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 決めていた合図がドアから聞こえてきた。どうやら(まい)との面会もこれまでだった。

 二人の女性が入ってきて、(れん)は舞の手を離した。


 舞は微笑んでいた。これで本当に最後になるのかもしれないと、二人の間には確かな空気が流れていた。


 煉は一人の女性に支えられながら退出しようとするが、ふと立ち止まった。

 女性は煉を見上げ、歩みを促そうとしたが、煉は踵を返し振り返った。


「舞」


 舞は涙を溜めた目を少し細める。


「お前に後悔なんてさせたくない」


 舞は唇を震わせていた。


「舞のために、お前の分まで、俺はこれからを生きる」


 舞はそっと目を閉じ、溢れた涙が頬を伝った。


「舞に出会えたことを、俺は絶対に後悔したくない」


 煉は袖で涙をぬぐい、最後にこう言った。


「舞、ありがとう。俺もこの素敵な思い出を、ずっと大切にする」



 ーーー時間という必ず流れるものがあり

 人には出会いがあれば、別れもある

 そして死という、誰しもに必ず訪れる最期がある


 その最期の瞬間に、なにを残し、何を思うのか

 思い出したくない記憶も

 それを胸に抱いて生きることも、辛く苦しいことだろう


 そんな痛みや思い出も

 やがては風化し

 脳裡から薄れていく

 人はそんな辛い想いを繰り返しながら

 それでも生きていく

 ただ永遠を望むかのように

 なにかに抗い続け

 いくつもの思い出と共に

 美しいこの世界で歩んでいくーーー



 その後、煉は東京の大学に進み、教育学を専攻した。


 時折、家族から届くメールを読み、返事をし、心配はいらないと伝える。

 すぐ下の弟・駿(しゅん)も大学受験を控えていて、煉とは違い大阪の大学に進みたいのだという。

 そこに何があるのか煉にはわからないが、今は煉の学習方針に従い、模試の結果も順調らしかった。


 とりわけ妹の(りん)からのメールはひどかった。

 いい加減、兄離れをしてほしいものだと煉は常々思っていた。


 あの一件のあと、地元の駅に着いたとき、凛は煉の姿を見て、思わずその胸に飛び込んだ。


『あの時もっと早く煉に伝えていれば』

『どうして自分は黙っていたのだろう』


 その悔恨(かいこん)は、凛の心に深く刻まれていた。

 もう取り戻すことのできない出来事を前に、『自分は何もできなかった』そんな思いが、幼い彼女にはあまりにも重い荷となったのだ。


 今、凛は陸上選手として高校に進学し、煉と縁のある監督にこっぴどく鍛えられているらしい。

 あれやこれやと心配という名のおせっかいを綴った凛のメールを読むと、やはり家族とは血を分けた特別な存在なのだと、煉はしみじみ思うのだった。



 東京の小さな部屋に暮らしていると、地元の海に近い実家を思い出す。

 かつては狭いと思っていたあの家が、今になってみれば、家族がいたからなのだと煉は思い返した。


「温かい家族」と言ってくれた舞の言葉を胸に、ふと西の空を見上げる。

 あの日、あの時、あの海辺の堤防で、煉と舞は出会った。


 たった一日、ある夏の日。

 二人の思い出は風化することなく、それぞれの胸に大切にしまい込まれている。


『舞に会いたい』


 どれほど煉はそう思っただろう。

 数えきれないほど呟き、そのたびに夜中でも外へ走り出し、涙を流した。


 煉の真っ直ぐな想いは、いつか空へと放たれる時がくるのだろうか。

 煉にはまだわからない。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

後味が悪く感じますが、救いもあると思ってます。

また他の作品もよろしくお願いします。

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