第四十章 ラストラリー
フォルテを無事救出し、次はフランジャーを救出に向かう。
誰も口にはしないが、フランジャーを救出するという事は不死鳥王となったルバートと戦わなくてはならないかもしれない。
可能ならば話し合いで解決したいのだが………。
「この階段から直接フランジャーのいるところまで行けるはず。」
てっぺんが見えないほど螺旋階段が続いている。
フォルテはフランジャーのいる場所を指し示し羽竜達を先導する。
「そうすんなり行けると思うな。」
螺旋階段の下からオクターヴが姿を表す。
「オクターヴ………」
羽竜には一目でわかった。
剣を交えた者にしかわからない雰囲気………決着をつけに来たのだと。
「羽竜、俺と最後の勝負をしろ。NOとは言わせんがな。」
「受けて立ってやる。」
両者の間に入る隙間はない。
止めても無駄だと蕾斗達は判断、アイコンタクトで羽竜に先に行く事を告げると螺旋階段を駆け上がって行った。
「これでいいんだろ?」
「フフ……物分かりがいいじゃないか。」
前に二度、オクターヴ剣を交えた時はこんなに落ち着いた雰囲気の持ち主ではなかった。
刺々しかったというか自信に満ち溢れていたというか、今のオクターヴからは恐怖すら感じる。
「一度目は完敗だった、誰かは知らないが助けてもらわなかったらとっくに死んでいた。二度目は俺の勝ちだった。トランスミグレーションの力があったおかげだけどな。」
「謙遜するな、お前は強い。トランスミグレーションがあろうがなかろうがな。だから不死鳥族の戦士長としてではなく、一人の戦士として………男としてな。」
「そこまで言われると光栄だぜ。オクターヴ、あんたの気持ちに応えてやる!」
「そうでなくてはつまらん。見るがいい、俺の覚悟を!!」
オクターヴが二度目の時と同じように変身する。
そして、ライト・ハンドにかけられた術を発動する。
「ウオオオオオオオッ!!!」
「こ、このオーラは……!!」
オクターヴから溢れ出るオーラ、以前これと同じオーラを感じた事がある。
邪気に塗れたこのオーラは………
「まさか……犠牲の柩……!?」
「さあ、かかって来い!俺の魂をもって相手をしてやる!」
戸惑いが残る。オクターヴから感じるオーラは間違いなく犠牲の柩のそれだ。
「そうまでして俺を倒したいのか……………いいさ、やってやる!!」
トランスミグレーションを握る拳に力が入る。
後戻りは出来ない道をオクターヴは選んだ。己のプライドを賭けて。
トランスミグレーションとオクターヴの愛剣ケツァールがこれでもかというほど火花を散らす。
「オクターヴ、あんた犠牲の柩がどんな魔法か知ってるのかよ!?」
「……………犠牲の柩?なんの事だ?」
「あんたにかけられた魔法の事だよ!その魔法をかけられたら例え俺に勝っても、あんたも命を落とすんだぞ!?」
ライト・ハンドにかけてもらった魔法をどういうわけか羽竜が知っている。
「なるほど、犠牲の柩と言うのか…………自らの命を犠牲にして能力を高める。かけられた時点で柩に入れられているも同然というわけか…………よく考えたネーミングだな。」
羽竜には理解出来ない。強大な力を得る為に寿命を一気に減らす…………等価交換と呼ぶにはお粗末過ぎる。
「頭でもおかしくなったのか?笑ってる場合じゃないだろ?」
「ハハハ!何を言うかと思えば………羽竜よ、お前には勝ちたいと思える男はいるか?」
「……………ああ、いる。」
ヴァルゼ・アーク。羽竜は彼には勝ちたいと思っている。
剣を交えた事はないが、負けたくないと思っている。
でも犠牲の柩を使ってまで勝ちたいとは思わない。
勝っても負けても死んでしまうのなら、何の力も借りずに自分の力だけで負けて死んだほうがマシだ。
「でも俺は自分の力だけでそいつに勝ってみせる!魂を売るような真似はしない!」
「フッ…………ならばその心の強さ、見せてみろっ!!」
ケツァールを力いっぱい振り回す風圧で羽竜の頬に身体に傷をつける。
もはや力押しで勝てる相手ではない。
「どうした!羽竜!そら!そら!そら!」
一時間…………実際は後数十分だけしか生きられない。オクターヴは羽竜との最期の戦いを楽しんでいる。
この快楽の為に全てを棄てたのだろう。
「くそっ!!」
ケツァールがトランスミグレーションにぶつかる度危うくトランスミグレーションを落としそうになる。
なりふり構わず抵抗するが今のオクターヴには羽竜の考えてる事など手に取るようにわかる。
「はあっ!!!」
羽竜の下腹を拳で突き上げる。
白目を剥くほどの衝撃が脳に響き、そのまま壁に激突する。
