第三十四章 痛みの重さ
任せろと言ってみたものの、なかなか思うような戦いは難しい。
オルタードも強かったが、それを凌ぐ強さだ。
「やっぱり一人はきつかったかな…………」
攻撃をかわすだけならほぼ100%かわせる。
しかし自分から攻撃するとなると話は変わる。
あかねの必殺技『ドミナント・セブンス・スケール』なら確実にダメージを与えられる自信はある。でも今放ったところで隙を見られてカウンターを喰らうのが関の山。
技を放つにはいわゆる『ため』が必要になる。
その間が問題なのだ。
「ジョルジュが初めて不死鳥界に来てエアナイトの力を披露した時、その能力に不死鳥族の戦士達は惚れ惚れしてしまいました。空気の流れを読み、僅かとはいえ未来を見る。肉体さえ限界がなければ神にも勝る能力。でも貴女のはそんなに警戒する必要もなさそうですね。」
カチン!…………と音がしたかどうかは定かではないが、ミュートの言葉におっとりとしたあかねが腹を立たせる。
そうでなくても、ですます口調ならシュミハザを連想してイライラしているのに、火にガソリンを注いだようなものだ。
「あら?怒らせちゃいました?フフフ……素直な反応で可愛いですわね。」
確実に馬鹿にされている。
でもあかねだって負けてはいない。
こういう時なんて言えば相手を怒らせ冷静さを失わせる事が出来るかわかっている。
それは………
「フン、お喋りな『オバサン』ね。」
カチン!こちらは間違いなく音がした。
策と呼べるほど頭脳的ではないが、効果はバッチリだ。
前に羽竜とベルフェゴールが戦った時に羽竜が使った手。
非常に有効で便利な手だ。
「っっっ!!」
冷静さを装おうと試みるが表情はあかねの攻撃が効いた事を知らせているようなもの。
「肌荒れが目立ってるし。歳はごまかせないわね〜。」
肌荒れなどカケラもないつやつやな肌をしているのに、そう言われると気になってしまう。
あかねは追い打ちをした程度にしか思ってなかったが、ミュートの怒りは頂点を突き抜ける。
「言わせておけば………っ!」
全体重をフロアに蹴りつけて一瞬であかねの前まで来る。
「!!!!」
あかねの目の前がブラックアウトする。
ミュートがあかねの腹に蹴りを入れたのだ。
身体の自由を奪われてしまった。
「はっ!」
四つん這いになったあかねを爪先で腹を蹴り上げ、宙に浮いたあかねの身体にまた蹴りを入れる。
勢いよく吹き飛ばされフロアに叩きつけられる。
「うっ……………げほっ……」
ミュートの冷静さを欠いたまではよかったがこれは予想していなかった。
ミュート自身も一撃でトドメを刺す気はさらさらない。
なぶりものにする気だ。
「立ちなさい。まだ寝るには早いですよ?」
あかねの髪を掴みそのまま横に投げ飛ばす。
「ぐっ………!!」
鈍い痛みが体内に蓄積されていくのがわかる。どんなに優れた能力を持っていても、経験だけはカバー出来ない。
「謝っても許してあげませんよ。」
「げほっ………別に………許してなんて…………言って………ない………」
「……………気に入りませんね、可愛い顔に似合わないセリフを!」
うずくまるあかねを何度も何度も蹴りつける。
浅はかさと言うか、あかね自身戦い=死の可能性という認識しかなかった。
死に至る過程の辛さを想像していない結果、ミュートの蹴りは彼女にとって拷問でしかない。
「ハァ、ハァ、もういいでしょう、私もフォルテ様をお救いしなければなりませんから。」
剣を握り直し朦朧しているあかねの首筋に当てる。
冷たい感触が気持ち悪い。
「未来を読む気力もないでしょうね。」
−私……死ぬの?羽竜君……−
「…………死ねっ!!」
ミュートの刃があかねの首を斬り落とそうとしたその時、突如空間を裂いて現れた鎖が、ミュートの腕に絡みつく。
「くっ!何奴!?」
「助ける気はないのです…………総帥に言われてるのは不死鳥族の全滅……それだけです。」
鎖が現れた方向とは違うミュートの後方にシュミハザはいた。
「レリウーリアですか……………」
「忘れてました、目黒羽竜達がピンチになれば手助けをしろと言われてたのです。」
皮肉を言ったつもりかもしれなかったが、不器用な彼女の言い回しでは理解出来るのはレリウーリアの仲間達だけだろう。
「……これはまた可愛いお嬢さん。お名前は?」
「私はシュミハザ。子供扱いをしてると痛い目を見るのです。」
「シュミハザ…………こちらのお嬢さんも口が減らないようですね。結構。私はミュート、不死鳥族裁きの…………」
