エルナ村のカイル⑧:イベント期間終了。なお、バグは放置の模様
「……カイル。楽しそうだね」
アリアは妬いている。間違いない。俺は詳しいんだ。
幼馴染の俺が勇者の仲間の美人三人に囲まれてデレデレしてる(※してない)のが気に入らないのだろう。
だが、それだけじゃない。アリアにとって勇者パーティは憧れ、推しだ。
その推しと仲良くしてる俺への妬みとセット。むしろ、推しへの妬みが七、俺への妬みが三くらいな気がする。
「いや、楽しくねぇよ」
反射で即答した。
即答したが、我ながら“正解っぽい不正解”の匂いがする。
アリアはにこにこしたまま、俺の横――というか左右の美人三人を順番に見た。
あと、リィエに鳥の巣にされた俺の頭も二度見した。
まずレイア。次にフレデリカ。最後にリィエ。
そして、俺に戻ってくる。
「ふーん」
ふーん、じゃない。納得してるふーんじゃないだろ。
「……わたしとお話ししてるときはさ」
アリアは、わざとらしく首を傾げた。
「あんなに、楽しそうな顔してないよね?」
「だから、楽しくねぇって」
「楽しそうだった」
「別にそんなことない」
「あるもん」
小学生の口喧嘩みたいな応酬が始まった。よりによって勇者パーティの前で。
レイアが無言で腕を組み直し、フレデリカが「まあ」と口元に手を添え、リィエが無表情のまま親指を立てた。
親指立てて“ぐっ”じゃねえんだよ。
やめろ。
お前らも当事者のくせに、観客席みたいな空気を作って逃げるな。
「お前のこと、聞かれたから答えてただけだって」
「わたしの?」
「そうだよ」
「……ふーん」
アリアは頬をぷくっと膨らませた。
そのまま、俺の袖をつまむ。つまんで、引く。
「ねえ、カイル」
「なんだよ」
「ずるい」
ずるい、が来た。
アリアがむくれてるときの、最終兵器ワード。
「何がだ」
「全部」
「全部って何だよ」
アリアは、俺の後ろでふわっと微笑んでるフレデリカをちらっと見て、今度はレイアを見て、最後にリィエを見た。
憧れの視線も混じってるのが余計に厄介だ。嫉妬だけならまだ扱いやすいのに、尊敬が混ざると話がややこしくなる。
「……勇者さまの仲間のお姉さん、きれいだし、かっこいいじゃん」
「うん」
ここは全自動相槌マシーンと化してやり過ごす!
「きれいじゃん」
「うん」
「かっこいいじゃん」
「うん」
「なのに!」
そこで、アリアが俺を指差した。
「カイルばっかり、近い!」
矛先は“勇者パーティと仲良しな俺”に定まったらしい。
さてどう鎮火するか……そう思ってたら、意外なところから援護が入った。
黙って見物しているだけだと思っていたレイアが口を開いた。
「……なら、君もこっちで話せばいい」
推しからの予想外の供給ってやつだ。
アリアはぽかんと口を開けた。
そして、勢いよくレイアを見上げ、きらっきらの目で言った。
「いいの?!」
「……あ、ああ?」
アリアの変わり身の早さに、レイアがほんの一瞬だけ固まった。
クールキャラ、直球の好意に弱いタイプか。
フレデリカがくすっと笑って、アリアに目線を合わせるように少し屈む。
「アリアさん。私たちがカイルさんとお話してしまって、寂しくなりましたか?」
「……ちょっと」
ちょっと、という割には、アリアは俺の袖をつまんだまま離さない。
「でも、それはアリアさんだけじゃないと思いますよ?」
ん?
「カイルさんも、アルヴィン様と話しているアリアさんのことを気にかけていらっしゃいましたから」
おいおいおい、何言ってくれてんの聖女様!?
俺はただ、アリアカウンターに異常が出てないか確認してただけだってば。
アリアが勢いよくこちらを振り向き、じぃっと睨んできた。
「……また見てたの」
「いや、まぁ……ちょっと」
“アリアの方を見てた”のは事実なので正直に答える。
すると横から、リィエが淡々と追撃してきた。
「ちょっとじゃない。百くらいは数えられるくらい、見てた」
おい二百四十歳! 空気読め! 他の三人を見習え!
