表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/109

8(2).「君に理解できなくても」

 昼休み。

 教室で矢神と一緒に昼食を食べ終えた後、自分の席で弁当箱を片づける。

 この弁当箱は佐伯さんが選んだものだ。それを包む小風呂敷も。そして、中身も当然今朝彼女が詰めたもの。ある意味でこの弁当箱というのは佐伯さんの趣味の塊と言える。

 ――現状を何とかしないとな。

 弁当箱を見つめながら思う。

 そして、僕の足は自然と宝龍さんの席に向かっていた。ただ何となく彼女と話がしたいと思った。

 が、しかし、その足も宝龍さんの席に辿り着く前に止まってしまうことになる。そこに主がいなかったのだ。いるのは数人の女子生徒。さっきまで彼女たちに囲まれて、宝龍さんも一緒に弁当を食べていたと思ったのだが。

「なに、弓月くん。宝龍さんに何か用?」

 そんな言葉を投げかけてきたのは、雀さんだ。彼女は半眼を釣り上げるという、実に器用な目つきで僕を睨んでいる。

 他の女の子たちは苦笑気味。雀さんの弓月恭嗣嫌いは皆もよく知るところなのだ。少し前ならここにいる全員から冷たい目で見られていたが、今はそういうことはほとんどなくなった。

「彼女にちょっと用がありまして。どこに行ったか知りませんか?」

「さぁ?」

 と、冷たい感じで雀さん。

「さっき黙って教室から出て行ったわ」

 でも、すぐに不承不承言葉を付け足した。

 雀さんは根っからの委員長タイプで、相手が嫌いだからといって嘘を吐いたり、知っていることを隠したりといったことはしない。少々融通のきかないところもあるが、それも含めて愛すべき人柄だろう。

 雀さんの言葉を聞いた僕は、あぁ、と納得した。

 孤独病だ。

 宝龍さんは急に独りになりたくなって、ふらっと出て行ったのだろう。なら行き先はいくつもない。

「わかりました。こちらから行ってみます」

「ちょっと弓月くん、あなたねぇ。少しは察しなさいよ」

「え? ……あぁ」

 おそらく雀さんは、宝龍さんがトイレに行ったと思っているのだろう。僕だってそこまで無神経ではないつもりだ。

「違いますよ。たぶん宝龍さんはそこじゃないです」

「……どこに行ったかわかっているような言い方」

「単に心当たりをいくつか知っているだけです」

 上手くすれば最初の候補で当たりを引くかもしれない。

「さすがによく知ってるのね」

 雀さんは忌々しげに言うと、ふん、と鼻を鳴らして、もう話すことはないとばかりにクラスメイトとのおしゃべりに戻った。

 僕は相変わらずな雀さんの態度に苦笑しつつ、その場を後にした。

「屋上かな、やっぱり」

 教室を出て、最も確率の高そうな場所を目指す。

 階段を上がって3階へ。1年生の教室が集まる場所だ。周りにこちらを注視している生徒がいないのを確認してから、さらに階段を上がった。

 屋上へと出る鉄扉のノブを握ると。

「……当たり」

 それはすんなりと回り、開いた。

 鉄扉をくぐって青空の下に出、宝龍さんの姿を捜す。この学校では屋上に出るのは禁止されているし、開放もされていない。なのでグラウンドや他の校舎からここにいるのを見られるわけにはいかない。おのずと立てる場所は限られてくる。

 ――いた。

 彼女はグラウンドとは反対側のフェンスにもたれて立っていた。学校の敷地外からしか見つかることのないポイントだ。

 宝龍さんはすでにこちらを認めていた。僕がこの屋上に出てきたときから気づいていたのだろう。

「珍しい。恭嗣がこんなところにくるなんて」

 温度の低い声と、睨むような目つき。かと言って、別に怒っているわけではなく、これが宝龍美ゆきのデフォルトだ。

「迷惑でしたか?」

「今は大丈夫」

 因みに、迷惑なときは本当に「迷惑。帰って」と言われるから恐ろしい。

 僕は宝龍さんの横に並んで立った。ただし、彼女が内向きにフェンスにもたれて立っているのに対して、僕は外向き。街の風景を眺めている構図だ。

 この方向だと学園都市の駅が見える。視界に横たわっているのは、線路を乗せた高架橋だ。学園都市を貫く路線は高速鉄道なので、高速道路の如くこの高架橋の上を走っている。おかげで街に踏み切りというものはない。駅の周りはショッピングセンターと高層マンション。典型的な新興住宅地のデザインだ。

