覚悟が必要だったのは貴方の方だったようだな。」
「何だこの強さは………!尋常じゃない……!」
フォルテの肉体を借りてるとはいえ、ルバートにまるっきり歯が立たない。
「フフ………私は神を超える。いや、超えた!もはやヴァルゼ・アークでさえ恐るるに足らず!」
「ぐっ…………不死鳥神でも勝てないなんて…………」
蕾斗の本能がこれ以上ルバートに関わるべきではないと警告するが、フォルテを殺されて黙って引き下がるわけにはいかない。
勝てないまでも一矢報いたい。
「虫けらが……まだ生きていたか。消えろっ!!!」
立ち上がろうとする蕾斗にレーザーのような魔法を放つ。
「させないっ!!!」
魔法が弾かれる。目の前に誰かいる。
蕾斗とルバートの間に割り込んだのはベルゼブブ、ベルフェゴール、ナヘマー、シュミハザだった。
「貴女達は…………!」
「ライ君、大丈夫?」
ベルフェゴールに支えられなんとか立ち上がる事が出来た。
反対側にいるあかねのところにナヘマーが瞬間移動し、肩を貸して起き上がらせる。
「新井さん…………」
「勘違いしないでね、今だけは特別に休戦よ。」
「お前達は悪魔…………手助けしてくれるのか?」
神であるオブリガードが助けを期待しているのは意外ではあったが、ルバートの強さを見ればわからないでもない。
「手助け?ハン!そんな気は全然ないわ!私達はこの少年達を守るように言われているだけよ!」
沸々と沸き上がるルバートへの好奇心を抑えるのがやっとのベルゼブブはオブリガードの事など眼中にはない。
「それでも構わない。彼らを連れて逃げてくれればいい。」
「チッ…………命令すんなよ。」
舌打ちをして不快感をあらわにする。ベルゼブブはただでさえ機嫌が悪い。
満足出来そうな相手が目の前にいるのに戦う事は出来そうにないからだ。
あくまでも任務が優先される。
戦ったところで勝てそうにもないが。
「それは悪かった。だが猶予がない。」
オブリガードはフォルテを大切に想ってくれた蕾斗達を助けられればそれでいいと思っている。
「待って!不死鳥神、僕は逃げないよ。フォルテを殺されたんだ、仇を取らなきゃ友達だなんて言えない!」
「そうよ!私も逃げるなんて嫌!」
「蕾斗、あかね、君達の想いは十分にフォルテに伝わっている。戦う事が友情の証などと思うな!」
蕾斗とあかねの熱い想いはオブリガードを通してフォルテの魂に触れている。
死してもなお、蕾斗達を案ずるフォルテの想いも同じ。
「ライ君、意気がるのも結構だけれど死んでしまっては何にもならないのよ。」
「千明さん…………」
「駄々をこねても力ずくで連れてくから。」
こんなに真剣な千明の顔は初めて見る。ベルフェゴールとして申し分ない実力を振るう彼女でさえ不死鳥王を恐れている。
「ハハハハ!逃げる逃げないは勝手だが、逃がす気はない。全員消す!!」
−………ヴァルゼ・アーク様、お許しを………−
ベルゼブブが一人勇ましくルバートの前に立つ。
「何の真似だ?」
「知れた事、時間稼ぎをするのよ。」
「…………笑えぬ冗談はやめるのだな。」
「ベルフェゴール、ナヘマー、シュミハザ、二人を連れて逃げて!」
「…………わかった。行きましょう、ナヘマー、シュミハザ!」
ベルフェゴールはベルゼブブの気持ちを無駄にするつもりはない。
妹分のナヘマーとシュミハザに声をかけ意思を確認、その場を立ち去ろうと試みる。
「レジェンダはどうするのですか?」
魔法で身動きの取れない、喋らないところを見ると意識がないのかもしれない。
「放って置きなさい。レジェンダまでは面倒見切れないわ。」
シュミハザの問いは却下。ベルフェゴールに冷たくあしらわれる。
「さあて、行くよ?不死鳥王の坊や!!」
カッと目を開いて青く光らせルバートに突っ込む。
そして凄まじい勢いでロストソウルとルバートの剣が衝突を繰り返す。
「今よ!」
ベルフェゴールがナヘマーに合図を出して逃げようとする。
「逃がす気はないと…………言ったはずだ!!!!」
ベルゼブブの攻撃をかわすのも面倒と、オーラを全開にして衝撃波を起こす。
「まずっ……!!」
避ける暇すらなかった。
ルバートのオーラはその場にいた全員を襲い、ベルゼブブを始め、オブリガードですら大ダメージを受けるハメになる。
「ぐはっ!!な、何なんだ…………ルバートのこの強さは…………」
神であるオブリガードですらこの様。一番近くにいたベルゼブブは気を失ってしまっている。
「弱すぎて話にならんわ!残るはトランスミグレーションの使い手だけか………早く来い!トランスミグレーションもろとも灰にしてやる!!」
ルバートの背中からは炎の翼が八枚現れ、自身の肉体も変化をする。
燃えるようなオーラは彼の自信を表しているように不死鳥界を包んで行く。