「貴女の事に特に興味はないのです。どうせ死ぬのですから。」
負ける気がしない。そんな態度を見せる。
「なんて言い草かしら………クソガキめ!私の前から消してあげるわ!!」
絡みついた鎖を振りほどき標的をシュミハザに変える。
「悪魔と罵られるならまだしも、クソガキなんて………言われたくないです!!」
もはや鎮める場所を失ったミュートの怒りを迷いなく迎え撃つ。
「はあっ!!!」
空気抵抗を無視するようなミュートの太刀筋を後方宙返りでかわす。
「まだっ!!」
シュミハザの着地を狙って真空波を放つ。
シュミハザはロストソウルを柱に巻き付けて難を逃れる。
「威張るだけあって中々の動きです。でも、チャーチの方が速かった!!」
ロストソウルを巻き付けた柱を蹴り、ミュートのバックを取る。
「!!」
あまりの速さに無防備を晒す。
「終わりです、ミュート!」
ロストソウルが大蛇のようにミュートの身体を軸にして巻き付く。
そしてその先がミュートの正面から彼女を狙う。
「ぐあっ………!」
ミュートの心臓を一撃。浄化が始まる。
「ぐわあああ……ラ…ライト・ハンド様…………」
その肉体は光の粒子となって消えた。
「またライト・ハンド…………一体何者…………?」
消えたミュートよりライト・ハンドという人物が気になる。
チャーチが愛した男。
エデンと衝突し、崩壊していた天界からリスティを連れ出す事が出来た男。
ミュートはライト・ハンド様と呼んだ。
確か彼は一般の戦士だとチャーチは言っていた。
ならライト・ハンドなる人物は………………?
「シュミハザ!」
「ナヘマー………」
遥か高い天井からナヘマーが降りて来た。
「目黒君が来るわ、見つかるとまた突っ掛かって来る………だから………」
「はい…………」
羽竜の性格は二人にはもう読まれている。
一々いちゃもんをつけたがる性格は彼女達にはうるさすぎなのだろう。軽く流してやるなんて器用さはまだない。
「あかねちゃん……!?」
俯せに倒れているあかねをナヘマーが見つける。
「吉澤あかねは弱すぎなのです。とてもエアナイトとは思えません。」
「………………死んでるの?」
「気を失っているだけなのです。」
シュミハザの言葉に何故かほっとする。
「レジェンダと藤木蕾斗が地下に行きました。行きますか?」
「そうね、そうしましょう。」
ちょうど羽竜が駆けて来る足音が聞こえて来た。
それを聞いてすかさず地下へと降りて行った。
「吉澤!!」
駆けて来た羽竜が気を失っているあかねを見つける。
「吉澤!しっかりしろ!吉澤!」
「ん…………」
「大丈夫か?」
「羽竜………君…………?」
目を開ければ羽竜がいる。
状況を飲み込めず辺りを見渡す。
「ミュ………ミュートは?羽竜君がやっつけてくれたの?」
痛む身体を羽竜支えられながら起こす。
「ミュートって不死鳥族か?」
「羽竜君………じゃないの?」
「俺は今来たばかりだ。そしたら吉澤が倒れてて………」
「それじゃ………」
二人の頭を過ぎるのは悪魔の中の誰か。
「命拾いしたみたいね……私………」
負けた事を痛感する。
「よかったじゃないか、死んだら元もこもないんだからな。」
「………………うん。」
「立てるか?」
「なんとか。」
生まれて初めて身に纏う痛みに戸惑いを隠せない。
「それより蕾斗とレジェンダは?」
姿の見えない二人にようやく気付く。
「先にフォルテ君を助けに地下に行ったわ。」
「何?吉澤を一人にして?なんて薄情な!」
「違うの!私が……私が一人で戦いたいって頼んだの!」
別に羽竜は蕾斗とレジェンダを責める気はなかったが、あかねが羽竜の腕を力強く握るので少し驚いてしまう。
「な、なんだかよくわからないけど吉澤がそう言うなら………別に構わないけど………」
ゆっくりあかねを支えられながら立ち上がる。
「行こう。フォルテ君が待ってるよ!」
羽竜の返事を聞かずに走り出す。
「吉澤………!待てよ!」
慌ててあかねを追う。
走るほど体力も痛みも回復していない。それでも走るのは、羽竜に涙を見られたくないから。
涙は身体の痛みからのものではない。
自分の不甲斐なさが痛い。
エアナイトと褒め称えられ、夢のような能力に溺れていた。
生きているのはただ運がよかっただけ。
助けてくれた者が誰であっても、あかねにとっては偶然でしかない。
だから身体の痛みに誓う。
もっと強くなろうと。
、心は閉じていた翼を広げ始めていた…………………。