エルナ村のカイル⑦:アリアからは逃げられない
小さい村だ。村の入り口から村長の家までは子どもの足でもすぐ。道も一本で迷いようがない。
なのに俺が案内を買って出たのは——できるだけ、アリアの家の前を通りたくなかったからだ。
こいつらを、バグから守護らなくちゃいけない。
「えっと……あの大きい赤い屋根の家が村長の家です」
「ありがとう。助かったよ」
金髪イケメン——アルヴィンが、きちんと頭を下げる。
これがレベル二百九十九の礼儀正しさ。
強い奴ほど腰が低いってやつ、実在したんだな。
「君の名前を聞いてもいいかな?」
「あ、俺ですか? カイルです。カイル・ローレン」
「カイルくんだね。僕はアルヴィン。こちらは——」
アルヴィンが手のひらで後ろを示す。
「レイアよ。……よろしく」
黒髪の女剣士が、必要最低限の声で名乗る。
素っ気ないし、目力が強いが、たぶん不器用なだけで根は優しいタイプと見た。
「フレデリカと申しますわ。どうぞよろしくお願いしますね、カイルさん」
金髪の聖女——フレデリカが、にこっと微笑む。
聖女様スマイル。目が眩んで視線が下に行きそうになる。
だが、ご立派なお胸様に目を向けたら社会的に死ぬので耐える。
最後に銀髪エルフ——リィエ。
「……リィエ」
透き通った声で名前だけ告げてきた。
あのクッソ長い名前で呼べって言われたらどうしようかと思ってたから安心した。
ステータスで名前は知っていたが、本人たちの口から聞いておいた方がいい。
うっかり、知らないはずの苗字や年齢を漏らさないように気を付けないと……。
「カイルくんは、あそこで用事があったのでは?」
アルヴィンが歩調を合わせて聞いてくる。
子ども相手に自然に目線を落とすの、慣れてるな。村の大人より慣れてるまである。
「あー……よく来る行商人を待ってました。母さんから、来たら家に呼んでって」
「お母様からのご用事の邪魔を……」
フレデリカが申し訳なさそうな表情を浮かべる。
罪の意識に苛まれる聖女、絵になる。
「たぶん大丈夫です、皆、行商どころじゃなくなると思うんで」
そう答えると、フレデリカは目を丸くして、アルヴィンは微苦笑を浮かべた。
「この村は、普段は旅人が少ないのですか?」
「ほとんど来ません。たぶん、皆、街の方に行っちゃうんじゃないですか」
「では、急に私たちのような者が来たら物珍しのだろうね」
驚くどころか、クエスト受注のSEが鳴りまくってるわ。
俺の頭の中で。
そして、俺の頭の外、村の隅々に勇者パーティ到来の情報が行き渡るのも時間の問題だ。
「まぁ、驚きました」
正直に答える。
視界の端、フローレンス商店の窓にハンナ姉さんが張り付いている。
俺は見なかったことにした。
……「後で店に来い」のハンドサインだよな、あれ。
「……森が近いが。魔物が現れたりはしないのか?」
レイアが短く聞いてきた。
質問だけで、空気が一段冷える。危険を測ってる声だ。
子供相手にする話題かって気もしたが、乗っかることにする。
「本物の魔物は見たことないです。
猪とか、狼の遠吠えならありますけど。
猟師のバートンさんなら、森の奥まで行くので、もしかしたら見たことがあるかも……?」
「ふむ」
それだけ言って、レイアは黙った。
何を“ふむ”したのか分からないが、納得してくれたらしい。
フレデリカが、穏やかに話題を柔らかくする。
「カイルさん。村の皆さんは、お元気ですか?」
これはアレだな、定番の辻ヒールとか出張ヒールとかをしてくれる的な?
「大きな病気とか怪我をしてる人はいないです。大体、まあまあで」
年寄りの目がかすむとか節々が痛いとかは経年劣化なので除外。
飲んだくれのグレン爺さんが真昼間から寝転がっていられる程度には平和だ。
「まあまあ。良い言葉ですね。日々が“まあまあ”であることは、とても尊いことです」
俺も同感だけど、聖女様の“尊い”って重みが違うな!
リィエが、ぼそっと付け足す。
「……大気が、澄んでいる。良い土地」
エルフ、村の空気を一瞥だけで高評価。
鑑定スキル的なもんを持ってるのか……? それとも精霊とか見えないお友達系?
