第二十六章 支配される生命
時間アポストロフィ…………羽竜達やレリウーリアが天界など、離れた次元の世界へ行く時に使う魔法具又は儀式の名称。
蕾斗の嵌めているオノリウスの指輪がこれに当たり、レリウーリアでは儀式として存在する。
レリウーリアは各々のロストソウル十四本使って発動するのに対して、羽竜達は蕾斗の持つオノリウスの指輪一つで次元の移動を可能にしている。
「蕾斗、吉澤、レジェンダ、準備はいいな?」
時間アポストロフィを行うのは蕾斗なのだが、こういう時は羽竜が仕切るのが定番となる。
「僕はいつでもOKさ。」
「私も。早くフォルテ君を助けに行こう!」
蕾斗もあかねもフォルテを想う気持ちが先走る。
「よし!行くぞ!蕾斗!」
「うん。」
羽竜の号令で蕾斗が指輪をかざす。
指輪から光が一線上空へ昇る。
昇った光が上空で弾け、羽竜達を包む。
まばゆい光が四人を不死鳥界へと誘った。
不死鳥界へ戻って来てまさか兄であるスタッカートの死を聞かされるとは思っていなかった。
「兄上…………」
スタッカートとフォルテは腹違いの兄弟だった。
スタッカートは正統な王家の血筋を継ぐ者。対してフォルテは側室との間に出来た子。
しかし二人しかいない息子を、父親であるバウンス王はたいそう可愛がっていた。
幼い頃はスタッカートもフォルテも仲良く過ごしていた。
スタッカートが王位を継いでからは、フォルテは兄と呼べなくなり距離を取るようになっていた。
それでもたった二人だけの兄弟。兄の死はフォルテに大きな衝撃を与えた。
「フォルテ、お前はフランジャーを盗んだ罪で処刑される。わかってるな?」
ルバートが不死鳥王のみが座る事を許された玉座に座っている。
フォルテにも見当はつく。ルバートは民からも貴族からも信頼のある男だ。スタッカートが死んだとなれば、周りが担ぎ上げるに決まっていた。
理由はなんにせよ、ルバートは不死鳥王となったのだ。例えフォルテが王位継承権を持っていても、逆らう事は許されない。
もちろん最初から罪を償いに帰って来たのだ、逆らうも何もない。
「…………わかっています。覚悟は出来ています。」
かつてはルバートに遊んでもらった事もあった。
感情を表に出しやすかったスタッカートとは対称的に、いつも冷静沈着なルバートはどんな時も物事を本質で捉え、愛人の子と差別せずに接してくれた。
そのルバートが、今は自分を処刑すると言う。
「日時は後から決める。それまでは地下牢でおとなしくしているんだな。」
まるでスタッカートのような口調だ。
こんなに刺がある言葉使いをするような人物じゃなかった。
立場というものはこうも人を変えてしまうのだろうか?
「フランジャーは、フランジャーだけは殺さないで!」
罪を犯した自分はどうなってもかまわない。
でもフランジャーに罪はない。
フォルテの最後の願いだ。
「…………フランジャーは我々不死鳥族の象徴。殺すわけがない。案ずるな。」
不安は的中する。ルバートは嘘を言っている。フランジャーを殺してシーミレを手にするつもりだ。
「ルバート……………」
「連れて行け。処刑の日まで牢から出す事は許さん。」
近衛兵がフォルテに槍を突き付けて歩かせる。
「ルバートも、兄上と同じ事を企んでるんだね?」
立ち止まり後ろを向かずに話し掛ける。
「…………………………。」
ルバートは何も答えなかったが、それが肯定の合図である事は明白だった。
再び槍を突き付けられて歩き出す。
小さな罪人は絶望に打ちのめされていた。
「ふんふんふ〜ん………」
年寄りが鼻歌まじり作業する様は、悪いが聞くにも見るにもあまり気持ちのいいものではない。
「ふん、ふん、ふ〜〜〜〜〜ん〜〜〜。しかしスタッカートも馬鹿な奴だ、余計な詮索をしなければ死なずに済んだものを。」
「そいつは聞き捨てならんな。」
「誰だ!?」
洞窟の外から射し込む光を背中に、十四人の人影が入って来る。
「ヴァ…………ヴァルゼ・アーク!!!」
「やっぱりお前か、リスティ。」
リスティが一番恐れていた男が現れた。
「な、何しに来た!!?」
「小汚いネズミを始末しに来たのよ。」
ジャッジメンテスがヴァルゼ・アークの前に出ると、残るメンバーが全員でリスティを囲む。
この威圧感に耐えうるだけの肝っ玉がリスティに備わっているはずもない。
「質問に答えろ。スタッカートが死んだだと?どういう事だ?」
