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 夏休みSS-1 「カッコ悪くてもいいじゃない」と彼女は言った(前編)

 それは夏休みに入ってすぐの、ある日のことだった。

 夜、僕がリビングでひとり文庫本の小説を読んでいると、佐伯さんが自室から顔を出した。手には携帯電話を握りしめている。

「あ、弓月くん、あのね。もう少ししたらケータイに、お京からかかってくると思うから」

「桜井さんから、ですか?」

 つまり佐伯さんが僕の番号を彼女におしえたということか。その点に関してはとやかく言うつもりはない。顔も名前も知らないようなクラスメイトにおしえたのなら兎も角、相手は僕もよく知っている桜井さんだ。十分に許容範囲だろう。佐伯さんもそうだと思ったからおしえたのだろうし。

「僕に何か用でしょうか」

「そうみたい」

 言いながら、彼女は自分の座イスに腰を下ろした。

「どんな話か聞いてますか?」

「さぁ?」

 そして、笑う。……その顔は聞いているな。予備知識を仕入れておきたかったのだが、しかし、佐伯さんを問い質そうとした矢先、テーブルの上に置いてあった僕の携帯電話が着信を知らせるメロディを奏で出した。

 サブディスブレィを見ると、そこには知らない番号が。きっと桜井さんだろう。

「……はい」

『あ、弓月さんのケータイですか? わたしです。桜井です』

 電話を通しているせいか、普段聞いている桜井さんの声とはちょっと違った感じに聞こえた。が、話し方や勢いは間違いなく彼女のものだ。

『キリカから聞いてますか……ていうか、あ、もしかして今、キリカと一緒でした?』

 声がニヤけた感じのものに変わった。

「一緒ならその場で僕に代わってますよ」

『あ、それもそうか』

 こういうときは慌てず騒がず、さらりと嘘を吐く。桜井さんはあっさりと納得した。

「それで、僕に何か用ですか?」

『あ、そうそう、そうなんです。えっと、ですね。いきなりですが明日、一緒にプールに行きませんか?』

「プール?」

 疑問形でその単語を復唱する。

 ちらと横目で佐伯さんを見てみれば、彼女はテーブルに両肘を突き、掌で顎を支えた構造で、笑みを浮かべていた。やはり知っていたのだろうな。

「明日とは、確かにいきなりですね」

 もしかしたら佐伯さんは、考える時間を与えないために、予備知識をつけさせなかったのではないだろうか。

『ダメですか?』

「ダメというわけではありませんが……」

 時間は自分でつくるもの。少々時間稼ぎをしてみる。

 と、そこで桜井さんが声のトーンを落として、

『キリカの水着姿、見たくないですか?』

「……」

『実はキリカ、すっごいスタイルよくて、胸も大きいんですよ』

 それは知っています――とは、さすがに言えるはずはなく。

 どうにも話しにくいカテゴリの話題になりつつあるな。こっちには横にその佐伯さんがいるというのに。

『じゃあ、ポロリもつけます。わたしの責任においてっ』

「……」

 何をする気だ。この子は。

 電話の向こうでぐっと拳を握り締めている桜井さんが目に見えるようだ。

「因みに、どんなメンバーですか?」

『弓月さんがオッケーしてくれたら、滝沢さん辺りにも声をかけてみようと思ってます。大勢のほうが楽しいですから』

「それなら、まぁ、いいんじゃないでしょうか」

 旅は道連れ。心臓に悪い状況に、わざわざ自分ひとりで飛び込む趣味はない。

『決まりですね。じゃあ、明日、楽しみにしててくださいね』

 そう言って桜井さんは電話を切った。

 僕も自分の端末を折りたたみ、さて、と佐伯さんに向き直った。

「君、知ってましたね?」

「うん。でも、お京が自分で誘うって言ってたから、わたしが口をはさむのは筋違いかなって」

 それはそうだが。

「祝・弓月くんとプール」

「他の人もいるようですよ」

「一度行ってしまえば、次はふたりで行けるかなぁ、とか?」

 へらっと笑う佐伯さん。

 そううまくいくだろうか。少なくとも僕は、そのつもりはないわけだが。

 

