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1(1).「今から可能性をせばめるのは感心しませんね」

 日曜日。

「モーニンッ」

 僕こと弓月恭嗣の一日は、同居人ルームメイトである佐伯貴理華に起こされるところからはじまる。

 佐伯さんの声に導かれて覚醒へ向かう意識の中、ギシ、とベッドが軋むのを感じた。佐伯さんが手をついて体重をかけたのだ。

 ゆっくり目をあける――と、いつも通り彼女の顔があった。

 佐伯さんが笑顔を浮かべる。

「おはよう」

「おはようございます」

 朝の挨拶。

「いつも思いますが、君は遠慮なく部屋に入ってきますね。痛い目に遭っても文句は言えませんよ」

「うわ。格好いい台詞。もしかしてわたし押し倒される?」

「されませんよ」

 なぜそんなに期待に満ちた声で言うのだろう。

「朝から元気ですね。今日は特に」

「わたし、朝型だから。それに――」

 そこで彼女はまたもや満面の笑みを見せた。

「今日はデートじゃない」

「あぁ」

 そうだったな。

 

 6月最後の日曜である今日は、佐伯さんと一緒に遊びに出かける予定になっていた。

 来週だとすでに期末考査3日前なので、テスト前に遊んでおくならこれが最後の機会だ。

「佐伯さん、用意できましたか?」

 午前9時半過ぎ、部屋で出かける準備をしてリビングに出ると、そこにはまだ佐伯さんの姿はなし、僕はドア越しに声を投げかけた。

 女の子は支度に時間がかかるだろうと、これでもゆっくりしていたほうなのだが。

「今すぐ出るからー」

「急がなくていいですよ。前みたいに中途半端な格好で出てこないように」

「……」

「……」

「……もうちょっとかかるかもー」

「……」

 出てくるつもりだったのか。慌てると案外周りが見えなくなるタイプだな。

 程なく。

「じゃーん。お待たせー」

 現れた佐伯さんは、ゆったりとしたピンク色の長袖シャツに、ピンクと黒のツートンカラーの膝丈スカートといったスタイルだった。さらに下にいけば黒いハイソックス。背負った小さなリュックは、肩紐が長いので腰の辺りにある。

「かわいい?」

「いいと思いますよ」

「『かわ』はどこ行った、『かわ』は」

 ジト目の佐伯さん。

「さぁ? 逃げたんじゃないですか? それにしても君は衣装持ちですね。その服、初めて見ますよ」

 佐伯さんと暮らしはじめて3ヶ月になるが、未だに遊びに行くたびに新しい服を見ている気がする。よくも次から次へと出てくるものだ。

「持ってきたのも多いんだけど、こっちにきてから買ったものもけっこうあるから」

 そう言いながら彼女は戸締りやガスの元栓などを見て回る。僕がすでに見た後だが、これは僕を信用していないのではなく、こういったものはふたりの目で確認したほうがいいということで決まったやり方だった。

 ひと通り確認が終わり、玄関に向かう。

「着道楽ですね。お金が大変でしょう」

「うん。そこが問題」

 狭い廊下、僕の後ろで佐伯さんが苦笑する。

「でも、この性格も主戦場がベッドの上に移ったときに大活躍だと思うのですが如何か」

「知りませんよ、そんなこと」

 僕に聞かれても困る。

 スニーカに足を突っ込み、先に玄関を出る。開けたドアを手で支えながら振り返れば、彼女も今日はスニーカらしい。膝を曲げ、踵の辺りに指を差し込んで靴を履いている。着道楽な彼女は、当然のように靴も多い。スニーカのほか、ブーツにローファー等々。

 玄関に鍵をかけてから階段を下り、表に出た。

 6月の下旬。今日は気温も湿度も高くはなく、過ごしやすい一日になりそうだ。きっとこれから加速度をつけて高温多湿な日本の夏へと近づいていくのだろう。

 ひとまず駅に向かう。

 中途半端な時間で人気のない住宅地を、佐伯さんと並んで歩く。

「服を買うって、駅前のショッピングセンターですか? あそこ、そんなに店ありますか?」

 学園都市のショッピングセンターには女の子受けしそうな服や雑貨の店もあるにはあるが、それほど多くはなかったと記憶している。

「それもあるけど、時々学校の帰りにお京と一ノ宮まで行ったりするよ。ほら、高架下とか」

「ああ」

 納得した。あそこは個人経営の店や小規模店舗がいくらでもあるし、昨日と今日でがらりと品揃えが変わっていることも珍しくない。

「そのわりには君、遅く帰ってきたことありませんよね」

「うん。だって、弓月くんの晩ごはん作らなきゃだし。主婦はツラいぜ」

「いったいいつから主婦になったんです?」

「4月からかな? 気分的に」

 まぁ、確かにあれだけ家事をこなしていたら、十分に主婦だろうとは思う。

「ダンナ様っ」

 いきなり佐伯さんが僕の腕に自分の腕をからませてきた。体を寄せてしなだれかかってくる。

「誰がですか。離してください」

「ちぇ」

 僕が慌てて腕を引き抜くと、佐伯さんは不満げに口を尖らせた。

 住宅地を出て、大きな道路に出た。それに沿って歩道を歩く。車道にはそれなりに車が通っていて、ようやく人のいる街の風景らしくなってきた。

「ところで、やっぱり今日も一ノ宮?」

「それが無難かと思っていますが、ダメですか?」

 あそこはデパートも多ければ、衣と食の店の立ち並ぶストリートもあるので、一日遊び回ることができる。

「うーん。最近ちょくちょく行ってるから、今日は別のところに行ってみたいかなぁ」

「そうですか。なら、もう少し遠出してみますか」

 僕は去年、水の森まで2時間近い時間をかけて通っていた。乗り継ぐ電車は3本。それぞれ大きなターミナル駅で乗り換えていたので、繁華街を渡り歩くようなかたちだった。なので多少なりとも馴染みのある繁華街がもうひとつある。まぁ、一ノ宮とあまり変わらないような気もするが。

