第十章 FULL MOON
「え〜〜〜〜いっっ!!!」
間の抜けた掛け声が早朝の河原に響く。
「ダメだ!もっと強くイメージしろ!」
もうすぐ夏休みになる高校生が三人、そこに居候(?)の少年と一羽の貴重な雛鳥。
不死鳥族相手に戦うと決めた以上は半端は許されない。
ほぼ一日中毎日特訓している。
羽竜の強さは証明されている。ただその強さをいつでも引き出せるわけではない。
自分の命が危機にさらされた時限定でトランスミグレーションの力を解放出来る。
もちろんそれでは意味がない。
そこで課せられたのは集中力を養う事。
その為の特訓は蕾斗の放つ極めて威力の弱い、ピンポイントの魔法を避ける事。
威力は弱くともその分スピードに魔力がまわされているので、秒速百メートルはある。
当たれば当然怪我をする。
おまけに距離は十メートル弱。
驚異的な攻撃となる。
次は蕾斗。蕾斗に課せられた特訓は、魔力の微妙なコントロール。魔力を抑えに抑えて放つピンポイントの魔法。
それを同じ魔力と速さを維持しながら羽竜を狙う。
魔力のコントロールさえつければ、きっと魔導も思いのままになるとレジェンダは考えたのだ。
そして冒頭のあの間の抜けた掛け声は、吉澤あかねだ。
かつてエアナイトだったというレジェンダが付きっきりで指導している。
「や〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
何度聞いても間が抜けている。しかし本人は真剣そのものだ。
「あかね、エアナイトは強くイメージしたものを物質化出来る。レリウーリアの連中が武器を具現化するだろう?あれと同じだ。お前はサキエル戦の時トランスミグレーションをイメージしたと言ってたが、それはイメージしたのではなく記憶にあるお前の中での『剣』の象徴でしかない。まあ結果として優れた『剣』を物質化したわけだが………」
「簡単に言うけど、扱っている私でさえ剣の姿が見えないのにこれ以上イメージのしようがないよ〜。」
「そのイメージがお前の中で定着した時、それはロストソウルにも引けを取らない武器となる。」
「じゃあやって見せてよ。」
むすっと膨れっ面でレジェンダに反抗する。
「………………」
「だんまりはやめなさいよ。」
あかねに行動を読まれて観念したのか珍しく素直になる。
「…………一度だけ。一度だけだぞ…………」
「…………!」
普段はだんまりしたらこちらが引くしかない。そうしなければ話が先に進まないからだ。
でも今日はすんなりこちらの要求を呑んだ。
あかねもあっさりしたレジェンダの言葉に逆に畏まる。
「よく見ていろ!」
レジェンダの正面の空気が圧縮され、剣の形を造る。物質化が始まり、なんと金属に変わっていく。
「すごい…………」
ただ驚くばかりだ。
錬金術でも見ている錯覚さえ覚える。
「かつて私のイメージから生まれた剣、パラメトリックセイバーだ。」
金色に輝く刃が太陽より明るく当たりを照らす。
「なんだよあれ………」
眩しさに羽竜が目を奪われる。
「うわあ………」
フォルテも感心してパラメトリックセイバーを眺めている。
「いいかあかね、イメージとは形や色の認識・識別ではない。人それぞれの心そのものだ。お前が戦う時、そのイメージした剣に何を願い、何を求めるか。大事なのは強い想いだ。」
得体の知れない生き物だとばかり思っていたが、知識ばかりでなくそれを凌駕する能力を持っている事を思い知らされた。
「姿のない剣は相手を混乱させる事が出来るが、同時に使い手の距離感を狂わせてしまう。目に見える事に大切な事もある。忘れるな。」
レジェンダに諭されあかねは頷く。
「羽竜、蕾斗、誰が休めと言った?続けろ。」
レジェンダの後方にいるのに振り向かずともわかるらしい。
元が戦士だからか、こういう事にはやたらとスパルタだ。
羽竜と蕾斗はレジェンダに反抗する事なく特訓の続きに入る。
レジェンダも物質化したパラメトリックセイバーを消去しようとするが、思い留まりあかねに提案をする。
「いい考えが浮かんだ。せっかく久しぶりにパラメトリックセイバーを物質化したのだ、どうせこのまま続けていても日が暮れるだけだ。実戦での特訓に移るか。」
「え……………?」
嫌な予感が頭を過ぎる。そしてもちろんそれは的中。パラメトリックセイバーの刃があかねへと向けられた。
宮野葵から羽竜がオクターヴと戦った夜、何者かが羽竜達を助けたと聞いた。
ずっと気にはなっていたが、ルバートの話を聞いて答えがうっすら見えていた
「どう思われます?」
今日は仲矢由利はいない。変わりに話しているのは新井結衣。
