エルナ村のカイル⑩:主役不在の追加イベント開始のお知らせ
俺は今、父さんと一緒にエルナ村から一番近い街――カルロバに来ている。
日本の感覚で言うなら、地方のあんまりパッとしない駅前都市って感じだ。
たぶんこの世界基準でも大都市ってほどじゃない。それでもエルナ村と比べれば段違いだ。
今回アリアは一緒じゃないので正確な時間は分からないが、荷車を曳いて日の出とほぼ同時に出発し、夕方くらいに着いた。
……だいたい四十キロくらいか? これで「近い方」扱いなのだから笑える。
こっちも農作業で鍛えられてるからか普通に歩けた。レベルが一しか上がってないんだが。
街道で繋がっているこの街は、エルナ村の主要な取引先だ。
ハンナ姉さんのフローレンス商店の仕入れ元もここだし、村で採れる作物の卸先もここ。
俺も十三歳になった。いよいよ街デビュー、というわけだ。
――遊びじゃない。むしろ完全に仕事目的である。
何をしに来たかって言うと、作物の卸先の青果市場、種苗や肥料、農具を扱う各種商店への顔合わせ。
親戚のおっさんみたいな気安さで歓迎してくれたが、父さんや村の面々が築きあげた人脈だ。
俺は俺で、線引きはきっちり持っておいた方がいい。
そんなわけで、それなりに気疲れもした。
でも収穫はあった。街の人たちのレベルは村とそこまで大差がないが、この街には衛兵がいた。
街中で見かけた衛兵のレベルは二十~五十くらい。
引退してそこそこ歳もいってる村長が十九だったから、想像通りっちゃ想像通りだが――この世界のモブのレベル感の解像度がまた上がった気がする。
やはり、しっかり訓練を続けている兵隊さんは強い。平和を守ってくれてありがとう!
たぶん騎士とかになると七十くらい行くんだろうな。
そう考えると、勇者アルヴィンの二百九十九という数字が、どれだけ異常かもよく分かる。
どんな風に戦うのか、ちょっと見てみたかった……いや、見るだけで済むかは怪しいから、やっぱ遠慮しとこう。
ちなみに冒険者ギルド的なものはなかった。
父さんにも聞いてみたが、魔物や盗賊が出たら衛兵が対処するらしい。
そりゃそうだ。民間の武装集団に変に権利を持たせるとか、国としてどうかって話になる。
勇者や聖女は神殿の後ろ盾もあるんだろうし、そりゃ特例扱いなんだろう。
ステータス確認だけじゃなく、この世界の技術レベルや食生活、魔物や魔法が暮らしにどう関わってるのかも、ほんのり触れられたので、トータルでは大満足な街デビューだった。
※※※※※
翌朝。父さんの馴染みの商会で一泊させてもらい、朝市で、母さんや村の人間から頼まれものを買い込む。
もちろん、アリアからの頼まれものもあるし、頼まれた以外のものもコッソリ買っておいた。
行きより少し重くなった荷車を曳いて、さあ帰ろう――となった時。
門のあたりで、何やら言い合っている二人がいた。
一人は黒髪に赤い瞳の、十五、六歳くらいの華奢な美少女。
もう一人は栗色の髪に緑の瞳のニ十歳前後の美女、背もデカいし、うん、色々とデカい。
「――だから、ここからはもう一人でいいって言ってるでしょ」
「そういうわけには参りません。それに今さら戻ったところで――」
二人とも格好は町娘って感じだが、顔面偏差値とキャラの立ち具合が完全にモブじゃない。
俺は一目で察した。
(これ完全にイベントキャラだわ)
勇者パーティ到来以来、三年ぶりのイベントが来ちゃったか?
距離が近づいたところで、心の中で唱える。
(……ステータス)
【ステータス】
名前:ヘルミーナ・アストラ・ヴァルグレイド
種族:魔族
年齢:16
レベル:99
【ステータス】
名前:ユリアーナ・ドロテア・グライオス
種族:魔族
年齢:32
レベル:66
「……えっ」
思わず声が出た。
魔族? 魔族ってなんだ?
