クリスマスSS 「未成年の飲酒は法律で禁止されていますよ」と彼は言った
……。
……。
右を見る。
「……」
左を見る。
「……」
自分の部屋。
それから自分を見る。
そうだ、今日は12月24日。待ちに待ったクリスマスイブだ。
気がつけばすでに準備は万端。
わたしは部屋を出るとリビングで文庫本を読んでいる弓月くんに、猫のように四つん這いで近づいた。
「弓月くん、今日はどこでどんなふうにする?」
「……質問は具体的にしてください。よくわからない恐怖を感じます」
思いっきり戦慄された。
「や、将来はこんな感じがいいなぁ、と」
「いやですよ、そんなの」
「そう?」
ベッドにお風呂、ベビードールにエプロン、場所とコスチュームの組み合わせ次第でバリエーションは無限大、みたいな。まるでテレビゲームの謳い文句。むしろ年齢制限付きのゲーム?
弓月くんは再び文庫本に視線を戻した。
「そろそろ本題を」
「ん」
わたしは膝頭を合わせて、いわゆる女の子座りでぺたりと座る。
「今日クリスマスなんだけど、どう過ごす?」
「すでにそんな衣装で臨戦態勢の人が言う台詞ですか」
彼は呆れたようにそう言った。自分の姿を改めて見る。……サンタコスだ。
実は今日の日を迎えるにあたって、何も予定を決めていなかった。阿吽の呼吸でお互い当然のように何の約束も入れていない。後はそのときのノリと雰囲気で決めたらいいかなと思っていたけど、とりあえずわたしは先にひとりでクリスマスを演出してみたりしているわけだ。
弓月くんは横目でわたしをちらりと見てから、頭痛でも堪えるかのような顔をする。
「その過激なデザインどうにかなりませんか」
「いろいろシミュレートした結果こうなりました」
鎖骨もあらわな肩出しのタイトミニ。勿論、赤と白のサンタカラー。主に着脱の観点からこれを選んだ。すぐに脱げないとタイミングを逃す恐れもあるので。何のタイミングかまではいちいち言わないけど、まぁ、同じ轍は踏まないようにということで。……ん? 同じ轍?
「見えそう?」
「というか、見えてます」
弓月くんは再びわたしを見る。その視線は上から下へ。下から上へ。そこでわたしと目が合って、ばつが悪そうにまた本へと顔を戻した。
やっぱりタイトミニでこの座り方は危険だ。いちおー裾を握るようにして足の間に手を添える。
「でも、その辺りは抜かりなしだから。なんと下は赤いビキニの水着。脱がされてもサンタです」
まさに隙なし。隙なしマチュピチュ遺跡!
「受動態にしないでください」
「因みに、いつもは白とか水色とか淡い色ばかりだけどね。後は一気に飛んで、黒?」
「誰も聞いてませんよ」
「赤は珍しいと思ったあなたは、普段から目ざとい証拠です」
「思ってません」
わたしの直球勝負はひたすら受け流される。勝負しろ、勝負。
「君、いつにも増してはしゃいでますね」
「一年に一回のクリスマスだからじゃない?」
血が騒ぐというか、ちょっと気分がいい。
「で、そのせっかくのクリスマス、どうする? シャンパンでも飲む?」
わたしは背中に隠し持っていたシャンパンの瓶をテーブルの上に置く。
が、何やら考えている様子の弓月くん。
「……シミュレートの結果、お酒は鬼門だと判断します。だいたい未成年の飲酒は法律で禁止されていますよ」
「そっか」
じゃあ、これは年末に家に持って帰ろう。シャンメリーと間違えて買ったとかテキトーなこと言って。
弓月くんは「同じ轍は踏みたくありません」とか何とか。同じ轍流行中。もしかしてお酒に弱い? 何か苦い思い出でもあるのだろうか。ちょっと飲ませてみたい気もする。
「ね、弓月くんは何か考えてないの」
「特には」
「もぅ」
冬だからか弓月くんのテンションは低い。そうか、弓月くんは気分だけなら謎の変温動物菱沼だったのか。
