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王子と姫の物語

姫と王子の物語1

作者: Sum

外は暗い。窓越しに冷たい空気が伝わる。僕は小さく息を漏らした。この星の極付近に位置する大陸は年中寒い。特にこの頃は秋も深まり一層凍えていた。

今も昔も変わらずこの暗さが僕を一番落ち着かせる。だが時が経つにつれてこの時間は僕を憂鬱にさせるものとなっていった。それだけ今のこの生活が幸せで平和なものだということだろう。

「アーサー様、準備はよろしいでしょうか」

僕がカーテン越しに声を掛けると世話係のものがカーテンを開けた。

「いいよ」

彼の海のように深い青い目を見ると先ほどまでの陰鬱な気持ちがやわらいだ。美しい顔立ち、金髪は母親譲りで、ハンサムさにかけては有名である。魔法、剣術も人並み以上にこなし、人柄もよい。素晴らしい王子だ。

「今日はシャルイル王国の姫もお見えになるようだね」

「その予定でございますね」

シャルイル王国。代々聖魔法を受け継いできた国家だ。強力な聖魔法を使う唯一の国家。その姫が今回のパーティーに参加することは重要な意味を持つ。火、水、雷、土の通常の魔法は子全員にその力が受け継がれるが、聖魔法はその力が強いため、第一子にしか継承されないのだ。第二子以降は魔力が非常に弱く、魔法の使えない平民程度にまでその力は落ちる。昔から特別魔力の強い王族が国を治めてきたので魔法が使えないのでは意味がない。つまり、第一子がシャルイル王国の王となる。今回パーティーに出席する姫は第一子なのだ。普通は12歳で社交界に出るはずなのだが、姫は15になってようやく今回社交界デビューする。

「...もしかしたらこのまま国に帰れなくなっちゃうかもね」

アーサーがおどけて言った。僕は微笑んだ。

「仮にそうなったとしても、僕はいつまでもあなたのお側にお仕え致しますよ」

アーサーは嬉しそうに笑った。


僕たちはハーティー家を君主とするシャルイル王国に来ていた。自分たちの国ローズマリー王国は、第一第二王子は自国の政治に忙しいので第三王子であるアーサーと退位した前国王が参加することとなっている。それに、第一子が女だったシャルイル王国は、その婿にアーサーを迎え入れようとしているのだ。しかし、ただ後継ぎ確保のためだけの 政略結婚であるうえ、聖魔法の使い手である姫が王位につくので、アーサーにとってはなんのメリットもない。国の道具として使われるだけである。

「それが王族だから仕方ないさ」

アーサーはそう割り切っているが、僕はそれを考える度にいたたまれない気持ちになった。


パーティー会場はいろいろな貴族王族たちで溢れかえっていた。華やかなドレスに身を纏った女性たちがあちこちで話をしていた。

僕たちはいつものように適当に挨拶を済ませていった。

「これはアーサー様、よくお越しくださいました」

向こうからシャルイル王国の現王が話しかけてきた。僕は一歩引いて深く腰を曲げた。アーサーも王族式の礼をした。

「そう固くなさらずに。リナ。来なさい」

王が名を呼ぶと女 の人だかりから少女が出てきた。

僕は目をみはった。

「ハーティー家第一子リナ・ハーティーです」

流れるような黒髪、静かで強い黒い瞳、白い頬。人形のように美しく可愛らしい少女だった。美しいとは聞いていたが、ここまでのものとは思いもしなかった。

「お初にお目にかかります、姫。僕はアーサー・ローズハットと申し上げます。お見知り置きを」

アーサーは姫の前にひざまずき、その細く伸びた華奢な手にキスを落とした。

僕は姫とアーサーの両者の頬がだんだん赤くなっていくのを見逃さなかった。

「アーサー様...あなたが」

姿も美しければ声も美しい。リナは目を見開いてアーサーをじっと見つめていた。

「リナ。挨拶を忘れておるぞ」

シャルイル国王が厳しい目でリナを睨んだ。

「あ...申し訳ございませんわ。こちらこそ...お目にかかれて光栄です。お美しい方でございますね」

リナは急いでお辞儀をした。

「貴女こそお美しい。あなたのような美しい女性にはもうきっと巡り合うことはないでしょう」

アーサーの目が真剣である。僕はその二人をたいそう微笑ましく思った。

「まあ、口がうまいですね」

二人がおしゃべりに夢中になっているうちに、シャルイル国王はローズマリー前国王と何やら話しているようだった。おそらくこの二人の婚約話であろう。この調子ならアーサーも乗り気で承諾しそうである。

