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天界サイド③:神々、推し活やめるってよ

「……わたしたち、人間界への干渉、やめた方がよくない?」


 床にぺたんと座り込んだまま誰かがそう言った瞬間、

 神座の空気が、ぴしりと張り詰めた。


 さっきまで「ひぎぃ」「おえええ」と転げ回っていた光輝の女神たちが、

 徐々に正気を取り戻しつつ、顔を見合わせる。


 最初に口を開いたのは、金髪の女神だった。


「ちょ、ちょっと待って。やめるって……それ、本気で言ってるの?」


「本気で言ってるわよ」


 最初にアリアに触れて床をのたうった黒髪の女神が、まだ青ざめた顔で言う。


「今の見たでしょう? ……見た、というか、感じた、というか」


「感じたわね。感じたくなかったけど、全身で感じたわね……」


 思い出しただけで、何柱かが胃のあたりを押さえる。


「でも、それと“推し活やめる”のは話が別じゃない?」


 金髪の女神が、必死に食い下がる。


「だって、だって、私の勇者君がいるのよ?!

 十年前に初めて祈ってきた時から、ずっと見てるの。

 まだ小さかったのに、お父さん死んで、お母さんも病気で、

 それでも“家族守るために強くなりたいです”って、毎日毎日剣を振って……!」


「知ってるわよ、その子。あなた、しょっちゅう他の会議すっぽかして追っかけてるもの」


「追っかけてない、“寄り添ってる”の!」


 反論の仕方がすでに怪しい。


「それにね、それにね、聖女ちゃんもいるの。

 あの子なんて、誰かのために祈ることはあっても、“自分のために”祈ったこと一度もないのよ?

 そんな子、見捨てられるわけないじゃない!」


 横から、別の女神が手を挙げる。


「それ言うなら、わたしの“月影の暗殺者様”はどうなるのよ!

 あの子なんて、誰にも祈り方教わってないのに、

 殺した相手の墓にこっそり花置いて、“許されるとは思っていない、せめて”って……!

