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佐伯さんと、ひとつ屋根の下 I'll have Sherbet!  作者: 九曜
アフタ・アフタ・ストーリィ
105/109

後編

 本日の授業が終わり――放課後。


「恭嗣、今日はあの子と待ち合わせてるの?」


 帰宅部の僕に声をかけてきたのは、宝龍美ゆきだった。


「いえ、特にその予定はありませんが」

「なら途中まで一緒に行くわ」


 そう言うと、彼女はさっそく教室の入口へと歩き出した。


 僕の返事を聞かないどころか、そもそも『一緒に行っていい?』という疑問形ですらなかった。まぁ、宝龍さんらしいが。


「宝龍さん、雀さんの好きなものって何か知ってますか?」

「いい度胸ね。私といながらほかの女の話をするなんて」

「……」


 廊下を歩きながら聞いてみれば、氷の刃でばっさり斬られてしまった。言い訳や説明すらできず、無言になる。


「なに? ナツコに何かプレゼントでもするの?」


 さて、次はどんな話題を振ろう。迂闊なことを口にすれば、また地雷を踏みかねないぞ――と、自縄自縛に陥っていると、昇降口で靴を履き替えたところで宝龍さんが先に口を開いた。


「ええ。ホワイトディに何かあげようかと考えています」

「恭嗣、いつの間にナツコからチョコをもらったの。知らなかったわ」


 宝龍さんは問い返してくるが、その声には心なしか非難の響きが含まれているような気がした。


「もらってませんよ。昼に少しばかり怒らせましたからね。お詫びに何か買ったほうがいいかと思ったんです」

「恭嗣がナツコを怒らせるなんていつものことでしょうに」

「……反省してますよ」


 宝龍さんもそういう認識なのか。


 僕が申し訳ない思いでそう言えば、彼女はくすりと笑った。


「別に反省しなくていいわ。ナツコも本気で怒っていないもの」

「そうなんですか?」


 思わず聞き返す。ここにきてすべてをひっくり返すような意見だ。


「もちろん私のところにきて文句は言ってるけど、それで終わり。ほかの誰かにまで言ってるのを聞いたことがないわ。そもそも本気で怒っていたら恭嗣に近づきもしないのではなくて?」

「まぁ、確かにそうかもしれませんね」


 振り返れば、普段から人を喰ったような言動や、散々雀さんの名前をネタにしているのに、それでものこのこ話しかけにきている。本気で怒っていてこれなら学習能力がないと言わざるを得ない。


「だから、恭嗣はそのままでいなさい」


 と、宝龍さん。


 そんなふうに言われてしまうと、いざ雀さんを前にしたとき、逆に何がいつも通りかわからなくなりそうだ。


「まぁ、それでも日頃のお礼はしておきたいですね。こういうときでもないと、ほかにタイミングがありませんから」

「好きにすればいいわ」


 彼女は苦笑する。きっと僕の高校生らしからぬ変な律義さが可笑しかったのだろう。


「ああ、そう言えば、矢神も宝龍さんへのお礼で悩んでましたよ」

「そう。じゃあ、悩んだ末にどんなものが出てくるか、楽しみにしておくわ」


 実に上から目線の発言である。


「宝龍さんは、矢神とはつき合わないんですか?」


 気まぐれに僕は聞いてみた。


 宝龍さんと矢神は同じ文芸部に所属している。そこで彼女は小説を書く上で、ずいぶんと矢神を頼りにしているようだ。矢神は彼女に頼られることを荷が重いと感じつつも、できるかぎり力になろうとしているように見える。


 似合うかどうかはさておき、そういうかたちに収まるのもあっていいように思う。


「私が? 矢神君と? ……私と彼では釣り合わないわ」


 しかし、宝龍さんの答えは早かった。


「矢神君は努力して結果を得ることのできる人間。反対に私はさして努力もしないで結果を出せてしまう。でも、世の中、得てして後者のほうが評価されやすい。私がそばにいたら、彼が正当に評価されなくなるわ」

「……」


 彼女は今、どちらがどちらに釣り合わないと言おうとしているのだろうか。


「それに私のせいで不当に評価されるのは恭嗣だけで十分よ。同じ轍は踏みたくないわ」

「そうですか」


 本人にその気がないなら仕方がない。そうなればいいなという僕の希望を押しつけることはできない。


「因みに、僕も悩んでますよ。宝龍さんへのお返しをどうしようか」

「別にいいのに。恭嗣も、矢神君も」


 宝龍さんは笑う。


 宝龍美ゆきともあろうものがそんなものを期待しているとは、僕も最初から思っていない。


「でも、僕を心配して、気にかけてくれていたのでしょう?」


 それはそこまで明確なものではなかった。ただ、いつもよりひと言、ふた言、多く声をかけてくる程度。最初はただの気まぐれかと思ったが、それが何日も続けばいやでもわかる。彼女はずっと、失意のうちにあった僕を気にしてくれていたのだと。