アーサーが僕に意味ありげな視線を投げかけるので、 僕は心の中でため息をついてから、一礼して目の届く範囲で待機し始めた。

すると、昔からアーサーの世話をしているマルクがこちらへやって来た。

「やれやれ、これは婚約成立ですかな」

「そうなりそうですね」

僕たちは苦笑しあった。

マルクは昔からローズハット家に仕えてきた貴族のうちの一人だ。マルク自身はローズハットの王宮に仕えて数十年である。王族からの信頼も厚い。

「アーサー様のお気に召す姫で良かった。この婚約話を存じた時は彼が不憫でなりませんでしてな」

マルクは丸い眼鏡を皺の濃い人差し指でくいっとあげた。灰色がかった青い目がアーサーを感慨深げに見つめている。自分がアーサーと出会う前は、アーサーは圧倒的にマルクといる時間が長かった。小さい時からずっと世話係として仕えていたマルクにとってアーサーは実の子供のような存在なのだろう。

「それはよいとして、もう交代の時間だ。君も休みなさい。ずっとつきっきりで疲れたろう」

「ああ、忘れていました。ありがとうございます。では後はお願いします」

「よい夜を」

「あなたも。では失礼します」

マルクはにこやかに軽く礼をした。僕も軽く礼をし、楽しそうにリナ姫と会話するアーサーを横目に会場を出た。声をかけるほど野暮ではない。

パーティー会場となっているシャルイル王城内の接待室(といってもテーブルが何十個も並ぶスペースに加え踊るスペースもあるほどの広さ) を埋める人の波を抜け、僕は会場から出た。会場の熱気から一気に解放される。石造りの廊下に吹く冷たい風に僕の心もしばれた。

僕はシャルイル王国側から提供されている客専用ルームに急いだ。


「...」

僕は1人うな垂れた。

僕が指定された部屋はかなり複雑な場所で何回か廊下を曲がり階段を上ったところにある。突然やってきた身分も分からない男にいい部屋はあたらないというわけだ。そこに恨みをもっているわけではないが、あまりに複雑すぎるため城の中で迷ってしまった。外敵の侵入の防御にはもってこいの城ではある。

迷っているうちになんだか城を探検している気分になってきて迷うとこまで迷ってしまおうという気になってきた。側近にはあるまじきだ行為と、内心自分に呆れた。

階段を何段のぼったか知らないが、かなり高い場所に来た。廊下についたたくさんの窓からは星に照らされた城下町が一望できる。夜の暗さと人のいない静けさが僕の心を落ち着かせた。

この国に限っては聖魔法で城全体を囲っているため、外敵が侵入した時はそれがセンサー的役割をする。だからこの辺は整備が手薄である。

しばらくそこで景色を眺めていると、どこからともなくかすかに歌声が聞こえてきた。パーティー会場かと思ったが、それにしてはあまりにすっきりしすぎている。僕は不思議に思って声のする方へ導かれるように足を向けた。

近づくにつれその歌声ははっきりしたものになっていった。美しく澄んだ声はこの夜とあいまって寂しさをあおった。綺麗な女性の声だった。

僕の足は見張り塔の螺旋階段の前でとまった。その歌声はこの上から聞こえてくるようだった。僕は行ってはいけないという心よりも興味がまさってその階段に足をかけた。彼はずいぶん後になってこの時のことを回想するのだが、これは彼にとって奇跡以外の何ものでもなかったのだ...。この時の珍しく不真面目な彼の気分が彼をそうさせたのだった。

僕は階段をのぼった。極力音を立てずにのぼったつもりが、相手が僕に気づいたのか、歌は止んだ。それでも僕は後戻りできない階段をのぼった。

階段をのぼりきったらそこは人が4・5人は入れる程度の小さな小さな空間だった。遠くを見張るため作られたからか、壁に四角く大きく切り取られた所に窓はなく、満天の星空が見えた。そんな所に彼女はいたのだ。

彼女は僕を少し見た後、微笑んだ。僕は戸惑った。

「...リナ様?何故ここに...」

その姿はリナ姫だった。顔はベールに包まれて隠れているが、美しい容貌、長いストレートの黒髪はリナ姫そのものだった。しかしベールに隠れていない口もとのその微笑みはどこか奥行きのあるものだった。笑顔は一瞬で無表情に変わり、彼女は窓の外を見やった。