「こうしていると思い出すわ」

 宝龍さんが懐かしそうに話を切り出した。

「何をですか?」

「ふたりで授業をサボって、人には言えないようなことを――」

「すみません。思い出す以前に、そんな記憶がないのですが」

「……」

 宝龍さんは黙り込む。

「……」

「……冗談よ」

「……」

 ……嫌な冗談だ。ここにきたのは間違いだったかもしれない。

「その冗談、他では言わないでくださいよ」

「そうね。彼女が聞いたら誤解しそう」

 宝龍さんはくすりと笑った。

「佐伯さんは関係ないでしょう」

「ええ、関係ないわね。私も彼女の名前を出した覚えはないもの」

「……すごく帰りたくなりました」

 ここのところ急速にこの手の冗談が増えている気がする。いったい何なのだろう。からかわれているのか?

「帰るのなら止めないけど、何か相談があってきたんじゃないの?」

「相談……」

 相談、か。何を相談すればよいのやら。

「違った?」

「いえ。でも、僕自身よくわかっていないので」

「じゃあ、今感じてる素直な気持ちは?」

 そう言われて僕はしばし考える。

 そして。

「……女の子は難しいですね」

 つくづくそう思う。

 僕に過去カノジョがいたと知って動揺するし、僕からカノジョを振って別れたと言ったら信じないし。挙句、その経緯に何か事情があると信じているふうで、別れた理由を知りたがる。