 そうして翌日。

 場所は埠頭近くに建設された、この地方最大を謳う室内プール。

 そこに現地集合。

 とは言っても、電車の乗り継ぎの関係で現地集合になったのは僕と佐伯さんだけで、他のみんなは一度どこかで集まっているみたいだが。

 そして、現地、入場ゲート入り口で待ち受けていたのは、桜井さんは当然として、

 遠目に見たところ、僕の側の友人に、滝沢と矢神、それに宝龍さん。

 佐伯さんの側として、浜中君がいた。

 果たして、桜井さんはこの全員に電話をかけて回ったのだろうか。それとも芋づる式に釣れたのだろうか。疑問である。

「……」

 僕は挨拶代わりに軽く片手を上げて近寄りながら、誰に最初に話しかけるべきか考えていた。

「浜中君もきてたんですね」

 困ったときの浜中君。

「なんで真っ先に僕に話しかけるんだよっ」

 なぜか怒られてしまった。どうでもいいが、どういうわけか僕は彼を見て、じりじり後退しつつきゃんきゃん吠える仔犬を連想した。

「他に相手がいるだろ」

「そうですかね?」

 他のメンバーを見やり――宝龍さんと目が合った。

「今日は雀さんは不参加ですか?」

「……恭嗣。いい度胸ね。私に話しかけながら、私より先に他の女の名前を口にするなんて」

「……」

 彼女に冷ややかな目を向けられ、僕は軽くため息を吐いた。

「不調なんですよ」

「珍しいわね。いつもマイペースなのに」

 そうでもないつもりだが。

「気が重いんですよ、今日のこのイベントは」

「あら。女の子の水着が見れるんだから、嬉しいんじゃなくて?」

「普通はそうなんでしょうけどね。ハイレベルすぎる人がいると、こっちとしては身構えてしまうんですよ。……そう思いませんか、矢神?」

「僕に振らないでよ。気持ちはわかるけど」

 矢神は苦笑する。

 そんな男ふたりの複雑な心理を理解できないらしく、宝龍さんは怪訝そうな顔をしていた。

「じゃあ、みんなそろったことだし、さっそく入りましょー!」

 佐伯さんと再会の挨拶はひとしきりすんだらしく、桜井さんが元気よく号令をかけた。

 

 そこから男女それぞれの更衣室に行くわけだが、その前に僕が足を運んだのが水着売り場だった。なにせ僕は水着というものを持っていなかったので。

「それくらい用意しといたらどうですか」

 頼んでもいないのについてきて、後ろから嫌味を投げかけてくるのは浜中君だ。なんだろうなこの、こっちが無関心だと自分からわざわざ寄ってきてきゃんきゃん吠える仔犬は。

「仕方ないでしょう。この夏は今のところそういう予定がなかったんですから」

 それに今回の話だっていきなりだったのだ。

「さすがに君はちゃんと用意してたみたいですね」

「夏休み入る前からクラスのやつらと約束してたからね」

 さらりと当然ことのように言う。

「いいことです、若いうちに遊んでおくことは」

「あんた年寄りか」

 呆れる浜中君。

「まぁ、それでも今日は、年寄りは年寄りなりに遊ぶつもりですよ」

 とりあえず無難にアロハみたいな柄の、バスケットボールのユニフォーム様のトランクスを選んだ。

 

 男の着替えなんて簡単なもので、そんなよけいな行程を挟んで尚、女性陣よりも早かった。

 更衣室を出てプールの入り口で待つ男4人は皆、柄は違えど同じトランクスタイプの水着だった。

 僕は中学の3年間スポーツをやっていて、それなりに体もできていたが、高校に入ってからはずっと帰宅部なので、すっかり筋肉も落ちてしまった。滝沢も似たようなものだが、やっていたのが格闘技ということもあって鍛え方が違う。衰えてもまだ均整のとれた体をしていた。未だに軽いトレーニングを続けているのかもしれない。浜中君もたぶん何か運動をやっていたのだろう。高校受験を経てもその名残りが見て取れる。

 そして、筋肉も贅肉もないのがやはり矢神なのだが、実戦という意味において最も強いのが彼だと、誰が想像できるだろうか。

 待たせるのは女性の特権。暇を持て余し、プールに目をやる。

 広さを売りものにしているだけあって、様々な種類のプールがあるようだ。手前には幼児用の浅いプール。真ん中からは定期的に水が噴水のように吹き出す仕掛けになっているらしい。他にも流れるプールや波の打ち寄せるプール、ウォータースライダーまである。きっとここから見えないところにも、趣向を凝らしたものがあるのだろう。

 今日は平日ではあるが夏休みに入っているので、なかなかの混み具合だ。家族連れよりは友達同士やカップルできている学生が多い感じか。

 と。

「おっ待たせー!」

 桜井さんの声。

 どきっとしたのは、果たして僕だけだろうか。

 プールのほうを向いていた僕は、ゆっくりと振り返った。

「とうっ」

「おっと」

 いきなりカラフルなビーチボールが飛んできて、反射的にキャッチする。

 まず目に入ったのは、青と白のボーダー柄のビキニを着た桜井さんだった。元気よく先頭を切っている。

 その後ろには、黒いビキニ姿に、腰にはパレオを巻いた宝龍さん。なんとサングラスをかけていた。どこのモデルだ。そして、それに肩を並べるようにしているのが、タンキニ姿の佐伯さんだ。実際には、ボトムはショートパンツのような形状をしているが。

 三者三様のスタイル。

「なかなか目の保養だな」

「余裕ですね、滝沢。僕はむしろ気後れしてますよ」

 これだからあまり乗り気にならなかったのだ。

 それにしても、と僕は佐伯さんを見る。タンキニとは予想外に無難なチョイスだ。僕としては残念なような、ほっとしたような気分だが。

 ふと、その彼女と目が合う。

 一瞬の間の後、佐伯さんはばつが悪そうに視線を逸らしてしまった。

「……」

 恥ずかしがっているのだろうか。普段は無駄にアピールしてくるくせに?

「よーし! これで準備万端ですね。では、出陣ー!」

 号令をかけたのは、またしても桜井さんだった。

 考えたらこのメンバーでテンションを上げられるのは彼女と佐伯さんくらいだろうし、そういう意味ではリーダーに適任なのかもしれない。

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