エルナ村のカイル⑪:イベントバトル勃発
ミーナとユリさん(ステータスではヘルミーナ、ユリアーナ)が村に来て、三日が過ぎた。
外見は黒髪美少女&長身巨乳美女。たぶん変身中の魔族。
レベルも、村基準なら十分に“強い側”だ。なのに――勇者パーティと比べると、妙に中途半端。
だから俺は、最初こう思っていた。
勇者アルヴィンの追っかけ。メインメンバーに選ばれなかった控えキャラ。
勇者たちが滞在していた時の話を聞いたら、さっさと次の町へ行く。
……どっこい、まだいる。
しかも、肝心の勇者の話を掘りに来る気配が薄い。
村長にもハンナ姉さんにも、俺にも父さんにも、そこを聞いてこない。
代わりに――というか、最初から狙いを定めているみたいに。
ミーナたちは、アリアの周りに現れる。
庭先で掃除をしている時。
畑で鍬を振るい、汗を拭っている時。
木陰で並んで昼飯を食っている時。
森の入口で木の実を拾っている時。
そういう“何も起きない日常”の隅っこに、二人がすっと入り込んでくる。
背景にチラッと映り込むなんてもんじゃない。
主役が立ち位置を測るみたいに、タイミングをはかって踏み込んでくる。
(……いや、これ、完全にタゲられてるだろ)
村の連中は「旅の人も暇なんだねぇ」くらいのノリだが、俺はそうは思えなかった。
目つきが違う。雑談の皮を被って、何かを確かめに来てる目だ。
話題自体は他愛もない。
天気。
暮らし。
畑。
好きなもの、嫌いなもの。
友達。
家族。
将来。
でも、その矛先の八割はアリアに向いている。しかも、踏み込み方が妙に丁寧で、変に慎重だ。
触れたいのに、触れたら壊れると思っているような微妙な距離感。
それを見て、二日目の夕方、川へ水を汲みに行く途中でふと思った。
(この感じ……なんか覚えがあるんだよな)
誰だ。
村の誰でもない。
勇者たちでもない。
頭の奥を探って――ようやく引っかかった。
前世を思い出した直後の、俺だ。
アリアのレベルが頭おかしいことに気づいて、秒刻みで増えていく数字にビビって、近づいたらバグに巻き込まれるんじゃないかって、避けようとしてた頃の俺。
ミーナのアリアへの態度は、あの時の俺に似ている。
(……まさか)
背中がすうっと冷たくなった。
ミーナにも、アリアの“異常”が見えてる?
俺と同じようにステータスが見えるか、あるいは別の形で“強さ”が分かるのか――どっちにしても、気づいたら怖いに決まってる。
俺は心の中で手を合わせた。
(ご愁傷さま)
あんなの、真面目に考えるだけ無駄だ。
数字で見えるにせよ、感覚で伝わるにせよ、アリアの“強さ”を理解しようとした瞬間、頭が変になる。
だから「気にするな」って言ってやりたい気持ちはある。
あるけど――藪蛇だ。
俺が口を滑らせた瞬間、「あなた、知ってるの?」ってなる。
いや、なるに決まってる。俺はモブだ。余計な選択肢を開くと、大抵バッドエンドに近づく。
なので、ミーナの“見えてるかもしれない問題”は触れないことにした。
問題は別にある。
アリアだ。
ミーナがアリアに接触するほど、俺にも接触してくる。
アリアは基本、俺とセットで動くからだ。
森も、川も、買い物も、畑も。
だいたい二人一組。
そしてミーナは、アリアを見ながら、ついでみたいな顔で俺にも話を振る。
「カイルは畑が好きなの?」
「旅に興味は?」
「アリアとは、ずっと一緒だったの?」
そのたびに、アリアが――分かりやすくむくれる。
口数が減る。
笑い方が固くなる。
目が笑わない。
(……分かりやすすぎるだろ)
でも、正直ちょっと嬉しいって思ってしまう自分がいる。
