第一話 世間話
陽炎のようにそれはいつもそこにあった。だが、幼い頃のこの俺にとっては不思議のない存在だった。
白い蛇。
存在が真っ白で全てが白く白銀で真っ白な蛇がいた。黄金の瞳に白く奇麗に並べられた鱗。その蛇は不思議で恐ろしくて怪異な存在だった。
白い蛇、幼い頃のこの俺はこいつを飼った。イヤ、飼ってしまったという言葉が正しいか。
物質的に飼っていたわけじゃない、幻想的でとても曖昧な物で飼っていた、そう『心』という曖昧な部分で。
別の言い方では精神に飼っていたと言える、だがその曖昧な物は脳内で行われている作業の一つに過ぎない。人間のいう感情という隙間からこの俺の心にこいつは住むいつまでもそして永遠に。
◇ ◇ ◇
「この俺が思うに全ての才能は他人によって見つけ出される物だと思うのだ。例えば天才がそこに居よう。だがそこに比べる存在がなければそれはただの人だ。凡才でも天才でもない。人間が基準した普通に染まり個を失い何かを捨てるただの人間に成り下がる。否・・・それが凡才という存在か・・・・」
あらゆる人を運ぶその車両の中には二人いただけだった。さっきまで乗っていた五、六人の老若男女、小太りで中年の男、腰の曲がった老婆、髭が濃く髪の毛を茶髪に染めたチャラチャラした三〇代後半の男二人、音楽プレイヤーで音楽を聴く素朴な少年、その友達だと思われる学生達は何か悪いものでも食べたかのように口に手を当てながら別の車両へと向かっていった。片田舎、平日の昼間などそんな理由はこの二人の状況には何の関係もない。ただその六人の老若男女が気分が悪くなって別の車両に行ったというだけのことだ。誰も居ない車両の席で背中向かい合わせに座る男二人。
その一人は見た目高校生ぐらいの男だった。緑のパーカーを羽織り中に灰色のTシャツ、下はジーパン、右手だけに黒い薄い革手袋を着用していた。白色なのか水色なのか良く分からない色をし、髪の毛が脱色して染料で染めようとして失敗したような髪の毛で野球をするのでもないのに細長い黒いバット入れを持っていた。右手の黒い革手袋に対極して左手は親指と中指に銀色の指輪が填め、酷く派手なリストバンドを左手首に着用しそのリストバンドから繋がれているチェーンを中指の指輪と無理やりに連結していた。そして首には黄金の十字架を掛けていた。少々言い過ぎかもしれないが別の見方からすれば宗教関係の人物だと少しは思うかもしれない。
――――そしてもう一人の男は途轍もなく暗い感じだった。真っ黒という言葉が何よりあっていた。黒い髪、黒い眼、黒い服装、まるで悪魔という宗教用語が体現したものと思わせる存在だった。黒いロングコートに黒いTシャツに黒いズボンを着用し本当に全てが黒く染まり世界を汚染しそうな雰囲気だった。悪魔――――普通人間相手に使用する言葉ではない。よほどの性根が腐っている人物か最も強い不良が呼ばれそうなネーミングだが、その男は何もしなくても悪魔や死神など呼ばれていても不思議ではないだろう。
高校生と悪魔は二人だけの車両の中で声を潜めるという行為をする必要もなく淡々と真っ黒な悪魔が淡々と喋っていた。見た目と違って生き生きと喋る真っ黒な悪魔。その裏に座る高校生は別に飄々した感じでただ窓の風景を眺めていた。別に無視しているわけでもなく、時々適当に返事をしていた。一方的に真っ黒い悪魔だ喋り続け笑い話など一切皆無でなかった。楽しくないそして感動もしないただ人間を評価した話だった。まるで別の存在から見た視点から人間を言っているような感じだった。独り言のように淡々と喋る真っ黒い悪魔は口を閉じず喋り続ける。まるで沈黙を阻止しているような、そんな感じだった。
