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エルナ村のアリア④:私と幼馴染の何事かありそうな予感

 カイルが、フレッドおじさんと一緒に街に行ってしまった。

 遊びに行ったわけじゃない。お使いと顔合わせなんだって。


 普通、そういう挨拶周りは十五歳になってからするものらしいけど、カイルはちょっと普通じゃないから。


 背が伸びて力も強くなって――カッコよくなった――のは、置いておいて。

 とにかく、仕事にまじめで、細かいことによく気が付いて、作業がすごく丁寧なのだ。


 それに、農作業だけじゃなくて、ハンナお姉ちゃんのお店の帳簿仕事もしている。

 計算がすごく速くて、自分より正確だって、お姉ちゃんがベタ褒めしてた。


 私の幼馴染は凄いんだって自慢したくなる気持ちと、置いて行かれたり誰かに取られちゃわないかって気持ちがある。


 だから、カイルが街に行っている間、ずっと落ち着かなかった。


 街で可愛い女の子と出会ったり。

 カイルの賢さが買われて街で働かないかって誘われたり。

 それにカイルも乗り気になって、村を出ようと思ったりして。


 そんなことないって頭の中で何度も自分に言い聞かせてみたけど、足は村の入口から離れない。


 家の手伝いを終わらせて、入口の石垣のところに腰かけて。

 ちょっと村の中に戻って、また戻ってきて。

 ウロウロしてるうちに、ハンナお姉ちゃんに「犬か」って笑われた。


「帰って来たら吠えないようにねー?」


「吠えないもん」


 そう言い返したけど、尻尾があったら振ってしまうんだろうなって自覚はある。

 ……でも、心配なんだもん。


 街まではそこそこ距離があるし、人も多いらしいし、変な人だっているかもしれないし。


 だから、道の向こうに荷車と人影が見えたとき、胸のあたりがきゅっとした。

 カイルだって分かった途端に、心の中の尻尾がぶんぶんしてしまう。


「あ、カイル――」


 手を振りかけて、固まる。


 おじさんとカイルの他に、知らない女の子と女の人が二人。


 ……。


 ……だいぶ。

 かなり。

 相当、可愛い子。


 いや、可愛いというよりは――綺麗。


 黒髪の子はわたしより少し年上で、肌が白くて、すっとした顔立ちで。

 服は街娘っぽいのに、布も仕立ても良くて、なんか「ちゃんとしてる」感じがする。


 私と似た髪色の女の人は一回り年上の大人の女性。

 整った顔立ちだけど優しそうで、背が高くて、スタイルがすごい。ちょっと勝てない。


(なにそれ)


 口の端が、勝手に引きつった。


「……。ふ、ふーん。へー」


 思わず漏れた声は少し裏返ってた。

 よくないことを考えがムクムクと湧いてきて止まらない。


 カイルは荷車を引きながら、いつもよりほんの少しだけ早足で近づいてくる。

 顔が……なんか、変だ。


 落ち着かないというか、目線があちこち泳いでいるというか。


(……やましいものがあります、って顔してない?)


 気のせいだったらいいけど。

 でも、いつものカイルなら、真っ直ぐこっちを見て「ただいま」って言うはずだ。


 今日は、ちらっとこっちを見て、すぐ視線をそらした。


「……カイル、帰ってきたんだ?」


 できるだけ普通の声で言ったつもりだけど、ちょっと嫌な子みたいな言い方だったかも。


「お、おう。ただいま」


 カイルの返事は、なんか引っかかってる。

 わたしが面倒臭い感じになっちゃってる時の反応。

 それが分かっててもモヤモヤが止められない。


 その横で、黒髪の女の子がじっとこっちを見ていた。


 真正面から。

 逃がさないみたいな目つきで。


「この子が――幼馴染の()()()?」


 わたしから目を背けて、カイルにそう聞いた。


(……は?)


 胸の奥が、きゅっと縮んだ。


 なに、今の。

 なんでカイルに聞くの?

 なんでわたしの名前知ってるの?

 それに、幼馴染ってことも。


 まさか、カイルが、わたしのこと話した?

 この綺麗な子に?

 なんて言って話したの?


 “ただの幼馴染だよ”って言ったの?


 胸の中がすごくモヤモヤする。

 嫌な想像ばかりがどんどん膨らんでいく。


 こんな綺麗で、歳の近い子とお喋りしながら帰ってきたの?

