異世界勇者の追憶
いよいよこの扉を開けたら、最後の戦いが始まる。
僕の周りには幾多の戦闘を切り抜けた、頼もしい仲間たちがいる。
その大きながたいを生かし、2メートルもあるアックスで敵を屠る、レナード。
弾幕や大規模魔法で数多の敵を倒し、調合術でポーションなどを作ってパーティーを側面から支える、ミル。
教会から聖人と言われ、回復系魔法でパーティーを支える、僕の幼馴染みのユース。
皆この5年間の旅を共にしてきた、大切な仲間だ。だから誰も喪いたくない。
僕が魔王討伐の旅に出たのは5年前。
あれは確か、太陽の日差しがさんさんと照りつけている夏だった。
「トトー。こっち来て手伝ってちょうだーい」
「はーい」
そう言って私は読んでいた本を置いて、部屋を出る。
私の名前はトト。平民だから名字はない。小さい頃はよくチビと言われていて、今もあまり変わってない。茶髪黒目の地味な女の子だ。
どうやらお母さんは外に居るらしい。表へ出てみると熱風が襲ってきて、私は顔をしかめる。お母さんの方へ行くと、そこには少し小ぶりなスイカが6個あった。
「わぁ!スイカがたくさん。どうしたの?」
「シュバルツさんから貰ったんだよ。今年も売れないやつがたくさんあって、食べきれないんだとさ」
「美味しそう。食べてもいい?」
「じゃあ、台所まで運んで一個切り分けておくれ」
「わかった」
スイカ六個は重くて、何回か往復することになる。この暑さだ、少し動いただけで汗だくになる。ああ、早く運んでスイカを食べなから、本の続きが読みたい。
と考えていると、表通りから誰かが走ってきた。
「トトー!受かったぞー!」
こんな遠くまで聞こえる声はあいつしかいない。
「はぁはぁ。トト!受かった!俺は受かったんだ!」
「ユース、落ち着いて。一体何に受かったの?」
走ってきたのは幼馴染みのユースだ。同年代の中で背が高く、少しがっしりしている。くすんだ金髪で、目は青だ。
「神父試験だ!100に1人の難関に通ったんだ!」
「ほ、本当に!?さすがユースだね!」
神父試験とは、ここラノア王国やミュゼール帝国など世界中にあるメルア教会の神父になるための試験だ。12歳から受ける事が出来るけど、試験内容が非常に難しくて100人に一人受かればいい方だ。教会全体では1000人位いる。
神父なると、教会が秘匿している技術で回復魔法や補助魔法が簡単に使えるようになって、冒険者のパーティーに必要な存在になる。冒険者は初級のヒールくらいなら簡単に出来るけど、神父がやる回復魔法の方が回復量が多く効率がいい。もちろん、神父じゃなくても覚える事は出来るけれど、そうとう時間がかかる。
10年前の魔王復活の神託から、魔物の活動が活発になっていて、神父は更に欠かせない存在になっている。
そんな中ユースは5歳になると急に回復魔法が使えるようになった。当然教会はそれを見逃さず、ユースの両親の協力の元、小さい頃から教会から回復魔法の使い方を習ってきた。そして今日、晴れて正式に教会の神父になることが出来た。
「ありがとう。これで俺の夢が叶えられそうだよ。」
「ユースは本当にお人好しだなぁ」
ユースは小さい頃から世界各地を放浪して様々な人を治療するというのが夢だった。
「そう言えば、トトの方はどうだった?もう英雄の珠を見に行った?」
「ううん。やっぱり男の人じゃないと追い返されるよ」
ユースが放浪の旅なら、私の夢は勇者だ。もちろん勇者の助けを待つ悲劇のお姫様...ではなくてお姫様を助けに行く勇者の方だ。さっき読んでいた本も、過去の勇者の物語だ。文字を覚えてからというもの、私は勇者の本を読んで、読んで、読みまくった。それこそ今ある50あまりの勇者の物語を、全部暗唱出来るくらいには。
