旧:黒髪の剣士
いや相変わらずよくプロットも書かず新作をホイホイと。
ごみんに!
ある日、俺は神様に取引を持ち掛けられた。
単純な話だった。
俺が最も望むモノ…それを叶えてくれると言う。
対価として、神様の願いを一つ叶える事。
それが神様の提示した「取引」だった。
叶えてくれる願望の数は一つ、だが内容は問わない。どんな事だろうと実現させてくれる。
故に俺はその取引を快諾した。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲
もし悪魔と取引をした場合、こんな感情を抱くのだろうか。
どこか禁忌に触れてるような罪悪感。
だがそれが悪魔では無く「神」の場合、その感情に変化は起こるのか。俺の場合何も変わらない。
どこか「いけないことをしている」と言う曖昧な感情が胸に渦巻くだけだ。
「では優よ、好きなモノを手に取れ」
そう言って神は真っ白な空間にずらりと世界あらゆる武器を並べた。
戦斧、棍棒、多節棍、メイス、槍、大刀、弓、短剣、大剣、刀、見た事も無い武器からファンタジーの世界によくある形のものまで。
分類すれば数十、だが実際は数千もの武器が目の前に並べられている。
どれもが見るからに人を殺す道具で、日常に埋没していた自分とは縁もゆかりも無いものばかりだ。
「…銃とかは無いのか」
「無い、主の赴く世界を考えると少々文明レベルが違い過ぎる。それに弾丸を製造するアテもなかろう」
「そこは神様の力とかやらで」
「取引に神の助力は含まれていなかったと思うが…?」
「…分かったよ」
最も現代に馴染みある武器の名を口にするが、どうも用意は出来ないらしい。
項目に無い事は一切行わない。そんな冷たい神様の声を背に受けながら目の前に延々と並べられた武器を眺める。
幾つか手に持ってみるが、ずっしりとした重みが存分に振るう事が出来ない事を予感させる。
背の丈程ある大剣などは持つことすら困難な状態だった。
「っ…少しくらい補正をつけてくれてもよくないか?」
「安心しろ、そのあたりは考えてある」
結局迷いに迷った末、一番動きに支障が出ない「短剣」を選んだ。
色も形状も違う二振り、何処か他の武器と比べても心もとないが使えないものを引き摺ったって仕方あるまい。
手の中で短剣の握り締めていると、目の前にあった武器は一瞬にして「白」に塗り潰された。
「それで良いのか?」
「ああ、短剣なんだ。二本なのは見逃せ」
「問題ない」
そう言って神様は俺の目の前に黒い水溜りを作った。いや、厳密に言えば違うがそうとしか表現できない。
そして僅かな時間を置き、そこから人型の物体が出来上がっていく。
まるで影。人型を象った影はどこか見覚えある形状をしていた。
「…おい、これは俺か?」
「左様、主の『チュートリアル』の相手だ」
うねうねと細部を整えた影は、輪郭だけ見れば俺だ。姿は真っ黒だがまるで自分と対峙している気分になる。なんとも気味が悪い。
その影の手には剣が一本。
「主に特別な力を与えることは出来ない。取引に含まれていないからな。
だが向こうに行って何も出来ず死んで貰っても困る。訓練期間くらいは設けてやろう」
「はっ、これがさっき言ってた考えか」
「そうだ。有り難いだろう?」
「有り難くて涙が出そうだ」
そんな皮肉を込めた一言を発したと同時、影は恐るべき速度で迫ってきた。その速さは弾丸の如く。
音も無く迫った黒い刃は棒立ちの俺を容易く捉えた。
「…ッ!!」
絶叫を飲み込む。切り上げられた刃から血が尾を引き、視線を下げれば胴体から下が無い。
何時の間に斬られたのか。剣が全然見えなかった。
地面に転がった上半身が無様に痙攣する。地面から水平に見えた自分の下半身は血をまき散らしながら膝から崩れ落ちた。
痛みは無い。ただあるのは酷い虚無感。
どうしようもない寒さに目を閉じれば、再び世界は巻き戻った。
棒立ちの自分。 対峙する影。
「………」
「言ったであろう、これは『チュートリアル』 何度死のうが蘇り、何度殺そうが蘇る」
