7 暗転
リザードマンの里に来てから半年が過ぎた。
リザードマンたちは皆親切だ。
隣のグレムおばぁさんは毛糸で編んだ服をくれるし、ゲイルやカイルのような戦士たちには暇があれば鍛えてもらっている。
最近、レイナが俺と会う度、いかつい蜥蜴顔を赤らめているのは気のせいだと思いたい。
俺の方も何とか恩返しをしようと兎や狐などの獲物をとらえては里の人たちにお裾分けをしている。
今日も狩りに向かう。
「よう坊主、今日もせいが出るな」
「ああ、カイルもごくろうさん」
門番のカイルに軽く挨拶をして、門を出る。
この半年で俺のステータスもだいぶ変わった。
____________________
名前:§&ヱ∬
種族:ヒューマン
クラス:解放者
属性:火
力:52
精神:75
スキル:爆破Lv3 剣術Lv2 槍術Lv2 斧術Lv1 体術Lv2
____________________
この半年で俺のステータスも劇的に上昇していた。
ただ、名前だけはいまだに思い出せない。
ゲイルからは相棒と呼ばれ、村人からは黒髪の坊主だとか、レイナからはア・ナ・タ(はぁと)だとか色々言われている。
村から離れた森の中で俺は息を潜める。
冷静に観察し、慌ててはいけない。
兎が目標ポイントの上に来る。
「今だっ」
魔法を発動させると兎の足下が爆発した。
兎がギッと鳴き声を上げて硬直している間に剣で仕留める。
これがいつもの狩りのパターンだった。
爆破スキルは最初から持っていたのもあって一番成長していた。
因みに、Lv1で初心者、lv3で一人前、lv5になると達人だそうだ。
そう考えると、やはりゲイルは凄い。
保有しているスキルの半分がLv5以上だ。
Lv7を越えると超人レベルらしいがそこまで到達するものは滅多にいないし、俺も見たことがない。
まぁ、俺に才能は無いようなのでこうやって地道にスキルを上げていこう。
元の世界は最低だったし、この世界でも最初は最悪だったが、今の生活は気に入っている。
ヒューマンの俺もすっかり里の一員になっている。
このまま、里に永住するのも悪くないなと思い始めている所だ。
ガー!!ヴァン!!ズガガタガタ!!
ギャー!!ウォー!!
思考の海を漂っていると、里の方から雷鳴が轟くような音と怒号、それに悲鳴が聞こえてきた。
急いで村に戻る。
「ハァハァハァ!!……クッ…ハァハァ!!」
地面から突きだした木に足をとられつつ懸命に走る。
嫌な予感がする。
今まで平穏だったから忘れかけていたが、ここは平和な世界ではないのだ。
里に着いた時には、そこは地獄を体現したような場所になっていた。
リザードマンたちは逃げまどい、騎士たちがそれを背後から殺しまわっていた。
「この亜人どもが!!貴様らのような卑しい血がこそこそ隠れおって!!粛清してくれるわ!!」
「ヒャーハッハッ逃げろ逃げろ!!もっと楽しませろ!!」
騎士たちはどいつもこいつも笑っていた。
まるで狩りを楽しんでいるようだった。
呆然としていると、リザードマンが一人切り殺された。
グレムおばぁさんだった。
「年老いた奴は殺せ!!抵抗する奴らもブッ殺せ!!」
訳がわからない。
目の前の現実が受け入れられない。
ギィン!!
鉄が弾ける音がしてソチラを見ると、ゲイルと赤い髪の女が鍔迫り合いをしていた。
そばには顔面蒼白で震えるレイナがいる。
「ゲイル!!」
思わず叫んだ。
「! 相棒か!!ここはもう駄目だ!!レイナを連れて早く逃げろ!!」
信じられないことにゲイルが押し負けている。
赤い髪の女はゲイルの猛攻を涼しい顔で受け流していた。
「ハァハァ、ガァ!!」
「なかなか楽しめたぞ亜人、ここまで私と張り合う者は滅多にいないからな。私は第一騎士団副団長ソフィア。貴様の名前を聞いてやろう」
「ハァバァ…ング…俺は誇り高きリザードマンの戦士ゲイル!!俺はお前を倒す!!」
ギィン!!ガンッ!!
「ゲイルか……覚えておこう。さらばだ」
赤い髪の女の腕が消えた。
次の瞬間、ゲイルから赤い血が吹き出す。
それをゲイルは驚いた顔で見た後、"無念だ"と呟いた気がした。
赤い髪の女は物言わぬゲイルの死体を一瞥すると、俺の方を向いた。
怖い、恐ろしい。
女の氷のような視線が俺に突き刺さる。
俺は理解した。
"ここで死ぬ"
どうあがいてもアレには勝てない。
次元が違いすぎる。
俺の体は金縛りにあったように硬直していた。
女が剣を振りかぶる。
それを他人ごとのように見ていた。
俺の前に突然影ができた。
その影が斬られる。
影の血が舞う。
その血が俺にかかる。
そう、レイナの血が……
俺の思考は血のように真っ赤になったあと、黒く黒く塗りつぶされていく。
一切の光を通さない深海のように、俺の意識は深く深く沈んでいった。
……続きます。