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「あ、いや……響子(きょうこ)さま……」

「やめて、(れん)くん。私は『花咲舞(はなさきまい)』だよ」


 ふふ、と(まい)は柔らかく笑った。その笑顔は弱々しくもどこか晴れやかで、煉も思わずつられて笑みをこぼす。


「煉くん、近くにきて」

 舞の視線に導かれ、煉はゆっくりとベッドサイドの椅子に腰を下ろした。


「どうして俺が来るのがわかったんですか」

「お願いだから、敬語やめてくれる?」


 入り口で「失礼のないように」と言われたばかりで、付け焼き刃の敬語をつい口にしてしまう。だが、それを舞は小さな声で制した。


「……わかった、すまん」

「うふふ。なんとなく来てくれるんじゃないかなって思ったの。そんなわけないよねって。でも、本当に来てくれるなんて」

ありがとう、と小さく舞は言った。


「それだけか?」

「うん、それだけ。わたしの、あの時のお願いが叶ったのかな」


 流れ星。あの瞬間、舞は未来を祈っていたのか。煉には想像もできなかった。


「びっくりしたよ」

 テレビで知ることになるなんて、と煉は苦笑混じりに続ける。


「それは本当にごめんなさい。ちゃんと説明しなかったことも、隠していたことも」

「いや、いいんだ。俺はそんなことは気にしちゃいねえ。ただ俺は……」


 言いかけた言葉を、煉は飲み込む。舞の顔を一瞬だけ見たが、すぐに視線を逸らした。


「煉くん。わたしもだよ」

「舞……お前に会いたかった。ただ、一目だけでもよかった」


 舞は振り絞るように指をかすかに動かした。煉はその小さな動きを見逃さず、自分の両手を重ねてそっと包み込む。


「でもすごいね。新幹線で来たの?」

「ああ、とうちゃんが切符を取ってくれた。お前の好きなようにしろって」

「そっかぁ……本当に温かい家族だね」


 舞の瞳は天井の先を見つめる。その視線は室内の狭さを超えて、遠くの景色を探しているように見えた。


「部活に復帰したんだ」

「ほんと?すごい。聞かせて」

「ああ、お前の言った通りにしたよ。これからは選手兼指導者を目指そうと思う」

「煉くんならきっとできるよ。わたしも煉くんに教わりたいな」

「勉強なら教えてやれるぜ」

「うふふ、もう先生みたい」

「高校の先生にも言われたよ」


 煉の近況を聞きながら、舞の頬にほんのり赤みが差す。青白かった顔色が少しずつ和らぎ、命の光を取り戻したように見えた。


「舞、俺はずっと電話を待ってたんだ。でもできなかったんだな」

「うん、ごめんね。メールかラインだったらできたんだけど」

「すまん、これからは覚えて使えるようにする」

「でも……」

「ああ……わりい……」

「謝らないで」

「すまねえ……」


 沈黙が落ちる。静寂(せいじゃく)が二人の間に広がり、わずかに気まずい空気を作るが、舞が小さく息を吸って口を開いた。



「わたし、生きたいと思った」


 煉は(うつむ)いていた顔をはっと上げ、舞を見つめる。


「ううん、本当は、もともとなんとかなるんじゃないかって思ってた。でも、どうしたって無理なものは無理なんだけど」


 煉の胸に、新幹線の中で聞いた医師の言葉が蘇る。過酷な病であることは、彼の心に重く刻まれていた。


「将来のことを考えたい。夢を叶えたい。他にもたくさんお願いをしてきた。できることは何でもしたし、結局回りきれなかったけど、日本中の神様にお願いして歩いたの」


 舞の旅の理由を、ここで初めて知る煉。彼は無意識に舞の手をさらに強く握りしめた。


「結局、わたしの願いは全部叶わなかったけど、ひとつだけ、神様はご褒美をくれたよ」


 舞は指先に力を込める。その微かな震えが、彼女の必死さを物語っていた。



「こんな素敵な出会いがあって、本当によかった」


 震える声で

 

 震える唇で


 舞は懸命に笑顔を作る。



 煉の腕も震えていた。必死にこらえても、もう抑えることはできなかった。


「煉くん、ごめんね」

「なんで謝るんだよ……」

「こんなわたしで……わたしなんかがいなければ、あなたもこんなに悲しまなくてすんだのに」

「なんでそんなこと言うんだよ」


 煉は涙をこらえながら、必死に彼女の手を握りしめる。顔を横に振り、否定の言葉を重ねた。



「煉くん。わたし、すごく後悔してる」


 煉の心臓が跳ねる。なにを言い出すつもりなのか、胸が締めつけられた。



「わたし、こんな想いをするくらいなら……こんなに辛い想いをするくらいなら、出会わなければよかった……こんなに悲しくて、切ない想いをするくらいなら……あの時……煉くんに声をかけるんじゃなかった……」



 舞の涙が目尻に溢れ、頬にこぼれ落ちる。顔をそむけようとするが、その力さえ残っていなかった。


 煉は慌ててハンカチを取り出し、震える手で彼女の涙をぬぐう。



「そんなこと言わないでくれよ舞。お願いだから、もう泣かないでくれ……頼む……舞……」



 煉の涙が、ぽたりとベッドのシーツに落ちた。


「ありがとう、煉くん。わたし、すごく嬉しい。最後にあなたに会えて、本当にうれしい」


 舞は振り絞った力で、もう一度笑顔を見せる。煉は溢れる涙を拭い、ふたたびその手を強く握った。


 そして舞は、かすれる声で告げる。



「もしあのとき出会っていなかったのなら


 この想いを知らずに死ぬことは


 もっと悲しいことなのかもしれないね」



 煉は息を荒げ、震えながら涙を流した。



「煉くん、素敵な思い出を、ありがとう」



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