第三十五章 シュールレアリスム
「報告します!現在レリウーリアは街まで進入、女子供関係なく殺し始めています!」
街まで来たという事は迎え撃って出た戦士達が全滅したという事。
報告しに来た戦士は命からがら逃げおおせて来たのだろう、あちこち傷だらけだ。
「あの数をわずか十人足らずで倒したというのか………!」
タセットが驚くのも無理はない。レリウーリアの千倍万倍の比じゃなかったのだから。
「ルバート様!」
パニック状態のタセットがルバートに責っ付く。
「……………役に立たん奴らだ。これではスタッカートも心労が堪えなかったわけだ。」
自軍の全滅にも顔色一つ変えないルバートに余計焦りが募る。
「何をのんきな事を!!全滅したのですぞ!!全・滅!!ただでさえ城の中に虫けらが忍び込んで好き放題しているというのに!!ルバート様!!」
「黙れタセット。虫けらにいいようにやられるような兵士はいらん。」
こいつは失敗したかもしれない。ルバートを不死鳥王に祭り上げたはいいがこんなに乱暴な性格ではなかったはずだ。
もっと痛みのわかる男だった……………もちろん利用するのが目的だから優しさを求めるわけではないが、これでは利用価値もない。
「しかしこのままでは………」
「フォルテを助けに来た少年達は別としても、悪魔がどれほどの強さを誇っているかはわかりきった事。今更騒ぐほどのものではない。」
駄目だ。やはり失敗だったのだ。こんな奴に不死鳥界を任せておいたら天界のように悪魔達に破壊されてしまう。
一度はスタッカートよりも王らしい王となるだろうと思ったが…………タセットは見切りをつけ始めていた。
とは言っても独断で事を進めるわけにはいかない。
ライト・ハンドあってこその策だ。
今は成り行きを見守るしかない。
「失礼します!!」
また一人、兵士が慌ただしくルバートの元へ来る。
「なんじゃ!?」
タセットが煮え切らないルバートへの不満を兵士に怒鳴る事で解消する。
言われた兵士は何か悪い事でもしたのかと怯むが、気を取り直す。
「はっ!申し上げます!アルペジオ様、コーダ様に続きミュート様もやられたようです!」
「たわけがっ!!とっくに知っておるわっ!!」
「も、申し訳ございません!!」
タセットに怒鳴り散らされ逃げるようにして王の間を出て行く。
「……………タセット、確かお前の部下に魔法に長けた兄弟がいたな?」
「は?え、ええ、おりますが………?」
「そいつらを使って城に忍び込んだ虫けらを退治させろ。目的はフォルテだろう、魔力で覆った地下への扉をこんなに簡単に見つけられてしまうとは………侮るな、ヴァルゼ・アークが一目置く奴らだ何を仕出かすかわからんぞ。」
「承知しました。」
棚ぼたで不死鳥王になったような奴に従いたくはないが、それでも王は王。逆らうわけにはいかずおとなしく頭を下げて準備に向かった。
「インフィニティ・ドライブ………か。オノリウスの魔導書には一体何が書かれているというのだ……?」
不死鳥界の事など正直どうでもいい。
ルバートが興味を惹かれているのはただ一つ、インフィニティ・ドライブのみ。
そこにかつてのルバートはいない。
「お願いだ!娘だけは助けてやってくれ!」
「ごめんね、不死鳥族のおじさん。赤ちゃん一人生かすわけにはいかないの。」
アスモデウスのロストソウルが赤ん坊とその両親を消す。
「ふぅ………なんか無抵抗の人を殺すのって気が引けるな。」
命令には従うがあんまり気持ちのいい行いではない。
「そんな事言ってもしょうがないわよ。」
愚痴り気味のアスモデウスをアドラメレクがなだめる。
「わかってます。でもどうせ不死鳥界も重力レンズで破壊するんでしょ?ならわざわざこんな面倒くさい事しなくても………」
「それは総帥がお決めになられる事よ。貴女も見たでしょ?あんなに怒りをあらわにした総帥は初めて見たわ。あれはリスティに対しての怒りでも不死鳥族に対しての怒りでもないわ。」
「それじゃ………何に対して……?」
「…………わからない。わからないけど、きっと何かあるのよ。」
アドラメレクにもヴァルゼ・アークの真意はわからないが、この虐殺行為だけは深い意味がない事くらいはわかっている。
まるで思春期の少年が世の中へ反抗しているのと同じだと。
違うのは魔帝の力を持ってしても抗えない『何か』がそうさせているのだ。
「悪者だよね、私達…………」
悪魔としての実感が訪れたのか淋しそうに呟くアスモデウスに優しくアドラメレクは諭す。
「何?今更………。わかっていた事じゃないの。レリウーリアのみんな、人間として生きて行くのが嫌だった。そんな私達を総帥がお救い下さった……廃人寸前だった貴女がこうしていられるのは誰のお陰なの?」
「………すいません。」
本気で愚痴ったわけではなかったのだが、理由はどうあれヴァルゼ・アークを否定する言葉、行動は許されない。
アスモデウス、彼女自身も彼を愛して止まないレリウーリアの一人だ。
ただ赤ん坊を手に掛けた事で戦争の当事者となった事を実感した、それだけなのだ。
「人間なんてしょうもない生き物よ、どれだけ数を増やしても過去の教訓から変わろうとしない。ひたすら同じ種族で争いをするだけの愚かな存在。そこから抜け出し悪魔となった私達は過去を捨て、未来を見据えなければならないわ。そう、例え破滅の未来でも…………」
アドラメレクには何と無くヴァルゼ・アークが何をしようとしているのかわかりかけていた。
新しい世界の覇者になろうなんてちんけな野望は持っていない。
いずれヴァルゼ・アーク本人の口から真実は語られる。
それまでは彼の手となり足となるだけでいい。
「一瞬でもあの赤ちゃんを哀れんだ事、総帥はお許し下さるでしょうか………?」
自分が裏切り者になったような不安と孤独がアスモデウスを蝕む。
もし許されなかったら…………
「その手に掛けた赤ん坊の命の重さ………忘れるな。」
「!!」
不意に現れた影と声に二人が声高に驚く。
「ヴァルゼ・アーク様!!」
「総帥!!」
アスモデウスとアドラメレクが慌ててひざまずき、マスクを外して脇に抱える。
「アスモデウス………」
「は、はいっ!!」
真っ赤なヴァルゼ・アークの瞳が厳しい表情と共に真っ直ぐに見つめられ、心臓が破裂しそうになる。
「済まないな、女であるお前に赤ん坊を殺めさせてしまって。許してくれ。」
思いがけない言葉がヴァルゼ・アークから飛び出す。
姿こそ魔帝ではあるが、その言葉は人としてのヴァルゼ・アークの言葉だ。
「も、も、もったいないお言葉!!」
許しを請うつもりが逆に許しを請われた。
気遣いが胸に染みる。
染みた心は涙を精製し頬を濡らす。
「フッ………何も泣く事はあるまい。さあ立て、もう少し働いてもらわねばならん。」
「はいっ!喜んで!!」
天真爛漫なアスモデウスにヴァルゼ・アークも表情が和らぐ。
彼もまた彼女達に支えられている。そんな信頼関係が垣間見えた。
「では失礼します。」
アドラメレクが一礼してアスモデウスを連れ『仕事』に戻る。
「………我が愛しき下僕達………闇は我々の糧となる。どこまでも闇を纏うがいい………」
不死鳥界に夜が訪れようとしていた。