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エーテル・ノード



人類史の果てに生まれた最大の建造物、それが エーテル・ノード(Aether Node) である。

それは「物質世界」と「情報世界」を橋渡しするために築かれた巨大な根幹装置であり、人類文明がなおも生き続けるために選び取った唯一の道だった。


エーテル・ノードは恒星を取り巻く巨大な網のように宇宙空間に漂い、無数の光を吸い上げる。光子は変換され、魂の基盤となる演算エネルギーへと姿を変える。その姿は冷徹な工学の結晶でありながら、同時にどこか神殿を思わせる荘厳さを持っていた。黒き外殻には恒星の輝きが刻々と映り込み、外から見上げる者にはそれが「人類の魂を護る大聖堂」のように映るのである。


しかし、エーテル・ノードの本質は「墓標」ではなかった。そこは人類が新たな存在様式を得るための「揺籃」であった。生身の肉体から解き放たれた意識は、量子ホログラムの海に保存され、**“オーバーワールド”**と呼ばれる次元へと移行する。オーバーワールドは単なる仮想空間ではない。時間も空間も任意に屈折させられる、極限まで演算された情報世界である。そこでは一人の魂が無数の世界を歩み、無限に近い選択肢を持ち得た。


やがて人類は二つに分かれた。

ひとつは肉体を捨て、オーバーワールドで暮らす者たち。

もうひとつは、肉体を保持し続け、なおも物質世界に留まる者たちである。


肉体を持つ者たちは「管理者(Custodians)」と呼ばれた。彼らはエーテル・ノードの外郭に居住区を構え、恒星からのエネルギーを効率的に収集し、内部で稼働する膨大な演算システムを監視し続けた。管理者たちは決して多数ではなかった。人類全体のわずか数パーセントにすぎない。だが彼らの存在がなければ、オーバーワールドそのものが維持できず、魂は情報の海に溶け、やがて消失してしまう。


一方で、地球上にもなお人類は残されていた。青き惑星は長い気候変動と環境変化を経ながらもなお姿をとどめ、そこに根ざす人々は「地上の証人(Witnesses)」と呼ばれた。彼らはエーテル・ノードの直接的な管理には関与しなかったが、人類がかつて肉体を持ち、大地に根ざして生きていたことの証そのものであった。彼らの文化や言語は極めて多様化し、もはやオーバーワールドの住人には理解できないほど断絶していた。しかし、それでも彼らが生きているという事実が、オーバーワールドの人々にとっては拠り所となっていた。


エーテル・ノードは単なる機械ではなく、「境界」に立つ存在であった。

内側には無数の魂が浮遊する情報宇宙。

外側には冷え切った虚空と、かろうじて呼吸を続ける肉体の人類。


その境界を保つため、管理者たちは時に外部活動を行った。太陽系外縁に設置された送電衛星群の点検、宇宙線や重力異常の観測、そしてノード外壁に付着する微小隕石群の除去。彼らの仕事は決して華やかではなく、また繁栄を約束するものでもなかった。しかし、そのすべてが「魂の永続性」という一点に帰結していた。


オーバーワールドに住まう者にとって、時間はすでに意味を失っていた。百年は瞬きの間に過ぎ、千年は短い夢のように流れた。そこで築かれる文明は常に流動し、記録は保存されても体験そのものは薄れていく。そんな彼らにとって、肉体を持つ管理者や地上の証人たちは、もはや“過去を憶えている者”として存在するにすぎなかった。


だが、人類は本質的に「忘却に抗う生き物」であった。

忘れたくない記憶、消えない痛み、そして誰かを思う感情。そうした曖昧で非効率なものこそが、オーバーワールドを単なるデータベースではなく「生命の場」として成立させていた。


エーテル・ノードは、それらすべてを包み込む巨大な媒介であった。

光を集め、熱を冷却し、魂を演算し、世界と世界をつなぐ。

無機質な金属と数式の連鎖にすぎないその装置は、いつしか人々に「人類最後の揺籃」と呼ばれるようになった。


そこに眠るのは、肉体を失った魂の群れ。

そこを守るのは、肉体を持ち続けた者たち。

そしてその外に広がるのは、いまだ沈黙をやぶらぬ宇宙の闇であった。


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