「......少し疲れまして」

僕はかなりの違和感を覚えた。しかし、無駄に話をややこしくすることは避けた。

「...そうでございましたか」

その言葉を最後に会話が途切れた。

沈黙が流れる。彼女も決して口を開こうとはしない。しかし僕は一瞬見た彼女の微笑みに不思議と惹かれていた。ここを離れることが惜しく、僕は沈黙の中に立っていた。

すると痺れをきらしたのか、彼女が外を見たまま言った。

「一人にして頂戴」

僕はしかし離れたくなかった。彼女を眺めていたかった。だがもっともらしい理由は思いつかなかった。そこで僕は言った。

「双子の姉がいらっしゃることは存じております」

目の前の少女はなおも黙っている。

「偶然聞きましてね。貴方のお父上の話を」

前にここに来た時、たまたま王室の前を通りかかった時に、中から声が聞こえてきた。見ると王室の扉が偶然にも少し開いていて、僕は耳を澄ませた。シャルイル王国の王様と王妃が何やら言い合いをしていたのだ。そこで言っていたのが双子の話だったのだ。

姫は黙りこくっている。触れられたくない話なのだろう。僕は話題を変えた。

「とても綺麗な歌声でございますね」

「...ありがとう」

彼女は言ってからこちらを振り向いた。そして少し考えたあと、小さく口を開いた。

「そうね...こちらへ来て頂戴」

「どういったご用件でございますか」

僕は彼女の元に寄り跪いた。彼女は黙っている。僕は何も話すことなく待った。静寂さが耳を突いた。

しばらくして、彼女はようやく口を開きため息混じりに言った。

「...どこまで知っているの」

僕は一瞬ためらったが彼女は自分から言ったので、控えめに口を開いた。

「......いずれ、」

しかし僕はそこで口をつぐんだ。酷だと思ったのだ。彼女はそれを知らないかもしれない。そう考えると言葉は続かなかった。彼女は悟ったように口を開いた。

「わかったわ」

そして彼女はそのベールを取った。

彼女の黒い瞳が僕の瞳を見つめていた。星に輝く、深い深い黒色をしていた。リナ姫のような無邪気さはなかったが、顔は僕にはどこが違うのか見分けはつかなかった。

「もう演技をする必要なんて無いわね」

彼女は柔らかく微笑んだ。僕は彼女に目を奪われた。その儚さが彼女の魅力を引き立たせていた。美しかった。

「貴方はどういう方なのかしら」

「...私はローズマリー王国第三王子アーサー様の側近の一人であるエドワードと申します」

二人だけの静かな空間である。星の光が淡く僕たちを照らし、僕たちを見ている。

「そう。アーサー様...リナの婚約者ね」

微笑んだまま彼女は言った。そして今度は黙って僕を見つめた。

僕は完全に彼女に心を奪われていた。僕はだからこそ余計なことは聞かなかった。彼女を知りたいという思いは強いが、彼女に否定されるかもしれないというリスクは冒したくなかった。

「...貴方、なんにも聞かないのね。私に」

「聞いたところで貴女はきっと教えてくださらないでしょう」

僕が言うと、彼女はくすくす笑った。その笑顔が可愛らしくて、僕は見惚れた。

「そう...そうね」

彼女は何やら嬉しそうに目を細めている。そして唐突に口を開いた。

「毎日鐘が7つ鳴る刻にここに来るの。9つなった時には帰らなくちゃいけないんだけど。時間があったらでいいから来て頂戴。一人でいるより誰かといたいもの」

「...よろしいのですか?」

嬉しい申し出だったが、何か事情がありそうな雰囲気なので、軽く考えていては大事に至りそうなことだ。彼女は笑った。

「私も貴方も大丈夫よ。分かっているのでしょうけど、この辺りは警備は薄いわ。私がわがままを言ってこの辺りに人を配置させないようにしてもらったのよ。一人が好きだったから。今はとても退屈で寂しくて、どうしようか迷ってたところなの」

「そうでしたか。では来れる限り参りましょう」

「ありがとう」

断る理由はなかった。僕は承諾した。



ルナ。それが彼女の名だった。しかしそれ以外の情報は与えられなかった。

口元は微笑みをたたえているのにとても寂しそうで、悲しそうだった。

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