ただ、勇者はそう簡単になれるものじゃないっていう事も人一倍わかっている。だって、ただの女の子がドラゴンを単独で倒すとか無理無理。
だけどそんな私に、勇者になるチャンスが巡ってきた。10年前の魔王復活の神託のとき、神様から人に英雄の珠を承ったのだ。この英雄の珠は過去に活躍した勇者の力が籠められていて、その力を得た者は勇者の再誕になるらしい。らしいというのは、まだその珠に選ばれた人が現れていないからだ。
そこで珠を管理した教会は世界中を回って勇者となる人物を探している。今は私が住んでいるリトアの町に珠はある。教会の騎士やラノア王国やミュゼール帝国の兵士など厳重な警備態勢が敷かれている。
珠を見る事が出来るのは男の人だけだ。これは、過去の勇者が皆男だったからで、女の人は当然珠を見に行こうとすら思わないわけで...。
「うーん。じゃあ俺が教会の院長に頼んでみるか?」
「えっ!いいの?」
「当然だろ。困ったときはお互い様だ」
「ユース、ありがとう!」
自然と満面の笑みが出てきた。思わずユースの手を握る。
「お、おう。じゃ、じゃあ院長に頼んで来るからな」
そそくさとかけていくユース。なんか顔が赤かったけど、熱でもあるのかな?
「トトー!スイカを早く持って行ってちょうだーい」
あっ、ユースと喋っていてすっかりスイカの事を忘れていた。急いでスイカを台所へ持って行って、その内の一個を適当に切り分けた。中はとても赤く熟していて、美味しそうだ。早く食べたいのを我慢しつつ、残りを氷魔法が効いた冷蔵庫に入れた。いつも通り、シュバルツさんが作ったスイカは美味しかった。
「...いいか、これが作戦だ。絶対にへまなんかするんじゃねーぞ!」
「「「へい!!」」」
「お、お頭。本当にあいつらを使って大丈夫なのか?下手に暴れられたらこっちにも...」
「うるせえ!引っ込んでろ!俺が決めたんだ、文句があるならかかってこい。ぶっ殺してやる!」
「ひ、ひぃ。ゆ、ゆるしてくれー」
「ふん。ーーー今から準備しとけ。決行は明日の夕方だ!」
「ふあぁぁー」
昨日の夜全然眠れなかった私は、起きて早々大きな欠伸をした。だって勇者になれるかもしれないんだよ!まあ、選ばれればの話だけど。
私の朝は日の出位に起きて、水を汲みに行くことが最初の仕事だ。貴族街や王城みたいに水道はないから、井戸から汲む。それが終わったら朝ごはんを食べて、準備をして町の外にある畑の世話をしなくちゃならない。
カラカラカラ
うんしょ。井戸から水を汲むのは大変だ。20mもある井戸から水を汲んで引き上げ、家の裏手にある水瓶まで運んで水を貯める。両手に桶を持って5往復してやっと水瓶が一杯になる。まあ私は6歳の頃からやってるから、もう苦でもなくなった。
家に戻るとちょうど朝ごはんが出来ていた。
「お母さん、おはよう」
「おはよう」
お母さんは近くにあるテレサ食堂の調理場で働いている。お母さんが作る料理は絶品で、食堂は繁盛しているらしい。
「アル兄ぃと、テックもおはよう」
「おはよう。トト」
「ぉはよぅ~。ねーちゃん。ふあぁぁ~」
アル兄ぃーーーアルステット兄ぃは爽やかな笑顔で挨拶してきた。ちょっと黒っぽい茶髪で、背も高い。年は17でしっかりしている。とてもハンサムで、王国の騎士だからモテモテだ。今は英雄の珠の警備ということでリトアに帰ってきている。昨日は非番で、今日から警備に当たる。
