12
決めていた合図がドアから聞こえてきた。どうやら舞との面会もこれまでだった。
二人の女性が入ってきて、煉は舞の手を離した。
舞は微笑んでいた。これで本当に最後になるのかもしれないと、二人の間には確かな空気が流れていた。
煉は一人の女性に支えられながら退出しようとするが、ふと立ち止まった。
女性は煉を見上げ、歩みを促そうとしたが、煉は踵を返し振り返った。
「舞」
舞は涙を溜めた目を少し細める。
「お前に後悔なんてさせたくない」
舞は唇を震わせていた。
「舞のために、お前の分まで、俺はこれからを生きる」
舞はそっと目を閉じ、溢れた涙が頬を伝った。
「舞に出会えたことを、俺は絶対に後悔したくない」
煉は袖で涙をぬぐい、最後にこう言った。
「舞、ありがとう。俺もこの素敵な思い出を、ずっと大切にする」
ーーー時間という必ず流れるものがあり
人には出会いがあれば、別れもある
そして死という、誰しもに必ず訪れる最期がある
その最期の瞬間に、なにを残し、何を思うのか
思い出したくない記憶も
それを胸に抱いて生きることも、辛く苦しいことだろう
そんな痛みや思い出も
やがては風化し
脳裡から薄れていく
人はそんな辛い想いを繰り返しながら
それでも生きていく
ただ永遠を望むかのように
なにかに抗い続け
いくつもの思い出と共に
美しいこの世界で歩んでいくーーー
その後、煉は東京の大学に進み、教育学を専攻した。
時折、家族から届くメールを読み、返事をし、心配はいらないと伝える。
すぐ下の弟・駿も大学受験を控えていて、煉とは違い大阪の大学に進みたいのだという。
そこに何があるのか煉にはわからないが、今は煉の学習方針に従い、模試の結果も順調らしかった。
とりわけ妹の凛からのメールはひどかった。
いい加減、兄離れをしてほしいものだと煉は常々思っていた。
あの一件のあと、地元の駅に着いたとき、凛は煉の姿を見て、思わずその胸に飛び込んだ。
『あの時もっと早く煉に伝えていれば』
『どうして自分は黙っていたのだろう』
その悔恨は、凛の心に深く刻まれていた。
もう取り戻すことのできない出来事を前に、『自分は何もできなかった』そんな思いが、幼い彼女にはあまりにも重い荷となったのだ。
今、凛は陸上選手として高校に進学し、煉と縁のある監督にこっぴどく鍛えられているらしい。
あれやこれやと心配という名のおせっかいを綴った凛のメールを読むと、やはり家族とは血を分けた特別な存在なのだと、煉はしみじみ思うのだった。
東京の小さな部屋に暮らしていると、地元の海に近い実家を思い出す。
かつては狭いと思っていたあの家が、今になってみれば、家族がいたからなのだと煉は思い返した。
「温かい家族」と言ってくれた舞の言葉を胸に、ふと西の空を見上げる。
あの日、あの時、あの海辺の堤防で、煉と舞は出会った。
たった一日、ある夏の日。
二人の思い出は風化することなく、それぞれの胸に大切にしまい込まれている。
『舞に会いたい』
どれほど煉はそう思っただろう。
数えきれないほど呟き、そのたびに夜中でも外へ走り出し、涙を流した。
煉の真っ直ぐな想いは、いつか空へと放たれる時がくるのだろうか。
煉にはまだわからない。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
後味が悪く感じますが、救いもあると思ってます。
また他の作品もよろしくお願いします。