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第三十章 心の闇 〜ジキルとハイド〜

放課後、生徒達が部活を終え帰路につく。

その姿を屋上から眺めるのが私は好きだ。

まだまだ新米教師の私は毎日を新鮮に過ごせる。

学生の頃憧れていた社会科の先生を目標にして私はここにいる。

その先生は当時四十歳、熱心な女性ひとで生徒からの信頼も厚かった。

厳しくて妥協をしない。それでいて温かい心の持ち主だった。

私もああいう教師になりたくて一生懸命勉強した。


「神藤先生、もう屋上鍵閉めますよ?」


「あ、はい。ごめんなさい。」


事務長さんが戸締まりに来た。

左腕を飾る時計はもう六時を回っていた。

私は申し訳なさそうに職員室へと向かう。

私はの名前は神藤愛子。都内の中学校で社会科を教えている。

至って普通の人生を歩みつつある私も悩みはある。むしろ普通の人生を歩いているからこそ悩みはあるのかもしれない。

問題は悩みの中身。

別に恋とか職場での人間関係での悩みじゃない。

恋人もいないし、特別好きな人もいない。職場の先生方は不器用な私をちゃんと面倒見てくれる。

なら何が問題なのか?

…………問題なのだ。


「神藤先生、今日これから一杯いかがですか?」


職員室で帰り支度をしていると、同僚の男性が声をかけてきた。


「ごめんなさい、せっかくですけど用事が……………」


嘘だ。

用事なんかない。


「そうですか…………」


どうしてそんなに落ち込むんだろう?なんかすごく罪悪感を感じる。


「しかたないですね。またお誘いします。」


「すいません。また誘って下さい。」


深々と頭を下げる。

彼は私と一緒にこの学校へ赴任して来た。

まあ正直なところタイプではないが、気が優しく真面目な人柄は嫌いじゃない。

恋愛対象にはならないけど、一緒にお酒くらいは付き合ってもいい。

でも私にはそれが出来ない。


「ではお先に失礼します。」


まだ残っている先輩方に挨拶をして足早に校舎を抜ける。

 季節は夏。六時を回ってもまだ明るい。


−こんな時みんなでビールでも飲んだら最高だろうなぁ。−


溜め息混じりに夕日を仰ぐ。

私は私という身体の中で同居している。

そう、私は多重人格者。それも一般的な多重人格とは違う。

普通、多重人格者は表に出ている人格の行動を覚えていない。でも私はしっかりと覚えている。

精神分裂症ではないのか?

