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第二十八章 シュレディンガーの猫

天界といい不死鳥界といい人間界にはもうほとんど残ってないような自然が溢れかえっている。

人間界の影響でこの自然が破壊されているとしたら、不死鳥王が怒るのも無理はない。

羽竜には人間界と不死鳥界の時間関係など聞いたところで興味はない。

ただ少なくとも人間界が決して希望のある未来に向かってるとは到底思えなかった。


「着いた。」


羽竜が空高くそびえ立つ城を見上げて立ちくらみする。


「この門をくぐれば戦いがまた始まるんだね…………」


蕾斗の頬から汗が落ちる。

特に暑いわけではなく、緊張してる証拠だ。


「蕾斗、羽竜もあかねもなるべく戦闘は避けるのだ。」


「レジェンダに言われなくてもそうします。いつも思う事だけど、絶対に死なない保障はないもん。」


ぽろりと本音をあかねが零す。


「死なない保障はない……………か。改めて考えると恐くなるよな。」


羽竜が手にしているトランスミグレーションを見つめ、死と向かい合う。

 『戦う』という言葉はどこか肯定的な響きがある。

戦う者全てがそれぞれ正義を持ちぶつけ合う。それが戦いだ。

 そういえば以前ヴァルゼ・アークに言われた事がある。正義という言葉は使う者によって形を変える魔物だと。

今なら少し理解出来る。悔しいけど。


「私は正直まだ迷っている。お前達を戦わせていいのかどうか…………。」


普通の生活をしている時の羽竜達は本当に無邪気な笑顔を見せてくれる。その笑顔が、最近は愛おしくもある。

言い訳にはならないが、ここまで羽竜達に心を開かされるとは思ってなかった。


「レジェンダ、俺達はもう後戻り出来ないところまで来ている。そのくらい知ってるよ。無事フォルテを救い出せても、レリウーリアの連中ともいつか戦わなければならないんだ。今更恐いからやめるとは言うつもりはない。それは蕾斗も吉澤も同じ想いだ。」


力強くレジェンダに想いを告げる。

その想いは確実に伝わったはず。素顔を持たないレジェンダでも、雰囲気でわかる。短い付き合いでも中身は濃いのだから。


「つまらぬ世話をかけたみたいだな。お前達がそう言うのなら、私も同じ覚悟で挑もう。そして絶対に死なせないと誓おう。」


「レジェンダ………………」


レジェンダの心にあかねがぐっと来て涙を浮かべる。


「くっくっ……泣かせるじゃないか。」


四人が友情を確かめ合ってると城の方から不死鳥族の男が一人歩いて来る。


「早速来やがった。」


羽竜がトランスミグレーションを構える。


「見たところレリウーリアではないようだが………………?」


羽竜達の事を舐めるように見る。あまり褒められた行動ではないが、この際羽竜達もあまり気にしない。


「なんだ、知らないのかよ。俺は目黒羽竜!トランスミグレーションの使い手だ!」


「お前が………そうか、聞いてるぞディエッサーとオクターヴが敵わなかったとか。オクターヴも戦士長とは言っても、実力はたかが知れてるからな。」


たかが知れてる?確かに二回目は案外楽に勝てたが、実力は十分だった。

あれで実力が無いとは言わせたくない。


「何言ってんだ、オクターヴは戦士長っていうくらいだから一番強いんだろ?だいたいお前誰だよ?」


「フッ……俺か?俺はアルペジオ、不死鳥族裁きの戦士の一人だ。オクターヴとは格が違う。」


どうやら不死鳥族の戦士には特別な者がいるらしい。裁きの戦士などと言うからにはアルペジオの言う通りオクターヴとは別格なのだろう。


「トランスミグレーションの使い手、俺と勝負しろ。もちろん一対一でだ。そうすれば他の仲間は無条件で通してやる。」


「けっ!何を企んでんのか知んねーけど、その手は喰わねーよ!」


「俺は嘘は言わん。純粋にお前と戦いたいだけだ。」


アルペジオの言ってる事を鵜呑みにしていいものか羽竜が考える。

もし嘘でないのなら好都合だ。

時間がかかればかかるほど不利になるのは目に見えている。

それに戦いを拒否出来る状況ではない。


「ダメだよ羽竜君、ここは僕と吉澤さんも一緒に戦う!さっきなるべく戦いを避けようって…………」


「蕾斗、それはケースバイケースだろ。俺達の目的はフォルテの救出だ。だから戦闘はメインじゃない。でも必要な戦闘はこなさなきゃ先には進めないだろ?」


「羽竜君………………」


羽竜は強い。それは蕾斗もわかってる。しかし一人残して行くほど全員が戦闘の経験が備わっていない。

不安を拭いきれない。


「蕾斗君の言う通りだよ、羽竜君すぐ無茶するし…………」


あかねも蕾斗の意見に賛成する。


「二人共俺を信じてくれよ。必ず追い付くから。」


羽竜は一度決めた事は滅多な事では取り消さない。

それもわかっていた事だ。


「…………蕾斗、あかね、ここは羽竜を信じよう。」


レジェンダが二人に声をかけ、羽竜の脇を通る。


「死ぬなよ。」


「誰に言ってんだよ。」


レジェンダの心配を払拭してやる。

羽竜なりの優しさだ。


「行こう、吉澤さん。信じるしかないよ。」


蕾斗もレジェンダに続いて羽竜の脇を抜ける。


「羽竜君………ちゃんと追いかけて来て。」


「ああ。」


あかねの気持ちをしっかり受け止める。

三人が振り向かずにフォルテが囚われている城へ駆けて行く。


「仲間想いで羨ましいよ。」


「お前ら不死鳥族とは絆の深さが違うのさ。」


「ククク………活きがいいのは結構だ。そうでなければ面白くない。まあお前の負けは決まっているがな。」


アルペジオの余裕に対して羽竜がニヤリと笑う。


「何がおかしい?」


「俺とあんた、どちらが勝つか負けるかは既に決まっている。それは否定しない。だけど箱を開けてみなければどちらが勝つのかは決まらない。余裕かまして足元をおろそかにしない事だな。」


自分でも驚くくらい大人な事を言っている。

それは強さだけではなく、人としても戦士としても成長して来ている証拠だ。

恐れるものなど何も無い。信じてくれる仲間がいるのだから。


「行くぞ、アルペジオ!トランスミグレーションの威力見せてやる!!」


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