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 夏休みSS-2 「僕だって男ですから」と彼は言った

「そう。うん、わかった。一度彼に頼んでみるわ。それじゃあ」

 わたしは用件だけのようなお父さんからの電話を切り、ケータイを折りたたんだ。

 因みに、端末の色は黒。女の子らしくない、黒。

 なぜこれを選んだかというと、弓月くんとおそろいだからだ。彼と同じものを持っていたくて、わたしはこれを選んだ。……おかげで、ふたりともがリビングのテーブルにケータイを放り出していると、ストラップでしか見分けがつかないけど。

 さて、部屋を出る。

 と、その弓月くんがリビングでうたた寝をしていた。座イスの背もたれを何段階か後ろに倒し、横になるようにして体を預けている。

 弓月くんは、この家の同居人にして、わたしの彼氏だ。

 1学期の終わりにわたしたちは念願叶って、恋人同士になった。出会って3ヶ月だけど、わたしに言わせれば、『3ヶ月もかかった』だ。まったく、弓月くんめ。知り合ってすぐに好きになっていたくせに。世話のかかる。

 その彼が寝ている。

 目を閉じて(当然だけど)、穏やかな寝顔を見せている。起きているときにからかうとかわいいけど、こうしていると黙っていてもかわいい。どんな夢を見ているのだろう。

 わたしも自分の座イスに腰を下ろした。

「……」

 少しの間、彼の顔を見つめる。

 あの日、保健室で彼は、もうわたしを不安にさせないと言ってくれた。その後には好きだとも言ってくれたし、勿論どちらの言葉も疑っていない。

 それでも不安に思うことがひとつある。

 ……。

 ……。

 ……。

 わたしって、魅力ない?

 こっちから少し強引にねだればキスくらいはしてくれるけど、彼から求められたことはないし、それ以上のことなんて素振りもない。まるで世の中にはそういう行為が存在しないみたい。今着ている部屋着だってタンクトップにショートパンツで、夏になって生地も薄くなったし、けっこうすごい格好だと思うんだけど。こういうのを見ても、なんとも思わないのだろうか。

「むー」

 と、ちょっと恨めしげに口を尖らせていると、弓月くんが身じろぎした。人の気配を感じたのだろうか、程なく目を覚ます。

「おはよ、弓月くん」

 朝じゃないけど。

「……ああ、佐伯さんですか。寝ても覚めても佐伯さんとは……」

「へ?」

「いえ、何でもありません」

 誤魔化すように言う彼。それから座イスの背もたれをもとに戻し、寝ている間に固まった体をほぐすため、肩を回した。……もしかして寝起きで口を滑らせたのだろうか。慣用句も微妙に間違っているし。

「どんな夢、見てたの?」

 弓月くんが座り直したところで、わたしは尋ねてみる。

「たいした夢じゃありませんよ」

「わたしが出てきた?」

「……ノーコメントです」

 素直じゃないなぁ。

「夢の中のわたし、どんなだった?」

「君が出てきたとはひと言も言ってないのに、勝手に話を進めないように」

「……」

 こうなったら実力行使。

 わたしはすっくと立ち上がると、テーブルを迂回して弓月くんのもとに行き、彼と向かい合うようにして、その膝の上に座った。

「またこんなことを……」

 弓月くんは呆れ顔だけど、わたしはけっこうこれが好きだったりする。密着してお互いを感じられるし、顔が近くて、その気になったらキスもできる。そして、何より、ちょっとぇろい。ドキドキする。最初は思いつきでやっただけなのに、意外な発見もあるものだ。

「そう言えば、まだ弓月くんに見せる用の水着を見せてないと思った」

「遠慮しておきますよ、それは」

「む……」

 あ、マズい。

 またちょっと不安になってきた。少しくらい興味を示してくれてもいいのに。

「ね、キスしていい?」

「ダメです、今は。……ほら、もう降りてください」

『今は』ってなんだろう?

 そう思ったけど、わたしはいつになく強情になっていた。

「するまで降りないって言ったら?」

「……」

「……」

 わたしたちは強い意志を目に込めながら見つめ合った。視線で無言の勝負。弓月くんの膝の上に乗っているから、わたしの目線のほうが少しだけ上にある。

 折れたのは弓月くんだった。彼はため息をひとつ。

「どうなっても知りませんよ」

「うわ、なんだか期待してしまう台詞」

 思わずにやけてしまう。

 やがてどちらからともなく顔を近づけていく。そう言えば、この体勢のいいところとして、わたしのほうがかなり優位に迫れるというのもある。

「ん……」

 目を閉じ、唇を重ねる。

 瞬間、わたしの剥き出しの肩に添えられていた彼の手に力がこもり、それが痛いくらいで少しびっくりした。どうしたんだろう?

 でも、すぐに力が抜け、片手だけが離れ……、

 ――え?