それとも異なるのだ。

何故ならその人格と会話が出来るから。

会話は出来ても意識が表に出ている時は私は何も出来ない。

違う思想、違う感性を持つ彼女は度々私を苦しめる。


−そんなに急いで帰っても何もないだろう?−


「お願いだからアパートに帰るまで黙ってて!」


彼女は昼間はぐっすり眠っている。そして夜になると活動を始める。


−相変わらず冷たいねぇ。まあそうしろって言うならそうしてやるよ。−


「……………………………。」


彼女は言葉使いが乱暴で、残虐な性格を持っている。

過去、学生時代にナンパして来た男達を路地裏に誘い半殺しにした事がある。

恐ろしいもので私の華奢な腕が、人格が変わるだけで凶器となってしまった。

初めて彼女に気付いたのは幼稚園の時。

虐められっ子だった私に唯一話しかけて来た『人物』だった。

私には彼女だけが友達だった。

なんでも相談したし、なんでも教えてくれた。

男性に疎い私に男性の扱い方まで教えてくれた。

彼女がいればなんでも出来た。

ところが、私が高校生になると彼女は次第に本性を表し始める。

絵に描いたように大人しい私が、夜になれば男を取っ替え引っ替え貪る。

最初は今までの恩返しのつもりで自由にさせていたが、モラルの無い彼女の行動に怒りが爆発してしまう。

それ以来夜は食事を採ったらすぐに睡眠薬で眠りにつく。

彼女の余裕なのか、その前に出て来るという事はしない。

………今日までは。


−その若さでもうおやすみかい?もっと人生を楽しめよ。満足してないだろ?−


「ほっといて。貴女がいなければもっと楽しく毎日を過ごせるのよ。」


−つれないねぇ…………あんたに男を教えてやったのは私だよ?−


「だからなによ!?あんたのせいで変な噂が流れて地元にいられなくなったんじゃない!」


−噂じゃないだろ?全部事実。あんただって楽しんだはず。私にはわかってるんだ。感謝されても恨まれる覚えはないよ。−


「……………………。」


否定は出来ない。私も人間、ましてや思春期の願望なんてみんな同じ。


−愛子、勘違いするなよ?私は性欲なんて関係ないんだ。ただ人という生き物を血まみれにして壊したいんだ。もちろん一方的ではつまらない。命を削るようなサバイバルがしたいのさ。−


「そっちのほうが感心出来ないわ。人はおもちゃじゃない!」


−あんたがどんなに否定しても無駄さ。私はあんたの心なんだ、私が望む事はあんたも心のどっかで望んでいるのよ。−


「いいえ!違うわ!私は普通の生活で満足出来るわ!」


−なら試してみるかい?−


「え?」


しくじった。一瞬の隙が彼女に主導権を握らせてしまう。


「愛子が心の奥底で何を望んでいるかわからせてやるよ。」


−嫌っ!お願い!やめて!−


こうなると私にはどうする事も出来ない。

支配された身体はコントロール不能に陥る。


「さあて、何をしようかね。何て言っても久々の身体だから。男でも貪ろうか?いや、限られた時間なら殺意に乱れたい。決めた!今日は誰か殺そう!」


−お願いよ!そんな事しないで!−


「クク……何にも聞こえない。」


なんて意地悪な女なのだ!これが私?信じられない!私はこんな性格はしていない!認めない!

