エルナ村のカイル②:レベル四十三京で秒速レベルアップするあいつ
何秒か、思考が停止してもう一度ステータスを見た。
【ステータス】
名前:アリア・メイスン
種族:人間
年齢:10
レベル:435,494,881,145,145,968
四、三、五……
以降、十数桁に渡って連なる数字。数字。数字。
カンマ。カンマ。カンマ。
数字とカンマが並びすぎて、目が泳ぎ、脳が処理を拒否する。
カイルは、口をぱくぱくさせた。
(えーと……一、十、百、千、万、十万、百万、一千万、一億……)
指で空をなぞりながら桁を数えていく。
億超えの数字からして、もう庶民的な感覚から離れている。
宝くじ。生涯年収。ナントカ大臣〇億円の収賄で逮捕。とかそういうジャンルの数字だ。
(百兆、千兆……、……一京、十京、……京ってなんだよ、京って)
ましてや、兆なんて単位は、前世の記憶でも国家予算かネットミームでしか見た覚えない。
京に至っては雑学レベルの単位だ。使ったことも見たこともない。
ざっくり端折ると、アリアのレベルは四十三京だ。
五千兆のところで四捨五入すれば四十四京。
五千兆で四捨五入ってなんだよ。
四以下だからって捨てていい数字じゃねえだろ、四千兆は。
こんなステータスウインドウが見えるなんてゲーム世界に違いないと思ってた。
でも、前世の常識を総動員しても、こんな数字が出てくるゲームは見たことがない。
「いやいやいやいや」
さすがに、声が出た。
レベル三の俺。
レベル十数の両親や村人たち。
そして、レベル四十三京の幼馴染。
桁がおかしい。
どこでどうバグったらそうなる、設計ミスとしか思えない。
(勇者だって、せいぜい100とか200だろ……?)
前世のゲーム知識が、そう囁く。
アップデートが進んでレベルキャップが解放されていっても、精々200くらいだろう。
それにしたって——
(四十三京はねぇわ)
裏ボスとかカンストどころの話ではない。
もはやレベルというより、バグが指定ミスによるゴミ値にしか見えない。
(……いや、待て)
カイルは、ふと違和感に気付いた。
——さっき見たときと、数字、違わないか?
じっと、ステータスウインドウの下の方を見つめる。
435,494,881,145,145,998——
……5,999。
……6,000。
最後の四桁が、じわじわと増えている。
「増え、ぇ……?」
ふえぇ……みたいな変な声が出た。
思わず、息を止めて数字を見つめる。
……6,001。
……6,002。
……6,003。
規則正しく数値が増えていく。
目を瞑って心の中でゆっくり5秒数えて、目を開ける。
……6,009。
一秒に一ずつ、きっちりかどうかは分からない。
少なくとも、俺が見ていない間も数字は増えていってる。
「は?」
この世界の人間のレベルは、経験を積んだり、戦ったりして上がるものだろう。
父さんのレベルだって、三十年近く生きてきた結果の数字のはずだ。
それが、アリアに限っては——
庭の雑草を毟ってるだけでレベルが増えていってる。
いや、もしかしたらあの草に秘密があるのかもしれない。
あの草を抜けば俺もレベルが上がるのかも。
(んなわけあるか)
何をどう解釈すればいいのか、さっぱり分からない。
何なのだ、これは、何がどうなっているんだ??
俺にどうしろって言うんだ!誰か説明しろ!運営ぃぃいい!!?