対象的に寝惚け眼なのは、2歳年下の弟テックだ。こちらは明るい茶髪で、小柄だ。皆はこのくらいの年になると姉弟の仲は悪くなるらしいけど、姉弟仲は比較的悪くない。
今日の朝ごはんは鶏ガラを使ったスープと目玉焼きそしてパンだ。 さすがに朝は豪華ではないけれど下手な食堂より美味しい。特に美味しいのは、鶏ガラを使ったスープだ。味がしっかり付いていて高級品の胡椒がいらないくらいだ。具はテレサ食堂で余った細切れの肉を入れているけど、それがスープとマッチしていてとにかく美味しい。はぁー。幸せ。
「テック。ほら早く食べて。合同馬車に乗り遅れちゃう」
「わかった~」
出来るだけ急いで朝ごはんを食べて、私とテックは町の近くにある畑へ行く準備をした。
「いってらっしゃい。魔物とか気を付けてね。トト、テック」
「わかってるよアル兄ぃ。もー心配性なんだから。行ってきます」
「行ってきま~す」
私達は、合同馬車がある町の東へと急ぐ。馬車に乗り遅れたら重い道具を持って歩かないといけない。
ちょっと周りを見てみると、いつもの町並みが広がっている。リトアは半径2kmの小さな町だ。町の中には冒険者ギルドや鍛冶屋、道具屋、教会など冒険者が利用する施設が数多くある。それは、リトア付近に出る魔物の強さが関係している。
町の外に出る魔物は、スライムやコボルト、キングホッパーなど私でも倒せるような強さだからだ。
だからリトアは通称“初心者の町“ど言われている。
「おーぃ。そろそろ出発するぞー!」
「はぁはぁはぁ。間に合ったー」
「おう。嬢ちゃん早く乗り込めや」
「はぁはぁ、ねーちゃん、はぁ、早過ぎるよ」
「はぁはぁ、テックが遅いだけでしょう。だからいつも鍛えなさいって言ってるの」
「(1kmを3分で走るねーちゃんの方がおかしいんだ。しかも、農具持ったままだし)」
「何か言った?」
「い、いや。何でもないよ。」
そんな他愛もない会話をしながら私とテックは馬車に乗り込んだ。馬車の中は子供でいっぱいだ。下は5歳から上は14歳まで。この町で子供は立派な労働力だ。だから大人は町で働き、子供は畑で働く。
馬車でだいたい20分の所に私達の畑はある。その道中は安全かと言うと、
「「「今日はなんのお話?」」」
「まあまあ、落ち着け。今日はな3年前に倒した、ネリフェスの話だ。
あれはたしか大雪が降った次の日... 」
馬車には冒険者が乗り込んでいる。しかも、冒険者ギルドから一人前と太鼓判を押された冒険者が。そして馬車に乗っている子供たちは、冒険者の話を聞くのが恒例となっている。どの話も臨場感があって、まるで自分がその場にいるような感じがする。
街道は何も問題なく、順調に馬車は進んで、しばらくしてから畑が見え始めた。畑は全体で町と同じ位の大きさだ。子供たちは自分の畑が近付くと、次々に馬車から降り始めた。私達の畑はだいたい真ん中くらいにあって、しばらくしてから降りた。
畑の大きさはだいたい20m×20mだ。そこに様々な野菜や植物が植えられている。一番多いのはポーションの原料となる、ミドル草だ。何でも大昔にミドルさんが、この草の薬効を発見したとか。だけど今では薬草と呼ばれていて、そっちのほうがポピュラーだ。
薬草は、街道脇なんかにも生えているけど、畑で育てた方が効果も高くて大量生産できる。種を蒔いてからだいたい3ヶ月で、収穫が出来る。1束100イルで、私達の畑からは約100束、1万イルになる。(ちなみに3人家族だと10万イルで半年は生活できる)
畑仕事も一段落したのでお昼にする事にした。今日はミラパイだ。ミラは木に生る赤い果物で、甘くてシャキシャキしている。絞ってジュースにしてもいいし、ジャムも美味しい。だけど、私はパイが一番だと思う。サクサクした生地に中はとろけるようなミラが美味しい。甘さも控えめで、私にはちょうどいい。