最近羽竜達も結衣も学校へ行ってなかった。
そういう余裕のある状況ではもはや失くなりつつある。
「葵の話とルバートの話から推測すれば間違いないだろう。」
答えは見えて来ているのにどこか釈然としない。
どんなに思い返しても完璧に事を成したはず。
微塵の誤算もなかったはずだ。
犯人がわかっていても、トリックを見破らなければ解決とは言えない。
「でも一体どうやって………」
「考えても始まらん。だが現実は現実として捉えなければならない。」
「……はい。」
深刻な話をしているが、結衣にとっては学校へ行って猫を被ってるより、ヴァルゼ・アークと共に時間を共有している方が充実している。
「その事はそのうち調べる。それより問題は不死鳥族だ。放っておいても構わないと思ったが、羽竜が我々の保護を拒んだとなると彼を助ける為に戦闘になる可能性もあるわけか。」
結衣が羽竜達の警護に当たっている時、羽竜達の会話を聞いて保護を拒んだ事を知り、ヴァルゼ・アークに報告していた。
「馬鹿な男です。不死鳥族は天使とは違うのに………」
「それも羽竜達が選んだ道なら仕方ない。ただ、今羽竜達に死なれては困る。とはいえ不死鳥族と対等に渡り合える奴は俺と由利、美咲と愛子の四人しかいない。」
「すいません………」
役に立てない事がすごく切ない。
「おいおい、勘違いするなよ?責めてるわけじゃない。」
結衣の顔をじっと見て微笑む。
その笑顔に救われる。
「まだお前達は力を百パーセント使いきれていない。そのリミットを解除してもいいんだが………」
「リミット?」
「ああ。お前達に悪魔の力を与えた時に制限したんだよ。」
「どうしてですか?」
「ただの人間であるお前達が、突然驚異的な力を手に入れれば肉体も精神も耐えられず崩壊してしまう。その為のリミットだ。」
言ってる意味はもっともな事なのだが、結衣はそう思わない。
こういう事を『優しさ』と受け取るところがある。
彼女の僅か十七年の人生がそうさせてしまっている。
ヴァルゼ・アークも承知している事で、わざわざ否定するような事は言わない。
「お優しいんですね…………ヴァルゼ・アーク様は。」
「ありがとう。」
結衣の病んでいる心を知るからこそ彼女の全てを認めてやる。
「でもリミットの解除法ってあるんですか?」
「もちろんだ。ただボタン一つで………というわけにはいかない。」
言葉を濁すところを見ると簡単にはいかないようだ。
「………結衣、みんなに連絡をしてくれ。準備は早めにした方がいいからな。」
「了解です!早速みんなに連絡取ります!」
元気よく応答して部屋を出て行く。
「………元気のいい事だ。」
ヴァルゼ・アークの頭にはあの日、天界の最後の日の事しかない。
「直接聞いた方が早いな、当事者に………」
夕暮れの風が気持ちいい。
今宵は満月…………
一生懸命特訓をしたからか、三人共食が進まない。
コンビニの弁当とはいえ、最近は味も以前より格段にも増した。
とりあえず買って来たものの疲れ過ぎて弁当と睨み合いを続けている。
「食べないの?」
そんな三人を見つめながら、一日何もしていないフォルテが底知れぬ食欲を見せる。
「一日俺達の特訓見てただけなのによくまあそこまで食えるな。」
半分皮肉、半分は感心している。
「ほれはひがうほはうう(それはちがうよ羽竜)」
「ちゃんと飲み込んでから話さなきゃダメよ!」
あかねもくたくたではあるがしつけと思い一声を出す。
そんなあかねの気持ちを知ってか知らずか、なおも食べ続けるフォルテが異変んに気付く。
「くふ!!(来る!!)」
フォルテの口の中からジャンクとなったサラダ達が羽竜達に攻撃してくる。
「どわっ!!きったねーな!!」
「きゃっ!!フォルテ君!!!」
「勘弁してよ〜〜〜!!」
奇襲攻撃が羽竜、あかね、蕾斗に直撃する。
まだ口の中に溢れ返るサラダ達を飲み込みもう一度言い直す。
「来るよ!!近くまで来てる!!」
緊張がフォルテを媒介として伝わってくる。
その緊張をフランジャーも自らの声で伝えている。
「来るって、不死鳥族か?」
羽竜の表情が険しくなる。
間違いなく戦闘になる。もしオクターヴなら………いや、多分彼だ。
「レジェンダ!!」
羽竜がレジェンダにアイコンタクトする。
「わかっている。トランスミグレーションだな。」
「ああ!」
レジェンダがマントの中からトランスミグレーションを出してそれを羽竜が受け取る。
「行くぞ!」
羽竜が掛け声を掛け、全員が頷く。
速やかに羽竜の家を出て住宅街から離れる。
「ご苦労な事だな。」
「オクターヴ!!!」
住宅街を抜け切る前に上空からオクターヴが現れた。それも部下を引き連れて。