 もしかして、街でも一緒に行動していて、デートとか……。


「あー。アリア、この人達は……」


 カイルが気まずそうに説明しようとする。

 でも、その前に黒髪の子が一歩前に出て話し始めた。


 あ、なんか、これ……すごく、やだ……。


「はじめまして。私はミーナ。彼女はユリ。あなたがアリアってことでいい?」


「……うん。アリア。カイルとは幼馴染」


 自分で言ってから、「なんで今それ言った?」と少し後悔した。

 でももう遅い。


 女の子――ミーナ、とカイルがさっき呼んでいた――は、ふっと目を細める。


「ああ、そうなのね」


 そうなのね、って、何。


「私達は、勇者様の足跡を追う旅の途中なの。このエルナ村にも立ち寄ったって聞いて」


 横からカイルが少し慌てたみたいに口を挟んだ。


「街の出入り口で偶然会ってな。陽が落ちる前に着かないと大変だと思ってさ」


「ええ、とても助かりました」


 ユリと呼ばれた女性が柔らかく頭を下げた。

 姿勢が良くて上品。聖女様みたい。


 ……フレッドおじさん、ちょっとだらしない顔してる。

 後でエレナおばさんに言っておこうか。


 ううん、そんなことより、カイルだ。


 目的地が一緒だから同行しただけ。

 その方がお互いに安全だし間違いがないのは確かだと思う。


 でも、二人から言われると、口裏を合わせてるみたいに感じてしまう。


 カイルの顔をじっと見る。

 やましいところが無いか探るみたいに、じーっと見て。


 “失敗したなぁ”って顔をしてることに気付いた。

 前に、わたしのこと見過ぎって詰めた時と似た表情。


 カイルは頭が良いんだけど、時々、変なこと言ったり、ボーッとしたりする。

 そして、何かある度に、わたしのことをチラチラどころじゃなくて見てる。……えへ。


 頭の中でハンナお姉ちゃんの声が蘇る。


 ――「ああいう人たちがいいのかな」って考えちゃうのはね、半分は「自分に自信がないから」よ。

 ――「自分が選ばれなかったらどうしよう」って、びびってるだけ。


 ほんのりミントティーの香りといっしょの思い出。


 ……うぅ。今のわたし、絶対コレだ。


 カイル、困ってる顔してる。

 横にいる二人じゃなくて、わたしに対して困ってる。

 デレデレとかしてない。たぶん、そう。


 カイルのこと、勝手に疑って、そういうのはよくない。分かってる。

 でも、分かってても止まらないときがある。

 胸の奥が、きゅうって縮んで、息が浅くなる。


――それでも。カイルが困ってる顔をしてるなら、私は私の顔をちゃんとしなきゃ。


 心の中の尻尾を鷲掴み。無理矢理、振り回す。元気、出ろ!


「そ、そうだったんだ! ようこそ、エルナ村へ! カイルとおじさんもお帰りなさい!」


 両手を広げて二人に向かって歓迎の気持ちを表す。

 ちょっとヤケクソみたいな感じだけど、ちゃんとした笑顔で出来たと思う。


 うん、もう大丈夫。きっと。

 ……あとで、ちゃんと聞かせて貰うからね、カイル。説明して。


「ああ。ただいま、アリア」


 大きな声に驚いたのか、二人がちょっと固まってる。悪いことしちゃったかも。

 でも、カイルがやっといつもと同じ感じで、ただいまって言ってくれたから良かった。


「と、とりあえず荷物運ばないとだな。アリアも家まで戻るよな?」


「うん」


 いつも通りのやり取りが嬉しい。

 ミーナは、わたしたちを見比べて、小さく微笑んだ。


「仲がいいのね」


 さっきまでだったら嫌味みたいに取ってたかもしれないけど、そういうのじゃないと思う。

 だって、この子、カイルのこと、別に好きって感じじゃないもの。


 さっきから、わたしの方ばっかり見てる。


 カイルのことが好きで、幼馴染のわたしがいたら、カイルがどんな顔してるかって気になるよね?

 わたしは気になる。絶対、気になるもの。


 この子はカイルのそういうのを全然気にしてない。

 ……それはそれで、なんか、ちょっと、うーん。まぁ、良っか。


「ふ、普通だよ」


 精一杯、平静を装って答える。


「幼馴染だし。家も隣で、ずっと一緒にいただけだから」


「なるほどね」


 何が「なるほど」なの!?

 ユリさんの方も、なんでずっと、わたしの方を見てるの!?

 身動きするたびにビクってしてて、なんか悪いことしてるみたい……。


 この人達、勇者様達の足跡を追う旅とか言ってたけど、本当にそうなの……?


 わたしは、勇者様たちが来た時に感じたワクワクとは違う胸騒ぎを覚えた。

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