※※※※※
アリアが雑草を抜く手を止め、振り向いた。
日に焼けた肌、頬に少し泥がついている。
琥珀色の瞳が俺を捉え、真ん丸に見開かれた。
……6,011。
……6,012。
その間もアリアは規則正しく順調にレベルアップを続けている。
ステータスウインドウがフラッシュするでもなく、ファンファーレが鳴るわけでもなく、ただただ無機質に数字が増えていく。
アリアは俺に気付くと、パッと表情を明るくして、ぶんぶんと手を振ってきた。
「カーイルー、おっはよー!」
いつも通りの、よく通る声。
立ち上がって朝日が目に差し込んできて、片手を額の上にかざして眩しそうに笑っている。
……6,018。
……6,019。
その笑顔の上で、今もアリアのレベルアップは止まることがない。
――レベルって笑ってるだけでも上がるんだなぁ
そんな現実逃避の言葉が思い浮かぶ。
「ね、ね!今日さ、小川の近くまで行ってみようよ!あの辺、木苺もなってるんだって!」
戸惑う俺をよそに、アリアは屈託なく話しかけてくる。
俺はステータスウインドウとアリアの顔を交互に見た。
理不尽で、圧倒的で、天文学的な四十三京というレベルの少女。
何もしていないのに秒ごとに増え続けていくその意味不明さとのミスマッチさよ。
記憶の中のアリアという少女は、
俺より力が弱いから水桶を運ぶときはノロノロで、置いてくとぷんぷん怒る。
注意散漫だから段差や木の根っこでつまずいて転んで、泣いて、すぐ元気になる。
昔話の勇者の話に目を輝かせるが、蜘蛛や百足は苦手だ。芋虫は平気で掴むのに。
猫舌なのに食い意地はって熱いスープでうっかり舌をやけどしたりもする。
そんな普通の女の子なのだ。
素手で岩を割ったりはできないし、空を飛んだこともない。
次元の壁を叩き割ったり、くしゃみが大気圏突破することもない。
メイスン家が勇者とか魔王の血を引いてるなんて話も勿論ない。
「ハンナお姉ちゃんがね、たくさん採ってきたらお小遣いくれるって。でも、日暮れまでには無理かなぁー」
アリアは、どこまでも普通の女の子だった。
甘いものが好きで、抜けてるけど、しっかりしてるところもある。
記憶の中の印象と何も変わったところはない。
たぶん、その筈なのだ。……筈だった。
(……嘘だろ)
けれど、俺には、俺だけにはその狂った数字が見えている。
435,494,881,145,146,033——
イカれた数字は今もシャカシャカと規則正しく上がり続ける。
……もしも、この数字が狂っているのではなく——
(こいつが、本当におかしいってこともあるのか……?)
喉の奥が、きゅっと締め付けられた。
魔王とかラスボスとか、そういう単語がふと頭をかすめる。
――四十三京レベルなんて、敵でも味方でもありえない。
日本人だった俺の常識が即座に否定してくる。
ゲームでこんな数字を出すなんて普通じゃない。
インフレとかバランスとかってレベルじゃない、文字通り。
「あのリボン欲しいんだけどなぁ……カイル?どうしたの?聞いてるー?」
怪訝そうな表情で小首を傾げるアリアの姿には、おかしなところなんて何もない。
逆にそれが怖い。
得体の知れないものを覗き込んでしまった恐れ、居心地の悪さ。
――バグキャラ。
イベントキャラとか隠れボスとかより、しっくりくる言葉が思い浮かぶ。
(関わらない方が、いいんじゃないか)
「ラスボスより強い隠れボス」とか「世界の鍵」とか、そういうパターンに当て嵌まるとは思えない。
バグに巻き込まれたら、ろくなことにならない気がする。
イカれた物理演算みたいに、小石に躓いただけで宇宙まで放り出されるとかそういう類の怖さがある。
※※※※※
「……悪い、今日ちょっと用事ある」
とっさにそう口走っていた。
自分でも驚くほど、声が固い。
「えー、またぁ? カイル、昨日も手伝いって言って断ったじゃん」
アリアが不満そうに頬を膨らませる。
「ほんとに用事なんだって。父さんの手伝いとか、いろいろ」
嘘だ。けど、探せばいくらでも仕事はある。
「むぅー……」
アリアが何か言いたげな視線をこちらに向ける。
数秒ほど見つめ合う。
気まずくなって俺の方から目をそらした。
嘘をついた後ろめたさだけじゃない。
こいつにも俺みたいにステータスが見えていたら?
それ以上の何かまで見通されていたら?
アリアは眉間にきゅっとシワを寄せていたが、ふぅと息を吐いて、
「じゃあ、日暮れ前に用事が終わったら呼びに来てね!」
いつものように笑って、雑草毟りに戻っていく。
変に疑われた様子もないし、根に持った言い方でもなかった。
「あ、あぁ……終わったら、な」
気の無い返事をしつつ、その背中を見つめる。
ステータスウインドウの端では、相変わらず数字が増え続けている。
……6,152。
……6,153。
下四桁だけをぼんやり追っていると、気が遠くなりそうだった。
(こわ……)
どういうジャンルのゲームとか、もうどうでもいい。
このステータス閲覧能力を何かに活かせないかという展望も吹っ飛んだ。
アリアのレベルを見てしまったら、そもそも、この能力自体信じていいのかも分からなくなった。
ただ一つだけはっきりしているのは、
(アリアに深入りするのは、やめておこう)
という、ごく人間的な自衛本能だった。
アリアから視線を外し、ステータスウインドウを意識の隅へ追いやる。
——それでも。今、この瞬間もアリアのレベルはきっと秒速で上がり続けている。
そんな気配を背中に感じながら、俺は、アリアから距離を取った暮らしを心に決めるのだった。