「…成程」
影の持つ剣は「槍」に変わっていた。どうやら多種多様の武器に対応できるようにしたいらしい。
それは此方としても願っても無い事。
今度も影は何の前触れも無く加速する。やはり凶悪的な速度。眼で追えない程の加速と共に突き出された槍の先端。
出鱈目に体を投げ出した肩を掠る。鋭い痛みが走った。
白い地面を転がって立ち上がる…が、その瞬間顔面が弾けた。
「ぁ…」
槍の先端で突かれたのだと理解した時には、もう影と再び対峙していた。痛みを感じる暇も無い。
ノロノロと構え、まだ一度として振っていない短剣を構える。
影の手には身の丈を超える「大剣」。自分が扱えば愚鈍な戦いを繰り広げる必須の武器。
影が弾ける様に加速し、大剣ならば速度で勝ると考えた俺は自分から踏み出す。
体ごと捻る様に影が大剣を薙ぎ、辛うじてそれを屈んで避けた。頭のに突風が吹き荒れ、背筋に氷柱を突っ込まれ様な気分になる。
型も何もない素人丸出しな攻撃を繰り出す。切り上げるような斬撃、狙いは影の顔面。
だが刃が影に届くことは無く。逆に俺の体がボールの様に弾け飛んだ。
顔面を引っ張る重力。転がる様に地面を滑り、軈て影を見て大剣の柄で殴られたのだと理解する。
再度瞬きをすれば、影が目の間に対峙していた。
手には「短剣」。
「…ハッ、なんとも嬉しくなる鬼畜難易度だね」
唾を吐き捨てる代わりに言葉を吐き捨てる。神様は最早何も答えることは無かった。
影の斬撃をもう目で捉える事すら出来ない。唯の剣ですら目で追えないのに、短剣じゃお手上げだ。
接近した影に短剣を我武者羅に振るうも、すべて叩き落とされ。返す刃で首を刈り取られる。
視界が宙を舞った。
そして瞳を閉じれば再び対峙する。
俺はこのチュートリアルに徐々に埋もれていった。
もしコイツの強さが俺の行く世界の標準的な戦闘能力だったら。一体どれだけの死を体験すれば望みに辿り着けるのだろうと。
そんな事を考えながら。
繰り返す。繰り返す。繰り返す。
凶悪な戦斧が顔面を叩き割ろうと唸る。それを辛うじて避け、お返しとばかりに胸へと短剣を突き刺そうとするが戦斧の柄で手を打たれた。痛みに思わず顔を顰める。
廻って来た戦斧の刃が風を斬り、再び短剣を振るう。ぶつかった刃が火花を散らした。
だが所詮力勝負勝ち目はない。大きく体勢を崩した俺の首元に戦斧が喰らい付く。肉と骨を容易に断ち、獰猛な獣が俺の首を撥ね飛ばした。
俺と同じ姿形をしている癖に。コイツ<影>は馬鹿みたいに強い。
繰り返す。繰り返す。繰り返す。
遠距離からの一方的な蹂躙。幾千もの矢が体を貫き、抉る。
知らなかったが矢とは存外早いものだ。いや、速度が無ければ威力は生まれないと知っていたが。
こんな矢を斬り落すなどと言う芸当も出来る筈も無く。かと言って接近しようにも矢の雨。
走って的を絞らせ無い様に策を弄しても意味は無し。
この影は何を使わせても使いこなす。故に「チュートリアル」なのだろう。
繰り返す。繰り返す。繰り返す。
刃の付いていない原始的な武器。棍棒。
相手を撲殺するための武器だが、何ともタチが悪い。怪力と共に振り下ろされた凶器を短剣で受ける。
金属同士の甲高い音では無く、何処か鈍い音が木霊した。
衝撃が手に痛みを与え、思わず武器を取り落としそうになる。
続け様に振るわれる棍棒を辛うじて躱し、受け、影の心臓目がけて突きを繰り出す。
それを半身で避けた影は不安定な状態で棍棒を振るう。
完全に隙を作っていた俺は棍棒に頭を砕かれ、瞼を下ろした。死体は見たくない。
繰り返す。繰り返す。繰り返す。
何週目か。影が持つのは「剣」一番初めの武器。
未だ俺は影を殺すどころか、一撃すら入れていない。
その事実に歯噛みしながら。繰り返す。まだだ、まだチュートリアルは始まったばかり。
短剣を握り、自分から影に向かって走る。
唯で死にはしない。一つの死に意味を持たせる。そう意気込みながら。
繰り返す。繰り返す。繰り返す。
薙いだ太刀を飛んで躱し、短剣を肩に突き立てようと振り下ろす。
