モリアの沈黙
キルケゴールの言う「倫理の目的論的停止」。
息子を殺すことは倫理的には「殺人(悪)」だが、神との絶対的な関係においては「信仰(善)」となる。その矛盾に引き裂かれる老人の三日間の苦悩。
1.暁の呼び声
その夜、アブラハムは百歳の老体に鞭打ち、寝床から這い出した。
隣では、妻のサラが寝息を立てている。九十歳にして奇跡的に授かった子を産み、育て上げた老妻の顔には、安らかな皺が刻まれていた。
アブラハムは音を立てないよう、慎重に天幕を出た。
外はまだ暗い。荒野の冷気が、乾いた肌を刺す。
彼は震える手で、焚き火の残り火を見つめた。
『アブラハムよ』
数時間前、脳裏に響いたその「声」が、まだ耳の奥で反響している。
幻聴ではない。彼はこの声を何度も聞いてきた。故郷を捨てさせたのも、不妊の妻に子を与えたのも、この声だ。
絶対者。神。
『汝の愛するひとり子、イサクを連れて、モリアの地へ行け。そこで彼を燔祭として捧げよ』
燔祭。
それは、殺して、焼き尽くして、灰にすることだ。
アブラハムは自分の耳を疑い、次に自分の正気を疑った。
イサクはただの息子ではない。「あなたの子孫を星の数ほど増やす」という神の約束(契約)そのものだ。
その約束の結晶を、約束した神自身が「殺せ」と言う。
論理が破綻している。
意味がわからない。
これは悪魔の囁きではないか?
だが、アブラハムは知っていた。それが紛れもなく、あの神の声であることを。
彼は薪を割り始めた。
斧を振り下ろすたびに、鈍い音が闇に響く。
サラには言えない。「神様が息子を殺せと言った」などと言えば、彼女は泣き叫び、私を縛り上げるだろう。それは母親として、人間として正しい反応だ。
だが、私は選ばなければならない。
愛する妻と、愛する息子と、世間の倫理。それらすべてを敵に回してでも、あの「声」に従うかどうかを。
「……父上?」
背後で声がした。
心臓が止まりそうになった。振り返ると、眠い目をこすりながらイサクが立っていた。
十代の少年特有の、柔らかく、生命力に溢れた肢体。
私が、これから殺そうとしている命。
「……何でもない。神に捧げ物をするために、少し遠くへ出かけるのだ。お前も来なさい」
「はい、父上」
イサクは疑いもせず、無邪気に頷いた。
その純粋な信頼が、アブラハムの胸を鋭利な刃物のように抉った。
彼は誰にも――サラにも、しもべにも、そしてイサクにも――真実を話すことができない。
彼は今、世界でたった一人、完全な沈黙の中に閉じ込められていた。
2.三日間の沈黙
ロバに鞍を置き、二人の若者を連れて、彼らは出発した。
モリアの山までは三日の道のりだ。
その三日間、アブラハムはほとんど口をきかなかった。
キルケゴールはこれを「沈黙」と呼んだが、それは単に喋らないことではない。
「語っても理解されない」という絶望的な断絶だ。
(逃げ出そうか)
ロバの手綱を握りながら、アブラハムは何度も考えた。
引き返して、「神の声など聞こえなかった」と言い張ればいい。そうすれば、私は良き父として、イサクと幸せな余生を送れる。
だが、それは「信仰」の死だ。
私の全人生を賭けて従ってきた絶対者との関係が切れる。
(それとも、私は狂っているのか?)
