第九章 燃え盛る炎のように(後編)
スタッカートにとって一番気持ちが休まる場所は、城の裏手にある噴水池だ。
何かと小うるさい大臣から離れ、一人だけの時間を堪能出来る。
「陛下!陛下!」
まあ最近では城にいない時はここにいる事がわかっているようで、堪能出来る時間も限られて来た。
「陛下、ハァ……ハァ……」
若い男の兵が息を切らしている。
何をそんなに急いでいるのか?
どうせたいした用事ではないだろう。
「なんだ騒々しい。」
テンションが一気に下がる。
「へ、陛下、ご報告が………」
「だからなんだ……?」
「あ、あの、お気を確かに聞いて下さい……」
「しつこい!早く申せ!」
安息の刻を邪魔され、そのうえ何を言おうとしているのか知らないが、中々言わない男に腹が立つ。
「はっ………実は、トレモロ様が………お亡くなりになりました。」
「な…に?」
聞き漏らしたわけではなかった。男の言った事を理解するにはもう一度聞き返す必要があっただけ。
「北東にあります立ち入り禁止区域で今朝守衛がトレモロ様が倒れていたのを発見したそうで…………」
「嘘を…………嘘を言うな!!!」
「ひっ………!」
受け入れ難い話に取り乱し、剣を鞘から抜いて男に斬り掛かろうとする。
男も殺されると思い腰を抜かす。
「トレモロが………死んだ?原因は………原因はなんだ!?」
「そ、そこまでは………ちょっと………」
「ッ!!!どけっ!!!」
男を突き飛ばし城の中へ戻る。
「タセット!!タセット!!」
城の中で大声でタセットの名を呼ぶ。タセットなら詳しい事を知っているはず。
ズカズカと廊下を歩きタセットを探す。
「スタッカート様!!」
自分の名を呼ばれて慌てて廊下へ飛び出る。
「おお、タセット……トレモロが……トレモロが死んだと聞いたが!?」
「……………はい。」
「バカな…………本当なのか………?」
「スタッカート様、トレモロ様は教会に運ばせました。さ、私も同行します。一緒に教会の方へ参りましょう。」
「…………信じない……………トレモロが死んだなどこの目で確かめるまでは信じんぞ!」
手に持ったままの剣を鞘におさめ、タセットと共に教会へ向かう。
教会へ着く間、不安と疑心がスタッカートの心を蝕んだ。
ここのところ色々ありすぎて冷たく当たりすぎていた。
トレモロは最愛の女性だ。いつも支えになってくれた。気の強い女性だが、誰にでも分け隔てなく接する事ができ、気配りの出来る女性だ。
人間界の破壊という大義が済めば妃として迎える気持ちでいた。
そうすればルバートとの仲も少しは良好になるかもしれない。
ただ一人心を許せる親友だ。
どんなにすれ違ってもきっとわかってもらえる。
そしてトレモロはその親友の妹。彼女なら妃となっても国民の支持を得られる。いい妃となる事だったろう。
それなのに!それなのに死んだだと?
ふざけるな。何かの間違いだ。そもそもあの区域は汚染が始まっていて危険だと知ってるはずだ。何をしに行ったというのだ?
「スタッカート様、心の準備をなさって下さい……」
気が付けばいつの間にか城の敷地内にある教会の前に立っていた。
「心の準備?要らぬ世話をするな。」
きっとトレモロは生きている……
タセットが教会の扉を開けるのを待たずに勢いよく中へ入って行く。
「陛下!」
中には十人ほど司祭やら兵士やらメイドやらがいて、祭壇の前に輪を作って集まっていた。
「どけ。」
乱暴に兵士を脇に追いやり輪の中を覗く。
「陛下……………………」
誰もが掛ける言葉が無い事を知っていた。
簡易的な棺ではあったが、綺麗な寝顔でトレモロが眠っていた。
「スタッカート様、トレモロ様はおそらく汚染の原因を探ろうと一人で調査に向かわれたのだと思われます。しかし、その途中で御自身の身体も汚染されてしまい…………」
「……………………………。」
「これも全て人間のせいでございます!ううっ……………人間が…………くぅぅ…………」
タセットが状況を説明し泣き崩れる。
スタッカートはただ黙ってトレモロを見下ろしていた。
「………………タセット………………」
「はい…………?」
「悪いが…………」
スタッカートが何を求めているか察して、教会の中から全員出て行くように指示をする。
全員がスタッカートに一礼をして教会を出て行った。
「………………トレモロ………」
涙が落ちる。
死んだ事を認めたわけじゃないのに…………涙が止まらない………
「何故だ…………何故こんな事に……………」
棺の脇にひざまづき、胸の上で組んであるトレモロの手をそっと握る。
「バカな女だ…………自分の命を賭してまで何をしたかったのだ………人間界へ踏み込むのがそんなに嫌だったのか?」
未だ信じられない気持ちと、目の前で息もせずに眠るトレモロを見てもう還らぬ事を知ってしまった気持ちが葛藤をしている。
「トレモロ…………私は………私はルバートになんて言えばいい………?お前を大切に想う気持ちはあいつも同じはず。親友の妹を………愛するトレモロを…………………私の責任だ。私は私が憎い。だが………だが人間達はもっと憎い!!!地上を追われてから気が遠くなるほどの時間が過ぎた。我々の祖先もただ安息を求めてこの世界を創られた……ただ安息の日々を過ごす為に!!!なのに人間は!!人間は我々から地上を奪っただけでは飽き足らず、今もなお私達を苦しめている!!どこまで私達を苦しめれば気が済むのだ!!!何故私達が苦しまなければならないのだ!!教えてくれ!!トレモロ!!」
怒りと悲しみが混じり合いスタッカートを絶望へと突き落とす。
「…………のれっ!!!おのれ人間めッ!!!!!!!!!!!!!!!!許さん!!!断じて許さん!!!!!貴様らに地獄を見せてやるっ!!!!ウオオオオオオオオオオーーーーーッッ!!!!!!!」
絶望に堕ちたスタッカートを怒りの炎が包む。
それは彼の身を焼くほど激しく燃え、心まで灰に変えていく。