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エルナ村のカイル⑨:レベル四の俺と野生のモブかわ幼馴染

 何は無くとも、まずは落ち着いてこれを見て欲しい。


(……ステータス)


【ステータス】

 名前:カイル・ローレン

 種族:人間

 年齢:13

 レベル:4


 そう、そうなのだ。


 ――カイルはレベルがあがった!


 おめでとう! 俺! コングラッチュレーション!


 ここから俺の無双が始まる――……そんな訳ないが。


 日本人だった前世を思い出し、ステータスを覗けるようになってから三年経った。

 三年だ。三年間で一レベルアップ。

 なるほどね、これは紛れもなくスローライフだ。ハハハ……。


 ……毎日それなりに働いてるのに、ちょっとスローペース過ぎやしないか?


 ちなみに父さんと母さんはこうだ。


 【ステータス】

 名前:フレッド・ローレン

 種族:人間

 年齢:31

 レベル:13


 【ステータス】

 名前:エレナ・ローレン

 種族:人間

 年齢:30

 レベル:9


 二人とも一レベルずつアップ。

 どうやら、「職業:農民」では、三年間で一レベルアップは普通っぽい。

 お隣のメイスン家のおじさんおばさんもそうだった。


 けど、このままのペースだと、三十代で十レベルくらいになる計算だ。

 うわっ……俺の農民適正、低すぎ……?


 まぁ、見えないだけでたぶん、経験値的とか、小数点以下のレベルとかあるんだろう。

 あと、十三歳じゃあ身体が成長しきってない分、父さんよりも働きが少ないとか。

 ……うーん、これからもっとキツくなるのか。


 三年経っても俺が覗けるステータスウインドウは相変わらずのシンプル仕様だ。


 ――バグ(アリア)は放置、アップデートは無し。

 ログボも詫び石も無し。やっぱこの運営クソだわ。降りてこい。畑を手伝え。暇だろ。


 能力値は見えないが、この三年で腕力やスタミナは結構鍛えられた。

 鍬も父さんと同じのを使えるようになった。まだ、重たいが。


 背も伸びた。柱につけた傷が、だいたい掌くらいだから、二十センチくらい。


 頭の方は、作付けとか堆肥作りに詳しくなった。

 あと、やっとこっちの世界の文字を習った。


 日本語のメモとか余計なトラブルの元だし、現地語習得は大事だ。

 ハンナ姉さんの店の帳簿の検算とかで小遣い稼ぎが出来るようになったのは大きい。


 スキルとか特殊能力とかアビリティなんてもんには全くの無縁だった。

 というか、勇者御一行様ご宿泊イベント以降、イベントらしいイベントなんか何もなかった。

 旅の魔法使いが現れて魔法の手解きを受けるとか、行商を装った悪党がヒャッハーとか、一切なし。


 朝起きて、鶏に餌やって、掃除して、堆肥をかき混ぜて、畑仕事して、木の実拾って、薪を集めて、薪を割って、藁束を作って、縄を結って、柵の修繕を手伝って、帳簿作りを手伝って、鐘つき番やって——


 どんどん仕事が増えていくんだが? 農村生活、やっぱスローライフじゃねえ。


 鐘つき番は時報的なアレだ。


 日時計みたいなのを見て昼飯時に一回鳴らすだけ。

 朝は日の出と鶏の声で大体よし、夕方は日が沈むから分かるだろ的な適当さ加減、うーん、村。

 昼間だって陽の高さで皆だいたい分かるんだが、そろそろ一休みしようぜって合図だ。


 俺にはアリアカウンターがあるから、曇りの日でもそこそこ正確だ。

 だから、なんやかんやで俺に役目が回ってくる。


 大した手間でもないし、多少は駄賃も出るからまぁ良いんだが、俺の時報が正確な理由が、食い意地が張ってるからだとか言われて、“腹時計のカイル”なんてあだ名がついた。

 言いがかりだ、食い意地が張ってるのはアリアの方だろうが。


 称号っぽいものがついたが、もちろんステータスには表示されない。知ってた。


 やはり、俺はモブだ。

 それでいい。――それがいい。


 エルナ村が辺鄙な田舎過ぎるせいか、あれから、勇者パーティが魔王を倒したとか、全滅したとかいう話も伝わって来ない。

 まぁ、あんな最終盤パーティがあっさりくたばるわけがない。

 今ごろ、やり込み要素でも片づけてるんだろう。


 アルヴィン。あいつ、誰とくっついたんだろうなぁ……。

 全員? ふざけんな、リア充爆発しろ。

 嘘嘘、世界は救ってください、マジでお願いします。


※※※※※


 エルナ村の景色も暮らしも変わり映えしない。

 だが、三年前と決定的に違うものがあるとしたら。


「カイルー、早くー!」


 畑のあぜ道の向こうから手を振っている、あいつだ。


 アリアは相変わらず普通——と言いたいところだが、さすがにこの三年でだいぶ変わった。


 背は伸びて、顔つきも少し大人っぽくなって、髪も伸びて、まとめるのが上手になった。

 ちょっとしたことで笑って、ちょっとしたことで拗ねるのは変わらないけど、その全部がなんというか、妙に“女の子らしい”方向に進化している。


(ステータス)


【ステータス】

 名前:アリア・メイスン

 種族:人間

 年齢:13

 レベル:435,494,881,242,115,930


 アリアカウンターは九千万くらい増えた。

 そっちは心底どうでもいい。


 ……正直に言おう。


 可愛いのだ。

 十三歳になったアリア・メイスンは普通じゃなく可愛い。


 レイア、フレデリカ、リィエみたいなメインヒロイン級のキャラとは違う。

 ああいう、季節限定衣装ピックアップ!とか、専用のイベントスチルが用意されるのは別枠だ。


 アリアは、イベントスチルの隅っこに混ざっていて、一部有識者(俺含む)から、「この子よくね」「わかる」みたいに評価される”野生のモブかわキャラ”なのだ。異論は認める。