やっぱり、この中で一番何を言い出すかわからないな。
アリアを見てエルフ耳をビンビンに立てて「こ、この子は」とか言い出さないでくれよ。
※※※※※
そんなことを考えているうちに、村長の家に着いた。
土塀に門、庭には井戸、レンガ積みの家。村で一番ちゃんとした家だ。
いざって時には、とりあえずここに避難しろって言われてる。
門の前で、俺が声を上げる。
「村長ー! 旅の人、来てます!」
この村で一番効率のいいアナウンス方法だ。ドアノック文化、薄い。
中から足音。
扉が開いて、村長——エドガー・ライルが出てきた。
「どうした、カイル。行商——」
と言いかけて、村長が言葉を止める。
視線が、アルヴィンの背の剣を一瞬で捉え、次にフレデリカの法衣と胸元の徽章に落ちる。
村長の顔が、“理解”の形に変わった。
「……旅の方々。ようこそ、エルナ村へ」
声のトーンが、いつもの村長会議のそれじゃない。
元兵士の“対外モード”だ。
アルヴィンが一歩前に出て、丁寧に礼をする。
「突然の訪問、失礼します。アルヴィン・バルナードと申します。少し、この近くに用がありまして……本日一晩、宿をお借りできないかと思い、参りました」
「宿屋はありませんが、うちで良ければ。……皆さんもご一緒で構いませんかな?」
「はい。こちらはレイア、フレデリカ、リィエ……旅の仲間です」
レイアが小さく頷き、フレデリカが柔らかく礼をし、リィエは瞬きひとつ分の間を置いてから頷いた。
村長はフレデリカの徽章を見て、喉の奥で一度だけ息を飲む。
「……光の女神様の」
言い切らない。
言い切らないけど、分かった顔をしている。
そりゃあ誰がどう見ても“勇者パーティ”だもんな。
(村長は元兵士だったらしいし、神殿の人とも顔が利く。気付くよな)
「この村に、何か……?」
村長が慎重に聞く。
アルヴィンは、すぐに首を横に振った。
「いえ。差し迫った危険がある、というわけではありません。神殿からの要請でして、念のための確認です。村の方々にはご迷惑はおかけしません」
フレデリカが、少しだけ微笑んで言う。
「月と星の巡りに従って、古くから執り行われてきた慣わしなのです。
七十二年前にも、当代の者が役目を果たしたと記録が残っております。
どうぞご安心ください。私たちは、休息と、少しの確認を済ませたら、出立いたします」
おお、何十年周期の儀式とか、これぞイベントって感じだ。
これはひょっとして聖女の覚醒イベント的なやつか?
フレデリカだけ一回りレベルが低いのは、このイベント待ちなんじゃないのか。
聖女様の説明は効果抜群だったのか、村長の肩から、ほんの少しだけ力が抜けた。
「……お心遣い、痛み入ります。
あまり、お引き留めはしない方がよろしいのでしょうな。
どうぞ我が家をご利用ください。質素ではありますが食事位は用意させてくだされ」
「いえ、こちらこそ気を遣わせてしまったようで。ありがとうございます」
フレデリカが事情を説明し、アルヴィンが礼を重ねる。
このやり取り、普段の村ではまるで出番の無い忖度の応酬……“ちゃんとした大人同士の会話”だ。
平凡な村のガキAでしかない俺は明らかに浮いてるな。
(ヨシ!俺の役目、終わり! ここから先はメインキャラ同士でイベント進めて!)
俺は、すっと半歩下がった。
空気になって、フェードアウトする準備をする。こういうのは早い者勝ちだ。村のモブは目立ったら負け。
「カイル、案内ご苦労だったな」
村長が俺に視線を戻す。
しまった。名前呼ばれると存在が確定する。
俺はモブだ、誰がなんと言おうとモブなんだ。
「はい。それじゃ、俺、母さんに行商人のこと——」
※※※※※
言い切る前に、外から聞き慣れた声が飛んできた。
「カイルー!」
(おわああ!?……来るな来るな来るな)
願いは叶わない。
狭い村の噂は、風よりも速かった。
門の外から、栗色の髪を二つに結んだアリアが駆けてくる。
息を切らして、頬を少し赤くして、それでも目がきらきらしている。
お下げを結んでいるのは、こないだハンナ姉さんの店で
買った赤いリボンだ。生意気におしゃれしてきたな。
「ねえねえ! 旅の人! ホントに勇者様なの?!」
(お前、TPOを弁えろ!折角、村長が有耶無耶にしてくれたってのに!)
俺もうっかり勇者って言ったのを棚に上げつつ、アリアに注意しようとする。
だが、アリアはさっさと門の中に入って、アルヴィンたちを見上げて——目を丸くした。
「わ……!」
語彙が一文字になった。
気持ちは分かる。俺も勇者のレベルを見た時に声出そうになった。
アルヴィンは、相手が子どもだと分かった瞬間に、さっきと同じように自然に目線を落とす。
「こんにちは。お嬢さん」
「こ、こんにちは! あ、あの、わたし、アリア! アリア・メイスンです!」
名乗りが元気。満点。
これでバグキャラじゃなければ完璧なんだが。
「アリアさんですね。リボン、似合っていらっしゃいますね」
フレデリカが、にこっと微笑む。
アリアが一瞬で固まる。
次の瞬間、花が開くみたいに顔が明るくしてから、
「……え、えへへ」
ふにゃふにゃと笑み崩れた。
聖女様スマイルはレベル四十三京のバグボスにも効くらしい。
レイアは、ふっと、口元を少し緩めた。
そして、リィエは無表情のまま、アリアの顔をじっと見、それからこっちを見、また、アリアを見た。
(げっ……何だ、何が見えてる?!なぜこっちを見る?!)
