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第十九章 迷い鳥

相手が王とて我慢出来ない事もある。


「スタッカート!!トレモロが死んだとはどういう事だっ!!!!」


不死鳥界に戻るなり信じたくない現実を知ってしまう。

怒りを拳に込めてスタッカートに叩きつける。


「許せ………ルバート………」


今この場で殺されても文句はない。

それがルバートの望みなら。


「許せだとっ!!?まだ暴君を気取るかっ!!」


もう何回殴っただろうか?

本来なら王を殴り付けるなど親友とて許される行為ではない。


「トレモロは………あの区域に一人で調査に行ったらしい。私の人間界への進軍をやめさせる為に真実を見ようと………。」


「そんな事を聞きたいわけじゃない!!貴様、自分の恋人だろう!!?死んだ理由を確かめたのか!!?」


「理由はわかりきっている!!人間達のせいだ!!!トレモロを殺したのは人間だっ!!」


抑えていた悲しみを爆発させルバートに食いつく。


「まだそんな事を…………トレモロはそれが間違いだという事を証明しようとしたんじゃないのか?ならばお前自身の目で何故それを確認しない?とんだ男に惚れたもんだ。スタッカート、トレモロは私のたった一人の肉親だ。お前が不死鳥王でなく二人にはても幸せになってほしかった………なのに………なのに………」


