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「こんにちは」
海岸線、どこまでも続くように思える堤防の上に、少年はひとり佇んでいた。
その後ろ姿はどこか物寂しく、人を寄せ付けない雰囲気を漂わせている。
けれど少女は惹かれるようにしてその少年の後ろに立った。
「あ、あの……ここに毎日いらっしゃいますよね」
少女はここ数日、三日ほど続けて少年の姿を見かけていた。
毎日同じようにそこにいるものだから、自然と気になってしまっていた。
学校の制服と思われるシャツにズボン。傍らには通学バッグらしきものが置かれている。
「……」
少年は肩を小さく震わせたが、振り返りはしなかった。
堤防の上であぐらをかき、腕を前に伸ばして項垂れ、海に身体を向けている。
とりつく島もない空気だったが、少女はもう一度だけ声をかけてみることにした。
「あの……もし?」
「なんだようるせえな」
少年はようやく振り返った。
その視線が少女とぶつかった瞬間、彼の動きは止まる。
瞳が交わるその刹那は、果たしてどれほどの時間を刻んだのだろうか。
先に沈黙を破ったのは少女だった。
「ご、ごめんなさい! あまりに気になってしまって、つい声をかけてしまいました」
取り繕うことなく、素直にそう告げた。
「あ……いや……わりぃ」
大声を上げそうになったことを、ぶっきらぼうながら少年は謝った。
それでも結局は海に向き直り、また項垂れてしまう。
「いえ、急に声をかけられて、不審に思わないはずはありませんわ」
少女が言うと、少年は首を少し横に向け、半ば閉じかけた瞼の奥から彼女を見やった。
「もしよかったら……お話ししませんか?」
なぜか少女は食い下がるように問いかけてしまう。
少年のその孤独な背中がそう突き動かすのだろうか。
「……話すことなんかねえよ」
やはり少年はぶっきらぼうで、少女を拒む。
おそらく誰に対しても同じように応じるのだろう。
「お隣、よろしいですか?」
「……勝手にしろ」
言葉は荒いが、これ以上は拒まなかった。
少女はハンドバッグからハンカチを取り出し、堤防にそっと敷く。
白いワンピースの裾を膝の内側に挟み、丁寧に腰を下ろした。
少年はまだ俯いたままだった。
少女は海に目を向け、顔にかかる黒い髪を耳にかける。
何秒、何分――そんな時の流れのあと、少女は再び声を発した。
「私は花咲舞と申します。高校二年生です」
自己紹介を終えると、少年の方を向き、あなたは?と問いかけるように首を傾けた。
「……」
俯いたまま、それでも目だけは舞の方を向いている。
舞はさらに顔を寄せ、その視線をしっかりと受け止めた。
「聞こえませんわ。もう一度お願いします」
「……倉敷煉」
「くらしき・れん、さまでよろしいですか?」
「なんだよ、さまって……気持ちわりぃ」
かなりきつい言葉だった。
それでも舞は気にすることなく、名前を教えてもらえたことに胸を撫で下ろす。
「煉くん、ですね」
「俺も高二だ。敬語はいらねえ」
同い年だとわかると、舞の顔に自然と笑みが浮かぶ。
同世代というだけでも、距離を縮めるきっかけになるものだ。
「そうなのですね……そうなんだ、同い年だったんだ」
二人の会話はどこかぎこちない。
そこへ海猫の鳴き声が割り込み、会話の合間に静かな沈黙が落ちる。
舞は煉の首や腕に刻まれた日焼けを眺め、その丸めた背中に何かを感じていた。
「煉くん、なにかあったの?」
「……なんでおめえがそんなこと気にすんだよ」
この姿を見て気にならない人がいるだろうか、と舞は思う。
三日続けて同じ光景を見てきたのに、町の誰も気に留めなかったのだろうか。
「気になるから声をかけたんだよ。このままじゃ放っておけなかった」
「ほっといてくれよ」
そっけない言葉にも、舞はあえて返す。
「今日は平日でしょう? 学校があるのに、こんな場所にいたらおかしいと思うよ」
「おめえだって高二なのに、なんでこんなとこをほっつき歩いてんだよ」
確かに。言われて返す言葉はなかった。
けれどやっと興味を示してくれたのだと感じ、舞は話を続ける。
「わたしは旅の途中なの。たまたま立ち寄ったこの町と景色が素敵で、少しとどまることにしたんだよ」
「……ふーん」
わかったような、わからないような反応だったが、煉も完全に無関心ではいられない様子だった。
「煉くんは、なぜここにいるの?」
「おめえには関係ねえだろ」
そう言いつつも、舞の言葉にすぐ反応してしまう自分に気づく。
「関係あります。同い年の男の子が、こんな場所で物思いに沈んでいたら心配になるに決まってます」
「おせっかいだと思わねえのか?」
「思うよ。でも……」
なぜか放っておけず、気づけば声をかけてしまった。
自分でも理由ははっきりしない。
「お話したいなって思ったから」
「俺はしたくねえ」
そう言いながらも、煉は少しずつ舞の調子に巻き込まれていく。
舞は海の方に向き直る。
海鳥が飛ぶ水平線へ視線をやり、九月を過ぎた朝九時の潮風を胸いっぱいに受け止める。