それからは目も当てられない出来事が続いた。

手始めに屈強な男に近寄り喧嘩を吹っ掛ける。

怒り狂った男は力任せに女である『私』に拳を向けて来た。

それを彼女がかわして回し蹴りを喰らわしてノックアウトし、伸びたところを顔面にヒールで蹴り付けた。

次はやんちゃそうな若者を五人相手にして最後には原型を留めないほど殴り付ける。


−もう十分でしょ!?やめて!耐えられない!−


「何言ってんの、こんなの準備運動にもならない。まだまだ夜は長いんだ、ククク………」


嫌な笑いだ。血に飢える彼女は悪魔だ。

彼女の悪行は留まる事を知らなかった。

お気に入りのピンクのブラウスは血に染まり元の可憐さはない。

何人もの男に戦いを挑み、ことごとく勝利を収める。

時にはその筋の男達までのしてしまう。

後から仕返しにこなければいい………なんて事はこの際どうでもいい。

エスカレートしていく彼女の行動を抑制する術はない。

心が引き裂かれる。彼女は今夜誰かを殺す。私はそれをただ傍観するだけ。


「おや?こいつはまたいい男がいるじゃないか。」


彼女が見つけた次のターゲットは背の高い痩せ型の男だ。


−ねぇ、帰りましょう?あの人はそんなに強そうに見えないわよ!−


とにかくやめさせたい。


「あんたは感じないかもしれないけど私にはわかる。あの男は強い。それにルックスも好みだ。あんたもタイプだろ?一石二鳥だ。」


良からぬ事を考えついたのは言うまでもない。


「お兄さん、何してるの?」


恥ずかしいくらい黄色い声で話しかける。


「………君を待っていたんだよ。」


その男はさらっとキザなセリフを言ってのけた。


「まあ、嬉しい!だったらちょっとだけ私と遊ばない?」


「フフ………遊びで済むかな?」


「好きよ、その余裕…………」


彼女はそう言うといきなり拳を男に振るう。


「おっと。」


ひらりと男は身をかわし指先で前髪を跳ねる。


「ククク…………今夜は満足出来るかしら?」


「お望みなら人生感が変わるくらい満足させてやろう。」


男は不思議な技で彼女を吹き飛ばす。


「きゃあぁぁっ!!」


−きゃっ!!痛いっ!!−


残念ながら身体は共有物。そこに伴う痛覚も共有しなければならない。


「………自分の心を制御出来ないのでは何をやっても満足は出来ないぞ。」


−!!!−


「!!!」


私も彼女も驚いた。男は彼女の中にいる私を見抜いている。


「……何者……?」


「どうした?表情が怪しいぞ?」


彼女が恐怖している。こんな彼女は初めて見る。


「偶然か?」


「俺は悪魔だ。悪魔ってのは人の心の闇が見えるのさ。」


「……ふざけやがって!!」


彼女が格闘技をやったらきっと有名になれるだろう。

鮮やかに攻撃するものの、悪魔と名乗った男は腕を取り地面に押し倒す。


「くっ……!離せっ!!」


命を削るサバイバルをしたいなどと言っていた彼女が恐怖で狂い出しそうになっている。


「面白い女だ。『中』にもいるんだろ?出て来い。」


私は男に呼ばれ彼女と入れ代わる。


「あっ………!」


表情から入れ代わったのを知ったらしく、私の襟を引っ張って顔を近づけて来た。


「済まなかったな、乱暴にして。こうでもしなきゃ彼女がおさまらないと思ってね。」


私の乱れた髪を撫でながら見つめられる。


「あの…………私………」


恥ずかしくて声にならない。

とりあえず助けてもらったお礼を言わなければ。

身体を起こして彼と向き合う。


「ありがとうございました。どうして私の事を知っているかは存じませんが、おかげで人殺しをしなくて済みました。」


「フッ………可愛いお嬢さんだ。」


あまりに真剣な眼差しに身体が硬直する。


「戯れはその辺にして下さい。」


男の後ろからすらりとした女性が現れた。


「そう怒るな。彼女をリラックスさせただけだよ。」


立場は男の方が上のようだが、まるで母親のように彼を諭す。

ちょっと残念。


「神藤愛子さんね?私は仲矢由利、こちらはヴァルゼ・アーク様。突飛な話でなんだけど、貴女の力が欲しいの。よかったらこれから一緒に来てくれないかしら?」


仲矢由利という女性が私に話かけてくる。


「私の………力………?」


なんの事かはわからないが血まみれの服を着たままで街はうろつけないし、ヴァルゼ・アークと呼ばれた男は『彼女』から肉体を取り戻してくれた。

不思議な力も見てしまったし、半ば興味本位で彼らに着いて行く事にした。

















一時間くらい真っ黒なスポーツカーに乗せられて連れて行かれた場所は、山の中にある大きな屋敷。

とても車高の低い車で行き来するような道はない。

もっと驚いたのは、車が二人乗りだからという理由でヴァルゼ・アークがその場から消えてしまった事だ。

仲矢由利によれば瞬間移動したらしいが……………夢でも見てるのだろうか?