「この俺はあらゆる視点から人間を見てきた。人という存在。人という存在は驚くほどに死が確定している。人が死んでその時の感情が生まれる、人と人の死はただ過ごした時間とその人間の価値感の問題だ。価値観。そのワードは驚くほど人間の感情評価が殆どだとこの俺は思うわけだ。家族、恋人、親友・・・・その価値感で全てが決まる。それが悪いわけではない。死んで第三者が悲しもうと喜ぼうとそこは価値感だ。だがこの俺はその価値感にどうと思わない。悲しんでも喜んでも死は死だ。悲しんでも人は生き返らない。喜んでも死人は怒りを表さない。その程度の物事なのだよ、人の死というものは。なら、ここにこの俺がいる。そして貴様がいる。電車の中で出会っただけの二人がお互い死んだ時、泣いたり喜んだりするか?思うはずがない。そんなことを思う人間は余程のお人好しか、相当人間が嫌いな奴ぐらいだ。問題は誰かじゃない、過ごした時間から生まれた価値観だ。一時間、一日、一週間、一ヶ月、一年―――――時間を重ねることによって人の価値感は変わる。そこに善悪は生じない。殺人鬼が人を殺そうと復讐で人を殺そうと善悪が生じるのはその状況だ。たとえそれがどんなにその状況が最悪だとしても、価値観、時間はそれを汚染されることもない。ただ、淡々と黙々と創られ無情に過ぎて行く。だが、面倒なこと極まりないそれらの考え覆す存在がいる。自ら死にたいと願う者。自殺者という者だ。自らが最善と思い状況が最悪と言える、混沌と化したその感情、価値観、時間、状況、それらを全て否定し世界から人から人生から自分から逃げ出しす最悪で災厄で最低の死に方だ。死が悪いわけでもない。世界が悪いわけでもない。人間が、人が言う感情が自らを最悪へと導いていた結果だ。だがこれはこの俺個人の考えだ。正解も不正解もない。そんなあやふやな考えの下、貴様は何を思う『殺人主義』」
「さぁーな、ただ俺にとっちゃァ、殺人は殺人で死は死だ、何の価値観も生まれねェよ。死、ただそれだけのことじゃねェか。テメェも言ったろ、死はその程度の物事ってよう」
高校生はニヤニヤしながら真っ黒い悪魔の質問に答える。足を組み両腕を大きく広げ偉そうな態度で席をほとんど占領していた。そんな座り方を見て真っ黒い悪魔は額に手を当て少々呆れながら軽く溜息を吐いた。そんな反応をする真っ黒な悪魔を見て『殺人主義』はニタァ・・・と不気味に口元には笑みが浮かんでいる。すると高校生は真っ黒な悪魔に代わって口を開いた。
「ようするに人の価値観はろくでもないってことだろ。俺達は最悪で災厄で最低な特別特殊人外異常な陰陽師だろ、それなのにお前は人を分かろうするのは何でだ?理解しとうとしてマジで人間はろくでもない存在でした~って言っているようなもンだぞ」
「あぁ、その通りだ。理解した、理解しようとした。だが無理だった。人は余りにも個を失い自らの考えを捨てている。自ら人間が基準した普通の中に生きして自分という存在を見失う。本当に愚かなことだ」
「おいおい、『愚者偽善』さんよ。それ、お前が言えることか?」
『殺人主義』は相変わらず皮肉げの笑みを浮かべながら『愚者偽善』の方を横目で見る。『愚者偽善』の方も相変わらず表情を変えずに前だけを見て自分の思考を働かせる。
「だな・・・・呆気ないものだな言葉とは。必ず語る者に自分と言葉の矛盾が生じる・・・本当に面白い物でふざけた戯言だよ」
「・・・だけどよ、その曖昧さと矛盾は言葉として成立するだろうよ。たとえ自分が嘘でもその言葉は真実であることに違いないともうぜ。まぁ真実なのか嘘なのかは言葉を使うやつ次第だな。お前、言ったろ?天才は凡才がいねぇとただの人だってな」
あぁ言ったが?と疑問形で『殺人主義』へと言葉を返す。
「言葉も同じことだって言いてェンだよ。真実は嘘がねェとただの言葉ってな」
「ふん、そうか。だが、何も知らない人間にとっては全てが真実で嘘なのだよ。曖昧なことがそこにあって人間はそこ追及しない。そうこの愚かな俺のように」
『愚者偽善』は一度瞳を閉じ上下の目蓋を繋げそして再び開き『瞳を黄金に変えた』。
「テメェがその化物を飼っていくならお前に幸せはこねぇぞ?」
「承知の上だ。この化物との契約は幼少の頃で終えている。呪いだとか悪魔憑きだとかそんな幻想はこの俺にとって戯言に過ぎない」
「愚者が化け蛇で偽善がテメェか・・・・本当におもしれぇコンビだな」