スタッカートの襟首を掴んだまま下を向き涙を隠す。


「ルバート……………私はどんな罰も受け入れる覚悟はある。お前が死を望むのならそれでもかまわん。」


苦しい………。こんな形で親友の涙を見たくはなかった。

罰を受け入れるというよりも、どう償っていいかわからないのだ。

言えた義理ではないが、スタッカート自身の心もズタズタに裂かれていた。


「お前を殺したところでトレモロは戻っては来ない。」


スタッカートから手を離し背を向ける。

涙を見られたくない意思だと取れる。


「なら私はどうすればいい?」


「……………止そう。これ以上話し合ったところで私の悲しみが消える事はない。」


妹の死をどう解釈したらよいのか決め兼ねているが、先の見えない話は余計に悲しみを募らせる。


「ルバート……………」


「トレモロは私が弔う。」


それだけ言うとスタッカートの前から立ち去って行った。

残されたスタッカートはただ立ち尽くすだけ。


「トレモロ…………お前が何を調査しようとしていたのか…………私も知らなければならないようだ。今更かもしれんがな。」


意志は固まった。














暴君を演じるのもたまには有効だ。

王が城の外へ一人で出ると言うと何かとうるさい。

しかしお付きを付ける言ったところで要らないと一喝されるのを知って、一応の儀礼程度を済ませて何も言って来ない。

刃向かえばただでは済まない。それは同時に暴君だと思われている何よりの証拠だ。


「…………確かに死ぬような空気の汚れは感じない。」


自分が指示した立入禁止区域まで来て空を仰ぐ。

改めて冷静になってみるとルバート達の言い分も納得出来る。


「ん?あの洞窟は………?」


立入禁止区域にぽかんと口を開けるようにある洞窟を見つけて近付いて行く。


「……………こんなところに洞窟があったなんて………」


怪訝な顔をして辺りを見回し誰にもつけられていない事を確認する。

悪い事をしてるわけではないが、見られるのは上手くない。


「トレモロ、お前はこの中に入ったのか……?」


何か感じる。良からぬこの感覚。不吉な想いを胸に、再度つけられていないか確認をしてから洞窟の中に入って行く。


しばらく洞窟の中を歩き回ると前方で光が漏れているのがわかる。


「なんだあの光は?」


特に立入禁止区域を見て回ったわけではないが、この辺りは人間界の影響で光が射すなど考えられない。


「どうも不快だな…………」


さっきからスタッカートを縛り付けるように『在る』不吉な感覚がうっとうしい。

漏れている光に誘われるように奥へと進む。

奥へ進むにつれ光の実態があらわになる。


「な……………これは………………!!?」


スタッカートの目に飛び込んで来たのは見た事もない大きな機械。

動いている様子はないものの、煌々と機械の中から強い光が発している。

スタッカートを縛り付ける不吉な感覚は間違いなく的を得た。














「心配かけないで下さい。お願いしますから。」


妃山千明が心の底から心配していた事を切に伝える。伝えられた方はそんなに悪気があったわけでもない。

心配されるのはありがたいが悪気が無かった分少し困ってしまう。


「わかったわかった。今度からはちゃんと言ってくよ。」


「約束ですよ!!」


「ああ。」


千明は女優を生業としているが、これは演技ではない。

普段は悪戯に妖艶な雰囲気を醸し出して周りを………特に男を翻弄している。

ところが、ヴァルゼ・アークの前になると一転『女』になってしまう。それもか弱いくらいの。


「で、ネズミを捕まるつもりが不死鳥王に出会ってしまったと?」


仲矢由利は至って冷静にヴァルゼ・アークの行動を分析する。


「まあそんなとこだ。」


ソファーに踏ん反り返りワインを煽る。


「何か収穫はありましたか?」


ソファーで踏ん反り返るヴァルゼ・アークの隣で千明もワインをたしなみながら状況を聞く。

その向かいには由利が座り、彼女もまたワインの香を嗅ぎ口に含んで高級な味を楽しんでいる。


「収穫ってほどのものはない。ただ、ネズミを匿っているのは間違いないな。」


ネズミとはもちろん本物のネズミではない。

不死鳥王スタッカートに色々と吹き込んでいる者の事だ。


「これからどうするのですか?今、結衣と景子が不死鳥族と戦闘をしていますし、これから先不死鳥族を無視するのは難しくなりますよ?」


由利としては不死鳥族に関わりたくないのが本音だ。

今のところ目立った動きは見られないが、全勢力を注ぎ込まれたら天使との戦いよりも苦しくなる。


「だからみんなのリミットを解除したんだ。どのみちスタッカートはフラグメントがこちらに四つもある事はわかってるんだ、戦闘は必至だろう。」


「ねぇ…ヴァルゼ・アーク様、もう一度リミットを解除していただけません?もしかしたら私、リミット解除されてないかも…………」


「千明!」


由利が静かに一喝する。

舌を出して反省して見せる仕草にヴァルゼ・アークが千明の頭を撫でてやる。

もちろんここぞとばかりにそれに大胆に甘える。


「とにかく、スケジュールは少し早くなったがリミット解除はしたんだ。後は実戦でものにしていくしかないだろ。」


「という事は不死鳥族と戦うという事ですね?」


千明がヴァルゼ・アークの腕に絡み付いたままでヴァルゼ・アークのスケジュールを確認する。


「勘違いするな、目的はあくまでフラグメントの収集だ。不死鳥族は邪魔になった時に片付ければいい。」


「目黒羽竜の監視はどうなさるんですか?今回は結衣と景子が付いてますが………常に監視するのはきつくなって来ると思います。」


千明に続いて由利がはっきりさせておきたい事を聞く。


「まあレジェンダとの約束もあるし千明、羽竜達の監視はお前と結衣と景子の三人に任せる。いいな?」


「異論はありません。」


そう言ってワインを飲み干す。


「由利、お前は美咲と那奈を連れて残る三つのフラグメントの収集に当たれ。他の者達は俺と不死鳥界に行ってもらう。」


「ネズミの後始末ですか?」


「例えネズミ一匹だろうと、スケジュールに無い要素は徹底廃除する。」


ヴァルゼ・アークのスケジュール自体、由利も千明も知らない。何のスケジュールなのか?