「さ、着いたわ。」


仲矢由利に誘導されて屋敷の中へ入る。

ずっと奥まで続く廊下を歩いて行くと大きな扉が姿を見せる。


「どうぞ、お入りなさい。」


扉がひとりで開く。

私は言われるがまま部屋へ入る。

なんか映画でよく見る王様がいるような雰囲気の部屋だ。

そしてその先に玉座に足を組んで座っている人物がいる。

ヴァルゼ・アークだ。


「あの………ここは………?」


「我が闇十字軍レリウーリアの活動拠点だ。」


「レリウーリア?」


「まあまだ俺と由利の二人しかいないけどな。」


部屋の雰囲気とは似つかない少年のように笑顔を見せる。

その笑顔にぐっと心を捕われる。


「私の力が欲しいって………どういう事ですか?」


「信じる信じないは君の勝手だが、俺達は悪魔だ。それで君にも悪魔として俺達の仲間になってもらいたい。」


「私が?私にそんな特別な力はないですよ。」


信じる信じないの前になんの話だかわからない。

確かに彼は実際に私の前で『妙技』をやって見せた。

トリックの一言では説明出来ない。

なにより、私を長年苦しめてきた『彼女』を黙らせてしまった。それ自体、私にとっては奇跡と同じだ。


「君の中にいる彼女は、紛れも無く君の欲望を具現したものだ。君がどんなに否定しても真実は普遍的……………変わらないのさ。」


どうして?彼が言う事はすんなり受け入れられてしまう。


「ま、百聞は一見に如かずだ。この石をあげよう。」


そう言って黒く光る石を私に差し出す。


「これは…………?」


「さあ、受け取れ。それから決めればいい。」


「決める?」


「俺なら君も『彼女』も受け入れてやれる。君も『彼女』を認めればもっと面白い人生を歩める。だが俺を否定すれば、この先の君の人生は『彼女』に支配されるだろう。」


ヴァルゼ・アークが差し出した黒く光る石を手に取る。

すると突然辺りが闇に包まれた。


「…………?」


「怖ガル必要ハナイ。」


「……誰?」


闇の中から声がする。男の声が。ヴァルゼ・アークの声とは違って太く、どこか品を感じる。

別にヴァルゼ・アークが品がないというわけではない。

彼からも品を感じる。ただ、それを忘れさせてしまうような品格だ。


「我ガ名ハ闇王ベルゼブブ。カツテ神ト呼バレタ者。」


「闇王…………ベルゼブブ…………?」


聞いた事はある。確か蝿の姿をした悪魔のはず………。


「貴方、蝿の姿をした悪魔じゃなかった?」


「…………イカニモ。」


「悪魔が私に何か用?」


「単刀直入ニ言オウ、オマエハオマエノ中ニ存在スルモウ一人ノオマエヲ認メルベキダ。彼女ハオマエガ抑エキレナカッタ欲望ノ代弁者。オマエノ真ノ姿ダ。」


「だったらどうだって言うの?貴方には関係ないでしょう?」


「オマエガ我ヲ受ケ入レレバ、彼女ハオマエニ戻リ、オマエハ苦シミカラ解放サレル。」


「……………貴方を……受け入れる?」


不思議な事が続いている。

この状況で疑心暗鬼に犯されないし、『彼女』が私の欲望の姿だと言われても違和感が感じられない。


「時ハ急グ。誇リ高キ我等ガ神、魔帝ヴァルゼ・アーク様ヲ未来ヘ導クノダ。サア………受ケ入レヨ………神藤愛子。真ノオマエニ生マレ変ワレ。」


ベルゼブブの強い意思が私と『彼女』を一つにする。


「………………ベルゼブブ、貴方は私を満足させてくれるの?」


「約束シヨウ。留マル事ヲ知ラナイオマエノ欲望ヲ必ズ満タシテヤロウ…………」


「期待するわよ?私の欲望について来れるかしら?」


ベルゼブブの記憶と力が私の意識に流れ込んで来る。

目を閉じて新しい私を実感する。再び目を開いた時には元の場所にいた。

私の後ろには仲矢由利、そして玉座に相変わらず足を組んでいるヴァルゼ・アーク。

ただ違うのは………私自身。

もう『彼女』に悩まされる事はない。なぜなら『私』と『彼女』は一つになり、本当の『神藤愛子』に生まれ変わったから。

…………それは闇王ベルゼブブに生まれ変わったという事。


「腹は決まったようだな。」


「はい。」


私は無意識にヴァルゼ・アーク『様』にひざまずく。


「私、神藤愛子………闇王ベルゼブブとなり貴方様の為に全てを捧げましょう。私の身体、心、ヴァルゼ・アーク様のお好きになさって下さい。」


「よかろう。今よりお前の心も身体も俺のものだ。」


私が何を願い何を望んでいるか彼は見抜いている。

その眼差しにどんどん堕ちて行く。


「ベルゼブブ、何もかもがこれから始まるのだ。そう何もかも…………」


 玉座の上に飾られた十字架。その縦と横が交差するところにある赤い瞳が私を見透かしていた。


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