ふん、貴様が言えることか?、と皮肉げに笑う『愚者偽善』。目を閉じまた、瞳を黒く塗りつぶした。
すると『殺人主義』は、深く座っていた椅子から離れ二本足で車両の床に立つ。『殺人主義』は辺りを見回す。『愚者偽善』と話している内に目的地で降りるのを忘れ目的地から過ぎ大分電車は進んでしまったようだ。驚くほどに人が減りどの車両にも数えるほどしか人が居なかった。窓を見ると緑一色の景色だった。緑の木が集まる山、まだ生き生きとしている稲、様々作物が育てられている畑。結構田舎・・・いや片田舎の方へ来てしまったようだ。所々家という家はある。片田舎のこの街は自然と建物があり混沌としていた。
「俺はここで降りるとするか。話込んで目的地から大分進んじまったからな~」
それは悪かったと呟く『愚者偽善』。
「いいや全然、逆に楽しい話になったぜ、『愚者偽善』」
「・・・・人間が作り出す隠威。人は生まれながら罪を持つ、欲というものだ。人は善行をできるとすればそれは偽善であり偽物だ。それ以下でもそれ以上でもない。病、自然災害、死者、負の感情。人間に害なるあらゆるモノが隠威という曖昧なモノになり人間に憑く・・・いやウィルスにように人間の心から出てまた戻ってくるだけか・・・・この俺達の仕事はその程度で曖昧な行為でしかない。最終確認だ・・誰からにも認められず闇の中で誰にも気づかれず死んでいくただそれだけの存在でいるのか?」
「そんなことは百も承知だ。ならテメェはこの仕事を辞職するか?」
そうか、と『愚者偽善』は呟いた。
運転手による車内アナウンスが流れもうすぐ駅に到着すること伝える。
キィイ!!と電車の車輪と線路の擦れる音が響く。駅に着くとプシューという音と共にドアが開く。降りる人は本当に少なくバラバラに降りる人について行くように『殺人主義』も駅から降りる。
「じゃァな、『愚者偽善』」
そう呟くと背中を向けながら顔だけ『愚者偽善』の方へ向き口元に笑みを浮かべ車両を出た。
◇ ◇ ◇
『愚者偽善』の乗る車両にはもう誰も乗っていない。
しばらく黙って座っていると車両の両ドアから六人の老若男女が現れた。さっきまで乗っていた五、六人の老若男女、小太りで中年の男、腰の曲がった老婆、髭が濃く髪の毛を茶髪に染めたチャラチャラした三〇代後半の男二人、音楽プレイヤーで音楽を聴く素朴な少年、その友達だと思われる学生達は何か悪いものでも食べたかのように口に手を当てながら別の車両へと向かっていったはずの人々が戻ってきた。だがその六人の老若男女の顔は虚ろでまるで死んだような顔だった。
『愚者偽善』は今まで座っていた座椅子から立ち上がり大人一人が通れる細い通路に立ち、六人の老若男女を睨む。
六人の老若男女はそれぞれの手に凶器を持っていた。サバイバルナイフ、鋏、鉈、包丁など人を斬り付ければ大怪我になる凶器ばかりだ。
「ヴードゥー教のゾンビ術か・・・・いや催眠・・洗脳系か・・・どちらにせよ、操られていることにはかわりないな」
「科涯暁緒だな?」
思考を働かせる中、六人の老若男女の口から一斉に同じ言葉が放たれた。
んっ?、と眉を顰め左右の車両のドアにいる六人の老若男女を交互に見る。
ふん、と不気味に笑みを浮かべる『愚者偽善』。右手を前に突き出し両目を閉じ再び閉じた目蓋をまた開く。またそこには黄金の瞳があった。そして同時に黒い服装に包まれた『愚者偽善』の両腕が白く変色し鱗が出る目元も同じように変色し鱗が出る。
「素人の魔術師がッ・・・どこぞの組織が知らんがあまりこの俺を怒らせるなよ。そんな低レベルの洗脳術でこの俺を殺せるとでも思ったか」
突きつけた右手からすぅ・・・と刃が生えた。黒く漆黒で真っ黒な刃の刀が取り出された。
「この刀は異能を殺す刃だ。貴様が操るために繋がれている魔術を断ち切る」
黒く漆黒で真っ黒な刀の説明を終えた後、構える『愚者偽善』。
それを認識する六人の老若男女は同じく構える。
「この俺の真名を知っているとは『殺人主義』の目的地にこの俺も行かなくてはならんな」
その言葉と共に両者は走り息の根を止めようと両者は刃を振るう。