羽竜の緊張が闘志に変わって行く。
「蕾斗、啖氷空界を。」
「オッケー!啖氷空界!!」
レジェンダに促され啖氷空界を張る。
「結界か………無駄な事を。」
「無駄かどうかやってみろ!今日はこの前みたいにはいかないからな!!」
どうやら羽竜はこの前の公園での借りを返したくて仕方ないらしい。
なんだかんだ言ってもプライドの高い羽竜の事、無理もない。
「フフ……好きなだけ相手をしてやるよ。この鎧の借りもあるしな。」
地面に降り立ち、ひびの入った鎧を触る。
「今日は仲間が一緒か、ちょうどよかった。俺の部下も面倒見てやってくれないか?少々荒っぽいが。」
オクターヴの後ろの四人の戦士が、オクターヴ同様真紅の鎧を纏い戦闘開始を待っている。
「炎の戦士隊!!」
それが彼らを一くくりにする言葉らしい。フォルテはそれをよく知っている。
「向こうは五人もいるよ?どうする羽竜君?」
蕾斗に案が浮かばず、羽竜に作戦を煽る。
「悩むな、蕾斗。お前も戦士の端くれ、一人で二人は相手しなきゃな。」
「はい?」
「俺がオクターヴ、お前と吉澤がその他二人ずつ!決まりだ!」
エラソーに胸を思いきり張る。
「聞こえたよ、羽竜君。どうして女の私が二人も相手しなくちゃいけないの?」
あかねが羽竜に詰め寄る。
「い、いや………ハハハ……」
聞こえてしまってはどうしようもない。
「一人は私が引き受けるわ。」
「新井!!」
「新井さん!!」
羽竜とあかねが思わぬ助っ人に驚く。
「漆黒の鎧………黒い気配………悪魔か………」
ナヘマーとなった結衣の気配からオクターヴが推測する。
「でもお前、なんか少し違くないか?」
いつものナヘマーとは様子が違う。
ジャッジメンテスのようにより悪魔に近い姿になっている。
鎧も少し豪華な印象を受ける。
間違いなくパワーアップした事が伺い知れる。
「覚醒『中』ってところかしら。さあ、行くわよ!」
二本の短剣のロストソウルを具現化する。
「なんでお前が仕切るんだよ!」
「細かい事気にする男ってモテないってレリウーリア(うち)のお姉様達が言ってたわよ、目黒君。」
羽竜のツッコミを軽く流してやる。
いつもながら、戦闘の前のこのやり取りが彼らに余裕をもたらす。
「新井さんが来てくれたなら心強いね!」
蕾斗も大歓迎のようだ。
「ならもう一人は私が相手をしますです。」
オクターヴ達を挟み打ちする形でシュミハザが現れる。
「ですます女!!」
「その呼び方はやめてほしいです。バカ男。」
「ぬわんだと〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!!」
シュミハザもナヘマーと同じくパワーアップが伺えるが、羽竜にとっては天敵のようなシュミハザの登場で羽竜にそれを気にする余裕はない。
そしてもう一人、余裕を失くした人。
「彼女が現れるといっっっっっつも羽竜君テンション上がるよねぇ………」
あかねがギロリと羽竜を睨む。
「い、いっつもって………そんなにしょっちゅう会ってねーよ!!」
やましい事なんて何も無いし、嘘も言ってない。でも何故か言い訳がましい言い方になる。
「じゃあたまには会ってるんだ?」
女性特有の執拗な嫉妬攻撃に、一生懸命『何か』を説明している。
「やれやれです………」
シュミハザが溜め息を吐く。
「始めていいのか?」
オクターヴも痺れを切らしてきた。
「……言っておくが、この前の羽竜ではないぞ。」
「ジョルジュ…………貴様が羽竜の仲間だったとはな。てっきり悪魔の仲間かと思っていたが。」
「どういう事?レジェンダ?なんか知り合いみたいだけど?」
蕾斗が不思議に思って聞いてみる。
「昔……のな。」
「この前のようにはいかない?あれから一体何日経ったと思ってる?たった三日だ。たった三日で何が変わる?」
「変わるんだよ、こいつらの成長を見くびると痛い目にあうのはオクターヴ、お前の方だ。」
「言ったな、ジョルジュ。いいだろう、羽竜の次は貴様だ!覚悟しておけ!」
ケツァールを抜く事でゴングを鳴らす。
四人の部下がオクターヴの意思を組み、方々へ散る。
羽竜以外の者に邪魔をされたくないオクターヴの意思に羽竜も応える。
蕾斗、あかね、ナヘマー、シュミハザがそれぞれの敵を追って行く。瞬間移動の使えないあかねはレジェンダが変わりに連れて行く。
「フランジャー、お前は僕と一緒に羽竜を応援するんだ!」
「ビーーーーッ!!!」
フォルテとフランジャーは羽竜のところに残る。
啖氷空界の向こうで満月が浮雲を従えるように羽竜達とオクターヴ達との戦いを見守る。
今、不死鳥族との戦いが幕を開ける。