しかし逆手で防がれ、逆に投げ飛ばされた。地面を二度転がり勢いを付けて立ち上がる。
そこにドンピシャで振り下ろされた太刀。短剣で無理矢理捌こうと側面に火花を散らす。
僅かに太刀が腕の肉を削いだ。しかし、まだ俺は死んでない。
短剣を突き出す。狙いは首、太刀の柄で弾かれた。影は一歩下がり太刀を薙ぐ。避けられない、だから一気に間合いを詰め振るう腕に体をぶつけた。
太刀の振るう動きが止まる。腕の軌道上に体を割り込ませたのだ。これだけ近ければ短剣の方が早い。
そう確信し、首を狙う。だがあと一寸の所で腹部に衝撃。
影と自分との間に足が挟まっている。俗に言う「ヤクザキック」腹部に衝撃が突き抜けた。
同時に太刀による振る下ろす斬撃。防ぐ術は無い。
繰り返す。繰り返す。繰り返す。
鋭い槍の突きが頬の肉を抉った。何度か見た突きの速度に、徐々にだが眼が対応し始めている。
振るわれた槍の猛攻を紙一重で躱す。大きく払う様な一撃、貰えば肋骨は数本持っていかれるだろう一撃を屈んでやり過ごす。
同時に這う様な体勢から足元に向かって短剣を振るう。アキレス腱を狙った斬撃は飛んで避けられた。
空中からの一突き。全身の筋肉を総動員して横に転がる、轟音と共に白い床に穴を穿った。喰らったら即死だ。
転がったまま少し距離を取り影と再び対峙する。動き出したのは影が先、起き上がった俺に対し遠慮なく槍を奮う。
一撃一撃を半身で躱し、時々肉を抉られる。だが決して致命傷ではない。
槍を突き出した一瞬の隙を見て踏み込む。影の戻しも早い、踏み出した瞬間に再び突きが襲い掛かってくる。
それを紙一重で躱し、短剣を投擲する。狙いは顔面。
影は辛うじてそれを避けるが手元が留守だ。槍を渾身の力で掴む。自分の体を近づける事と、影を引き寄せる目的で力一杯引っ張る。
僅かにたたらを踏んだ影は前のめりの姿勢になる。好機と見た俺は残りの短剣を影目がけて振り被った。
しかし、視界に影が写る。気付いた時にはもう遅い。
影の渾身のフックが顔面を粉砕し、俺は無様に地面を転がった。
繰り返す。繰り返す。繰り返す。
大剣は苦い思い出がある。その振るう度に唸る斬撃が肌を粟立たせた。
「轟」と空気を裂き、俺へと襲い掛かる斬撃。どれもが即死級の威力を持ち、受ければ短剣ごと叩き斬られる。
故に選択肢は回避一択のみ。大きく十分な間合いを取った状態で回避を行う。
地面ごと叩き斬る勢いの斬撃を転がって避け、そのまま影に向かって駆け出す。
引っ張る様な動作から来る薙ぎの一撃。首元を捉えたそれを屈んで避け、そのまま影にタックルを当てる。
大剣の重量も相成って体勢を崩す影。そのまま体を半回転し、短剣を逆手に突き出す。
僅かに影の頬を掠ったそれは、虚しくも虚空を突いた。
だが、だがしかし、初めて影に傷を負わせた。その事に心が沸き立つ。
刃が掠ったことに微塵も動揺しない影は直ぐに下半身を建て直し、大剣を奮う。至近距離からの薙ぎ攻撃。
屈んで避けようとして顔面に衝撃。みれば大剣は「側面」で振られていた。
「線」でなくて「面」での攻撃。
怪力によるフルスイングを受け、首が可笑しな音を立てる。そのまま地面と水平に俺は吹き飛ばされた。
繰り返す。繰り返す。繰り返す。
短剣と短剣。辛うじて目に追える速度の剣速に合わせて、此方も剣を奮う。
弾ける火花、風を伴って振るわれる腕は幾千と鉄の音を打ち鳴らす。
一手遅れれば、その一撃がこの命を掻っ切る。影が短剣を一瞬で三度振った。それを辛うじて受け切る。
振動に短剣が悲鳴を上げ、舌打ちをしながら一歩引く。
だが影が代わりに一歩踏み出し、短剣を突き出した。
弾き、逆の短剣を突き出す。影に弾かれた。そしてまた繰り返す剣戟の応酬。
短剣が浅く影の皮膚を裂き、此方も何度も皮膚と肉を裂かれる。
そして決まって最後は剣を弾かれ、影の一撃が心臓に突き立てられるのだ。
繰り返す。繰り返す。繰り返す。
繰り返す。繰り返す。繰り返す。
繰り返す。繰り返す。繰り返す。
繰り返して、繰り返して、繰り返して。
そして。
「 っはぁッ!!!」