 話はまとまって、駅へと辿り着いた。

「そうだ。今度いつか日曜日にでも、朝ここに食べにきましょうか」

 僕は駅の改札口近くにあるパン屋を見、思いついて言ってみた。

 この駅は小さな駅ビルになっていて、クリニックなどが入っている。このパン屋もそのひとつで、表からよく見える吹き抜けのところに店を構えている。2階に喫茶店のようなテーブル席があり、買ったパンを店内で食べられるようになっているのだ。

「別にいいけど、どうして?」

「いえ、毎日朝食を作ってくれている主婦の方に、たまには楽をしてもらおうかと思いまして」

「そんなの気にしなくていいのに」

 佐伯さんはまんざらでもなさそうに苦笑してから、

「さすがわたしのダンナ様っ」

 また腕にしがみついてきた。

「所有格をつけないでください」

「わたしの未来予想図はそうなっていますが?」

「今から可能性をせばめるのは感心しませんね」

 つかまれた腕を引き抜く。

「弓月くんにも同じものが見えてくーる見えてくーる」

「……切符買ってきますので、待っててください」

 これ以上佐伯さんのペースに飲み込まれると形勢が不利になりそうなので、一旦離れることにしよう。

 自動券売機で切符を2枚買い、改札口を通る。

 学園都市を貫く電車は高架の上を走っているので、プラットホームも高い位置にある。僕らはエスカレータを使ってホーム上がった。

 上りと下りの線路が並んで走り、それをプラットホームが挟み込むかたち。当然、ホームは吹きさらしではなく、風除けがあって、ドーム状の屋根がついているので、駅の外観はかまぼこのようだ。

 一時間当たりの電車の数は日曜でもそれなりにあるが、まだくる様子はなかった。出たばかりなのかもしれない。

 ややあって先に向かいのホームに下りの電車が入ってきた。乗客を吐き出し、そして、また新しく乗せて出発する。

 と、

 その電車が去った後のホームに、ひとり立ち止まっている人影があった。僕たちの真正面。さっきの電車から降りた人は皆階段へと向かっているし、では、乗り遅れた人だろうかと思ったが、すぐにそれが制服姿の宝龍美ゆきだと気がついた。きっと電車の中から僕たちのことが見えたのだろう。

 彼女は親指を立てたまま、まっすぐこちらに人差し指を向けてきた。

 それはピストル。

 そして――、

 BANG!

 微笑ひとつ残し、踵を返した。階段を下りて、その姿が見えなくなる。

「撃たれた……?」

「撃たれましたね」

「うん……」

 呆然とする僕と佐伯さん。

 程なくこちらのホームにも電車が入ってきた。

 

 一度一ノ宮まで出て、別の私鉄へ。そこから特急で30分ほど揺られて、その駅へと着いた。

 一ノ宮も大きな駅だが、こちらはさらに大きい。なにせ隣県に伸びる路線がいくつもあるので、ホームが10以上あるのだ。必ずどこかのホームに電車が止まっていて、ひっきりなしに何かしらのアナウンスが流れている。日曜日の今日は特に人が多く、旅行者、行楽客、家族連れ、スーツ姿の人――行き交う人も様々だ。

「これからどこに行くの?」

「そうですね……」

 と考えつつも、改札口を出て正面にある下りのエスカレータに乗る。下は待ち合わせのメッカ、巨大スクリーン前。どこに行くにしても、とりあえずここで間違いはない。

 階下に着くと、僕は時間を確認した。11時を過ぎている。

「昼食には早いですね」

「でも、兄さん、店が混まないうちにすませておくのもひとつの手かと思われ」

「「 !? 」」

 いきなり背後から聞こえてきた僕たち以外の声に驚き、僕と佐伯さんは勢いよく振り返る。

 そこには表情の乏しい顔で、我が妹ゆーみが立っていた。

 真っ黒なゴシックロリータの衣装を身にまとい、長い黒髪を首筋をさらすようにしてアップにしている。結い上げた部分は爆発気味。少々パンクが入っているようだ。

「ゆーみがどうしてここにいるんですか」

「いつまでたっても前に進まない兄の背を押すため、何処でも何度でも現れるのが私の役目……」

 ぼそっとゆーみ。

「は?」

「まぁ、今のは冗談として、実際のところ家からここまで電車一本でこれるのだから、私がここにいて何人にナンパされるか実験していても不思議はないかと」

「十分不思議ですよ……」

 前からつかみどころのない妹だと思っていたが、最近はそんなことをしているのか。頭が痛くなってくるな。横では佐伯さんも、困ったような愛想笑いを浮かべている。

「じゃあ、行きましょうか、兄さん」

「どこへですか?」

「オススメの美味しいランチの店」

 ゆーみはさっそくスタスタと歩き出す。

「……」

「……」

 話の展開についていけず、僕と佐伯さんが黙ってその背中を見つめている――と、ゆーみは数歩歩いてからぴたりと足を止め、振り返った。目にはどこかしら非難の色。

「兄さんたちも行くの」

「……」

 たぶんそうだろうとは思っていたが。

 どうやらここにきてひとり増えてしまったようだ。

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