「ねーちゃん、食べ過ぎると太るよ」
「う、うるさいな。その分畑仕事してるから、大丈夫だよ」
「本当かなぁ?」
うぅ、これでも我慢している方なんだからね。って私、誰に言い訳しているんだろう。そうこうしているうちに、午後の作業をやり始めた。
それから3時間後、ようやく今日1日の作業も終わって私達はリトアへ帰る馬車に乗っていた。
朝の馬車とは一転して、馬車の中の子供たちの寝息が聞こえるだけだ。外では黄金色の太陽が輝いている。
リトアは極端に貧しい訳でないけど、それほど豊かでもない。訪れる冒険者も新人ばかりだし、お金もあまり持っていない。だから小さい子も仕事をして、お金を稼ぐ。そうすることで子供を奴隷として売る、なんて家がなくなった。もっとも、更に貧しい村なんかじゃあ頻繁に行われてるらしい。ほんと、リトアに生まれて良かった。
しばらくして、馬車はリトアに着いた。するとそこにはユースが待っていた。
「お疲れ様」
「うん、ありがとう。ところで、どうだった?」
ずい、とユースに言い寄る。何が、と言えば勇者の珠のことだ。
「まあまあ落ち着けって。院長にお願いしたら... 特別に良いってさ」
「やったー!ありがとうユース!」
余りの嬉しさに農具を持ったまま跳び跳ねる。
「ねーちゃん。暴れ過ぎ」
間髪を入れずに、テックにたしなめられる。
「ははっ、これじゃあまるで妹を注意する兄、みたいだな」
「よく言われるよ。ねーちゃん子供だし」
「こらー!そこ、私を妹扱いしない!」
私そんなに子供っぽいかなあ?
「それよりさトト、今から行けるけど行く?」
「行く!行く!よし、そうと決まればテック農具よろしくね」
「うへー。家に置いてから行けば良いじゃん」
あからさまに面倒臭そうな顔をするテック。そこで私はこう言った。
「じゃあ明日アリシアを家に連れてくるってのはどう?」
「了解!ねーちゃんの農具は責任を持ってオレが家まで持っていくよ。だから、明日よろしくね」
若干顔がほころぶテック。何故ならテックは道具屋の娘のアリシアが好きなのだ。ただ本人を目の前にするとテンパったり、遠慮したりして端から見てるととても焦れったい。まあアリシアもテックの事が好きって言っていたし、大丈夫でしょ。
「じゃ、ユース行こ?」
「ああ。ほんとお前ら姉弟を見てると飽きないな」
「えー。どこが楽しいのさ」
そんなこんなで勇者の珠がある教会へ向かって歩いた。すると、遠くの方から煙が上がっているのが見えた。
「ユース、あれ... 」
「どうやら教会の方向から火の手が上がっているみたいだな」
「とりあえず教会に行った方がいいんじゃない?何か分かるかも知れないし」
「わかった。行こう」
そう言って私達は駆け出した。少し進むと大勢の人達が逃げ出して来たのか走ってこちらに向かってくる。
「キャァァー」
「東へ逃げろー!」
「し、死ぬ」
どうやらパニック状態のようだ。
「トト、急ごう」
そう言われてユースに手を捕まれる。
「あっ、ちょっと待って」
ユースは人の波を押しのけてぐいぐい進んで行く。その時ユースを避けた男の人と正面衝突してしまった。
「きゃっ」
「ちっ、痛ってーな」
「ご、ごめんなさい」
ぶつかったのは、まるで悪人と言ってもいいような感じの人だった。
「おい、なに愚図愚図してんだ。早くずらかるぞ!」
「ああ。ちっ」
男の人は、終始睨み付けながら足早に去っていく。ああ、怖かった。あの感じだと一発殴られてもおかしくないようだったし、仲間の人も殺気立っていた。