彼女達はあえて聞く事はしない。

ヴァルゼ・アークの望むがままに行動する事、ヴァルゼ・アークのスケジュールを邪魔しようとするあらゆる事象を始末する事、それが彼女達の役目であり生き甲斐でもある。唯一由利だけは知ってるのかもしれないが………。


「わかりました。美咲と那奈には私から伝えておきます。」


由利が空いたグラスの淵を指でなぞる。


「そういえば、羽竜達は解空時刻を使って俺達より早くフラグメントを見つけられるだろうか?」


ヴァルゼ・アークが真剣な眼差しからいつもの少年のような表情へ変わる。


「遊んでらっしゃるのですか?ハー君で。」


ニヤニヤと千明がヴァルゼ・アークの真意を探ろうとする。


「フフ……遊び相手にするにはまだまだ子供さ。」


言葉とは裏腹にどことなく楽しそうだ。


「いつになく綺麗な満月だ………」


窓の遥か向こうから見ている月に口説くように呟く。

そのセリフは月さえも自分のものであるかのように感情が込められていた。














「こんなもの一体誰が………?」


スタッカートが奇妙な機械の周りを歩き回りながら呟く。

明らかに悪意を感じる。


「見られてしまいましたな。」


いくつかある通路の一つからタセットが現れる。


「タセット……どういう事だ?」


悪意を感じた機械を庇うような言葉を聞いて表情が険しくなる。


「困ったお人ですな、あれほどここへ近付いてはなりませぬと申しましたのに………」


いつもと違うタセットだ。

ここにあるこの大きな機械と同じく悪意を感じる。


「タセット、お前何か知ってるようだな。説明してもらおうか?」


「それには及びませぬ、不死鳥王。」


「何?」


「これを見られた以上生きて帰すわけにはいかんですからな。」


「ハハハハ!口を慎め!タセット!」


あまりにふざけた態度にスタッカートも痺れを切らし声を荒げる。

剣を抜きタセットに刃を向ける。


「ひっ………」


スタッカートの本気が伝わったらしく腰を抜かしてしまう。


「さあ説明しろ!この妙な機械は何だ!?トレモロの死と関係があるのか!?」


「ありますよ。」


タセットに救いの声がかかる。


「……ライト・ハンド………。貴様も噛んでるのか………」


「ええ。」


「なら貴様に答えてもらおうか。場合によってはこの場で斬る。」


何を答えようが斬るつもりだ。

ただトレモロの死の真相を知らなければ斬るにも斬れない。


「フフフ………いいでしょう。トレモロ様は私が殺しました。」


「なんだとっ!!?」


出て来た答えに呆気にとられる。


「彼女は不死鳥界の環境の変化を人間界とは無関係だと最初から怪しんでいましたからね、ここへ忍び込んでそれを確かめに来たようでした。」


「そんな理由で………そんな理由でトレモロを殺したのかっ!?貴様らの目的はなんだ!?」


もはやスタッカートの怒りは頂点に達した。

それでもライト・ハンドは淡々と続ける。


「私達の目的………それはもちろん貴方様と同じオノリウスの魔導書を手に入れ、宇宙を支配する事に他なりません。」


「下郎が………宇宙を支配するだと?私はそんな事は微塵も思ってはいない!一緒にするな!」


「たいして差は無いと思いますが?」


べとつくような笑みを浮かべスタッカートを睨みつける。


「反乱を起こすつもりか………愚かしい。何の為にこんな事を企む?」


「不死鳥界も人間界も宇宙の遺伝子の一つでしかないのです。貴方に言っても理解出来ないでしょうが、宇宙を支配しない限り生きとし生ける者達に未来はない。しかし貴方では役不足。本当ならこの機械を使い、人間界から取り込んだ汚れた空気を不死鳥界に撒き散らし、貴方が人間界へ攻め込んで魔導書を探し出すのを待つつもりだったんですが…………計画が狂ってしまいましたね。時代が生き急ぐ理由があるのでしょう。」


