第十五章 断罪と悪魔
「くっ…………やっぱり力じゃ負ける。」
状況はナヘマーの不利。カデンツァの大鎚をなんとかしなければ勝機は見えて来ない。
「ナヘマー!!どうした!お前の実力はこんなものか!?」
馬鹿でかい声がナヘマーの脳を揺らす。
啖氷空界の中でなかったら苦情ものだ。
「あ〜〜うるさい!だから嫌いなのよ、ああいう体育会系!」
悩んでいても始まらない。大地を蹴り凍り付いたジュースの自販機を踏み台にしてカデンツァの真上から攻撃する。
ロストソウルを振り、真空波を幾重にして動きを封じる作戦だ。
「ふはははははは!!くだらん攻撃だ!」
左手を前に出してバリアで防ぐ。
ナヘマーもこの程度の攻撃でカデンツァの動きを完璧に防げるとは考えていないが、こうもあっさり防がれるとまた振り出しに戻るしかない。
「なるほどね、ヴァルゼ・アーク様がリミット解除を許可するわけだわ。少し前の私ならここまでは食い下がれなかったわね。」
「フン!悪魔と言ってもたいしたことはないな。」
カデンツァにしてみれば不満の残るところ。
彼にとっての戦いとは精神を擦り減らすような命のやり取り。
それがない以上はなんの意味もない。
「ナヘマー、その若さで悪魔になってまで何を企んでいる?」
「いきなり何?別にあんたに関係ないじゃん。」
「関係ない………か。人間の上等語だな。自分達さえ良ければそれでいい。気に入らんな。」
「私は悪魔です!」
人間と言われるのが嫌いなナヘマーが念を圧してカデンツァに忠告する。
「変わらんさ。悪魔だろうが人間だろうが、我々にとっては虫けらに過ぎない。」
「言ってくれるわね。殺戮で地上を支配しようとしてるような輩に言われる筋合いはないわ。」
「殺戮?ふざけるな。我々不死鳥族は偉大なる不死鳥王スタッカート様の意思を人間共に思い知らせる為に戦うのだ!」
大筋の話はヴァルゼ・アークから聞いてわかっている。
時空間の繋がりの理由から、人間界の環境汚染が不死鳥界にも飛び火していると。
でも………
「だったらそうすればいいでしょ?イチイチどっかの演説のまね事しないでくれる?ウザイの!」
「なんだとッ!?」
「ほんとイライラする男!あんたとは会話する気分にはなれないわ!」
本音を言えば、不死鳥界がどうなろうと人間界がどうなろうと関係ない。
ヴァルゼ・アークの目的を果たす。その為にだけ自分という悪魔は存在する。
ただヴァルゼ・アークの目的は何なのか知らないが………。
「耳を貸した私がバカだったわ。そんなつまらない話じゃ、女の子の興味は惹けないわよ。」
ロストソウルをくるくると回して再び戦闘の意思を見せる。
「我々の苦しみも知らずに………前言撤回しよう、やはり貴様は悪魔そのものだ!」
真面目に訴えたつもりだったのだが、茶化すナヘマーに怒りが爆発する。
「やっとわかったみたいね。そうよ、私は悪魔。ナヘマー結衣よ!」
姿勢を低くしてカデンツァに挑む。力では到底敵わないが、体格の差と持ち前のスピードを生かして突破口を開くしかない。
大鎚を振り上げ威勢よく地面に叩きつける。
その衝撃で地面から爆発が起こる。
爆発の中を怯む事なく向かって行く。
前にいるカデンツァの姿は確認出来ていない。
もしカデンツァにナヘマーの姿が確認出来ていたら、そこで終わってしまうかもしれない。
「…………一か八かね。」
呟き様にロストソウルを一本投げる。
「小細工を!!」
カデンツァがロストソウルを弾く。
その声と音でもう、すぐそこにカデンツァが姿を現す事を予測出来た。
「オマケ!!」
残る一本のロストソウルも勢いよく投げる。
「バカめ!!」
なんなくもう一本も大鎚で弾く。
爆発がおさまりかけカデンツァが見える。
勢いに任せて振り払った事がわかる恰好をしている。
つまり、隙がある。
「意外なラッキーね。喰らえっ!!ハウリング・ハーモニクス!!!!!!」
七色のレーザーが円を描きその中から七色のレーザーがカデンツァ目掛けて飛び交う。
「ぬおおおっ!!」
ハウリング・ハーモニクスまでも弾き返してやろうと大鎚を振ろうとする。
が、大鎚が軌道に乗るまでの僅かなタイムラグがハウリング・ハーモニクスの直撃を受ける原因となってしまった。
「ぐおっ!!!?」
「今なら倒せる!!もう一発よ!!ハウリング・ハーモニクス!!!!!!」
今が攻め時と第二波を放つ。
彼女達の必殺技は大量の魔力とオーラを組み合わせてその形を成す。
二回も放てば残る魔力とオーラは微々たるもの。
これで決めなければ後はない。
「お願い!このまま死んで!!」
「ウオオオッ!!」
か細いレーザーがカデンツァの身体を突き抜けて行く。
「とどめ!!!」
最後の一筋のレーザーがカデンツァに向かう。
「おのれ悪魔っ!!!!」
大鎚を力いっぱい振り下ろす。
油断していた。まさかこの状況から反撃してくるとは思ってなかった。
「嘘っ!?」
攻撃にのみ集中していたナヘマーをカデンツァのオーラの爆発が襲う。
一気に鎧が壊れる。
高く浮き上がった身体は、爆発によってえぐられた地面に落ちる。
「なんて小娘だ。通常自分の武器を囮にして技を仕掛けるなど考えられん。しかしあまりに無防備過ぎたな。」