「トト、大丈夫?」
「あ、うん。ありがと」
ユースの手に捕まって立つ。その時、足下に丸い物が転がっているのに気付いた。
「なんだろう。これ」
思わず手にとってみたそれは、黄色く片手に収まるくらいの大きさの玉だった。よく見ると鼓動しているようで、仄かに熱を感じる。その瞬間、
パシィィィィ
と聞いたことのない、何が割れたような音がした。
「え?」
同時に時が止まってしまったかのように、周りが灰色になった。
「な、なんなのこれは」
空は世界の終わりのように灰色だ。教会で昇っている煙も、逃げ惑っている人達も、一緒に行動しているユースもみんな止まっていた。そこでふと、手に熱を感じる。
見るとさっき拾った玉が今にも輝き出そうとしているところだった。そして突然眩く光ると、目の前に何かが現れた。
「ふぅー。やっと出られた」
現れたのは体長30cmくらいの妖精みたいな男の子だった。実際淡く黄色に光っているし、向こう側が透けて見える。
「えっと、妖精?」
「ん?いや、違う。俺は英霊みたいなものかな」
「英霊... ?」
「そ、英霊。勇者の残滓とも言える」
英霊、勇者、玉... 。
「も、もしかしてさっきの玉は」
「ああ、俺が入ってた奴ね。あれ勇者の珠。そして君は勇者に選ばれた」
「... 」
「ん?どうしたの?」
「... 」
「ちょっと。おーい、黙り込まないでよまだ説明が残ってるし」
「... ... 。やったあぁぁぁー!」
「うわっ!急に脅かさないでよもー」
「なれた、勇者に、私が... 」
「あのー、喜びを噛み締めている所悪いけど、時間がないんだよね。それに、今リトアが襲われてるよ?」
はっ、そうだった。余りの嬉しさにすっかりと忘れいていた。
「君は勇者に選ばれた。君の使命は遥か東方にいる魔王の討伐だ」
「それは、だいたいわかってるよ?ところで、勇者の絶大な力とか強力な魔法は?」
目をキラキラさせて、私は言う。
「まあまあ落ち着いて。勇者の力ってのは誰かに与えられて得るものじゃない、自分を信じる事と、人より何万倍の努力によって培われるんだって事を覚えておいて」
「えー。... まあしょうがないか」
まあ、いきなり岩を素手で割ったり、大規模魔法を使ったらおかしいもんね。
「だけど最初は俺がサポートするよ。やっと見つけた勇者がすぐに死なれても困るし。それで、時間が動いたら真っ直ぐに教会に向かって」
「わかった。あっ、ところであなたの名前は?」
「俺?俺の名前は、クルだ。改めてよろしく」
と、クルが言ったと同時に時が動いた。
「さあユース、早く行こう!」
「ああ。急にどうした?」
「な、何でもないよ。急ごう!」
急いで教会に来た私達の目に映ったのは、勇者の珠を守っていた騎士たちが1体のミノタウロスに蹂躙されている所だった。
よく見ると5、6人の騎士たちがミノタウロスの攻撃をかろうじて抑えている。アル兄ぃは攻撃をもろに受けたのか、少し離れた所に倒れていた。
「トトは今すぐ逃げて。俺はアルスさんたちの援護に行く」
ユースが真剣な表情で言う。ユースのこんな表情見たことがない。それほど状況は逼迫している。
だけど、
「ユース、私も戦う!」
「何でだよ!」
「何でって言うと、私はゆう 」
「トト!ユース!何をしているんだ!早くここから逃げろ!」
私とユースが言い合っているとアル兄ぃが叫んできた。だけど、それが裏目に出たらしい。ミノタウロスがアル兄ぃに向かって行く。アル兄ぃはダメージが残っていて、立ち上がれそうにない。アル兄ぃが危ない!
