第二十五章 君主論
無意識の中で求めていたものがあったのかもしれない。
時間が経つにつれて王の座につく事に抵抗が薄れていく。
−スタッカート……トレモロ……お前達の仇は必ずとってやる。−
今日は王位即位式。スタッカートとトレモロの葬儀も終えてすぐの慌ただしい中での式典だ。
準備万端とはいかないが、聴衆の前で演説出来れば充分。
前評判も悪くない。むしろ喜ばれていると聞いている。
しかし……それでも不安は募る。
「ルバート様、お時間です。」
ハッと我に返る。いつの間にかタセットが傍まで来ていたようだが、考え事に夢中で気がつかなかった。
「わかった。今行く。」
すくっと立ち上がり聴衆を見渡せるテラスへ続く扉の前まで行く。
この扉を開ければ、自分を待つ多くの民がいる。
「どうなされましたか?ルバート様。皆が待ってます。」
急かすわけでもない。少しくらい待たせた方が演説の効果は高いだろう。
それが望まれている者の演説なら尚の事
タセットはそれを熟知している。
別に焦る気はない。
「わかっている…………わかっているさ。」
目を閉じて深く深呼吸をする。
「待たせた。さあ、行こう。」
ルバートの表情に迷いは見受けられない。
重い扉の向こうから民衆の声が漏れてくる。
タセットの指示で近衛兵がゆっくりと扉を開けた。
民衆の声が大きくなり衝撃波が起きた錯覚に捕われる。
「おお!ルバート様!!」
「ルバート王、バンザーイ!!!」
「不死鳥王!!!!」
耳に入ってくるのは新しい王の誕生への歓喜の声ばかり。
「…………………………。」
民衆の前に出て遥か遠くの一人まで見渡す。
沈黙を守る新たな王の言葉を待つべく民衆もまた、沈黙を守る。
「…………私は、この場に立つのを今の今まで躊躇っていた。何故なら、私は正統な王位継承者ではないからだ。」
この期に及んで何を言い出すのかとタセットが出ていこうとするのを誰かに止められた。
「ライト・ハンド…………」
「タセット様、大丈夫ですよ。黙って聞いてましょう。」
ライト・ハンドが自慢の薄紫の綺麗な髪をさらりと後ろへ流す。
「しかし、皆の顔と、声を聞いて心は決まった。私は不死鳥王となる!」
力強いルバートの言葉に民衆が沸き上がる。
「前不死鳥王スタッカート亡き後の不死鳥界に、新しい未来と時代の繁栄を仰ぐべく私は全身全霊を注ぎたい。」
止まない民衆の声がルバートの気持ちを熱く、熱くしていく。
「だが、今我々は岐路に立たされている。…………そうだ、人間界との調和が取れなくなりこの不死鳥界にも環境汚染という悪魔が訪れている。そしてそれは、不死鳥王スタッカートと我が妹トレモロの生命を奪った。このままでは我々不死鳥族の絶滅は必至。そうならない為にも、諸君らの力を貸してほしい。」
不死鳥界にマイクなどという代物は存在しない。
それでも、どこまでも澄み渡るルバートの声は、遥か遠くの民衆にまでちゃんと届いていた。
「勝たねばならない!我々の未来は我々で勝ち取るのだ!例えこの身を人間達の血で濡らしてもだ!」
歓喜が満ちていた不死鳥界。誰が気付いただろうか?歓喜は狂喜へと変貌している事に。
沸き上がった民衆の想いは、この日止む事はなかった。
「茶番だな。」
不死鳥王ルバートの王位即位式に冷めた言葉を投げ掛ける者が一人。
「…………フン、憐れは不死鳥王………か。」
長いマントに身を包み、フードで顔隠す男には、不死鳥界を飲み込む悲劇の波が見えていた。
「無かった?」
「はい。隈なく探しましたがフラグメントはありませんでした。」
由利、美咲、那奈はレリウーリアの要でもある。
その三人が無いと言う以上は無かったのだろう。
由利も報告するのには戸惑ったに違いない。
「申し訳ありません。」
那奈が深々と頭を下げて詫びる。
「別にお前達が謝る必要はない。無いものは仕方がない。次の満月まで待ってまた算出すればいい話だ。」
そうそれだけの話だ。
「それと、景子からの伝言で目黒羽竜達が不死鳥界へ行くようだと……」
美咲が一歩前に出て重要事項を伝える。
「ほう。どういう風の吹き回しだ?」
どうやらこれもヴァルゼ・アークのスケジュールと噛み合わない様子だ。
「詳しくはわかりませんが、不死鳥族の少年がいなくなったらしく、その事と何か関係があるのかもしれません。」
美咲は景子から受けた報告から推測した考えを提示する。
「……………なるほど、そういう事か。」
ヴァルゼ・アークには理解出来たらしく、すぐに情景が頭に浮かぶ。
「どうなさいますか?総帥。」
どうするかはもうわかっているが、ヴァルゼ・アークの命令がなければ行動は起こせない。
だから由利もあえて聞いた。
「スケジュールの変更だ。由利、時間アポストロフィの準備だ。」
「では………?」
「ああ。俺達も不死鳥界へ行く。ネズミの始末もあるしな。それに、もうスタッカートの出方を待つ必要はない。一気に不死鳥族を全滅させる。」
「よろしいのですか?大幅なスケジュールの変更になりますが…………」
初期スケジュールとは違うヴァルゼ・アークの指示に那奈も戸惑う。
「俺の目的はもっと先にある。お前達に伝えているスケジュールはあくまで予定。予定は未定とよく言うじゃないか。」
那奈の戸惑いを、ウインクで弾き飛ばしてやる。
「わかりました。それでは至急時間アポストロフィの準備に入ります。美咲、那奈、貴女達はすぐにみんなを集めて。」
「はい。」
「かしこまりました。」
由利の指令に二人が胸に右手を当てて敬礼する事で答える。
そして三人がヴァルゼ・アークに一礼をして部屋を出て行った。
「………ルバート、どうやら俺達はスタッカートを止めるどころか、不死鳥族を滅ぼさなければならないようだ。」
ヴァルゼ・アークがレリウーリアのパーソナルエンブレムを象ったペンダントを指先で遊ぶ。
十字架の交差部分にある悪魔の瞳が紅く光っている。
覚醒した時のヴァルゼ・アークの瞳に似ている。
「この際、邪魔者は全て抹殺する。手段は選ばんぞ、スタッカート……」
魔帝対不死鳥王………ヴァルゼ・アークはスタッカートが既に死んでいる事をまだ知らない。
そして、変わる王がルバートである事も……………。