一体どれだけの時間息をしていなかったのか。口を開いた瞬間熱気が外へと逃げる。
荒く肩を上下させれば、ふと手に違和感。手には短剣。
影の左胸に深々と刺さった短剣。
「見事」
神様の声が聞こえ、目の前の忌々しい影が四散した。黒い霧にでもなった様に空に溶けて消える。
残ったのは満身創痍の肉体、そして二本の短剣のみ。
膝から崩れた俺は四つん這いの恰好になり、全身から脂汗を流して呟いた。
「勝………った」
実にどれだけ戦ったのか。数え切れないほど斬り合って、殴り合って、殺されて、死んだ。
「3456戦、3455敗…1勝。実に無様な結果だが、まぁ元より唯の人間だったのだ。
上出来…と言うべきか?」
直ぐ真上から神様の声は響き、その言葉を聞き流しながら俺は地面に寝転がった。
影との打ち合いがまだ体に響いている。最後はまさしく死闘だった。
「さて、チュートリアルも終わりだ。それともリトライするか?」
「………冗談」
その言葉を最後に、俺の視界を闇が覆った。
「さて、死に掛けていた所すまないが早速次に行くぞ」
闇が晴れて、目を開けば再び何もない空間。傷だらけの肉体も、影を貫いた筈の短剣も無い。
相変わらず姿の見えない神様だけがずっと語り掛ける。
「今度は肉体の構成だ。あちらの世界で言う『スキル』を与える」
「うわ、なんかファンタジーっぽくなって来たよ」
俺の発言に耳も貸さず、神様は何やら聞き取れない言葉をつらつら並べていく。
しばらくして言葉が途切れると同時、目の前に巨大なウィンドとも呼べるものが突如出現した。
突然の事に驚くが、見れば書いてあるのは日本語だ。
「主の世界の語言に変換、可視化した。
まぁ取り敢えずは今の主の基本値だ、見てみよ」
持久力 F→C
筋力 F→E
技量 F→B
耐久力 F→C
俊敏 F→A
気力 F→C
信仰 F→E
素質 F→S
「何ともまぁ、分かり易い。ゲームみたいだ。
しかし何か、この右側の位が今の俺なのか?」
「そうだ。チュートリアルの中で主はランクを少しずつ上げていったのだ」
「ふーん…」
ウィンドにはご丁寧に今の能力値と思われる文字が並んでいる。
持久力、筋力、技量、耐久力、俊敏、気力、信仰、素質…。
確かに振るったのは短剣だし、スピードを生かす戦いばかりを行って来た為か筋力は余り伸びず、逆に俊敏は『A』だ。
一通り目を通すと一つだけ気になる項目があった。
「つうか信仰って何よ」
そう、「信仰」。これは一体何に関係すると言うのか。
「ん、それか? それはまぁ主がどれだけ神を愛し敬っているかと言う目安だ。
『E』だと無信仰者…と言ったところか」
「これ、表示する意味あんの?」
「主の向かう世界には『魔術』と言った概念が存在するのでな。
一応他に「知能」や「魔術適正」と言った項目はある、その一部に神聖魔術なるものがあるのだ。
信仰はそれに関係する」
「ふーん…魔術は項目に入れないのか」
「魔術を行使するにはまず根本的な魔術の仕組みを理解しなければならん」
「じゃあいいや。
その代わり剣だけで戦うんだから、そっちの方の補正なんとかしてくれ」
「そう言うと思って、主のアクティブスキルに組み込んでおいた」
そう言って神様はウィンドをずいっと前にやった。
鼻先に突き付けられ思わず後ずさるが、よく見れば基本値の下に続きがある。
【アクティブスキル欄】
・魔術行使不可
・魔力不保持
・剣聖
・近接特化
・神との取引
「魔術行使不可、魔力不保持…名前通りか」
「魔術を一切使用できない代わり、主は武術面に特化しておる」
「それでいい、取引条件をさっさと達成する為…異世界ライフを楽しむ気は更々無いしな。
最短で力を手に入れられるなら剣だけで戦うさ。しかし、これは『贔屓』にならないのか?」
「魔術を使えんのだ、この程度なら問題なかろう」
「…そういうもんか」
適当に欄を眺め、一番下を指さす。
「この【神との取引】ってのは?」
名前からしてコイツとの取り決めの事だろうが、如何せん説明文が無いので分からない。
何かの制限だろうか?