 その手がわたしの胸に触れた。

 ――え? ええっ!? ゆ、弓月くんが、わたしの……触っ……。ど、どうしよう。今、ブラしてない。

 軽くパニック。

 ところが今度は、わたしに文句を言わせまいとするみたいにして、彼が強く唇を求めてきた。

「んっ」

 わたしも頭では動揺してるくせに、それが本能なのか、求められるままに応じて、それどころか逆にこちらからも彼の唇を奪いにいった。

 間、彼の手はおそるおそるといった様子で、まるで重さを確かめるようにわたしの胸を少しだけ押し上げ、まるでやわらかさを確かめるように少しだけ指に力を入れて――それだけだった。

 彼の手が離れるのをきっかけに、わたしたちは唇も離した。

「あ、あの、あのね……。弓月くんの……、手、が……」

 やっぱり頭はパニックのまま。

 顔は自分でもわかるくらい真っ赤になっていて、口から出る言葉は言葉にならず、弓月くんの顔もまともに見れない。目は完全に泳いでしまっていた。

 なのに、

「すいません……」

 見れば、彼も赤くなって顔を伏せていた。

 ――あぁ

 それを見て、わたしは落ち着きを取り戻す。あんなことをしておきながら、顔を赤くして謝っている弓月くんが急にかわいく思えて……。

「もうッ」

「痛っ」

 思えて、でも、ちょっと腹が立って頭突きを一発。

「なんで謝るの!? それじゃ悪いことしたみたいじゃない!? わたしが怒るみたいじゃない!?」

「怒るでしょう、普通」

 彼は鼻っ柱を押さえながら言う。わたしもおでこが痛い、

「怒るわけないじゃない。それに、いつかはわたしのぜんぶに触れるんでしょっ」

「え? い、いや、まだそうとは……」

「そうじゃないって言うほうが怒りますけどもー」

 だったら今のはなんだ。つまみ喰いか!?

「いや、まぁ、君の言う通り、かもしれませんね……」

「ならいいじゃない」

「そうもいきませんよ。考えてもみてください。僕たちは一緒に暮らしているんです。その辺りのたがが外れたら、後々大変ですよ」

「……」

「……」

「ま、まいにちやりたいほうだいですかっ!?」

 それは確かにたいへんかもしれない。

「その表現もどうかと思いますが。それに僕が君と一緒にいられるのは、君のお父さんが僕のことを信頼してくれているからです。その信頼を裏切らないよう、高校生のうちはそれ相応のつき合い方を心がけるべきです」

 弓月くんの考え方は至極当然。一分の隙もない。……でも、やっぱりちょっとだけ不満だ。

 わたしは彼の首の後ろに両手を回した。

「もしかして弓月くん、本当はいつもわたしに触れたいと思ってた?」

「え?」

 小さく短く戸惑いの発音。そして、ほんのわずか、どう誤魔化そうか考えていたみたいだけど――諦めたよう。

「それは、まぁ、思うこともありますよ。僕だって男ですから。いつもではありませんけどね」

「そっか」

 わたしは笑う。

 安心した。わたしに魅力がないわけでもないし、弓月くんもそういう気持ちがあったらしい。

「でも、ぇろいことをした責任はとってもらおうと思います」

「またですか? まぁ、仕方ありませんが」

 弓月くんは必要のない反省をしている模様。

 責任といっても、勿論この前みたいなキスではない。

「9月に入ったら、お父さんとお母さんがロスから帰ってくるんだって。3週目の日曜日」

「そうなんですか。もっと先だと思っていました」

「うん。ちょっと早まったみたい」

 延びたり早まったり、なんとも流動的な予定だ。

「それでね、帰ってきた日にいろいろ手伝って欲しいんだって」

 もともと1、2年くらいと決まっていた海外勤務だったので、家財道具なんかはほとんど置いていって、家の管理は近くの親戚に任せていた。なので、帰国したところで引っ越しというほど大袈裟なものにはならないと思う。ただ、それでも向こうで増えたものも多く、その辺りの整理が大変そうなのだ。特にお父さんの仕事周り。

「僕にですか?」

「そう。お父さん直々のご指名です。弓月くん、信頼されてるから」

「そうですか。わかりました。そういうことなら喜んでいかせてもらいましょう」

 点数稼ぎはしておかないと――と、弓月くん。

「ついでにお母さんにも挨拶しとく?」

「挨拶はしますよ。初めて顔を合わせるんですからね。でも、君が思っているような挨拶ではありませんが」

「ちぇ」

 残念。

 でも、ま、いっか。今日はいろいろと弓月くんのことをまた知ったし。

「ほら、いいかげん降りてください」

「あ、そだね」

 そういえば、まだ彼の膝の上に乗ったままだった。降りる前にもう一度キスをしようかと思ったけど、今日のところはもうやめておくことにした。


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