「さ、さて?そんな事言ったかな?」
「とぼけるつもりなら殺るしかないわね………」
ベルゼブブがロストソウルをリスティの喉元に軽く当てて脅す。
「まま、待て!言う!言うから殺さないでくれ!!」
「じゃあ早くいいなさい。」
サタンがリスティの肩に後ろから手を乗せ耳元で囁く。
「ルバートだ!ルバートが不死鳥王の座をスタッカートから奪ったのだ!」
咄嗟の嘘にしてはつじつまの合う嘘だった。
ヴァルゼ・アークがルバートに問いただしたとしても、ルバートは自分が殺したと言うだろう。
バレても逃げればいい。とにかく今は悪魔達から逃げる事が先決だ。
「リスティ、嘘をついたらその舌引っこ抜くわよ?」
ベルゼブブに駄目を押される。
「嘘なんかついてない!!疑うなら自分達の目で確かめて来たらいいじゃないか!」
バレまいと必死に喘ぐ。
「ヴァルゼ・アーク様………いかがなさいますか?」
アスモデウスが指示を仰ぐ。
「もう一つ聞きたい、貴様どうやって天界の崩壊から助かった?」
一番気になっていた事を聞く。
「ラ、ライト・ハンドに助けられたのだ。」
「ライト・ハンド?誰なの?ソイツ………」
リスティの肩を後ろに引きサタンが尋ねる。
「ライト・ハンド………………あの時の…………」
ヴァルゼ・アークには心当たりがあった。この前不死鳥界へ来た時、スタッカートの元まで案内してくれた男だ。
「総帥………?」
下を向き何か考えているヴァルゼ・アークに遠慮がちにベルゼブブが声をかける。
「頼む!!ヴァルゼ・アーク、命だけは!!命だけは取らないでくれ!!」
余程死にたくないと見えて、地面に額をこすりつけて土下座をする。
「…………………殺せ。」
しかしヴァルゼ・アークはリスティを生かしておく気はないらしい。
「ひっ…………!!!そんな…………!!!」
脅えるリスティの腹をベルゼブブが思いきり蹴り飛ばす。
「げほっ、げほっ………お、お前らは悪魔だ!!!こんな老いぼれの命を奪う気だなんて!!最低最悪だ!!人で無し!!」
「最低?人で無し?あははは!!バカねぇ………それは私達にとっては最高の褒め言葉よ。」
ベルフェゴールが腹を抱えて苦しむリスティの背中を足で押さえ付ける。
「さよなら、小汚いどぶねずみさん…………」
ベルフェゴールのロストソウル、ブルーノイズがゆっくりとリスティの身体に刺さる。
「げ……………ぐ……………うぅぉ…………」
血液が染みでた途端リスティが浄化されていく。
「……………………………。」
何も言わずヴァルゼ・アークが不死鳥界の環境を破壊している機械の前に立つ。
「俺は小細工をする奴は嫌いだ。」
ヴァルゼ・アークが怒っているのがわかる。
誰も何も言わない。
「ましてそれが自己満足の為に人を傷つけるものであるならば尚の事………………」
絶対支配を具現して力を注ぎ刃が怒りに満ちていく。
ヴァルゼ・アークがメタトロンと戦った時に見せた姿、紅い髪、頭の脇から伸びる誇らしい角、漆黒がもっと深さを増した言うなれば暗黒。そして絶対支配を振り上げる………。
「はああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!!!!!!!!!!」
絶対支配が勢いよく地面斬る。
大地が揺れ、数秒後爆発がドーム状に広がっていく。
「す………すごい…………」
「なんてパワーなの……」
「これが…………ヴァルゼ・アーク様の………力…………?」
バルムング、アシュタロト、ルシファーが飛ばされそうになるのを必死に堪える。
ドーム状に広がったヴァルゼ・アークのパワーは、辺り一面を焼け野原に変えてしまった。
それどころか、リスティが造った機械は跡形も無く粉々になり、推測するに不死鳥界全体に及ぶ爆風が吹き荒れたと思われる。
「……………不死鳥族を消せ。命乞いに答える必要はない。天使同様、俺の前から消し去れ!」
ヴァルゼ・アークの怒りは、リスティだけに向けられたものではない。
なら誰に向けられたものなのか?彼女達には知るよしもない。
「承知しました。一人残らず不死鳥族を消し去りましょう。」
ジャッジメンテスが代表して返事をし、他のメンバー達に右手を挙げて任務開始の合図を出す。
全員が胸に手を当て敬礼、不死鳥族殲滅に向かった。
「宿命論を俺に説けると思うな!」
魔帝ヴァルゼ・アークは、自分ただ一人だけに見えている敵に叫んだ。