「とりあえず君と一緒にいることは確定事項ですからね。どうするかは、まぁ、そのときの雰囲気で決めようと思ってました」
考えていることは同じらしい。ちょっと嬉しい。
「雰囲気かぁ」
少し考えてから、わたしはぐっと身を乗り出した。
「ぇろい雰囲気になったら――」
「なりません」
「ふぎゅる」
弓月くんは接近してくるわたしの顔を掌で押しとどめる。乙女の顔面を鷲掴むな。
「そうですね。まだ日も高いことだし、どこか出かけますか」
「この服も持っていったほうがいい?」
「どこへ行くつもりか知りませんが、持っていかなくていいです」
きっぱりと断られた。
と。
そこで弓月くんの目が先ほどのシャンパンの瓶に止まった。何かが引っかかった様子。
「佐伯さん、ちょっとそれを見せてください」
と言いつつもそれは単なる断りの言葉で、彼は自らの手でそれを取った。
弓月くんはシャンパンに瓶をためつすがめつして仔細に観察し――そして、最後にコルクを抜いた。
「簡単に抜けますね。……君、これを飲みましたね?」
「ん?」
飲んだ?
「ん―――?」
わたしは腕を組んで考える。
「おお。そういえば飲んだ覚えがあるかも」
思い出した。どんな味なのかと思って、部屋でちょっと飲んでみたんだった。その前後で記憶が飛び飛びになっているような?
「よく見たら顔も少し赤いですね」
「うに?」
思わず顔に手を当てる。赤いかどうかはわからないけど、ちょっと火照ってる気がする。
「さすがにそんなので出かけるわけにはいきませんよ」
「えぇー」
「あまり減っていないところを見ると、そんなにたくさん飲んだわけではないようですが。まぁ、いずれ醒めるでしょう」
出かけるのはそれからです、と弓月くん。
ま、いっか。夕方になってから出かけるのも、ライトアップされたあれやこれやが見れていいかもしれない。
とは言え、今この時間が勿体ない気がする。
「ところでさ、弓月くん――」
わたしは再び四つん這いで弓月くんに忍び寄った。
「ここにかわいいサンタがいるんだけど」
「自分で言いましたね。……別に否定はしませんけど」
「そのサンタに何かお願いはない?」
そして、誘うように訊く。
「……何かってなんですか?」
逆に弓月くんは慎重に問い返してくる。……わかってるくせに。
「実は今いい感じに気持ちよくなってるので、いちゃいちゃしたい気分なのです」
「……僕は今、サンタにお願いされてる気分です」
「かもしれない。……ダメ? 弓月くんはしたくない?」
わたしは弓月くんをじっと見つめる。彼も少しの間それを受けていたけど、やがて視線を外し――そして、言いにくそうに言った。
「まぁ、少しくらいなら……」
見事陥落。
弓月くんの鉄の自制心は、最近ちょっと脆い。
そんなわけでこの後はスキンシップ。せっかくのクリスマスなのでいつもより甘めで。唇を重ねて、体にも好きなように触れてもらった。してもらいながらキスをすると蕩けそうになる。
勿論、途中からはこの下にあるもうひとつのサンタコスも気前よく披露――
して……
「きゃあ!」
「うわあ!」
わたしたちはそれぞれ別の方向に盛大に倒れた。
「話が違うじゃないですか……」
「……」
脱いでから気がついた。ノーブラだった。……そういえば肩紐が見えるからトップスは脱いだんだった……。
結果、かつてないほど間近でナマを見られてしまった。
「わたし、もうお嫁にいけない。弓月くんのところ以外……」
「……」
お互いあまりの衝撃にしばらく起き上がれなかった。
で、
その後、時間とともに酔いは醒め、わたしははしゃぎまくった自分の行いを振り返って海より深く反省した。
ところが、弓月くんはというと、
「いえ、いつもとあまり変わりませんでしたよ」
「失礼なっ」
でも、
え……。あ、あれ? そうなの……?