エルナ村のカイル⑤:アリアカウンターのある日々
アリアのレベルを「意味不明な化け物的数値」じゃなくて、「よく分からんが秒刻みで規則正しく動作するアリアカウンター」として扱う——
そう決めてから、少しだけ俺の発想は変わった。
(せっかくだし、使えるもんは使おう)
のんびりした村の生活で、秒単位の正確な時間が必要になる場面は、ほとんどない。
誰も「三分きっかり」とか「一時間ちょうど」なんて計らないし、太陽の高さと腹の減り具合で大体の時間は分かる。
ただ、まったく役に立たないかと言われれば、そうでもない。
例えば——
「カイル、スープ見ててくれる?」
ある日の昼前、母さんに呼ばれた。
大鍋の中では、根菜と豆と干し肉がぐつぐつ煮えている。
火加減を間違えると、豆や根菜が固かったり、逆に煮崩れたりするやつだ。
「これぐらいの火で、こっちの短い薪を二本分くらい……いや、三本かなあ」
母さんは薪の減り方で時間を測るタイプだ。
(そこでアリアカウンターですよ、奥さん)
窓の外には、家の前を掃いているアリアの姿があった。
視界の端にステータスウインドウを呼び出す。
上の十数桁はどうでもいい。下四桁あたりだけを見る。
……6213。
……6217。
(よし、今から二千増えたら火を弱めよう)
二千秒なら、だいたい三十分ちょっと。
体感で数えるのは結構厳しいが、数字として目に見えると妙な安心感がある。
(……6,500……6,800……7,100……)
鍋をかき混ぜながら、視界の端で数字の増え方をぼんやり追う。
アリアは、何も知らない顔で、落ち葉を掃いている。
……8,199。
……8,200。
(はい、だいたい三十分ちょい)
「母さーん、そろそろ火、弱めた方がいいと思う」
「あら、もうそんなに経った?」
薪の長さ的には「感覚よりちょっと早め」くらいだったが、結果的にスープの煮え具合は悪くなかった。
豆は柔らかく、根菜もちゃんと中まで火が通っている。
(……意外と便利だな、これ)
晴れの日だけじゃなく、曇りや雨の日でも、「日没まであとどれくらいか」をざっくり知るのにも使える。
日の傾きが確認しにくい森で木の実を拾っているときにも——
(今のレベルから一万増えたら、村に戻ろう)
一万秒。
だいたい三時間弱。
「日が傾き始めるくらい」を、数字で裏付けしてくれる。
もちろん、そんなにきっちり測る必要なんて、本当はあまりない。
村の生活は、もっとアバウトだ。
ただ、「目安」を持っていると、妙な安心感があるのは、日本人的気質ってやつだろうか。
(問題は——)
アリアカウンターは、アリアがいないと使えないという、当然すぎる事実。
が、それもまあ大した問題ではなかった。
アリアは、大体いつも近くにいるからだ。
家の前か、井戸か、畑か、森の入口か。
村のどこかにいる限り、視界に捉えるのは難しくない。
※※※※※
(……いや、だからって、やりすぎたな)
数日ほどいろいろ試してみた結果、ひとつ大きな副作用が出た。
アリアが、妙にそわそわし始めたのだ。
「ねえカイル。最近、なんか変」
「何がだよ」
「カイルが」
ある日の午後、ハンナ姉さんの店先で荷物運びを手伝っているとき、アリアに真顔で言われた。
おさげ髪をくるくる弄り回している。
これは落ち着かない時のアリアの癖、パターンCだ。
「さっきから、じーっと見てくる」
「見てないけど?」
「見てる!」
否定してみたものの、心当たりは滅茶苦茶あった。
料理時間を測ったり、日没までの目安を見たりするたび、アリアのレベルを確認する。
つまり、そのたびにアリアをじっと見ていることになる。
本人にはステータスウインドウは見えない。
説明もしていない。
となると、どうなるか。
——理由もなく、やたらと幼馴染を見つめている少年が出来上がる。
(うん、まずいな。まずかった)
「カイルはアリアちゃんが気になってしょうがないんだもんねぇ」
横で荷物を数えていたハンナ姉さんが、にやにやしながら口を挟んできた。
「たぶん、アリアちゃんが気付いてるよりも、もっと沢山見られてるわよ」
「は、ハンナお姉ちゃんってば!!」
アリアの耳まで真っ赤になった。
こっちは時間を測っていただけだ、なんて、とても言えない。
「べ、別に、変な意味じゃ……」
適当に誤魔化そうとしたら、余計に悪化した。
「変な意味って、なに!?」
「いや、だから、その……」
前世の知識が、「こういうとき下手に言い訳すると、ラブコメ的に致命傷になるぞ」と警告してくる。
正直に「お前の頭の上でレベルが秒単位で増えてるから、それをカウンター代わりに見てた」なんて言っても、意味が分からない上にキモい。
「と、とにかく、その……悪い。ちょっと、ぼーっとしてただけだ」
「……ふ、ふーん」
アリアは視線を泳がせてから、唇を尖らせて俯いた。
耳の赤さはそのままだ。
(完全に変な誤解させた気がする)
悪いことをしたかもしれない。
いや、している。たぶん。
以降、反省して、アリアカウンターの使用頻度を減らすことにした。
時間を測りたくなっても、なるべく太陽の位置とか、鍋の湯気の出方とか、薪の減り具合で済ませる。
レベルを見ない方向に意識を持っていく。
「これからは、あんまり見ないようにするから」
あるとき、つい口が滑って、そんなふうに言ってしまった。
アリアは、ぱちぱちと瞬きをしたあと——
「……やだ」
はっきり言った。
「……は?」
「見ないとか、やだ」
顔はまた赤いままなのに、言葉だけ妙にはっきりしている。
「だって、カイルがわたし見ないとか、なんか、やだ」
「いやいや、そういう意味じゃなくてだな」
「どういう意味?」
詰め寄られて、言葉に詰まる。
“お前の頭の上で回ってるよく分からないカウンターを見てただけだから、今後はレベルの方は見ないようにする”という説明を、どう噛み砕いて伝えればいいのか。
無理だ。どこからどう考えても無理だ。
「……まあ、そのうち分かる」
逃げた。
「なにそれ、ずるい」
アリアはむくれながらも、「本当に見なくなるわけじゃないんだ」と勝手に解釈したらしく、
それ以上は深く追及してこなかった。
結果として——
俺は、「アリアのレベルを秒数カウンターとして使う」のを前より控えめにしつつ、
必要なときだけ、そっと視界の端で数字を拾うくらいにとどめるようになった。
あまり凝視しない。
あまり回数を増やさない。
アリアの顔色を見ながら、こそこそと使う。
アリアカウンターは便利だが、使い方を間違えると、人間関係にクリティカルなダメージが入る。
(……ゲームの仕様って、ほんと現実に持ち込むとロクなことにならないな)
そう苦笑しながらも、心のどこかで、「それでもまあ、このくらいならまだマシだ」とも思っていた。
レベル四十三京のバグってる幼馴染と、それを秒数カウンター扱いしているレベル3のモブの俺。
相変わらず世界の仕組みはサッパリ分からないし、イベントらしいイベントも起こらない。
ただ、アリアカウンターだけは刻々と時を刻み続けている。
俺はそれをチラ見しながら思うのだった。
(一年って何秒だっけなぁ……)