「ふ、ふーん……そうなんだ」
アリアは睨むのをやめた。代わりに、俺の袖をつまむ指に、じわっと力が入った。
(やめろ。そこで“勝った”みたいな顔をするな。変な空気が固定されるだろ)
案の定、フレデリカがころん、と鈴みたいに笑って言う。
「本当に仲がよろしいのですね。羨ましくなってしまいますわ」
アリアが、嬉しいような、恥ずかしいような、でもやっぱり負けたくないような顔で俺を見た。
「……カイルはわたしといるの」
(宣言するな。そういう“所有権イベント”はまだ早い)
レイアが腕組みのまま頷き、リィエが「つよい」と呟いた。
ここには俺の味方はいないらしい。
アルヴィンが苦笑しながら、場を丸くする声で言った。
「幼馴染は、いいものだよ。僕にも幼い頃からの友人がいる。……今は、遠くにいるけれどね」
その一言に、アリアの眉がふっと下がった。
俺も一瞬だけ、胸の奥がきゅっとなる。
(やめろ。その“今は遠くにいる”は地味に刺さる。村のガキに効く台詞だろうが)
案の定、アリアが袖を掴む手にぎゅっと力を込めた。
空気が沈む前に、フレデリカがすっと手を伸ばして、机の上の湯気の立つ茶を指した。
「折角ご用意いただいたお茶が冷めてしまいますわ。さ、召し上がりましょう?」
「……いただきます」
アリアが妙に素直に湯飲みを持ち上げる。俺も真似する。
野草の葉を炒って煮出したお茶。独特の香りと渋みがあるが、村で昔から飲まれてるやつだ。
口に含むと、草の香りと焙煎臭がぶわっと広がって、どことなくコーヒーを思い出させる。
そこで、アルヴィンが俺とアリアの方を順番に見て、質問を投げる。
「二人は、普段はどんな一日を過ごしているんだい?」
(来た。“村人会話イベント:日常説明パート”)
アリアが手を挙げた。授業か。
「わたしはね、朝は家のこと手伝って、畑の草抜きして、木の実拾いして、あと、パンこねるのも手伝う!」
「パン。いいね」
アルヴィンが嬉しそうに頷いた。
「ここのパンは美味しそうだ。皆、それぞれ自分の家で作るのかな?」
「うん!」
アリアが胸を張る。さっきまでむくれてた癖にすっかり元通りで、妙に誇らしげなのが面白い。
俺も無難に続ける。
「それぞれの家の畑で採れたものを分け合って食べてます」
フレデリカが、感心したように目を細めた。
「分かち合うことは素晴らしいことですわ」
「自分の家の作物だけだと飽きちゃうんで」
答えると、アリアは「えー、わたし、うちのお芋大好きだよ」と口を挟む。
レイアが短く聞いた。
「訓練は?」
「……訓練?」
俺が聞き返すと、レイアは俺の腕や肩を一瞥して言う。
「剣を振るとか。走るとか。身を守るためのこと」
(村のガキに何を求めてんだ)
「いや、剣とか無いですし。俺は……畑の手伝いが訓練みたいなもんで」
「大地を相手に、か……」
何故か感心したように微笑む。
上手いことを言ったつもりでいるようだが、意味が分からんからな?
アリアがそれを聞いて、なぜか勝ち誇った。
「わたしも鍬持てる!」
「えらい」
レイアが言った。語彙力よっわ!不器用か!
アリアの目がきらきらと光った。
(やめろ。推しから褒められてレベルが上がるタイプの顔だ、それ)
念の為、アリアカウンターを覗いてみたが、倍速モードとかにはなってなかった。良かった。
リィエが、湯飲みの湯気を指で撫でるみたいにして、ぼそっと呟いた。
「……ここは、静か。風と土が落ち着いている」
そして、俺とアリアを交互に見て、さらに一言。
「子どもは……騒々しい。良い」
褒めてんのか、それ。
「うん!わたしもこの村、大好き!」
アリアは今の台詞を聞いて、村への誉め言葉と解釈したらしい。
こいつは分からないことは分からないなりに、ふわっと飲み込むのが得意だ。
そして、それを良い方に捉えることが出来る。
「……高評価」
リィエが、言い直した。今の言い換え必要だったか?
「でしょ!」
アリアが即座に納得した。
(翻訳が早い。エルフ辞書を内蔵してんのか)
会話が少し落ち着いたところで、アルヴィンが話題を切り替えた。
「そう言えば、さっき、海の話を聞いていたね。海を見たいかい?」
アリアが椅子の上でぴょんと背筋を伸ばす。
「見たい! 青いんでしょ? 空みたいに!」
「そうだね、青だったり緑だったり、黒に近かったりすることもある」
アルヴィンが穏やかに言う。
「季節や時間、土地によっても違う……うん、空とよく似ているね」
「うわぁ……!」
アリアの目が完全に星になる。
フレデリカが少しだけ首を傾げた。
「王都の話も気になりますか?」
「気になる! 石の家ばっかり? 道も石? お店いっぱい?」
質問が洪水だ。フレデリカが穏やかに微笑みながら一つずつ答え始める。
その様子を見て、俺はひっそり安心していた。
(今のところバグりそうな様子もない、やれやれ、取り越し苦労だったな)
……そんなことを考えていたら。
アリアが話の途中で、また俺の方を見た。
やきもちを妬いたりヘソを曲げてたことなんて、すっかり忘れた顔だ。
村の外、未知の景色の話を聞いて好奇心いっぱいの顔。
でも、ほんの少しだけ不安と恐れの混じった表情をこちらに向けてきた。
「ねえ、カイル。カイルも海……見たい?」
俺は、変に隠し立てをしたって碌なことにならないと学んでいる。
「……そりゃあ、一度くらいは見てみたいな」
嘘じゃない。この世界の海や、他の土地にだって興味はある。
ただ、魔物がうろついてる世界を旅するとかは正直ゾッとしない。
勇者パーティが平均二百越えのレベルになれるくらいの危険が溢れてるならなおさらだ。
「一度でいいんだ」
「長いこと畑をほっぽらかして行けないだろ?」
アリアは俺の言葉に安心したのか、満足そうに頷いた。
そこへ、フレデリカがそっと言葉を添える。
「いつか、一緒に見られたら良いですね」
(やめろ聖女様。“いつか”は危険ワードだ)
冒険心をかき立てられて、旅立ちの決意とか生まれたらどうする。
しかし、アルヴィンは優しい顔のまま、少しだけ声を落とした。
「……ただ、旅は楽しいことばかりじゃない。寒さも、空腹も、怖さもある。守りたいものがあったら、なおさらね」
レイアが頷く。
「覚悟と鍛錬が必要だ」
リィエが続ける。
「……それでも、進む」
急に“重いパーティのセリフ回し”になるな。村長の居間で。
アリアも、さすがに口を閉じて、湯飲みを両手で包んでこっちを見てきた。
※※※※※
そこで、今まで黙って“対外モード”を維持していた村長が、軽く咳払いをした。
「……二人とも」
声は穏やかだが、村会議のときの“締め”の音がする。
「この方々は、村に遊びに来られたわけではない。大切な用件で来ておられる。質問は、ほどほどにしておきなさい」
(ナイス村長。強制離脱イベント、発生!)
