第十一章 少女の想い
今日のシュミハザはいつにも増して機嫌が悪い。
いつも膨れっ面をしてるが、それを忘れさせられるほど膨れっ面をしていた。
「お前の相手は私がしますです。」
不死鳥族の戦士は目の前の小さな女の子に奇怪な視線をぶつける。
「フッ………まだ子供ではないですか……」
目が隠れるようなマスクを被っていたからわからなかったが、始めて聞く声から戦士は女だとわかった。
「子供扱いはやめてほしいです。こう見えても闇十字軍レリウーリアの一人、シュミハザです。舐めて掛かるとケガじゃ済まないですよ?」
子供子供と言われるのが釈に障る。
十四歳という年齢が中途半端な気がしてならない。
「ちゃんと挨拶出来るじゃないですか?なら私も………私は不死鳥族炎の戦士団が一人、チャーチよ。よろしくお願いしますね。」
透き通る聞こえがいい声をしている。
「気に入りませんね、口調といい私の真似をしてるようにしか感じません。」
「別に真似をしてるつもりはないですよ。お嬢『ちゃん』。」
チャーチの一言がシュミハザの機嫌をさらに悪くした。
「お前は………殺します!!」
言葉と同時にチェーンのロストソウルで攻撃する。
実に高性能な蛇のように鋭角な動きでチャーチを惑わす。
チャーチも負けじとロストソウルに捕まらないように機敏な動きを見せる。
シュミハザのロストソウルの特徴はその動きではない。決められた長さをものともしない能力。進行方向の空間に時空の歪みを創り、そこに飛び込みさらに別の場所に時空の歪みを創る事で自身の長さ以上の距離を移動、また予想出来ないところから攻撃する事が可能だ。
「中々の武器ではありませんか。」
まだ余裕のチャーチも次の攻撃は読めなかったようだ。
正面から一気に後ろに回り込み、チャーチを狙う。
それをチャーチは剣を抜いて防ごうと待ち構える。その間、僅か一秒。
しかしロストソウルは直前で時空の歪みを創り、勢いを増して飛び込む。
「!!!!」
突然消えたロストソウルに焦りを見せるチャーチ。
ロストソウルはチャーチの真下から時空の歪みを抜けて攻撃してくる。
「クウッ!!!」
身体をのけ反りまさに間一髪でロストソウルをかわす。
ロストソウルはそのままチャーチのマスクを空中に弾き飛ばす。
「運のいい奴です。」
チャーチのマスクが地面にたたき付けられ転がる。
シュミハザはロストソウルを一端自分のところへ戻す。
マスクを弾き飛ばされたチャーチの素顔が見える。
「油断しました。あんな妙技を持ってるとは………」
チャーチの素顔は戦士という言葉は似合わない美しい顔だ。ただ一つ、両目を失ってなければの条件付きで。
「お前………目が見えないのですか………?」
両目が大きな傷により塞がれている。
敵とはいえ同じ女として胸が痛む。
「見えますよ。よく。お嬢ちゃんの顔も手に取るように見えます。」
「何をバカな……見えるわけがないです!」
「ウフフフ………瞳という道具が無ければ何も見えないと思うのは大間違いですよ?なまじ目が見えるよりも何かと都合がいい事も多々あります。理解して頂けないとは思いますけど。」
乱れた髪を整えながら盲目の有利性を称える。
「それと、同情していただかなくて結構。案外気に入ってますのよ。」
シュミハザを真っ直ぐ見ている。
ロストソウルをかわす動きや、話す時シュミハザを見る仕草なんかを見ると盲目とは思えない。
「フン!やせ我慢は嫌いです。自分の肉体の一部を失って気に入ってるなんて嘘です。」
「嘘は言ってません。私のこの両目は愛の証。」
失った両目が愛の証。この言葉にシュミハザは自我を抑えきれない。
「ハハ。その傷が愛の証?三文小説にも出てこないよく台詞を恥ずかしくもなく言えますね。」
「お嬢ちゃん、貴女好きな男性がいるんでしょう?」
瞳の無い目でシュミハザをじっと見る。緩む口元はシュミハザより上位に立った事を確信する。
「なんの事です?」
「ウフフ。とぼける辺りが可愛いですね。貴女はさっきから何かに苛立っている。でもそれは事象ではなく抽象なもの。喧嘩でもしましたか?愛する男性と。」
「……………ッ!!」
図星とまではいかないが、あながち間違いではなかった。
まだ人生経験の若いシュミハザと、それなりに人生経験をして来ただろうチャーチとではこの手の話で同じ土俵に立つのは無理な話。
「貴女は私のこの両目を哀れむ。でもそれは間違いですよ。考え方を変えましょうか?貴女は貴女の愛する男性の為に身体の一部を失ったら、その人を恨みますか?」
皆まで言わなくても何を言いたいのかわかる。
答えはもちろんNOだ。
そう考えればチャーチの気持ちに同意出来る。
「恨まないです。でもあのお方は愛する対象ではなく、崇拝すべきお方。私の気持ちは関係ないのです。」
「ホントに可愛いお嬢ちゃん。そうやって自分の気持ちを押し殺しても、好きという気持ちは消えないのではないですか?大切なのは貴女自身が何の為に戦っているかという事。私にはわかりますよ、貴女は愛する男性の野望の為に命を捧げて戦っている事を。」
