エルナ村のカイル⑥:“勇者パーティ”、キターーーー!
あれから一か月。アリアカウンターは二、三百万くらい上がった。
この世界にも暦はあるけど、年月日をカウンターで測るのは面倒すぎて、最近は真面目に見てない。
イベント? ないない。なんもない。
朝起きて、鶏に餌やって掃除して、畑仕事手伝って木の実拾いして。現金が欲しいからハンナ姉さんの店の手伝いもして——いや普通に忙しいな?
鄙びた農村でスローライフとか言ってる奴、出て来い。嘘つくな。
エルナ村での暮らしは忙しくも平々凡々。そう思っていた。
※※※※※
昼前の陽ざしの中、村の入り口の石標に腰掛けて、俺は街道の向こうをぼんやり眺めていた。
今日は行商人が来る日だ。端切れ布が欲しい母さんに「来たら真っ先に呼びに戻っておいで」と念を押されて、見張り役を押し付けられている。
母さんだって別に買い占める気もないし、そんな金もない。
けど、品物の量には限りがあるから早い者勝ちだ。
これは、前世で言うならバーゲンの開店待ち。
……開店待ちをさせられてんのが畑仕事帰りの十歳の俺ってあたり、この世界の風情がある。
畑は一段落。アリアはパン生地をこねる手伝いで家に残った。
結果、村の入り口で暇を持て余してるのは俺一人、というわけだ。
この道をずっと行けば街や王都に繋がっているらしい。行ってみたくもあるが、いつになることやら。
——と、そんなことを考えていたら。
向こうから、徒歩の四人組が歩いてくるのが見えた。
行商人じゃない。面子も人数も背格好も違う。
そもそも、旅人が宿を求めて立ち寄ること自体がほとんどない村だ。
うちの村には、誇張抜きで“何もない”。
オープンワールドのだだっ広いマップに、賑やかしで置かれてるモブ村。
店無し、イベント無し、回復ポイントだけ一応あり。……みたいなやつ。
なのに、来た。
近づくにつれて輪郭がはっきりする。男、女、女、女。
まず装備が旅装じゃない。男は剣を背負ってる。
女の一人は、冠婚葬祭のとき村に来る神殿の人の法衣に似た服を着ている。
巡礼と護衛? そういう慣習があるのかもしれない。
でも、俺の印象は一言で済んだ。
——こいつら、“勇者パーティ”じゃないか?
顔まで見える距離になって、それは確信に変わった。
先頭は金髪碧眼の青年。陽の光を跳ね返すみたいな明るい金髪に、無駄に整った顔立ち。歳はたぶん二十代。父さんより下……だと思う。キラッキラのイケメンすぎて、逆に分かんねぇ。
背中には、見るからに「ウルトラスーパーレア」って主張してくる装飾の剣。村長ん家に飾ってあった短剣とは別世界の代物。課金武器かよ。
(これが勇者じゃなきゃ何なんだってくらい勇者っぽいな、おい)
そして、後ろの三人の女たちが決定打だった。
黒髪の女剣士。腰までの黒髪を高い位置で結っていて、動くたびにしなやかに揺れる。
軽装の鎧の下に、無駄のない筋肉がちゃんと通ってるタイプのスレンダー美人。
腰に剣が二本。……ちょっと刀っぽい。
クールで気が強そうな感じだが、こういうキャラにはギャップ系のイベントが付き物だよな。
金髪の女神官。白と青色の法衣。村に来る神殿の人の服より明らかに格が上。顔面偏差値もな。
圧巻は胸元の布の張り具合。金髪巨乳聖女とか完全にメインヒロインだろ。
会話する前からこっちに聖女様スマイルを向けてきた。破壊力がパナい。
銀髪の弓使い。透けるように白い肌、薄い碧の瞳。緑のマントに長弓。
もはや美人なのは説明するまでもないとして——特筆すべきは横に突き出た長い耳。
……エルフじゃねえか。ついに本物来ちゃったか。
こっちは無表情・神秘的・不思議ちゃん系か? 人気投票で固定票を稼ぐタイプだ。
(勇者パーティじゃん! ハーレムじゃん! パッケージに載ってる奴らだろこれ!)
“イベントらしいイベント”の予感に、俺は口を開けたまま立ち尽くしてしまった。
「やあ、君は村の子かい? こんにちは」
勇者(仮)が俺に声をかけてくる。子供相手にも丁寧な物腰。輝くイケメンスマイル。
俺じゃなきゃ見惚れてたね。
「えっ? あ、あー……は、はい。ここはエルナ村です」
モブに最もふさわしい台詞が、ちゃんと出た。
第一村人としての役割、完璧。
(っていうか、こいつだろ主人公。声優からして主役級じゃん! いや、知らんけど)
俺の中のゲーム脳がフル回転し始める。
「あ、あのっ……ひょっとして、勇者様、ですか……?」
それで、つい口が滑った。勇者(仮)は「おや?」って顔をした。
(しまった、早まったか……?)