「……きょうだい?」
「いや、違います。隣に住んでる“普通の”幼馴染です」
“普通”を強調する。
そいつのレベルはバグってるだけなんです。
見えてても見なかったことに何卒!
「そう……」
リィエの表情に変化は無い。
とりあえず納得してくれたのか?
「……むぅー」
何故かアリアの方が納得が行かないって顔をしてる。
誰のせいで気を揉んでると思ってんだ、お前は。
アリアは、俺からぷいと顔を背けると、標的をアルヴィンに変えて、矢継ぎ早に質問を始めた。
「ねえ、外の町って大きいの? 海ってほんとにあるの? 王都って石の家ばっかり? 魔物って本当にいるの?」
「落ち着いて、一つずつ答えますね」
アルヴィンが苦笑しながらも、丁寧に返す。
完全に“勇者様の対応力”だ。子どもの相手まで高水準。
※※※※※
アリアの乱入ですっかり除け者にされていた村長が「中へ」と促し、全員が家に上がる。
居間に通され、村長の奥さんが茶の準備を始める。
俺はその隙に、壁際に寄った。
うん、壁はいい。壁は誰にも話しかけられない。
存在感が薄くなる。俺はモブ。壁の同類。
ここに居るけど、ここに居ない……。
何とかイベントの発生をやり過ごそうとした俺だったが、そうは上手くいかなかった。
フレデリカが、ふっと俺の方を見て、柔らかく声をかけてきたのだ。
「カイルさん」
終わった。聖女の威光で壁との同化が解かれた。
「は、はい」
「アリアさんとは仲がよろしいのですか?」
(来た。最も答えやすくて最も地雷な質問)
「……まあ、そうです。家が向かいで。昔から一緒に」
レイアが、腕を組んだまま淡々と言う。
「息が合っている」
「……そう、見えます?」
「見える」
即答。
レベルはこれっぽっちも合ってないんだけどな!
リィエが、俺を見たまま、無感情に言う。
「……あの子、あなたを見ると、一段上がる」
(おい、やめろ! 一段上がるってなんだ?! お前、やっぱり何か見えてんだろ!?)
気になってアリアのステータスをガン見した。
普段はスルーしてる上の桁まで数える。
【ステータス】
名前:アリア・メイスン
種族:人間
年齢:10
レベル:435,494,881,147,824,649
(脅かしやがって……五千兆レベル上がってるとかかと思っただろ……いや、待て、百億レベル程度上がってるか……?)
「……すごい、見てる」
ハッとした。
うっかり、百アリアレベル(二分弱)くらい、アリアカウンターとにらめっこしていたらしい。
なんか視線が集まってる。
フレデリカが、頬に手を添えて柔らかく微笑んだ。
「素敵ですね。幼い頃からのご縁は、とても大切です」
レイアが重々しく頷いた。
「なるほど、な」
なるほど、じゃないが。
リィエが屈んで俺に頭に手を伸ばし――
がっしがっしわしゃわしゃと撫でられた。
撫でるって言うか、掻き回され……?
俺の頭は鳥の巣みたいになってると思う。
「だいじょうぶ」
リィエが屈んでそう言ってきた。
何も大丈夫じゃないが。
「は、はあ……」
生返事を返すしかない。
向こうではアリアがアルヴィンに身を乗り出して笑っているのが見えた。
話が盛り上がってる。うん。良いことだ。良いことなんだが——
アリアの視線が、ふっとこちらに飛んできた。
そして、止まった。
その頭上でアリアカウンターがシャカシャカと秒刻みに動いている。
俺は、フレデリカとレイアとリィエに囲まれている。
囲まれている、というと語弊がある。
距離が近いだけだ。会話してるだけだ。
エルフに頭をしっちゃかめっちゃかにされて、意味深な謎発言に振り回されて。
俺は別に嬉しくない。むしろ緊張で胃が縮んでる。
なのに。
アリアの表情が、スン、と変わった。
眉がほんの少し下がって、口がきゅっと結ばれて、目だけが妙に落ち着く。
“怒ってるわけじゃないけど、面白くない”ときの顔。
十年分の経験で分かるやつ。
アリアは、アルヴィンへの質問攻めを中断してこちらに近づいてきた。
俺の横で、レイアが小さく口の端を上げた。
フレデリカも、やわらかい笑みのまま目を細める。
リィエは相変わらず無表情なのに、視線だけが楽しげに見える。
アルヴィンはアリアを引き止めたりせず、見てるだけ。
何だこのパーティ、実は性格悪いのか?
アリアが、俺の前で止まる。
そして、にこっと笑った。
笑ってるのに、笑ってない。
「……カイル。楽しそうだね」
悲報。俺氏、勇者パーティを守護ろうと思って、バグボスのヘイトを集め、ヘイトを積み上げ、無事詰み。
——アリアからは逃げられない。