「知った風な口を………!」
「いいえ。目が見えないとあらゆる感覚が研ぎ澄まされてきます。それは人の心の中まで読めてしまうのです。やせ我慢してるのは貴女のほうでしたね。」
シュミハザの心が乱れる。
愛してはいけない。そう思ってた。でもチャーチの言う通りやせ我慢してるのは自分の方だ。
「ヴァルゼ・アーク様…………」
その名を口にした途端、せつなさが込み上げる。
その心の隙を見逃さない。
素早い身のこなしでシュミハザに詰め寄り、蹴りを入れる。
「くっ……!」
不意を突かれ後ろに吹き飛ぶ。
「フフフ………見える!貴女の心が!慟哭が!」
吹き飛んだ姿勢を一回転して着地する。
しかしチャーチはすぐそこまで来ている。
「もらった!!!」
攻撃体勢に入ろうとするが間に合わない。
チャーチの剣がシュミハザを襲う。
咄嗟に右手で防御する。篭手を擦り抜け痛みが走る。
「なんて鋭い剣筋……」
篭手の傷口から血が滴る。
レリウーリアでもここまでブレ無い剣筋を持つ者はいない。
もちろんヴァルゼ・アークは例外だ。
「ヴァルゼ・アークも罪な男ですね、貴女みたいにまだ幼い少女の心を奪ってしまうなんて………」
嫌みで言ってるのではない事はわかる。
ただやはり子供扱いされてるのが気に入らない。
「私は十四歳です!もう子供ではないのです!」
我慢出来ず怒鳴り散らしてしまう。
「そういうムキになるところが子供だと言われるんじゃないでしょうか?」
「言ってなさい!!!!」
怒りに任せてロストソウルを放つ。シュミハザの怒りを込めたロストソウルはチャーチの身体に巻き付き、彼女の動きを封じる。
「残念でした。お前の負けです。」
きつくチャーチの身体を縛り付ける。
「デッドエンドネメシス!!」
シュミハザの魔力がロストソウルを伝ってチャーチを襲う。
空間が摩擦を起こしてチャーチの鎧を焼き切ろうとする。
「心が乱れたままでは、私には勝てませんよ………」
デッドエンドネメシスがその進行を止める。
変わりにチャーチのオーラが炎となってロストソウルを逆流して行く。
「なっ………!!」
あっという間にロストソウルが炎に包まれ、シュミハザの肉体に絡み付く。
そして一気に爆発する。
「キャアッッ!!!!」
天高く舞い上がった小さな身体は、支えもなく地面に叩き付けられてバウンドする。
「アハハ……痛かった?手加減したつもりだったんですけど。」
「この………!」
「ほら、早くお立ちなさいな。」
危険を察知して身を翻したからよかったものの、でなければ肉体の一部を失うだけではすまなかったろう。
「チャーチ………お前は誰の為に戦っているのです?」
十四歳の少女に疑問が沸き起こる。レリウーリアのメンバーはヴァルゼ・アークただ一人の為に自分達は存在していると思っている。もちろんそれには理由もある。
悪魔の使命だけではない。
他のメンバーは、口々によくヴァルゼ・アークを愛していると言う。
シュミハザも同じ気持ちではあるが、彼女がそれを口にしないのは一度言葉にしてしまえばヴァルゼ・アークにも愛を求めてしまいそうになるからだ。
ヴァルゼ・アークもシュミハザ達に対して愛はあるだろう。
でもそれは男女間の愛とはまた別のもの。
彼女達はそれで満足している。
でもシュミハザは、南川景子はそれだけでは満足出来ない。
彼の為に死ぬ事なんてなんとも思わないが、やはり独占したい気持ちが燻っている。
チャーチから感じるものも、他のメンバーから感じるものと似ている。
愛されたいとは思っていない。自分が愛していればそれが全てという考え方。
どうしてもシュミハザが納得出来ない愛のカタチだ。
もしそれが理解出来ない事で子供だと言われるのなら、永遠に大人にはなれないかもしれない。
チャーチがそこまでして愛してる者、それが誰なのか気になる。
いや、問題はチャーチとその男がどういう関係か知りたいのだ。
ヴァルゼ・アークのように象徴的な人物なのか?それともただの男か?
「知りたい?」
チャーチの悪戯な問いに何も返さない。
「私の愛するお方は不死鳥族の魔法戦士、ライト・ハンド様。ヴァルゼ・アークとは違って一戦士でしかありません。何の肩書もない………ね。」
何の肩書もない。シュミハザには意外な言葉だった。
想像してたのは不死鳥王の名か、もっと不死鳥族でも偉い人物かと思っていた。
そうでもなきゃ両目を失って、それを愛の証だとは言えない。
「ライト・ハンド…………聞いたことないですね。」
「とても聡明なお方ですよ。立場としては私の方が上ではありますが。」
「…………立場が下の者を愛したと?」
「本来なら不死鳥族では許されない事ですが…………変わり者……という事でしょうか、私が。」
瞳は無いチャーチだが、その失った目はどこか遠くを見ている気がする。
きっと色々な事があったに違いない。
そう直感で感じた。
だからこその揺るぎ無い気持ちなのだと。
シュミハザはあの日の事を思い出していた。




