表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/34

エルナ村のアリア⑤:フローレンス商店と、苦みと甘みの相談事

 ミーナちゃんたちが村に来て二日目の夕方。


 最初は一泊だけして通り過ぎるんだろうと思ってたのに、普通に村にいて、気づけばもう夕方だ。さっきまでうちの畑の方に来て、わたしに話しかけてきたりもしていた。

 “さあ出立”って空気じゃない。急いでいるようにも見えない。


 ――まだ何日かいるのかな。


 そんなことを考えてる自分がいて、胸の奥がむずむずする。……むずむずじゃなくて、ひりっとする。たぶん、嫌なやつ。


 ミーナちゃんはすごく綺麗。黒髪なのにさらさらで、重たくも暗い感じもしない。きりっとした眉と、きらきらした赤い瞳。白い肌が眩しくて、笑い方まで品がある。歳はたぶん、わたしより二、三歳くらい上。

 けど、五年経っても、わたしはあんなふうにはなれない気がする。


 ユリさんはもっとずるい。髪の色はわたしと似てるのに、背が高くて姿勢がよくて、すごく美人で、スタイルも良い。その上、笑う角度も、頭を下げる速さも、声の柔らかさも、「ここで嫌われない」っていう答えを最初から全部知ってるみたいだ。


 ミーナちゃんと並ぶと、お姫様とお付きのメイドさんみたい。お話の中でしか知らないけど。


 ――ずるい。


 そう思った瞬間、胸の奥がきゅっと縮む。

 ほんとに嫌だ。こんなことを考える自分が。


※※※※※


 こういう時、わたしの逃げ込む場所は決まっている。

 フローレンス商店のドアベルを、カランと鳴らす。


 乾いた香草と、甘い茶葉と、蜂蜜の匂い。村の中なのに、ここだけ少し別の場所みたいで、特別な感じがする。


 ハンナお姉ちゃんが棚の奥から顔を出した。


「あら。思ったより粘ったわね」


「なにそれ……」


 笑いながら言われて、わたしは頬をむっとさせた。ハンナお姉ちゃんはいつも、見透かしたみたいなことを言う。


「また、モヤモヤしてますって顔してる」


「……してないもん」


「してるから来たんでしょ。はい、座った座った」


 お姉ちゃんは手際よくお茶を用意してくれる。村でよく飲む香草茶はちょっと苦くて、わたしは苦手だ。カイルは平気でそのまま飲む。

 でも、ハンナお姉ちゃんが蜂蜜を落としたやつは好き。


 湯気が立って、鼻の奥にふわっと甘い香りが広がる。その匂いに少しだけ助けられて、わたしは言葉を探した。


「ねえ、ハンナお姉ちゃん。ミーナちゃんとユリさん……いるじゃない」


「いるわね。村中の話題。もう少しお世話になりますって、ユリさんの方が挨拶に来たわ」


「……あ、あのさ」


 言いかけて、口の中がもごもごする。わたし、なにを言うつもりなんだろう。


 お姉ちゃんは、わたしの顔を見て目を細めた。


「このままだと勝てないよぉ、って話?」


「ちがっ……! ち、ちがうし!」


「へぇ」


 その一言で、わたしの負けが確定したみたいな気がした。


「……ちがう、って言ってるじゃん」


「じゃあ、何の話?」


 お姉ちゃんの声は軽いのに、逃げ道を塞ぐみたいに優しい。こういうの、ずるい。

 わたしは湯気の向こうを見ながら、やっと言った。


「カイルが……さ」


 そこまで出た瞬間、心臓が変な音を立てた。

 カイルの名前を出すの、なんでこんなに恥ずかしいんだろう。いつも呼んでるのに。毎日顔を合わせてるのに。


「カイルが、あの二人のこと……好きになっちゃわないかなって思って」


 言った。言ってしまった。


 お姉ちゃんは、ふっと息を吐いて笑った。


「やっぱり負けちゃいそうって話じゃない」


「だから違うって……!」


 わたしはカップを両手で掴む。熱い。熱い方がいい。顔が赤いのが誤魔化せる。


「だってさ……前に勇者様が来た時も、フレデリカさんとか、レイアさんとか、リィエさんとか、いたでしょ」


「ああ、あの三人も凄かったわね」


「わたし、あの時まだ子どもだったし……あの三人、お話の中の人みたいだった」


