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佐伯さんと、ひとつ屋根の下 I'll have Sherbet!  作者: 九曜
アフタ・アフタ・ストーリィ
103/109

前編

 三月に入って数日がたったのある日のこと。


 ゴンッ


 と、破滅的な音とともに、鈍い衝撃が顔の真ん中に走った。


 考えにくいことだが、自室の扉をしっかりと開け切らないうちに前に進んでしまったため、中途半端に開いたドアに自ら突撃してしまったようだ。思わず鼻を押さえると、一拍遅れて鉄の匂いが広がった。鼻血が出たらしい。


 まずは振り返り、佐伯さんを見る。と、彼女は自分の座イスに腰を下ろしたまま目を丸くしてこちらを見上げていた。


「ど、どうしたの……?」


 信じられないものでも見たかのような顔だ。

 僕も同じ気持ちだけど。


「鼻をぶつけました」


 見たまんまだ。とは言え、当事者である僕も状況は説明できても、そんなことをした理由まで説明できる気がしない。


「ティッシュを取ってください」


 と言いつつ、自分でローテーブルの上に置いてある箱ティッシュに手を伸ばす。もう少しで届くというところで、佐伯さんがはっと我に返り、箱を手に取って差し出してくれた。


「もぅ! そんな色気のない話じゃなくて、どうせならわたしを見て鼻血を出せ」

「何で僕がそんな意味不明な怒られ方をしなくちゃいけないんですか」


 心配されるどころか怒られるとは。


 僕はティッシュを二、三枚引き出し、それで鼻を押さえる。どうせなら丸めて鼻に詰めてしまいたいのだが、絵面として恰好悪いのでやめておく。……佐伯さんにはいろいろみっともない姿を見せているから、今さらではあるが。


 一度は部屋に戻りかけたが、僕は何となく流れで再び座イスに腰を下ろした。


 一方、佐伯さんは何やら考えている様子だったが、


「例のヒートテック!」


 やにわに謎の単語を叫び出した。


「想像で鼻血を噴いてたまりますか」


 刺激的なものを見て鼻血が出るなんて都市伝説、というか、マンガ的な表現でしかないだろう。


「じゃあ……実力行使?」

「だからって脱ごうとしないでください! ていうか着てるんですか!?」


 いわゆる例のヒートテック。


「うん。三月に入ってもまだ寒いからね。けっこういいよ。厚着でもこもこにならなくてすむし。それに、ほら、あれだし? ……というわけで、例のヒートテックを着ているわたしが見たい、もしくは着ているわたしにいたずらをしたいときは遠慮なく言ってください」


 佐伯さんは身を乗り出し気味にしながら、期待に満ちた顔を向けてきた。


「……ちゃんと防寒着として見てあげなさいね。メーカーが泣きますよ」

「そう?」


 そして、首を傾げる。


 僕はティッシュの塊をゴミ箱に捨てた。真っ赤になっていたが血は止まりつつあるようだ。さっきよりも少ない数のティッシュを手に取り、また鼻を押さえる。


「じゃー、代替案で。レオタードと競泳水着、どっちがいいですかっ」

「……君、本当に一度各業界から怒られたほうがいいです」


 どうしてひたすらそういう目線で見ようとするのだろうか。


「ぶっちゃけ――」


 と、佐伯さんは改まった調子で切り出してきた。


「コスチュームとかユニフォームでぇろいこと……じゃなくて、スキンシップがしたいっていうのはあるかな」

「……高校生でその願望はどうなんですかね」


 何を言ってくるのかと思った、よりによってそんなことか。


「コスチュームプレイに憧れる女子高生は、むしろ将来有望? そんなわたしは、なんと弓月くんの彼女でーす」

「……」


 深々とため息を吐きたくなる。


 佐伯貴理華という少女は、平凡を絵に描いたような僕には身の丈に合わない彼女ではあるのだが……なんというか、一部実に残念な女の子でもあった。いや、佐伯さんの言う通り、見方によっては将来有望であり、それこそが佐伯さんらしいと言えるのかもしれないが。


「あ、弓月くん、鼻血……」

「え? あっ」


 気がつけば、たり、と鼻からひと筋の鼻血が垂れていた。慌ててティッシュで拭き取る。


「やったぁ。弓月くんが鼻血出した!」

「ちがいますよ。君の言動に呆れて押さえるのを忘れていただけです!」


 何でそんなに嬉しそうなのだろうか。


「もー、それならそうと言ってくれたらいいのに。スキンシップくらい挨拶みたいなものなんだし」


 佐伯さんは顔を赤くしながら、テレテレと恥ずかしそうに照れた様子を見せるが……その姿は実に白々しかった。


「それは君の願望でしょう。僕にすり替えないでください」


 僕はちょっとやり返してやろうと思ったのがだ、


「うん、そう」


 佐伯さんはあっさりと認めたのだった。


「実はああいうコスチュームを着て、キスしながらスキンシップを――」

「すみません。勉強があるので部屋に戻ります」


 僕は佐伯さんの言葉を最後まで聞くことなく、自分の部屋に飛び込んだ。

【お知らせ】

2020年7月20日より新作ラブコメ『放課後の図書室でお淑やかな彼女の譲れないラブコメ』がスタートしています。

2年ぶりの完全新作となりますので、そちらもよろしくお願いします。

8/17まで毎日19時更新です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 刺激的なものを見て鼻血が出たことはないけど、力んだ拍子に鼻血が出たことはあるな。 新作の方も楽しみにしてます。
[一言] おかえりなさい、久々に更新されて思わず二度見して更新日の日付を確認してしまいました
[良い点] 更新をありがとうございます。 [一言] 少し前に、電子書籍が割引だったので、購入しました。 何度も読み返しをしました。 いい作品だと思います。
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