経験の差とでも言うべきか、カデンツァはハウリング・ハーモニクスを受けてナヘマーの次の行動を予測した。
力の差を気にしすぎていたナヘマーは必ずこの機会に第二波を撃って来ると。
もちろん、ナヘマーとの少しの会話からも彼女の性格を推察している。
戦いにおいての会話も、時には重要な役割を持っている。
心理戦においてはナヘマーはカデンツァには及ばない。
「うっ…………くそ…………」
迂闊だった。
こんな無様な姿を晒してしまうとは。
「鎧が無ければ死んでたな。」
カデンツァもハウリング・ハーモニクスをまともに受けて無傷というわけにはいかない。
多少の怪我はしている。
「お姉様達に怒られちゃう………こんな惨めな姿………」
かなりの衝撃で頭が朦朧とするのか、目の焦点が定まっていない。
「まあ女にしてはよくやった方だ。我が身に傷を負わせたんだ、誇りに思って死んで行くがいい。」
四つん這いになっているナヘマーの頭上に大鎚をかざす。
「誇りに………思っ………て………死ぬ………?」
「さらばだ!」
ナヘマーの頭を狙い打つ。
大鎚の重さを利用して思いきり勢いをつけて。
「!!!!!!」
勢いのついた大鎚はそのまま轟音を立てて落ちる。誰もいない地面へ。
「き………貴様……まだ動けるのか!?」
いつの間にかカデンツァに肩車するような恰好でカデンツァの首をフトモモで絞めていた。
その両手にはロストソウルがしっかり握られている。
「動けるんじゃなくて動いたのよ。言ったでしょ、早く帰るからって。」
ほぼ水着のような状態でしか残ってない鎧が、逆に野性的な雰囲気を醸し出している。
「形勢逆転かしらね。今楽にしてやるわ。」
「ぐっ………こんな細足で俺が落とされると思ってるのか?」
左手でナヘマーの足を掴み離そうとする。
「乙女の生足を触るなんて!変態!!」
カデンツァの力に負けじと更に絞め上げる。
「ぬぅ………どこにこんな力が…………?」
相当のダメージを負っているはずのナヘマーの足を外せない。
どんどん絞まる首が苦しくなってくる。そして我慢出来なくなり大鎚を捨てて両腕でナヘマーの足を振りほどく。
「ぬおおりゃゃぁぁぁあっっ!!」
「チッ!」
舌打ちをしてカデンツァから離れる。
「一体どうなってるんだ………」
絞められた首を摩りながらナヘマーの行動に疑問を放つ。
「漲って来る………悪魔としての力が………!」
自分自身の身体に起こっている現象に戸惑う気配はない。
むしろ喜び、楽しんでいる。
そしてその現象はナヘマーを真の悪魔へと導く。
ヴァルゼ・アークやジャッジメンテスのように悪魔の姿へと。
「フフフ…………勝てるわ。勝てるのよ!貴方に!」
「…………………っ!」
ナヘマーの膨れ上がるオーラに一瞬怯んでしまう。
「不死鳥族…………いらないわ。」
「何?」
「要らないのよ。この宇宙において私達闇十字軍レリウーリア以外の存在なんて、蟻一匹として要らない!私を陥れたあいつらも殺してやらなきゃ!」
カデンツァに話し掛けているようではない。ただ独り言を言っているだけのようだ。
そんなナヘマーにカデンツァが不快を覚える。
「ふざけるな!!不死鳥族が要らないだとっ!!?どこまでもコケにしおって!!」
「カデンツァ、まだいたの?」
ニヤリと薄ら笑いでカデンツァの怒りに油をくれてやる。
「許さん!貴様の存在こそ消してやる!!」
話す余地はないと得意の大鎚で攻撃しようとするが………はっと冷や汗が流れる。
ついさっきナヘマーの足を外す時に手から離したのだ。
慌てて地面を見る。
すぐそこに横たわっている。
大鎚を拾い上げようとしゃがみ込み攻撃に転じようとしたが、
「最後にとんだドジを踏んだわね。」
「!!」
ナヘマーが既にオーラを全開にして獲物を狙っていた。
「カデンツァ、私を否定する奴は私の両親同様殺してあげるわ!」
ロストソウルを逆手に持ち、腕を正面で交差させて必殺技の構えをとる。
「調子に乗るな小娘!!!」
カデンツァが大鎚を投げ付けようとするが、重量のある大鎚を投げるにはタイムラグがある。
ナヘマーはそこを見逃さない。
「消えて失くなれ!!ハウリング・ハーモニクス!!!」
増幅したオーラによってその威力を増した七色のレーザーが、カデンツァに襲い掛かる。
もはやどう対処する事も出来ない。
「うわあぁぁぁぁぁっっ!!!!!」
レーザーの束がカデンツァを貫く。
後ろに飛ばされ身体が地面を転がる。
会心の一撃だ。
倒れ、起き上がれないカデンツァのところへナヘマーが来る。
「ぬ…………くそっ………俺が………俺とした事が……」
「不死鳥族……………恐れるに足りないわ。」
ロストソウルがカデンツァの額に刺さる。
「ぐぉっ…………」
カデンツァの身体が浄化されて光る粒子となる。
その粒子に囲まれ空を見上げる。
「お父さん、お母さん、貴方達の血さえこの身体に流れていなければ、私は自分自身に何の不満もない。そしてそれはもうすぐ叶う。ヴァルゼ・アーク様の加護によって。」
虚ろな瞳に何を見ているのか………彼女にしかわからない。
「血の繋がりだけの絆なんていらないのよ………」