 遠くて、触れられなくて、勝手に憧れて終わるやつ。

 あの人たちには何かの役目があって、その途中で偶々立ち寄っただけ。 


 でも、あの二人は違う。


「ミーナちゃんたちも同じくらい綺麗なのに……歳、近いし。なんか、距離も」


 言いながら、自分がすごく小さいことを言ってる気がして、胸の奥がきゅっとなる。


「村に馴染むのも早くて……話し方も大人っぽくて。頭良さそうで」


 言葉にするたび、みじめな気持ちが育っていくのが嫌なのに止まらない。


 お姉ちゃんは遮らずに聞いてくれる。

 その“聞いてくれる”のが、余計に恥ずかしい。


「……で?」


「……うん」


 息を吸って、吐く。


「ミーナちゃん、たぶんだけど……カイルのこと特別好きって感じじゃないと思うの。ユリさんも」


 これは、そうだったらいいのにっていう期待じゃなくて本当にそう感じる。

 だから余計に面倒くさいことになってる。


「じゃあ、あとはカイル次第じゃない。カイルは二人に夢中になってる?」


「そ、そんなことない!……ない、けど……なんか、その」


 ここが、一番言いにくい。


「どっちかっていうと、わたしの方を見てる気がして」


 お姉ちゃんの眉が少し上がった。


「アリアちゃんのことを?」


「うん。話しかけてくるのも、なんか……わたしに、って感じがする」


 なのに、その“ついで”みたいにカイルにも話しかける。

 それが、モヤモヤする。


「カイルに話してる時のミーナちゃん、わたしとカイルが話す時より、ちゃんとして見えるんだよ」


「ちゃんとして?」


「わたしの時は、なんか迷ってるっていうか……。でも、カイルに話しかける時はそういうのなくて、すらすら話してて」


 自分の頭を指でつつく。


「カイルも、ミーナちゃんと話してる時は……わたしと話してる時と違う」


「アリアちゃんは、ちゃんとした話するの苦手だもんねぇ」


 笑われて、むっとする。


「笑わないで!」


「笑ってないってば。……それで?」


 お姉ちゃんはカップにお湯を足して、香りを立て直す。


「ミーナちゃん、たぶんだけど……わたしと友達になりたいのかなって、そんな気がするの」


 言ってみると、胸の中がちょっと痛くなった。

 友達、って言葉が簡単なはずなのに、今は重い。


「でも、わたしがさ。モヤモヤして、素直になれなくて」


 口の端が下がりそうになるのをこらえる。


「……わたし、嫌な子だよね」


 店の匂いが急に濃くなった気がした。

 甘い匂いが喉に引っかかる。


 お姉ちゃんは少し黙って、それからいつもの軽い声で言った。


「嫌な子だったら、ここに来て相談なんてしないわよ」


「……そういう慰めいらない」


「慰めじゃない。観察結果」


 観察結果、って言い方が、なんだかミーナちゃんみたいでまたムカッとする。


「まずね、アリアちゃん」


 お姉ちゃんはわたしの目を見る。


「ミーナちゃんと話してる時のカイルって、村長さんと話してる時と似てない?」


「……似てる、かも」


「冗談が減って、相槌が短くなって、言葉の端っこが丁寧になるやつ。

 大人がするみたいな会話をしてる二人――ユリさんも入るなら三人ね。そこから置いてけぼりな感じがしてるんじゃないの」


 胸の奥にすとんと落ちて、言い返せない。


「……してる、と思う」


「じゃあ、いつものアレだ。アリアちゃんは勝手にビビってんの」


 ビビってる。うん、怖い。

 カイルが遠くに行くのが。

 わたしの知らない言葉で笑うのが。

 わたしの知らない“ちゃんとした会話”で、誰かと並ぶのが。


 お姉ちゃんは沈黙を責めない。


「むしろ、カイルが“素”で話す相手って、アリアちゃんとあたしくらいじゃない?」


「うぅ」


 言われてちょっと嬉しいって思ってしまう。

 でも、胸のつかえは消えない。


「カイルは優しいじゃん。誰にでも優しい。だから、さ……」


「だから、何?」


「だから、どこまでが“わたしだけ”なのか分かんなくなる」