エルフのリィエを除くと初めて見る人間以外、それも二人同時。
こんなのイベント以外ありえないだろ。
見た感じ、角とか翼があるわけでもない。
三十二歳のユリアーナも年齢よりずっと若く見える。魔法か何かで姿を変えてるのか?
魔族って確か、大昔に戦争を起こして――神様が手を貸して撃退した、とかそんな話だった気がする。
見た目は知らん。神様に対する悪魔的な位置づけだが、今でもときどき現れて悪さをするらしい。
二人ともレベルがかなり高いな。
この世界の基準でも強い方だ。だが、主役の勇者パーティと比べるとだいぶ見劣りがする。
もしアルヴィンたちの平均二百超えを見てなかったら、九十九でカンストだと勘違いしてたかもしれない。
……いや、待て。
このビジュアルの強さ、この「高いようで微妙に届かない」レベル。
分かったぞ。
(この子たち、選ばれなかった仲間キャラだ!)
魔族だから最初は敵対していたとか、敵側で友好的だったとかは分からない。
とにかく勇者がなんやかんやして、和解したり助けたりして仲間にできるタイプ。
でもアルヴィンは、やり込み勢(事実無根)のカンスト勇者だ。
メインパーティはもう決まっていて、この子たちの出番はなかった――そういう不遇枠。
そんなことを考えていたら、
「私たちに何か……?」
「……あの、貴方がたは……」
二人が俺をじっと見ていた。
不審者を見る目というより、何かを探るような、測るような目。
父さんが「何をやってるんだ」と言わんばかりの視線を向けてくる。こっちの方が刺さる。
「お嬢さんがた、息子が失礼した。初めて街に来て、少し浮かれていたんだろう。……なぁ、カイル」
「えっ、あー……うん、そうかも。ごめん。なんでもない。ちょっと考えごとしてたっていうか」
「まったく、お前って奴は……アリアちゃんには黙っていてやる」
父さんはたぶん、俺が二人に見惚れて凝視していたと誤解している。
……いや、実際“見惚れ”ではないが、見ていたのは事実なので反論しにくい。
「……アリア、ですって?」
黒髪の方が、俺の言葉に反応した。
かと思えば、それに被せるように栗色の髪の方が声をあげた。
「あ、あのっ、あなた方は……もしかして。エルナ村にお住まいですか?」
俺達はモブだし、イベントフラグは立たないだろうなと思い、スルーして村へ帰ろうとしていたのに、向こうから踏み込んできた。
「俺の幼馴染なんだけど……え、なんで村のこと……」
ここで、俺の中のゲーム脳が変な方向に回り始める。
(追っかけ? まだ勇者パーティ入りを諦めきれずに追跡中?)
じゃなければ、こんなイベントキャラがうちみたいな辺鄙な村の名を出す理由がない。
「あの……ひょっとして、勇者様の関係者だったりしますか?」
「おいおい、カイル。いきなり何を言い出すんだ……」
父さんの窘めはごもっとも。
だが二人は、突拍子もない発言を即座に否定せず、目配せを交わした。
(え、当たった?)
「どうしてそんな風に思うの……?」
黒髪の美少女が、値踏みするような目で訊ねてくる。
「いや、その……前にうちの村に勇者様が立ち寄ったんだけど、なんか感じが似てるっていうか……」
赤い瞳の上、形の良い眉が片方だけぴくりと動いた。不快というより、警戒に近い。
「……えーと、その。住む世界が違う人みたいだなって」
細い肩が、ほんの少しだけ震えた。
(攻めすぎたか)
そう思った瞬間、隣の長身美女が前に出てきた。
「そ、その、えっと……。私たち、実は勇者様の辿った足跡を巡って旅をしているんです! ね、ミーナさん」
「ユリ……それはちょっと……。……まあ、いいか。うん、まあ、そういうこと」
栗色の髪の美女ユリアーナは、ユリと呼ばれているらしい。
そして黒髪のヘルミーナは、ミーナ。
種族を隠し、名前も隠し、それでも隠し切れない“目的”の匂い。
(やっぱりハーレム勇者だったんじゃねえか、アルヴィンの野郎っ!!)
――いや待て。俺が腹を立てる筋合いないな?
