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佐伯さんと、ひとつ屋根の下 I'll have Sherbet!  作者: 九曜
extra story / after story
99/109

 クリスマスSS Ver.2016 「君に買ってあげたいものもありますから」と彼は言った

「Christmas time has come to town♪」

 

 12月24日。

 その日の夕方、わたしは『お店』にいた。

 

 まだ名もない『お店』。

 でも、いま高校三年生の弓月くんが卒業したら、そう日をおかずに開店することになっている。そのときまでには新しい名前がつくことだろう。

 わたしとしては名前は真っ先につけるべきだと思っていた。未来のビジョンが具体的になって、がんばる目標になるから。でも、弓月くんは後回しでいいと言う。仕方がないので、それまでにいい名前を考えておこうと思う。

 お店の名前は、宝龍さんも考えてみると言っていた。あの天才のことだから尖ったセンスの名前をつけそう。そして、どこか哲学者風の弓月くんがそれに賛同しそうで、ちょっといや……。

 このお店が開店するとき、わたしはまだ高校三年生。受験生だけど、それでも手伝うつもりでいる。その場合はアルバイトだろうか? それとも家業? 一度先生に相談してみよう。バイトをするのには学校への届け出が必要だったと思うので。

 

 今わたしがお店にいるのは、ここで弓月くんとふたり、クリスマスパーティをするつもりだからだ。とは言え、あまり派手にやっても片づけが大変なので、ささやかなものだ。

 実は前に、閉店したはずの店舗に高校生が出入りしている、と通報されたことがある。とても面倒だった。今ではもう近くの警察も事情を知っているので大丈夫だけど、あまり煌々と電気を点けて店内を飾っていると、また通報がいかないとも限らない。

 

「Christmas time for you and me♪」

 というわけで、テーブルひとつをクリスマス風に飾るだけにとどめてる。今日はここで夕食を食べる予定。

 弓月くんはまだ帰ってこない。

 気まぐれに、わたしは一度外に出てみた。

「うわ、寒ーい」

 さすが十二月。日も暮れて、日中よりも一段と寒くなっている。どうせなら雪でも降ればいいのに。せっかくのクリスマスなのだから。

 外に出たわたしはお店を眺める。

 住宅街の入り口に立つ小さな喫茶店。

 来年の今ごろはどうしているだろうか。弓月くんとふたりでクリスマスを過ごすのもいいけど、常連のお客さんとお店でパーティをするのもいいかもしれない。

 と、まだ見ぬ未来に思いを馳せていたら、ふいに視線を感じた。

 弓月くんかな? と思って振り返ると、そこにいたのは長い黒髪が艶やかなな女の子だった。歳はわたしと同じくらいに見えた。美人さんだ。このあたりに住んでいる子だろうか。

「あの、そのお店って……」

 もう閉店して長いお店に明かりが点いているのが不思議だったのか、女の子は首を傾げている。

「うん。早かったら春には新装オープンする予定。よかったら寄ってみて」

「ええ、そうさせてもらいます」

 彼女はいかにも淑女といった感じで微笑み、去っていった。

 今から少しずつ宣伝しておかないと。これで未来の常連さんゲット! だったらいいなぁ。……あ、「嫁力高すぎぃ!」というお京の声が頭の中で再生された。

「寒っ」

 またわたしは声を上げる。

 ちょっとだけだからとコートも羽織らずに出たのが悪かったか。体が冷え切らないうちに中に入ろう。

 

                  §§§

 

 程なくして弓月くんが帰ってきた。

 入り口のドアを手で押して入ってくる。

「おかえりー」

 家でもないお店で言う言葉じゃないのかもしれないけど。

「このドア、何かベルをつけたほうがよさそうですね」

 でも、弓月くんの第一声はこれ。振り返ってドアの上部を見上げながら、そんなことを言う。

「できればドアベルにはこだわりたいところです」

「そうなの?」

「お客さんが一番最初に聴く音ですからね」

 なるほど。バーでヒールの音がきれいに響くようにと、床の素材にこだわるようなものか。

「で、どうしたんです? こんなところに呼び出して」

「もう! そんなの見たらわかるでしょー」

 クリスマスっぽい飾りつけにちょっとした料理、シャンパン、というか、スパークリングワインはふたりとも未成年なのでダメだけど、代わりにシャンメリーを用意しておいた。アルコール度数1%未満。食後にはケーキも待っている。

 それに何より、わたしのサンタコス。

「冗談ですよ。……それにしても、イベント好きの君にしてはおとなしい恰好ですね」

「お店だしね」

 サンタコスといっても普通の服の上からサンタカラーのコートみたいなのを羽織るだけのお手軽なもの。家なら兎も角、ドアを出たら人が行き交う往来のお店では、あまり過激なことはできない。

「もしかして期待した? ぇろいの」

 わたしが意地悪くそんなこを聞けば、

「まぁ、少しね」

「え? あ、そう?」

 最近の弓月くんは、素直になったのか単にわたしのあしらい方がうまくなっただけなの、時々余裕ありげに笑ってこういうことを言うのだった。

 どっちもでもいいいけど――はい、言質は取りました。帰ったらちゃんと期待には応えてあげようと思う。肩出しヘソ出しのミニスカサンタで、脱いだり脱がされたりしてもいいように下はサンタカラーのビキニの水着。もちろん、もれなくスキンシップがついてきます。おお、プレゼントがサンタ自身とは、これまた斬新な!

「さ、ほら、食べよ」

 テーブルに並べた料理――わたしが作ったサンドウィッチや買ってきたローストチキンその他諸々を示して促す。

 弓月くんはカウンター席に鞄を置き、ハイチェアにコートをかけてからテーブルに着いた。

「ねぇ、もう少しゆっくりできないの?」

「仕方ありません。修行中の身ですから」

 

 弓月くんは現在、日々アルバイトに勤しんでいる。

 でも、バイトとは名ばかり。実際には弓月くんちの地元にある馴染みのお店でいろんな技術を教え込んでもらっているので、いま言ったように修行と表現するほうが正しい。

 進学校の水の森にあっては弓月くんみたいなのは初めてのケースで、学校としても扱いに困っている様子。それでも弓月くん自身は卒業はしておきたいみたいで、可能な限り休みつつも、定期テストで赤点を取らないように勉強も怠っていない。

 

「今のうちに腕を磨いておかないと」

「それはそうだけど……」

 とは言え、先にも述べた通り、お店は弓月くんの実家に近いところなので、学園都市からは遠い。その上でのバイトと勉強の両立。弓月くんの体がちょっと心配だ。クリスマスの今日だって、そのお店から直接ここにきたのだから。

「それに君に買ってあげたいものもありますから」

 と、弓月くん。

「え、何? 何か買ってくれるの?」

「そのつもりですが、何かは内緒です」

 弓月くんにしてはもったいつける。いったい何だろう? 今日ではないみたいだから、クリスマスプレゼントには間に合わなかったもの? と首をひねっていると、

 

「君はこういうときだけ鈍くなりますね。まぁ、助かりますが」

 

 そう言って弓月くんは笑うのだった。

 ま、いっか。こういうのはあれこれ考えずに、素直にもらえるその日を待つのがいちばんだ。

 こうして久しぶりに弓月くんとゆったりした時間を過ごした。

 もちろん、帰ってから第2ラウンドだけど。

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