黒髪の女剣士が、俺に視線だけ向けてくる。
威圧的ってほどじゃないが、背筋が伸びる眼力。あと、睫毛なっが。
「ただの旅の者だ」
クールに言い放ってから、女剣士は金髪イケメンの方を見た。
……俺に向けたときより目つき鋭くないか?
子供相手には加減してくれるタイプか。なるほど、そっかー。
勇者(仮)は、その視線に肩をすくめて苦笑した。
「まぁ、そう呼ばれることもあるかな。別に隠してるわけでもないですし」
前半は俺に。後半は女剣士に。
昔話によると、勇者ってのは神様の加護とセットだ。
SSR聖剣を背負って、巨乳聖女様を連れてる時点で——
(やっぱり勇者じゃねえか!)
「……あの、うちの村なんかに、なんで勇者様が……?」
「少し、この辺りに用があってね。今日の宿を借りられないかと思っているんだ」
ただの村のガキ相手にも律儀に答える。いい奴か?
……いや、待て。“この辺りに用”って何だ。
パターンA:森の奥に隠しダンジョン。
パターンB:村に隠しアイテムか隠れ仲間キャラ。
パターンC:滞在中に襲撃イベント、村が犠牲。
一番勘弁してほしいのは当然C。だが、怖いのはむしろBだ。
そう。この村にはバグキャラ(アリア)がいる。
表示がおかしいだけなんだが、もしこいつらの中に俺みたいにステータスを覗ける能力がいたら厄介だ。
あんな桁を見たときの反応なんて、想像がつかない。
勧誘イベント? 論外。アリアが連れてかれるのも論外。
それ以前に、バグに触れたせいで勇者側のイベントフラグが壊れて、進行停止——最悪フリーズとか、洒落にならない。
(……予想を並べ立てても仕方ない。情報だ、情報)
「えっと……宿屋は、ないです。外からのお客さんは大体、村長の家に……」
「そうなんだね。良かったら村長さんの家の場所を教えて貰えないかな?」
勇者は相変わらず腰が低い。家に押し入ってタンスやタルの中身を漁ったりしそうにない。
「ご迷惑はおかけしませんわ」
「……よろしく」
聖女、そして、エルフが続いた。
見た目のキャラ性を裏切らない台詞と表情。見事だ。
「ええと、あー、はい」
流れ的に門前払いになんて出来るはずもない。
案内役を引き受けつつ、ステータスを見ることにしよう。
受け答えしながら、心の中でつぶやく。
(ステータス)
視界の端に、半透明の板がぬるっと浮かぶ。まずは金髪イケメン。
【ステータス】
名前:アルヴィン・バルナード
種族:人間
年齢:22
レベル:299
(……お、おお)
村長が十九。猟師バートンが十八。
勇者ってせいぜい百とか二百……くらいだと思ってた。
二百九十九。
こんなの絶対、最終盤じゃん。
(すげー、勇者すげー。レベルキャップまでやり込んでるやつだ)
次、黒髪の女剣士。
【ステータス】
名前:レイア・グラント
種族:人間
年齢:21
レベル:215
(おお、こっちも二百超え……)
立ち姿がもう“強キャラ”だったが、数字が裏付ける。二百超えなんて、強さの想像がつかない。
次、金髪聖女。
【ステータス】
名前:フレデリカ・マルヴィナ・オルブライト
種族:人間
年齢:19
レベル:182
(うわ、ミドルネーム? 洗礼名? それとも貴族的なアレか?)
十九歳で百八十二。村長が六十代で十九なのを思うと、エグい。
ニコニコしてるだけの存在じゃない。おっぱい要員でもない。ガチ戦力だ。
最後、銀髪エルフ。
【ステータス】
名前:リィエ・フェルナシア=ライラレン
種族:エルフ
年齢:240
レベル:288
(名前なっが!! てか本当にエルフじゃねえか! 長命ってマジなんだな!?)
いろいろとツッコミどころが多すぎるが、レベル二百八十八が一番ヤバい。
勇者に次ぐ。ほぼ同格だ。
(すげぇな、このパーティ。全員ガチだ)
勇者:二百九十九。
エルフ:二百八十八。
女剣士:二百十五。
聖女:百八十二。
どこからどう見ても「最終盤の勇者パーティ」。
(ハンナ姉さんより年下が三人で、どうやってここまでレベル上げしたんだよ……)
この数字は、血と汗と経験で積み上げた“本物”なんだろう。
スープが煮えるのを待ってるだけで増えていくアリアの謎カウンターとは訳が違う。
(同じ“レベル”って表記なのが、失礼な気がしてきたな……)
こいつらは本物。世界の命運とかに関わるメインキャラクターに違いない。
俺みたいなモブは、村の名前を告げるか、「はい」「いいえ」の受け答えくらいしか関わらないはず。
だが、今、ここではレベル三のモブの俺にしかできないことがある。
——こいつらを、バグから遠ざけることだ。
勇者。魔王とかそういうのはお前に任せた。
だから、レベル四十三京のバグボスは俺に任せて先に行ってくれ!
「あの、じゃあ……村長の家に案内しますね……」
俺は、勇者御一行様を村長の家まで案内しながら、どうかアリアと遭遇しませんようにと心の中で祈るしかなかった。