 言った瞬間、自分で自分にびっくりした。

 わたし、こんなこと考えてたんだ。


 お姉ちゃんは小さく笑って、でも真面目に言う。


「だったら、聞けばいいじゃない」


「聞けるわけないでしょ!」


 声が大きくなって、慌てて口を押さえる。

 お姉ちゃんは肩をすくめた。


「直接聞いちゃった方が、たぶん早く楽になれると思うけどね」


「……むり」


 意固地になったわたしに、お姉ちゃんはもっと痛いところを突く。


「じゃあ、せめてミーナちゃんには素直になりなさいよ」


「……むずかしい」


「難しくない。あなた、ミーナちゃんのことだって、そんなに嫌いじゃないでしょ」


 逃げ道がなくなる。


 カイルのことは好き。

 でも、あんな綺麗な子と仲良くなって友達になれたら、すごく素敵だとも思う。


 けど、それでカイルが取られるのが怖い。

 ミーナちゃんと比べられて、つまんないなって思われるのが怖い。


 カップを持ち上げて一口飲む。甘い。少し苦い。熱い。

 熱いのに、胸の奥は落ち着かない。


「ミーナちゃんね、わたしに話しかけてくる時……なんか、変なの」


「変?」


「うん。怖がってるみたいなのに、近づいてくる、みたいな」


 うまく言葉にできなくてもどかしい。

 お姉ちゃんは拾うみたいにゆっくり言った。


「触れたいけど、触れたら壊れるって思ってる。そういう距離?」


 小さく頷く。


「……そんな感じ、かも」


「じゃあ、ミーナちゃんも怖いのよ。あなたのことが」


「えっ」


 思ってもみなかったことを言われて、喉がきゅっと鳴る。


「怖いけど、友達になりたい。そういう時、人って変な動きするものよ」


 さらっと言う。まるで当たり前みたいに。


 わたしは息を吸って、吐く。


 怖い。

 わたしのことが怖い?


 ……なにそれ。


 あんな綺麗で頭が良さそうな子でも、怖いって思うことあるの?

 わたしみたいな子のことで、不安になることなんて、あるんだ……。


 お姉ちゃんは、わたしの顔を見てにやっと笑った。


「ほら、そういう顔。あなた、ほんと単純」


「どういう顔!」


「あの子も同じなのかな、冷たくしてるわたしって嫌な子!って顔」


「そ、そんなこと。思って、ないし……冷たくも、して……ないもん」


 口を尖らせる。

 冷たくはしてない。でも、素直な気持ちで話せてもいない。それは確かだ。


「……じゃあ、わたし、どうしたらいいの」


「そうね、まずは」


 お姉ちゃんは指を一本立てた。


「カイルのことで、いちいちむくれない」


「……でも」


「それが嫌なら、カイルに直接聞いてごらんなさい」


 それを言われると黙るしかなくなる。


「それから」


 お姉ちゃんは少しだけ声を柔らかくする。


「ミーナちゃんが話しかけてきたら、ちゃんと返す。ちゃんと笑う。嫌なら嫌って言う。でも、意地悪はしない」


 お茶の表面に、店の明かりが小さく揺れてる。


「……わたし、できるかな」


「できるわよ。だってあなた、嫌な子にはなりたくないんでしょ?」


 茶化すみたいに言う。ずるい。

 でも、ずるいけど、本当のことだ。


 ミーナちゃんが嫌われるのが怖いのに近づいてくるなら。

 わたしのモヤモヤで、それを踏みにじるのは――たしかに可哀想だ。


 それに、そんなことをするわたしにもなりたくない。


 わたしは立ち上がって、ドアの方へ向かう。

 カラン、とベルが鳴る前に振り返って言った。


「……ハンナお姉ちゃん」


「なに?」


「……ありがと」


「うんうん。やっぱりアリアちゃんは良い子ね。頑張って」


 ハンナお姉ちゃんに背中を押されて、ドアを押して外に出る。

 空気が冷たくて、村の匂いがする。


 胸の中のモヤモヤは、まだある。

 でも、少しだけ形が分かった気がする。


 明日、ミーナちゃんが来たら――話しかけられる前に、わたしから「おはよう」って言ってみよう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