第九章 燃え盛る炎のように(前編)
人間の世界はやっぱり受け入れられない。どうして人間はわざわざ自然を壊してしまうのか?彼らは自分達を地球の生命体だと思い込んでいるが、本当はどこか遠くの星から来た種族などと聞いたらどんな反応を示すのだろう?
きっと信じない。彼らはそういう生き物だ。自分達がよければそれでいいのだ。
こんな種族の為に我々は住む場所を追われ、今でも苦しめられているだなんて。
スタッカートの気持ちもわからないわけではない。
でも何かもっと別の原因がある気がしてならない。
せめてそれがわかるまで人間界への出兵は………。
「………感じる。人間の気配ではないな。噂の悪魔か……」
人込みを見下ろして気配の主を探す。他の人間よりも強くは感じるが、普段の生活をしているのか特定するのは難しい。
「それにしてもよくこんなところで暮らせるものだ。騒音だらけで空気も淀みきっている。人の多さも驚きだ。」
ルバートの想像以上に酷い世界だった。
「ん?あそこだけ気配が強い。どうやらあそこにいるみたいだな。」
ルバートの感じとった気配は一軒の店から出ている。
迷う時間はない。ルバートはその店に入る決意をする。
上から突然降りて来た男に周囲の人々が目を丸くする。
そんなこともお構いなしに金のドアノブが付いた黒い扉を開ける。
「お帰りなさいませ〜〜、ご主人様〜〜」
キーの高い声がルバートを迎える。
「ご主人様?人違いじゃないのか?」
「面白いご主人様ですね〜。さあご主人様、こちらへどうぞ〜〜〜」
「お、おい!」
ひらひらの服を着た女の子が強引にルバートの手を引き、店の壁際のボックス席に座らせる。
「ご主人様、お飲みものは何になさいますぅ?」
−なんだこの女は!なんで語尾を伸ばしてるんだ!?−
「どうなさいましたぁ〜?」
不思議な生き物を見るようなルバートの顔に笑顔を贈る。
「あの〜〜お飲みもの〜〜………」
「あ……紅茶を………」
飲みものと言われても人間界にどんな飲みものがあるかわからない。
とりあえず紅茶と言ってしまったが…………
「はい。かしこまりましたぁ〜〜。ストレートティーとミルクティーとレモンティーとありますがぁ〜?」
「え、ええと……ストレートを……頼む。」
「かしこまりましたぁ〜〜。アイスとホット、どちらになさいますかぁ〜?」
「な……何を言ってるんだ?アイス?ホット?何のことかはわからないが、熱いお湯で注ぐからこそ香が立ち、味が出るんじゃないか。」
「は……はぁ……すいません……」
軽く説教されてア然とする。
何がいけなかったのか本人はわからないが、まさか客に反論するわけにもいかない。なんといってもメイド喫茶なのだ。ご主人様に意見などまかり間違っても出来ない。
「今お持ちします………」
すっかりモチベーションが落ちてしまったようだ。
語尾を伸ばす喋り方も姿が見えない。
ルバート本人も、別に怒ったわけではない。
慣れない世界があまりに受け入れられず、そこに奇妙な喋り方で接してくるメイドいるものだから少し動揺はしていたかもしれない。
−ちょっと言い過ぎたか……−
反省まではいかないが、おとなげない自分を少し責める。
周りを見渡すとなんとも冴えない男達がメイドと仲良く会話をしている。
とあるメイドなんかは飲みものに何か念を込めている。
そして男はそれを見てお辞儀をして感謝を示している。
理解するのは不可能だと知り紅茶が出てくるのを待つ。
−目的を忘れるところだった。確かにここから強い気配を感じた。おそらく悪魔だろう。一体誰が………−
店内を見渡すものの、それらしき人物はいない。まあここが『店』である事などルバートは知らないが。
「お待たせしましたご主人様、ストレートティーになります。」
「ありがとう。」
出された紅茶に手を伸ばした瞬間、ずっと感じていた気配が近くなった事に気付き手を止める。
近くなったというよりはすぐそこにいる。
ルバートはそっと気配のする方を見る。
そこにいたのは、
「ご主人様、人間ではございませんね?」
メイドの恰好をしてトレイを抱えている中間翔子だった。
「君が………悪魔……?」
まさか女だとは全くの予想外。
それもまだ若い。
「熱を持ったオーラ…………不死鳥族の方ですよね?下手な考えはお止めくださいね。ここには何も知らない人達しかいません。殺る気であるならば場所を変えましょう…………ねぇ……ご主人様。」
笑顔の中から瞳がギラリと光る。
「待ってくれ、私は戦いに来たわけじゃない!話を聞いてくれ!」
大きな声を上げて誤解を解く。ルバートの声に周りの客やメイド達がびっくりして二人を見る。
「ご、ご主人様、落ち着いて下さい!」
びっくりしたのは翔子も同じらしい。
「わかりました。どうやら悪魔(私達)に用があるみたいですね。もうすぐ勤務時間も終わりますからゆっくり紅茶でも飲んでて下さい。」
「キンムジカン?なんだかよくわからないが待てというなら待つとしよう。」
聞き慣れない言葉に戸惑ったが、スムーズに話が流れて行きそうなので意味は聞かないでおくことにした。
そして翔子も一つ確信していた……
−あの人、絶対お金持ってないわね。−
ルバートの飲んだ紅茶の支払いは自分が出さなきゃならないんだと。
「聞いてないわ!!」
美人の顔を台なしにするほどの剣幕でスタッカートに詰め寄る。
「別にお前に言う必要はない。」
目を合わせずトレモロをあしらう。
「フォルテならオクターヴが探しに行ったはずじゃない!どうして軍を出す必要があるの!?」
スタッカートが突如として不死鳥戦士団を集結し始めた事を知り、慌ててその真意を問いただす。
しかしスタッカートにトレモロには関係ないと一蹴されてしまった。
「オクターヴが人間界に行って三日だ。いかに地上が広いといってもフランジャーのオーラは察知出来るはず。なら三日経って帰って来ないのは邪魔が入ったか、その邪魔者に殺られてしまったか………どのみち破壊する世界だ、予定よりそれが早くなるだけよ。」
「お願い、スタッカート!考え直して!こんな事不死鳥王の名を汚すだけよ!」
兄のルバートにスタッカートの監視を頼まれているとはいえ、やはり恋人の愚行を見逃す事など出来ない。
「やれやれ……兄妹揃って同じ事を……」
「スタッカート、もう一度みんなで話合いましょう。人間界の環境汚染だって、打開策が必ずあるわ!だから……!」
「口説い!打開策?フン!人間達にどれだけ苦しめられればお前もルバートも目が覚める?もう決めた事だ、首を突っ込むな。いいな?」
スタッカートに念を圧され唇を噛む。
トレモロを残し一人城へ戻って行く。
「スタッカート………貴方はそれでいいの………?」
見えなくなった恋人に最後の問い掛けだった………