アリアが嫉妬する=俺が特別扱いされてる、って確認できるから。
我ながら、ニヤニヤしてる場合じゃないのに。
――この時の俺には危機感が足りなかった。
ミーナにもアリアのレベルが視えているとして。
それでも、アリアに近づこうとする理由を真剣に考えてなかったのだ。
※※※※※
三日目の昼、森の入口で木の実を拾っていた時――ミーナが、急に言った。
「ねえ、アリア。よかったら、一緒に散歩でもしない?」
アリアの手が止まった。
俺の手も止まった。
ユリさんが一瞬だけ目を閉じて、すぐに開いた。合図みたいな動き。
あれ、絶対、事前に知ってたよな。二人の中では示し合わせてあること。
ミーナは笑っている。柔らかい笑み。主役級キャラ特有の破壊力抜群の笑顔。
視線はアリアから外れない。さりげなく距離を詰めて来ている。
アリアは「えっ」と言って、俺を見る。
助けを求める目というより、確認だ。
――ねえ、いいの? って。
そこで、俺のメタ・ゲーム脳が勝手に動き出した。
(……待て)
(これ、まさか……アリアがイベントに組み込まれてる?)
ゲーム的に言えば、こうだ。
勇者とワケありの魔族のお嬢様ミーナとメイドのユリは、お忍びで人間界の田舎の村を訪れる。
純朴なモブかわ娘が、実は特別なもの(バグ)を持ってることに気付く。
本来なら勇者に向かっていた矢印が、バグの方に寄せられてフラグが立ってしまう。
交流イベントが開始し、友達ルート、さらに別のルートへ派生していくやつ。
魔界への留学。一緒に旅をする。百合ルート(!)とかな。
俺は主人公じゃない。鈍感系ムーブなんかかまそうものなら当て馬まっしぐらだ。
“世界側の都合で発生したイベント”に、俺とアリアが飲み込まれ、振り回される。
冗談じゃない。
バグをバグのまま放置しておいて、今更、イベントに組み込もうなんてふざけるな。
そっちが勝手にイベントを進めようってんなら――その前に、俺が動く。
生き死にに関わるような危険な目にあうのは御免だ。
先の読めないシナリオやバグに振り回されるのだって勘弁して欲しい。
けど、アリアだけ持っていかれて、背景に押し込められるくらいなら。
何より、アリアがひとりで不安にさせるくらいなら。
俺が、俺の都合でイベントを起こしてやる。
――告白イベントだ。
速い? 十三歳で?
知らん。早いか遅いかなんて、その時になってみないと分からない。
言わないまま三年経って、今こうなってる。
このまま「いつか言う」で先延ばしにしたら、たぶん一生言わない。
だから、俺はミーナが進行させてるシナリオをぶっ壊す。
悪いな、ミーナ。このアリアは一人用なんだ。
アリアが不安そうに俺を見ている。
ミーナは変わらずアリアを見ている。
ユリさんはおっとり控えているふりをして、全体を見ている。
アリアはまだ、俺が何かを言うの待っている顔だ。
ほんの少し唇を噛んで、笑ってるふりをして、でも目が揺れてる。
その顔を見たら、もう決まった。
俺は息を吸って、わざと普段通りの声を作った。
「散歩か。いいね。じゃあ、森の方に良いところがあるから――案内するよ」
誘われたのはアリアだ。
でも俺が隣にいるのは、当たり前だろ。
アリアの肩が、ほんの少しだけ落ち着く。
ミーナが目を細める。
ユリさんの気配が一段濃くなる。
相手は俺より遥かに高レベル、その気になれば俺なんかどうとでもできる。
だが、これは戦闘イベントじゃない。
フラグとフラグの殴り合いだ。
ぽっと出の主役級キャラなんかに負けるもんか。
レベル四のモブの覚悟ってやつを――見せてやる。