「なに立ち止まってんの? ほら、籠こっちでしょ?」


 いつの間にか駆け寄ってきて、俺の手から籠をひょいっと奪う。

 昔は「重いから持てない〜」って言ってたくせに、今は平然と持ち上げるあたり、地味に頼もしい。

 俺も鼻が高いよ。


「お前ひとりで持ってどうするんだよ。転んだら全部ぶちまけるぞ」

「そのときはカイルが拾ってくれるもん」


 悪びれもなく言うな。俺は籠を取り返して、ついでにもう一つも持つ。


「拾わねーし」

「転ばないでね!」


 でも、こういうところも含めて、やっぱり可愛いと思ってしまうのだから仕方がない。


 俺とアリアが一緒にいるのは、今に始まったことじゃない。

 物心ついた頃から、だいたいセットだ。


 で、それは村中の共通認識になっている。


「お、今日も二人でおでかけかい?」


 通りすがりのおっちゃんに声をかけられれば、


「はい、森まで木の実採りに」


「仲がよくてよろしいこった。将来が楽しみだなぁ」


 ……こうだ。


「お、カイル、アリアちゃん。今日もデート?」


 道具屋に顔を出せば、ハンナ姉さんの一言目がこれだ。


「だ、だからデートじゃないってば」


「そうそう、“予行練習”よね?」


「意味変わってないですよね、それ」


 俺が突っ込み、アリアが真っ赤になり、ハンナ姉さんがケラケラ笑う。

 最早、村の鉄板ネタ扱いだ。


 前世の記憶がなかったら、俺も思春期まっさかりの年齢なりに慌てて、「こ、こんなやつ知らねーよ!」とかやっていたかもしれない。


 でも、知っている。


 そういう否定の仕方をすると、周りはもっと面白がって囃し立てるだけだし、

 一番傷つくのは、当のアリアだということを。


 だから俺は、軽く受け流す。


「将来はどうするんだ?」とか「嫁にもらってやれよ」みたいなことを言われても、


「まずは畑をどうにかしないとです」


 とか、


「その前にハンナ姉さんの婿探しが先なんじゃないですかね」


 とか、適度に話題を逸らして笑いに変える。


 アリアが横で「もー!」って言いながら笑っているなら、それでいい。


 で、問題の“本音”の方だが。


 俺はアリアが好きだ。


 ああ、認めるよ。

 否定のしようがない。


 自分に好意的に接してくれる可愛い女の子を、嫌いになれる男の方がどうかしている。


 一緒にいて楽だし、気を遣う必要もないし、くだらないことで笑えるし、たまに喧嘩してもすぐ仲直りできる。


 畑仕事をしている時も、当たり前のように隣にいる未来が想像できる。


 市場に野菜を売りに行く時、俺が荷車を曳いて、アリアが後ろから押す。

 押してると思ったら、ちゃっかり荷台に乗ってたり。


 俺は親の畑を継ぐ、これは確定。

 ハンナ姉さんがやたら推してくるから、街との商売もするようになるかもしれない。


 その将来の絵を頭の中で描くと、そこにアリアが一緒にいることも、ごく自然に思い浮かぶ。

 ついでに、アリアカウンターが億千万と積みあがっていく様もだ。


 ……で、だ。


 一時期、真剣に悩んだことがある。


(これ、ロリコンってことにならないか?)


 前世の記憶があるせいだ。


 中身だけで言えば、俺は“二周目”の人間だ。

 精神年齢何歳なんだ、と言われると、答えにかなり困る。


 そんな状態で、十歳だの十三歳だのの女の子を「可愛い」「好きだ」とか思っていいのか、という問題。


 前世日本の感覚でいうところの、いろいろアウトなラインに引っかからないか? というやつだ。


 本気で頭を抱えたこともある。


 だが、結論として、こう割り切ることにした。


 今のこの身体は十三歳で、

 心も、半分以上はこの世界で育っている。


 前世の記憶はそのまま十年以上前の古い記憶だ。

 それも、だいぶ曖昧なところが増えてきた。

 なにしろ、こっちの世界の誰とも共有できない情報だ。

 口に出す機会はないし、思い出すきっかけもどんどん減っていく。


 ”幼稚園の時に自分が描いたらしい見覚えのない絵”

 いつか、そういうものになっていく記憶なのだと思う。


 一方、アリアは同い年で、目の前で笑って、話して、一緒に飯を食う。


 その相手を好きになるのは、どう考えても「年相応の普通」だろう。


 むしろここで「いや俺、中身おっさんだから」とか言い始めたら、その方がよっぽど歪んでいる。


 だから——


 俺は、アリアが好きだ。


 前世がどうとか、ステータスがどうとか、そういう面倒なことは脇に置いて。

 今の俺が、この村で、この歳で、隣にいるこの女の子が好きだと普通に思う、それでいい。


「カイル? どうしたの、急にぼーっとして」


「いや、ちょっと哲学してただけ」


「なにそれこわい」


「安心しろ、お前のこと考えてないから」


「ちょっとくらい考えなさいよ!」


 がしっと腕を掴まれて引っ張られる。


 ……まあ、実際はさっきまでお前のことを考えてたわけだが、そこまで正直になる必要もない。


 アリアは相変わらず普通で、

 俺にとっては普通じゃないくらい可愛くなって、

 相変わらず俺にべったりで。


 村の連中に二人一組扱いされるのも、正直嫌いじゃない。


 ステータスなんて知らなくても、

 俺の“今”に必要な情報は、それで全部だ。

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