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サメトノライヌ  作者: 八幡祐咲
第一章 仮面の男
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#4―2 奪われた左目(後編)

「お待ちなさい」

 闇の中に声が響く。暫くして、誰か人間が現れた気配がするが視界が霞んでいて姿はよく見えない。しかし足音の数からして一人ではない、ということ。そして先程の声の主は女、それも若い人間であることは何となく判る。

「これはこれは、お嬢さま。つい今し方、御主人さまの命を奪った犯人を発見したところです。どうせ彼らは法で裁くなどできぬ下等な存在、すぐ殺処分すべきでしょう」

 仮面の男は、そう得意気に話す。しばしの沈黙の末、『お嬢さま』と呼ばれた人間は冷たい口調で答えた。

「それは許しません」

「何故です? この獣人は……」

 奴の口調に僅かながら動揺が表れた気がする。そこへ追い撃ちをかけるように、更に『お嬢さま』は続けた。

「例えそうだとしても、この獣人は我が家の所有物。父亡きいま、どのような処分をするかの判断は私が決めます」

 『お嬢さま』がそう言った途端、俺は一緒にいた人間らしき連中に抱えられ運ばれてきた荷車のような物の上へ乱雑に乗せられた。それはまるで、ヒトがゴミを処理する時のように。


 荷車に揺られながら空を見上げると残された右目には、まるで宝石を散りばめたような光景が映った。さっきまで霞んでいた視界が突然澄み切ったのは天からの最期の贈り物なのだろうか。

(本当の宝石というのは、こういうもののことをいうのかもしれないな)

 ぼんやりとした意識の中で、俺はそんなことを考える。

 やがて宇宙へ吸い込まれるかのように、その風景も消えてゆき目の前は黒色に包まれていった。


        †


 雲の布団に寝ているような感覚が俺を包み込んでいる。そして鼻腔を擽る優しい香り。

(俺は死んだのか?)

 身体を動かそうとした途端、あちこちに痛みが走り呻き声を上げてしまう。

(ん、待てよ? 何故、死んだのに感覚があるんだ)

 そんな疑問が頭に浮かんだ、その時――

 

 耳に水の音が響く。そして鼻には、あの邸に来てからずっと嗅ぐことのできなかった森の匂いが。ゆっくりと目を開くと、そこにはさっきと同じ星空が広がっていた。ただ前と違うのは左右に木々のシルエットが流れている、ということ。

 暫くは呻きながらもがくことしかできなかったが、徐々に身体の状態も落ち着いてきた。ある程度、動けるようになったところで上半身を静かに起こす。そして濡れた時に水を振り払うような感じで頭を振り、改めて自分のいる場所や辺の様子を確認する。

 俺がいたのは小さなボートの上だった。目を覚ます前の揺れるような感じは、乗っていた舟が川を進んでいたためだろう。でも、何故俺はこんなところに?

 そう思った瞬間、遠くから爆発音が鳴り響く音が聞こえてくる。

 音のした方を振り向くと、流れる木々の遥か向こうに不自然に明るくなっている場所があった。舟が動き見る位置が変わると、それは幾つもの黒い煙を空に出しながら光っていることが分かる。

 再び爆発音がして、その場所の輪郭が白く浮かび上がった。その建物らしきものの形には見覚えがある。

「あの邸だ!」

 俺は驚きのあまり、無意識に呟いていた。

 あの広大な庭と巨大な建物のあった場所が、まるで戦場と化したかのように炎と煙に包まれている。俺は何があったのかを確かめたかったが、この殆ど動けぬ身体ではあそこまで戻ることさえ難しいだろう。俺は仕方なく、また遅い流れの川を進むこの舟に身を預けた。

 この川がどこまで続いているのかは分からない。どこへ向かえばいいのかも分からない。

 でもひとつ確かなのは、俺はまだ生きているということだ。


 あの仮面の男は何者なのか。荷車で運ばれた後、一体何があったのか……数々の疑問が渦巻く中、俺はただじっと遠ざかってゆく邸を右目越しに脳裏へ焼き付かせていた。

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