 そういったことを僕は宝龍さんに吐露した。

「わりと簡単な話ね。恭嗣が前にどんな子とつき合っていたか、あの子が気にするのも当然じゃないかしら」

 彼女はさらりと言ってのけた。

「そうですか?」

「わかってるんでしょ」

 じろりと睨まれた。

 これに関してはノーコメント。

「そうね。あの子が昔、男の子とつき合っていたとして、それがどんな相手だったか恭嗣は気にならない?」

「……別に」

 僕は努めて平坦な声で返した。

「僕がそんなことを気にすると思いますか? あなたとつき合っていたときだって――」

「私の一切に関心がないのは当然ね」

 宝龍さんはぴしゃりと言って、僕の言葉を遮った。

「それでも私の場合とは少しくらい違うと思ったんだけど?」

「……」

「パス2ね」

 そう言って僕の心を見透かしたように笑った。こういうときにやっぱり彼女は年上だと感じる。

「さて、そろそろ中に入るわ」

「もうですか?」

「私がここにきて13分から17分ほど経ったわ。もう十分。戻りながら話しましょ」

 宝龍さんは言うが早く歩き出した。僕も遅れて足を踏み出し、唯一無二の出入り口である鉄扉へと向かう。

「それにしても、あの子は恭嗣のことをよく見てるわね」

「どうでしょうね」

「恭嗣の言ったことを信じなかったんでしょう? それこそが証拠だわ。よくわかってる。勝手な憶測とイメージだけで噂を広めて鵜呑みにするような連中とは大違い」

 言葉の後半には軽蔑の響きが含まれていた。

 鉄扉は宝龍さんが開け、そのまま僕のために道をあけてくれた。

「ありがとうございます」

 僕はひと言言ってから、先に階段部屋へと入った。

 そこに。

 思いがけない人物がいた。

「佐伯さん……」

 3階へと下りる階段の踊り場に彼女は立っていた。その顔に浮かんでいるのは、申し訳なさそうな、戸惑いの表情。

「あ、あのね、お京が上に上がっていく弓月くんを見たって言うから――」

「あら」

 それを遮ったのは宝龍さんの声だった。彼女は遅れて僕の横に立った。

 佐伯さんが驚いた顔で、僕と宝龍さんの顔を交互に見る。

 そして。

「その人、なの? 弓月くんが前につき合ってたっていう人」

「ええ、そうです」

 さすがにひと目でわかったようだ。

 僕は質問に答えながら階段を下りた。踊り場で佐伯さんと相対する。宝龍さんは3段ほど上からそれを眺める構図だ。

「弓月くん、もう別れたって言ってなかった……?」

 戸惑いの色を濃くしながら、ちらちらと宝龍さんのほうを窺い、僕に確かめる。

「言いましたね。実際、別れましたよ。去年の12月だったか」

「クリスマスの前ね」

 宝龍さんが補足を加える。

 佐伯さんがむっとしたような顔を見せた。

「それにしては仲がいい感じ。こんなところにふたりきりで」

「言わなかったかもしれませんが、彼女とはクラスメイトです。話くらいはしますよ」

「だからって……」

 佐伯さんの語調が少しずつ弱くなっていく。

「別れたらそれきり話もしてはいけないってわけではないでしょう」

 僕の言葉に佐伯さんは口をつぐむ。が、それでもどこか何か言いたげだ。

「君に理解できなくても、これが僕のスタイルです」

 と。

「恭嗣」

 宝龍さんの声に、僕は彼女のほうに目を向ける。視界の隅では佐伯さんもはっとして顔を上げていた。僕を呼んだ宝龍さんはそれきり何も発音せず、視線だけで語りかけてきた。

 言いたいことは何となくわかる。

 彼女は前にも言っていた。もうやめたほうがいい、と。しかし、正直なところ、あんな莫迦な話を本当に語って聞かすべきなのか、僕は判断に迷っていた。

「弓月くんのこと、名前で呼んでるんですね」

 僕が決心し切れずにいると、先に佐伯さんが口を開いた。彼女は挑むような意志の強い目つきで、宝龍さんを見上げている。

「気に障ったのなら謝るわ。前からの癖なの」

「……」

 さすがというべきか、どう見ても謝りそうにない態度だった。しかも、ひとり高い場所にいるし。

「別に何とも思ってません。ただ……」

 と、そこで佐伯さんは一拍おいた。

「わたし、弓月くんと同棲してます」

「は?」

 間の抜けた声を上げたのは僕だ。何でこのタイミングで――と思ってしまうような、一見して唐突に見える発言だった。しかし、佐伯さんにとってはある種の切り札だったのかもしれない。

「恭嗣」

 宝龍さんが再びこちらを見た。僕を咎めるような表情。それから佐伯さんに向き直り、小さなため息とともに言った。

「知ってるわ」

「……え?」

 この返事は予想外だったらしい。虚を突かれたような顔をしている。

「前に恭嗣から聞いてるの」

「そんな……」

 佐伯さんがゆっくりと僕を見る。

「どうして……? わたし、一緒に住んでるのって誰にも内緒だと思ってた」

「まぁ、そうですね」

 やむを得ないことで、一時的な措置ではあっても、あまりおおっぴらにはできないことだ。

「だからこそ何かあったときのため、事情を知ってる人がいたほうがいいと思い、彼女には話しておきました」

「何よそれ。そんなの聞いてないっ。わたしは弓月くんとふたりだけの秘密だと思ってた。子どもみたいって言われるかもしれないけど、それが楽しかった。それなのに……っ」

 佐伯さんは言葉を詰まらせた。

「それなのに弓月くん、とっくに喋っちゃってるし。相手は前のカノジョだって言うし。しかも、別れたわりには、まだ仲がいいみたいだし。わたしには昔のことはぜんぜん話してくれなくて――」

 が、そこからは堰を切ったように溢れ出す。

「もうわけがわかんない!」

 そして、最後に叩きつけるようにそう言うと、駆け出し、階段を下りていった。

 僕は追いかけることもできず、その後姿を見送る。

「……恭嗣」

「……」

「女の子の扱いが下手ね」

「否定はしませんよ。どこかの誰かさんとはそんなことを気にするようなつき合い方をしませんでしたからね」

 宝龍さんに同居の件を話しておいたのが裏目に出たか。

 いや。

 原因はもっと別の場所か。

 まったく。いつの間にこんなことになったのだろうな。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