アルヴィンはどう見ても、この世界の主役だ。
主人公って基本そういうもんじゃん? メインヒロインを連れて、仲間(美人)を増やして、世界を救うやつじゃん?
……と、俺のゲーム脳は言っている。
現実のアルヴィンは礼儀正しくて腰が低くて、子どもの質問にも丁寧に答えてくれる好青年だった。
そして、あの三人とも、全然浮ついた感じがしていなかった。
男としてそれはそれでどうなんだって気もするが。
「ねえ」
ミーナが言った。
声を張り上げているわけじゃないのに、妙に視線を集める声だ。
ミーナはほんの少しだけ躊躇ってから、言葉を選ぶみたいにゆっくり口を開いた。
「あなたたち、今日、村に戻る?」
「戻るよ。今から」
俺が答えると、ミーナは一瞬だけユリを見る。
ユリも一瞬だけ目を閉じて、すぐに開いた。
合図。短い相談。
そしてユリが、にこっと笑って言った。
「もしよろしければ……道中、ご一緒させていただけませんか。私たちも、今日そのまま村へ向かおうと思っていて」
「……え?」
父さんが眉をひそめる。
「ここから半日以上かかるし、何もない村だが……それに、勇者様方が来られたのは三年も前のことだ」
忠告と警戒が半々。これも当然だ。
若くて美人な娘二人が、突然「家(村)まで同行させてくれ」と言ってきたら、警戒するのが普通である。
父さんの言葉に、ミーナの眉がほんの少しだけ動いた。
すぐにユリがフォローに入る。息の合った二人だ。お嬢様と侍女――そんな空気がある。
「どのみち、これから向かうところだったんです。旅をしていますから、野営にも慣れています」
「村にはご迷惑をおかけするつもりはありません。ただ、道中、お話を聞けたらと思って」
言っていること自体は、「同行を許さなくても向かう」「宿がなくても困らない」だ。
だが、この言い方は角が立ちにくい。断りづらい。
そこにミーナが続ける。
「これでも多少は鍛えているから。その荷車を私が曳いたって構わないわ」
「ミーナさん、それは私が!」
ミーナが荷車を曳くと言い出すと、即座に止めに入るユリ。
どう見ても一般人の関係性じゃない。完全にお嬢様とメイドじゃん。
「さすがにそれは……」
父さんが再び顔をしかめた。
しかし、微妙に論点をズラされている。同行する/しないの話が、荷運びを手伝うかどうかに切り替えられているのだ。
小柄で華奢に見えるミーナと、男二人で曳いてきた荷車。見た目の釣り合いが取れない。
まだ大柄なユリの方が力がありそうだが、レベルは逆だ。
二人とも、カルロバで見たどの衛兵よりもレベルが高い。
こんな荷車くらい、実際には造作もないのだろう。
「大丈夫。それに私、魔法だって使えるのよ……勇者様ほどじゃないけれど」
おお、ミーナは魔法タイプか。じゃあ、ユリは前衛か?
アルヴィンのパーティには、フレデリカ(聖女)とレイア(二刀剣士)っていう対抗株と、カンスト手前のリィエという高い壁がいる。
あの三人がいたら、控えに回されても仕方がない。
ミーナの言葉には、自負と、それを上回る劣等感が混ざったような響きがあった。
……しょうがない。
ここで問答を続けたって、世の中には「はい」を押さないと先に進めないイベントもある。
それに道中で勇者たちの話をしてやれば、そのまま次の目的地に行くかもしれない。
俺は、モブには見えない選択肢の「はい」を押すことにした。
「あのさ。宿のことなら村長に相談すれば何とかしてくれると思う。旅の人が来た場合はそうしてるんだ」
「カイル……」
父さんが「仕方のない奴め」という顔をする。
「荷は俺たちで運ぶ。村までは一本道だ。日が暮れそうなら先に進んでくれ」
消極的な同意。
――二人が魔族だと知ったら、たぶん断ってた。だから黙っておく。
「ありがとう。恩に着るわ」
ミーナが短く言う。
「謝礼は必ずお支払いさせていただきます」
ユリが丁寧に続けた。
こうして、村への帰り道に二人の魔族が同行することになった。
三年目にして二つ目のイベント。主役は不在だが――果たして何が起こるのやら。