「ああ、それは特に何の効果も無い。強いて言うなら取引を忘れないよう主に対する警告代わりだ」
「そりゃご丁寧に」
予想外の配慮に呆れ顔を晒した。
「因みに字から分かると思うが、剣聖と近接特化は主の肉体的パラメーターの上昇効果を持っている。上手く使え」
「あいよ」
一通り目を通したと言わんばかりにウィンドから目を背ける。
すると音も無く透明なウィンドは消え去った。
「スキルと基本値における説明は以上だ。一応あちらの世界でも自身の能力の可視化は行えるようにしてやった」
「それは?」
「安心しろ、向こうの魔術でもそういうものが有るのだ」
「そりゃ安心」
どうにも神様の贔屓を探る様な目線で見てしまう。
取引で不利な条件を飲まされない様警戒しての事だろうが、なんとなく好意を素直に受け取れないようで自分でも嫌気がさす。
「主は何とも警戒心が強い、少し傷つくぞ?」
「俺も自分で酷い奴だと自覚してるから気にスンナ」
「それはそれで…」
神様から何とも言えない憐みの視線を受けている気がするが、ふいっと顔を逸らした。
元々神様の姿など此方からは見えないのだ。見えない視線など気にしても仕方がない。
「まぁ主は魔力が『零』故その魔術も使えん、自分の能力を把握できないのも不便だろう」
「好意はありがたく受け取るさ」
「そうしておけ」
そう言ってまた景色は変わる。
白から黒へ。
劇的な周囲の変化に少しばかり動揺したが、すぐに神様の声が降ってきた。
「最後だ。主の容姿について決めようか」
「容姿?」
「そうだ」
一つ間を置いて、目の前に二つの光の輪が生み出される。
其処にのっぺらぼうの人形が二つ生まれた。体つきから左が男、右が女だと分かる。
「なんだ、俺がブサメンだってか。自分で言うのもなんだがフツメンだと思うぞ」
「いや…そういう事では無い」
「じゃあなんだよ」
喰ってかかると、神様からの返答代わりに目の前の二つの人形が光を発した。
先程は何も身に付けていなかった人形に、髪が生え、目が生まれ、服を身に着けている。
どちらも現代日本からはかけ離れた雰囲気だ。髪は茶と灰色。眼は緑と青。
服は何処の中世ヨーロッパの農村? と言ったところだ。
「………色か?」
「まぁざっくり言ってしまえばそんな所だが、主の造形も少しばかり弄らせてもらう。」
その弄ると言う言葉にゾクリと体が寒気を覚える。
何やら脳裏にTVで見た整形手術の光景が浮かんだ。無論、神様なのだからそんな事はしないだろうが。
「も、もの凄く不安を覚えるんだが」
「安心しろ、一瞬で終わる。何よりあちらの世界で目立たない為だ」
「むぅ…」
そう言われると強く反対が出来ない。
「そうだ、何かリクエストはあるか? 髪の色、瞳の色、造形、なんでもいいぞ」
「リクエスト?」
一瞬呆け、何故そんな事を聞くのか疑問に思う。そもそも俺はあちらの世界の容姿を詳しく知らないのだ。
その間を探りと勘違いしたのか、神様が少し拗ねた様に言う。
「何だ、これも贔屓だとでも言うのか? 別に特別力を与えるわけじゃなかろう」
「いや、そういう訳じゃないんだが…。
まぁそうだな、出来れば髪は黒のままが良い。それ以外は好きにしてくれ」
「ふむ…髪は黒のままか。それは何故?」
予想外に突っ込まれ、頬を掻きながら答える。
「なんつぅか、俺が俺である最後の証明…とでも言うのか。
うまく言えないが、前の俺の名残みたいなもんかな………」
臭い台詞だと自分でも分かっている。少しだけ頬が赤くなるのが分かった。
でも全てを変えてしまったら自分が自分で無くなりそうで怖かったのだ。自分である証明が欲しい。
神様は「承知した」と一言だけ返し、俺の体は間もなく光に包まれた。
「主の容姿はあちらの世界に合わせたものにしておく。悪い様にはせんから安心せい」
「当たり前だ。ブサイクにしたら打ん殴る」
「神をか?」
「当たり前だ」
頭上から笑い声が降ってきて、俺も笑みを零す。そしてふと思い出したように神様は呟いた。
光が一段と強くなる。俺は思わず目を瞑った。
「おっと、忘れるところだった。
お主………性別はどちらが」
そして言葉が最後まで届くことは無かった。