 あの自己評価の低さと不器用な優しさの塊みたいなやつ、推さずにいられないでしょう!?」


「暗殺者推してるの、あなただけよ……」


「偏ってるわね」


「うるさいわね、推しに善悪なんて関係ないの。

 “生き様”が尊ければ、肩書きなんて飾りよ!」


 神座の上で、推しの名前が次々と飛び交う。


「うちの弓兵ちゃんが」「うちの将軍様が」「うちの眼鏡君が」

 誰も彼も、自分の推しを手放す気なんてさらさらない。


「はいはい、落ち着きなさい」


 銀髪混じりの女神が、ぴしゃりと手を叩いた。


 光がぱっと散り、騒ぎが一瞬だけ静まる。


「気持ちは分かるわ。わたしにだって、手放したくない“推し”は山ほどいる。

 箱推ししてる国だってあるわ。

 ……でも、問題はそこじゃないの」


「じゃあ、どこなのよ」


「“あんなのがいるなら、いつ何時こっちに関心が向くか分からない”ってところよ」


 アリア・メイスン——その名を、誰も口に出せなかった。

 ただ、全員が同じ方向を見ている。


「あれが何に反応するのか、わたしたちは知らない。

 ヴァルグレイドが解析を向けたら爆散した。

 わたしたちが“ちょっと香りを嗅ごうとしただけ”で、この有様よ」


 床には、まだうっすらと光の吐瀉物じみたものが残っている。

 神座とは思えない惨状だ。


「もし、何かの拍子に、あれの“気が向いたら”どうなると思う?」


「……やめて、その先を言うの」


 金髪の女神が、顔をしかめて遮る。


「さっき、全員で感じたでしょう。

 “あれが本気でこちらに触れてきたら、天界ごと消える”って」


 言葉にしたくない直感だった。


 だが、それを共有しているからこそ、誰も否定できない。


「……推し活は、確かに大事よ」


 銀髪混じりの女神は続ける。


「でも、命とか世界とか、天界の存続を天秤にかけてまで続けるものじゃないわ。

 “箱”がなくなったら、中身の推しも全部なくなるのよ?」


 言われてみれば、その通りだった。


 推しが生きている世界ごと消えてしまったら、

 祈りも、涙も、笑いも、何一つ残らない。


 金髪の女神が、唇を噛む。


「……でも、だからって、今すぐ全部切るなんて、そんなの——」


「そこまではしないわ」


 銀髪混じりの女神は、首を横に振った。


「今、繋がりのある“推し”との即時断絶まではしない。

 それはそれで、こちらから彼らを突き落とすようなものだもの」


「……じゃあ?」


「方針を変えるの」


 静かに告げる。


「新しい推しを探さない。

 新しい子に声をかけない。

 今ある縁は、細く、静かに維持するだけに留める」


 金髪の女神が、目を丸くする。


「つまり……?」


「“推し活の新規開拓禁止”よ」


 神座に、妙な沈黙が落ちた。


「……言い方」


「でも、正しいでしょう?」


 銀髪混じりの女神は淡々と続ける。


「今繋がっている子たちへの加護は、徐々に薄める。

 いつか自然に、自力で歩けるように。

 彼らの祈りにも、今までより静かに、ささやかに応じる」


「新しい子は?」


「見かけても、“ああ、いい子ね”で止める。

 名前を刻まない。

 声をかけない。

 奇跡を投げない」


 それは、彼女たちにとってかなり厳しい禁欲だった。


「そんなことしたら……」


 金髪の女神が、不安そうに呟く。


「人間たち、いずれ……」


「ええ。

 徐々に、わたしたち神々の存在を忘れていくでしょうね」


 祭壇は形だけになり、

 祈りは形式的な口上になり、

 やがて、「昔は神様を信じていたらしい」と物語だけが残る。


「……それは、それで寂しいわね」


「寂しいわよ。推しが、こちらを知らなくなるのだから」


 銀髪混じりの女神は、ほんの一瞬だけ目を伏せた。


 けれど——


「でも、その方が安全だわ」


 顔を上げ、はっきりと言う。


「“あれ”に気づかれずに済む。

 人間界も、天界も、魔界も。

 世界の枠組みそのものが、余計な興味を引かずに済む」


 金髪の女神は、しばらく黙っていた。

 そして、しぶしぶといった様子で頷く。


「……分かったわ。

 今の勇者君が旅を終えるまでは、ちゃんと見届ける。

 聖女ちゃんも、暗殺者様も。

 でも、その先は——少しずつ距離を置く」


「わたしも同じ。

 今推してる子たちの行く末は、ちゃんと見てあげたい」


 他の女神たちからも、似たような声が上がる。


 神々は、決して冷淡ではない。


 だからこそ、余計に苦い決断だった。


「じゃあ、決まりね」


 銀髪混じりの女神が締めくくる。


「天界は、人間界への干渉を随時やめていく。

 新しい推しは作らない。

 今ある縁は、細く、静かに、やさしく減らしていく」


 神座に漂う光の軌道が、わずかに変わる。


 人間界へと伸びていた無数の細い光条の一部が、

 ほんの少しだけ淡くなった。


 今すぐ何かが変わるわけではない。


 明日の祈りも、来月の祭りも、来年の誕生も、

 おそらく、今まで通りに続く。


 ただ——


 人の祈りに応えて世界に奇跡が刻まれることは、

 もう、ほとんど行われなくなるだろう。


 やがて、何世代か先。


 人間たちは、少しずつ神々を忘れていく。


 奇跡は「偶然」になり、

 加護は「運」になり、

 神話は「昔話」になる。


 それでも——神々は人を見守り続けていくだろう。


 ただ一つの例外は、辺境の小さな村。

 どこにでもいるように見える幼馴染二人の頭上を、

 天界から覗き込む視線は存在しない。


 アリア・メイスンの頭上では——

 今日もただひたすらに、秒単位で上昇し続ける、

 四十三京オーバーの意味不明な数字だけが、静かに積み重なっていくことになる。

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