「えー……」
アリアが不満そうに言いかけて、村長の目を見て止まった。
さすがに村長に逆らうほどバグってはいない。基本的に素直で聞き分けの良い子だ。
「はい」
俺が即座に頷く。ここは最速で従う。これがモブの処世術。
アリアはそんな俺を見てから頷いた。
アルヴィンが少し申し訳なさそうに微笑んだ。
「ごめんね。話を聞かせてもらえて嬉しかった。君たちのおかげで、この村のことがよく分かったよ」
フレデリカが、アリアに向けて柔らかく頷く。
「また、お話いたしましょうね」
「……う、うん!」
アリアは悔しそうなのに、嬉しそうでもある。忙しい顔だ。
レイアは短く言った。
「……良い子だ」
そして、リィエは俺の頭をもう一度わしゃっと撫でて、ぽつり。
「……がんばって」
何をだ。
俺は立ち上がって、頭を下げた。
「じゃ、じゃあ……失礼します」
アリアも慌てて立って、ぺこっと頭を下げる。
「しつれいします!」
俺はさっさと外へ出たかったのに、アリアは最後にもう一回だけ振り向いて、アルヴィンに叫んだ。
「勇者さま! またね!」
「ああ。またね」
アルヴィンが笑って手を振る。
扉が閉まる。
外に出た瞬間、俺は大きく息を吐いた。
「……はぁ」
「ねえカイル」
アリアがすぐ隣で、さっきまでの顔を引っ込めて、じとっと俺を見上げてくる。
(まさか、旅立ちルート分岐イベントだったのか……?)
「な、なんだよ」
「かがんで」
「は?」
「いいから、かがんで」
何がしたいのかよく分からないが、その場でしゃがんでやった。
「……はいはい」
「はいは一回」
「はい」
アリアが満足そうに頷く。
その頭上で、アリアカウンターが相変わらずシャカシャカ動いている。
そして、俺の頭に手を伸ばしてくると、髪をわしゃわしゃと引っかき回してきた。
「ちょ、おま、なにしてんだ」
「よし」
(良しじゃない。なんだってんだ、まったく)
不思議エルフに鳥の巣頭にされたと思ったら、再びこの有様だ。
アリアは俺の手を掴んでぐいぐい引っ張ってくる。
鼻歌交じりのアリアと並んで家へと向かった。
※※※※※
勇者パーティは翌日、どこかに出かけ、無事帰ってきて、その次の日には村を去った。
なんやかんやで勇者到来の事実は完全に村中に知れ渡っていたので、出立の当日には村総出の見送りになった。
アリアはギャン泣きしながら、見えなくなるまで手を振っていた。
結局、用事とやらを済ませても、フレデリカのレベルが爆上がりなんてことは無かった。
リィエの謎能力とかで、アリアや俺の才能が見いだされることも無し。
レイアに剣の指導を受けて、筋が良いなとか言われるイベントも無し。
魔王の手下とか魔物の襲撃も当然無し。ラッキースケベ的イベントも無し。
……最後のくらいは起っても良かったんじゃないか?
まぁ、良い。
覚醒とか決意とか、厄いイベントと抱き合わせのことも多いからノーサンキューだ。
世界の命運はあいつらに任せておこう。
あのレベルならそんなに苦労せずにクリアできるだろう。頑張れ。
俺はこの村で世界のバグを見張っていてやる。
朝、起きて。鶏小屋の用事を済ませてから、向かいの家の庭に目を向ける。
アリアカウンターは今日もシャカシャカと、規則正しく時を刻んでいた――