そう思ったら私の体は駆け出していた。
「トト!あー、くそっ」
そんな私を見て、ユースも戦場に駆け出す。
騎士たちはほとんど倒れていて、意識がないようだ。中には、ミノタウロスの圧倒的な暴力で圧死されている人もいる。うわぁ。あれは見ないでおこう。内臓とか血がそこらじゅうに撒き散らされていて、吐きそうになる。
戦っているのは6人だ。その6人でこの凶暴な魔物を抑えている。でも、このままじゃあ、全員やられてしまう。それに住民の避難もまだ終わってない。ミノタウロスは急に教会から出てきたみたいだ。
ミノタウロスまで20m。ミノタウロスは体長は3mくらいで、ひと振りで家が潰れそうなアックスをもっている。ミノタウロスを止めようとした騎士がやられた。脳天からアックスを振り降ろされて即死。盾でガードしようとしていたけど、一刀両断された。どうやら騎士が持っている盾もミノタウロスの前では無意味みたいだ。それを見て、段々と冷静になっていく私。
ミノタウロスまで10m。クル!どうしたら良い?自分の内にいるだろうクルに問いかける。
『よし、トト。まず聖剣召喚って、心で思ってみて』
クルが指示を出す。
『----聖剣召喚!!----』
シャララという音と共に、剣が現れた。
剣は装飾などがない、シンプルなショートソードだ。
『そしたら後は俺の指示に従って。
まずは、やつの近くまでダーッシュ!』
緊張感なく、クルが言う。それを聞いて、聖剣の柄を右手で取り、さらに加速してミノタウロスに近づく。
ミノタウロスまで5m。ついにミノタウロスの得物が振り上げられた。間に合えぇぇぇ!
『右上に切り上げて、受け流す!』
『わかった!』
ミノタウロスまで4m、3m、2m、1m。
目の前には振り下ろされているアックスと必死に逃げている、アル兄ぃ。
ガキィィィィ
とすごい音がして、アックスを受け流した。重い!手が痺れるくらい強力な一撃だった。でもやっぱり勇者ってすごい。あんな一撃を受け流せるなんて。
『ほら、ぼやぼやしてないで次!地面すれすれを行って、敵に接近!』
『そんな、無茶な!いくら何でも初戦闘でそれば無理!』
『大丈夫大丈夫。俺がアシストするから。ほらっ、早くしないと横凪ぎの攻撃がくるよ!』
ええぃ、こうなったらやけっぱちだ!と自分を言いくるめて、地面すれすれを走る。クルのアシストのお陰か、案外簡単に出来た。
ブゥゥン
と、アックスが頭上を通りすぎる音が聞こえる。怖っ。あんなのに当たったら簡単に殺される。
『次!奴の股下を通って、背後からジャンプ!』
どこか楽しそうに指示をするクル。
こっちは命懸けだっていうのに!
『んー。そのうち慣れるよ』
慣れてたまるかー!と言う心の叫びと共にミノタウロスの股下をくぐって、ジャンプした。
『そのまま脳天から一刀両断!フルパワーでいくよ!』
聖剣を大上段に構えて一気に振り下ろす。
「うらっっっっっっ!」
クルの言うフルパワーのせいか何の抵抗も感じずにミノタウロスを真っ二つにした。きれいに真っ二つにしたのか返り血は浴びず、聖剣も汚れ一つなかった。
「やっぱり、勇者ってすごい」
『だろ!』
これまたウキウキした感じのクルの声を聞いて、私は意識を手放した。
あのあと、アル兄ぃとユースにこっぴどくしかられたんだよなー。と、5年前の事を思い出す。
僕が気絶している間にユースは回復魔法で大活躍。その他にも行く先々の町で魔物や盗賊の襲撃で怪我にあった人達に回復魔法をかけまくって、今では聖人と呼ばれるようになった。
ミノタウロスを倒してから僕は、王国騎士団の隊長から地獄の特訓を受けたり、一人称を変えさせられたり、魔王の軍勢の進行を止めたりした。
さて、そろそろ休憩も終わりかな?
「皆、そろそろ行こうか」
と僕
「ああ」
と真剣な表情でレナード
「うん!」
と笑顔でミル
「わかった」
と気負いのないユース
私は目の前にある扉に手をかける。例えどんな事があっても絶対に勝つ。勝ってみせる。
扉が開く。腰に提げていた聖剣を持ち、僕たちは闇に包まれている扉の中へと一歩、踏み出した。