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 サイドストーリィ3-2 「ずっと、気になってるんです」とわたしは言った

 その日、わたしは弓月くんのクラスを訪れた。

 入り口近くにいる人を捕まえて、彼を呼んでもらう。

「今日、宝龍さんは?」

「ん? いませんか?」

 出てきた弓月くんの肩越しに教室を覗き込めば、彼も同じように中に目を向けた。

「いませんね。どこかに行ったようですね」

「ふうん」

 どこかに……。

 ほら、ここにいると邪魔になりますから――と、弓月くんに背中を押されて廊下の窓際へ寄る。

「今日は何しにきたんですか」

「あ、そうそう。お弁当、美味しかった?」

 いちおう聞いておかないと。

「何かと思えば、そんなことを聞きにわざわざきたんですか?」

「そんなことってゆーな。今日は新しいことに挑戦したんだから、気になって当然でしょ」

 あいかわらずの弓月くん。その様子だと今まで家でも出したことのない創作おかず(実験品)が入っていたことも気づいていないのだろう。

「日々進化を続ける愛妻弁当を舐めるなと言いたい」

「君と結婚した覚えはありませんよ」

 わたしも今のところない。

「だいたいいまいちだと答えたらどうするつもりですか」

「えっと、お詫びに脱ぎます?」

「脱がなくていいです」

 弓月くんの返事はあっさりしたものだった。本日もつつがなく平常運転。

「まぁ、兎に角、美味しかったですよ」

「そっか。よかった。これで弓月くんの好みもだいぶ把握できたかな? 晩ごはんも張り切るから、楽しみにしてて。……じゃあね」

 わたしは別れを告げてこの場を後にした。きっと後ろでは弓月くんがいったい何をしにきたのだろうと首を傾げているに違いない。

 ――さて、と。

 あの人は教室にはいなかった。だとしたら屋上だろうか。

 わたしはその足で3階に上がり、目立たないように気をつけながら、さらに屋上への階段を上がった。

 立ちふさがる鉄扉。

 ノブを掴んで回すと、それはすんなりと動いた。……当たりらしい。

 鉄扉を押し開けて屋上へ出る。

 と、案の定あの人――宝龍美ゆきさんがいた。

 思わず目が釘づけになってしまいそうな怜悧な美貌に加えて天才型の成績優秀者。にも拘わらず、留年という異色の経歴を持つ人。それが彼女だ。

 少し離れたフェンスのそば、彼女は鉄扉が開く音が聞こえたらしく、すでにその目でわたしを捉えていた。……弓月くんでなくてお生憎さま。

「こんにちは、宝龍さん」

「ええ、こんにちは」

 近寄り、和やかでない雰囲気で挨拶を交わす。

「私にまた何か用?」

 そう言えば、前にここで彼女に言いたいことを言って非難したのだった。別に反省はしていないけど。

 用? もちろんある。

「……弓月くんがわたしに言ったんです」

 わたしは脈絡なく話しはじめる。

「こんなことでもなければ君と出会うことはなかっただろう。学校で普通にすれ違っただけじゃ見向きもされなかっただろうって」

『こんなこと』というのは不動産屋のミスで二重契約が起きたことだ。弓月くんはあれがわたしたちを出会わせたのだと思っている。あれだけがわたしたちの出会う唯一のきっかけだったと思っている。

 でも。

「でも、確信してるんです。わたしはたくさんいる水の森の生徒の中からきっと弓月くんを見つけ出したって。あの人を選んで声をかけたって」

「それは、運命?」

 宝龍さんは聞いてくる。

 運命。

 便利な言葉だ。偶然も必然もひっくるめてしまえるのだから。

「ずっと、気になってるんです。弓月くんの目が」

「目?」

 彼女はその単語に反応を示した。驚き、だろうか。

「初めて会ったとき『あれ?』って思ったんですけど、そのときはそれだけでした。それから一緒にいるようになって、時々弓月くんが何を見ているのかわからないような、何も見ていないような目をすることがあるのに気がついたんです」

 そこにあるものを目に映しながら、もっと別のものを見ているような目――。

 わたしと同じものを見ていないような目――。

 わたしを、見ていないような目――。

「だから、わたしは弓月くんと知り合っていなくても、あの目を見つけ出したと思っています」

 気になって仕方がないのだ。どうして彼がそんな目をするようになったのか。

 でも、ようやくわかった。

 その目の理由は――、

「そう。私と同じだわ」

「ぇ?」

 宝龍さんのその言葉に、わたしは小さな声を上げた。発しかけていた台詞を飲み込む。

「あなたも同じものを見つけていたのね」

「……」

 ということは……。

「頭の回転が速いわね。……ええ、そうよ」

 彼女は出来のいい教え子を褒めるような笑みを見せた。

 わたしの頭の回転が速いというなら、こちらの考えていることを先回りした彼女はなんだというのだろうか。

「あなたは恭嗣がああいう目をするようになった原因が私にあると思ったみたいだけど――」

 その通りだ。弓月くんから去年の宝龍さんとの一件を聞いて確信していた。そのときのことが彼を変えたのだと。

「私が初めて会ったときには、恭嗣はもうああだったわ」

「そんな……。じゃあ、どうして……」

 もっと以前に何かあったということ?

「さぁ?」

 彼女は首を横に振った。

「知らないわ。私もずっと前から知りたいと思ってるけど」

 その目には寂しげな光。

 だけど、それもほんのわずかのこと。次の瞬間には消えて、彼女らしいクールな笑みを浮かべて、挑発的にわたしを見る。

「そういうわけだから――残念だったわね。私のせいじゃないわ。さ、わかったのならもう行きなさい。私ももうすぐ中に入るわよ」

 ここの鉄扉の鍵を持っているのは宝龍さんだけ。わたしがここにいると、彼女も中に入れない。案外わたしを置き去りにした上、鍵まで閉めるかもしれないけど。

「言われなくてもそうします」

 ふんと鼻を鳴らして踵を返す。

 そうして鉄扉のノブを握ったとき、宝龍さんが背中に声を投げかけてきた。

「私には怖くて聞けなかったことだけど、あなたならそこに触れられるかもしれないわね」

「……もちろん、そのつもりです」

 今はまだ宝龍さんよりも知っていることは少ないけれど、これからもっと弓月くんのことを知って、どんな秘密も受け止めるつもりだ。

 わたしはそう宣言して、屋上を後にした。

 

 かくして、

 わたしは彼の秘密のひとつを知ることになるのだけど、それはもっと先の話だ――。

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