ライト・ハンドが何を言っているのかスタッカートにはわからない。

宇宙の遺伝子?時代が生き急ぐ理由?スタッカートにはわからない何かを知っているのだろう。

ライト・ハンドの不死鳥界における役割は主に今で言う経済、事務を担当している。

確かに魔法にも精通している博学者でもあるが、それにしても自分が無知なのかと勘違いするような錯覚が起こる話だ。


「リスティか?貴様が天界から連れて来たリスティが元凶か?思えばあいつが不死鳥界に来て、私はオノリウスの魔導書の事を知った。嘘か誠かインフィニティ・ドライブの存在も。そしてお前達までもたぶらかした。そうだな?」


「フッ………おめでたいお方だ。私がリスティを天界から救ったのは彼の頭脳が欲しかったからだ。私はリスティの事をよく知っている。彼は究極の天才だ。そしてヴァルゼ・アークの事もジョルジュ・シャリアンもトランスミグレーションもよく知っているんだよ。」


「何?」


「話はもういいだろう?不死鳥王スタッカート、今しばらくは生きていて欲しかったが……………ここで終わりだ。」


ライト・ハンドが腰の剣を抜く。

その剣はどこと無く近未来を想像させるような不思議な雰囲気を持っている。


「その剣は…………不死鳥界の物ではないな………?」


異様な形をした剣はスタッカートに危険を告げている。


「私の愛剣…………ファイナルゼロ。さあ、愛すべき恋人の元へ行くがいい!」


「剣で私に勝てると思うか!?トレモロの仇!!消えろ!ライト・ハンド!!」


解けない謎などもうどうでもいい。

スタッカートとライト・ハンドが剣を合わせ鍔ぜり合いを繰り広げる。

スタッカートは不死鳥王の名に恥じない剣の使い手、ライト・ハンドは剣術には長けていない。

スタッカートは勝利を確信していた。…………が、その確信は打ち砕かれる。

ライト・ハンドのファイナルゼロが数回の鍔ぜり合いの末、スタッカートの胸を貫いていた。


「うお…………な…………何?」


油断していたとは言っても、ライト・ハンドの成せる技ではない。


「憐れな………」


「ぐはっ…………くっ………ライト・ハンド………」


「不死鳥王伝説は新たな幕を開けるのだよ。」


ファイナルゼロをかざす。


「このまま………このまま死ねるかああ−−−−−−−っ!!!!!!!!」


スタッカートがライトハンドに向かって全精力を使い最後の抵抗をする。


「カスチェイ・イヴァン!!!!」


「無駄な事を!!!」


互いのオーラが衝突するが、すぐにライト・ハンドのオーラがスタッカートの技を飲み込み彼の命を奪った。


「おおっ!!あの不死鳥王を負かすとは!!でかした、ライト・ハンド!!」


ライト・ハンドの強さにタセットが絶賛する。

まさかこんなに簡単に倒せるとは思っていなかったのだろう、手を叩いて喜んでいる。


「タセット様、喜ぶのはまだ早いかと。スタッカートが死んだ以上混乱は必至。それだけは避けねばなりませぬ。」


「うむ。確かにその通りだ。しかしどうしたらいいのだ?」


「なあに、簡単な事です。混乱を起こす人々に共通の敵を与えてやるのです。」


「共通の敵?一体それは?」


「ばらばらの心を一つにする有効な手段は、その者達が意識を共有するような環境を作ってやる事です。そしてもっとも効果的で速効性が出るのは戦争です。大小は問いません。ただ共通の敵を与えてやれば、離れていた心が相乗効果を産み一つの国家が出来上がる……というわけです。」


「なるほど!さすがはライト・ハンド!戦士にしておくには惜しい!」


「光栄です。」


「では早速準備をせねばならん!先に行くぞ!」


ライト・ハンドの返事を聞かずにタセットが駆け足で立ち去って行く。


「フフ……………どいつもこいつもバカばかりだ。」


スタッカートの亡きがらを蹴り不敵に笑う。


「物語は私の物だ。」


抑え切れない笑いが洞窟内に響いていた。


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