「ぐっ……………………!」
「限界が見えたな、羽竜……。今、楽にしてやる………」
目が霞んでオクターヴの姿が定まらない。
そんな羽竜に対して無常にもケツァールが振り上げられる。
「心配するな、俺もすぐ行く。あの世で待っていろ。」
振り上げられたケツァールが迷いなく重力に従う。
「…………ち、ちく……しょ………う………」
あがきたくても身体が言う事を聞かない。
「……………フッ、また邪魔をするのか?」
オクターヴがケツァールを止めて話しかける。羽竜に話しかけてるようではない。でなければオクターヴの言葉の意味がわからない。
「生憎、そいつを倒すのは俺の役目でな。お前に譲るわけにはいかん。」
銀色の鎧が僅かに差し込む月明かりに照らされ、その反射する光がオクターヴにケツァールを止めさせた男の顔をさらす。
「…………お………お前は…………サマエル!!!?」
驚く羽竜に満足したのか、サマエルがニヤリと笑う。
「サマエル?聞いた事がある名前だな………………まさか貴様、天使か…?」
「いかにも、翼は失くしたが紛れも無い天使だ。」
人々が想像するような天使とはまるで違うサマエル。
最後のイグジスト、カオスブレードを肩に乗せて現れる。
「羽竜、最初の戦いの時にお前を助けたのはこいつだ。」
オクターヴに言われるまでもなくサマエルが現れた時点で想像はついた。
「おいおい、別に助けたつもりはない。ただ俺もお前と同じで羽竜には何度か痛い目に合わされてるからな、他人に倒されるのが嫌なだけさ。」
「やり合う気か?勝てると思うってるわけじゃあるまいな?」
「卑怯者に負けるほど落ちぶれてはいないつもりだが?」
オクターヴもサマエルも引く気はない。
羽竜に戦士としての誇りを粉々にされたという共通点、だからこそ避けられない戦いだと知る。
「卑怯者だと………?」
オクターヴの残る命の灯は十数分。思わず舌打ちが出る。
「クックッ……自らの力のみで戦えない奴など卑怯者の何者でもない。」
強大とはいえ、揺らぐオクターヴのオーラから勝利を確信するサマエル。
勝負は一瞬、最後まであがき通すか?潔い最後を迎えるか?
……………決まっている。
ここであがかなければ、犠牲の柩を受けた意味がない。
羽竜は倒せず終いになるが、彼の記憶に生き様を植え付けられる。
「堕天使め………………」
「運の無いところは共感してやるよ。」
自分が現れた事でオクターヴは焦っている。
羽竜との会話は聞いていたが、言葉通りオクターヴにはつくづく共感する。
かつて自分も運に見放されていたから。
「待てよ………サマエル、オクターヴ…………俺は………まだ……やれる!」
ふらつく足を庇いながらトランスミグレーションを手に取る。
「悪いが予定変更だ。残る命、この堕天使にぶつけてやる。」
「光栄だな、魂共々吹き飛ばしてやろう。」
カオスブレードとケツァールがキラリと光り、準備が整った事を示す。
「羽竜………俺がたった一人認めた男よ。よく見ておけ、不死鳥族戦士長オクターヴの最期を!!!」
命の灯を全開でサマエルに立ち向かう。
「まるでラストラリーだな。来い!オクターヴとやら!!貴様の命の灯、俺が消してやる!!」
羽竜には二人のぶつかり合う姿がスローモーションで見える。
たった一回…………それでも羽竜にはサマエルとオクターヴの技術の高さを垣間見た。
そして、自分が今までこの二人に勝てた事に奇跡にも似た感覚を感じる。
「ぬおおおおっ!!」
まさに鬼と呼ぶに相応しい形相でサマエルと剣を交える。
「タイムアウトのようだな!」
気付けばオクターヴの身体が灰に変わって行く。
「ぐおっ…………羽竜……次に生まれ変わったら……絶対にケリを着ける……」
自らの命が消える瞬間、オクターヴは羽竜に微笑みかける。
その姿に何故か胸が詰まる。
「オクターヴ……………」
「感慨にふけるか…………またひとつ成長したんじゃないか?」
顔色を変えずサマエルは羽竜に近寄る。
「サマエル……お前死んだんじゃなかったのか?」
「フッ………俺は嫌われ者でな、死神にすら相手にしてもらえんようだ。」
「……………やる気か?」
「焦るな、羽竜。お前との勝負は次にお預けだ。ボロボロのお前を倒したところで何の満足感も得られん。」
「…………わかった。次に会う時まで勝負は保留だ。」
羽竜は蕾斗達を追う為に螺旋階段を上がって行く。
「会うのが楽しみな男だ。だが羽竜よ、事はお前達が考えるよりもっと複雑だ。それを知った時、お前の真価が問われる。」
最後の天使サマエル。彼もまた真実を知った者。