息子を殺そうとする父親。世間が見れば、それはただの猟奇殺人鬼だ。
誰も私を弁護しないだろう。
「神の命令だった」という言い訳は、法廷では通用しない。
私は人倫(倫理)の崖から飛び降りようとしている。命綱などない。下には狂気という岩場が待っているだけかもしれない。
「父上」
三日目の朝、山が見えてきた頃、イサクが口を開いた。
彼の背中には、彼自身を焼くための薪が背負わされている。
「火と薪はここにありますが、捧げ物にする子羊はどこにいるのですか?」
アブラハムの足が止まった。
最も恐れていた問い。
彼は息を飲み、震える唇で、しかし迷いを見せずに答えた。
「……神ご自身が、備えてくださるよ」
それは嘘だった。
だが、同時に祈りでもあった。
そして、プラグマティズム的に言えば、そう答えること(信じる意志)でしか、この場を乗り越えられない「真実」でもあった。
イサクは「そうですか」と納得し、再び歩き出した。
アブラハムは若者たちを麓に残し、イサクと二人だけで山を登った。
一歩進むごとに、父としての情愛が足を引っ張る。
引き返せ。
まだ間に合う。
だが、もう一人の私――信仰の騎士としての私が、足を前へ進める。
これは試練だ。
不条理の壁を前にして、それでも「神は善である」と信じ抜けるかどうかの、魂の跳躍だ。
3.戦慄の山頂
山頂に祭壇を築き、薪を並べた。
準備は整った。あとは「子羊」を載せるだけだ。
アブラハムはイサクに向き直った。
もう、隠せなかった。
老人の目から涙が溢れ出し、皺だらけの頬を伝う。
イサクは祭壇を見つめ、そして父の涙を見て、すべてを悟ったようだった。
抵抗はしなかった。
老いた父の力なら、若者が振りほどくことなど容易い。だが、イサクは静かに父の手を受け入れた。
アブラハムは縄で息子を縛り、薪の上に載せた。
青空はどこまでも澄み渡り、鳥の声が聞こえる。
世界は残酷なほど美しい。
神は沈黙している。
奇跡は起きない。
アブラハムは懐から短剣を取り出した。
太陽の光を反射して、刃が冷たく輝く。
(さらばだ、イサク)
(さらばだ、私の倫理。私の人間性)
彼は、「父」であることを捨てた。
彼はただの「信仰の器」となり、筋肉を収縮させた。
思考停止ではない。これは、考えに考え抜いた末の、狂気への跳躍だ。
彼は腕を振り上げた。
その切っ先が、イサクの喉元に向けられた、その瞬間。
『アブラハム! アブラハム!』
天からの声が、雷のように轟いた。
アブラハムの手が空中で凍りついた。
『その子に手を下してはならない。あなたが神を恐れる者であることが、今、わかった』
アブラハムの手から、短剣が滑り落ちた。
カラン、という乾いた音が、静寂な山頂に響いた。
力が抜け、彼はその場に崩れ落ちた。
ふと顔を上げると、藪の中に一頭の雄羊が角を引っ掛けて暴れているのが見えた。
「神が備えてくださる」という言葉は、事後的に真実となったのだ。
アブラハムは震える手で縄を解き、イサクを抱きしめた。
言葉はなかった。
ただ、圧倒的な疲労と、安堵と、そして言いようのない畏怖だけがあった。
彼は山を下りる。
だが、山を下りた彼のアブラハムは、もはや登る前のアブラハムとは別人だった。
彼は倫理の境界線を越え、狂気の淵を覗き込み、そして戻ってきた男だ。
その瞳には、誰にも理解できない「深淵」が、静かに宿っていた。
(了)
キルケゴールの『おそれとおののき』をベースにした小説です。
アブラハムの孤独
彼は誰にも相談できません。相談すれば「やめろ」と言われる(倫理的抑止)からです。だから彼は沈黙を守るしかありませんでした。
イサクへの嘘(二重の真理)
「神が備えてくださる」という言葉は、その時点では「誤魔化し(嘘)」ですが、アブラハムの信仰においては「未来の事実」であり、結果的にその通りになりました。
結末の意味
神が止めたからハッピーエンド、ではありません。「本当に殺そうとした(一線を越えた)」という事実が重要なのです。彼は心の中で一度息子を殺し、信仰によって取り戻しました。この経験(不条理への没入)こそが、彼を「信仰の父」たらしめているのです。