「あの子に頼まれたのよ」

「佐伯さんですか?」

「ええ。恭嗣が心配だから、自分の見えないところでは気をつけてやってほしいって」

「そうですか」


 まぁ、その線しかあり得ないだろうな。


 僕はクリスマス・イブに大切な人を亡くした。いや、もっと正確に言うならば、大切にしなければならない人に背を向けたまま、彼を逝かせてしまった。


 僕はもっと彼と向き合わなければならなかった。もっと多くの言葉を交わさなければならなかった。だけど、死んでしまってはそれもできない。死んでしまってから気づいても、もう遅い。


 その後悔は今でも僕の中にあって、きっとこれは一生抱えていかなければならないのだろう。


 そうして後悔に暮れる僕を、佐伯さんと宝龍さんは気にしてくれていたのだ。


「では、僕の家の事情も?」

「いいえ。あの子はそんな口の軽い子ではないみたいよ」

「何も説明されていないのに引き受けたんですか?」


 それはまた酔狂な。普通なら事情なり理由なりを聞くだろうに。


「そうなるわね」


 だがしかし、宝龍さんはあっさりとそう言う。


 そして、


「恭嗣が心配だったし……それにあの子に頼られるのも悪くはないと思ったのよ」




                  §§§




 ホームルームが終わってすぐにまっすぐ帰ってきた僕よりも先に、佐伯さんが帰宅しているはずもなく――僕は自分の鍵で玄関のドアを開けた。


 家の中に這入り、リビングを抜けて自室へ。部屋で着替えてから、僕は制鞄の中のものを取り出した。学年末考査はもう目の前だ。明日の授業も考慮して、ざっと本日の勉強の計画を立てる。


 そうしてから今度は部屋を出て、キッチンでコーヒーを淹れた。


 熱いコーヒーが入ったマグカップを片手に、僕は今朝と同じようにカレンダを見ながら考える。……今日も佐伯さんへのお返しは決まらずだったな。


 と、そこで玄関ドアの開く音。


「たっだいまー」


 そして、少しの間の後、佐伯さんがリビングの扉を開けて這入ってきた。


「おかえりなさい」


 僕は振り返り、応える。


「うん。ただいま……って、またカレンダ見てる。何か考えごと?」

「別に。何でもありませんよ」


 立っていた場所から推測したのか、佐伯さんが問うてくるが、僕はまた誤魔化した。できるだけ彼女には内緒にしておきたいので、これからはリビングで考えるのはやめておこう。


「そればっかり。別にいいけど。……じゃあ、バレンタインのお返し、楽しみにしてるから」

「わかってるんじゃないですか」


 あっさりと言った佐伯さんの言葉に、僕は力が抜ける。


 彼女は勝ち誇ったように笑いながら、


「弓月くんとは心が通じ合っているので、何でもわかるのです」

「……」


 まぁ、要するに僕がわかりやすかったということなのだろう。なんかもう、こそこそしているのがバカらしくなってきたな。


「……君、何か欲しいものはありますか?」


 その結果、僕はストレートに佐伯さんに聞くことにした。


「何でもいいの?」

「僕に買えるものなら」


 すると彼女は「ん~?」と天井を見ながら考えた後、満面の笑みを見せ、


「現物支給で。わたしもそれなりの恰好をするので。平たく言うと、ぇろいの? 時期は過ぎたけどサンタカラーのビキニとか――」

「却下です」


 僕が即答すると、佐伯さんは「ちぇー」と口を尖らせた。どこまで本気なんだか。喰い下がらないあたり冗談だと思いたいところだ。


「弓月くんが選んでくれたものなら、何でもいいよ」

「わかりました」


 やはり雀さんの分とあわせて、宝龍さんに助言を求めよう。


 と、考えたときだった。


「ただし、」


 佐伯さんが付け加える。


「誰かに一緒に考えてもらったらダメだからね」

「え?」

「『弓月くんが選んでくれたもの』だけ受け付けます。あー、楽しみだなー。ホワイトディまで、あと十日かー」


 そうして彼女は、唖然とする僕を残して、自分の部屋へと這入っていった。


 僕はその場に立ち尽くす。


 誰にも相談せず、僕が選んだもの、か。そんなもの僕の得意とするところではないのだけどな。無茶を言ってくれる。


 ガチャリ、と佐伯さんの部屋のドアが開いた。彼女が顔を出す。


「がんばってね」


 笑顔ひとつ。

 そして、今度こそ佐伯さんはドアの向こうに消えていった。

新作ラブコメ『放課後の図書室でお淑やかな彼女の譲れないラブコメ』、2020年7月20日よりスタートしています。


どうぞよろしくお願いします。

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[一言] 時系列が化物語並みに難解
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