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3.春立つけふの風やとくらむ

「私の父は三春インテリジェンスの社長。と言っても知らないと思うけど、AI開発特化のベンチャー企業なの」


 壱馬と環希は『ながと』から発射管制塔へ移っていた。巨大なモニターの前に段々畑のように机が並べられ、その上にはパソコンが並んでいる。今は数名の人が席に座りパソコンを睨んでいるだけである。

 その様子を密封されたガラス窓で区切られた隣の部屋から眺めていた。


「アメノミナカを制御したり操縦者をサポートする汎用知能を開発しているの?」


 壱馬の言葉に環希は首を振る。


「分類すると、いわゆるストロングAIってやつかな? つまり、人間のように自律的に思考し、学習する知能の完成を目指しているの。私たちは人の持つ機能すべてをコンピュータ上でエミュレートすることで、人間を生み出す……そういうアプローチで研究をしていたの」


 環希は汎用知能が「感じ、考え、悩み、意思を持つ存在」とは限らないという見方もある、と付け加える。


「環希も働いているの?」


 彼女はあいまいに頷く。


「うーん、お小遣いはもらってないけどアルバイトみたいなものかな。お父さんの手伝いでプログラミング……といっても生成されるソースコードの修正や改造をしていたんだけど」


「それで生まれたのがオウカ?」


 壱馬は先ほど見たオウカの手の感触、投げかけられた眼差し、生々しい唇を思い出した。実際に彼女がその場にいたわけではない。彼女はアメノミナカに搭載されているコンピュータなのだ。ヘッドマウントディスプレイに投影されたVR映像に加え、触覚や視覚の情報を伝える神経パルスに補正をかけ現実との境界を消してしまうことで現れたのだ。

 視線を管制室から環希に移すと、彼女がじっと壱馬を見つめていることに気付いた。


「壱馬くん。お願いがあるの」


 環希は呟いたあと、お腹の前で重ねた手を見つめるようにうつむいて黙り込んだ。その手がきつく握られる。壱馬は返事の代わりに彼女の表情を見つめたまま息を飲む。


「私たちのプロジェクトに加わって欲しい。アメノミナカに乗って宇宙へ行き小惑星アポカリプスの軌道を変えてほしい」


 あまりに突拍子もない環希の言葉に壱馬は驚く。


「へ? なんだって僕が。それに、そんなの万博用の展示ロボットがすることじゃないだろ……」

「展示ロボットと言ってもハリボテじゃないから。展示は資金調達の一環。そこは各企業が宇宙活動をテーマに心血注いだロマンだからっ。それで、衛星軌道上には国際太陽光充電ステーションがあるのは知っている?」

「う……うん。確か化石燃料の代替用のエネルギー研究だとか……。でも、蓄電したエネルギーを地球に送る手段の開発が遅れて……」


 環希に突然話をふられた壱馬はしどろもどろに答える。いつまで経っても蓄積されたエネルギーは地球に送られてこない。完全に研究が頓挫して放置されている状態だ。建設にかかった膨大な費用の回収を見込めなくなり世間からは大顰蹙(ひんしゅく)を買っているのだが、この施設にはその関係者がいる可能性がある。迂闊なことは言えなかった。


「そのエネルギーをアメリカが打ち上げるダイオード励起れいき固体レーザー──通称DPSSを使って小惑星に照射し、惑星の軌道をずらすの。宇宙空間で組み立て作業が必要なのと、なにせぶっつけ本番だから射軸の修正を適時おこなわなければならないの。そういった制御ができるのはアメノミナカとオウカしか考えられない。……と言ってもアメノミナカもプロトタイプなんだけど」


 理解が追いつかずに黙っていると、環希は両手を胸元まであげ、否定をするように小刻みに振る。


「ち、ちがうの。市販の工業製品ではなくて、通称クラーケンといって軍事目的に研究されたレーザー砲なの。それを照射し小惑星の表面をピンポイントで蒸発させ、その反動アブレーションによって小惑星の軌道を地球外にそらすの。小惑星が岩石型であることはわかっている。その組成の分析は進んでいるけど、あくまで推測だから。これを実地で補正し、最も効率的に推力を生み出す波長にDPSSを調整するにはオウカの自律した知性と演算能力は不可欠なの」


 壱馬はますます理解が追いつかなくなったが、質問を重ねても混乱が増すだけのような気がした。


「それに失敗したら……」

「ロシアが打ち上げる高出力核ミサイルを小惑星にぶつけて軌道を変える。ぶつけるといっても衝突前のもっともインパクトのある瞬間に炸裂させなくてはならない。その軌道修正や起爆のタイミングを手動(マニュアル)操作(オペレーション)できるのもアメノミナカとオウカ以外に考えられない」

「ふぅむ……」

「あっ、気づいたと思うけど、これはあくまで最終手段。使用すれば小惑星が粉砕され、地球への影響がさらに不確定になるリスクがあるから……」


 環希は慌てて言葉を付け足した後、壱馬の反応を伺うように見上げた。もちろん彼は高出力核ミサイルを使用するリスクなどわかっていなかった。

 相変わらず環希の眼差しは壱馬にロックされている。彼は慌てて咳払いして、その熱を帯びた視線を振り払った。


「……そういうことなら、そういった作業は尚更訓練されたパイロットがすることなのでは……」


 さらには環希もまた父親の手伝いをしているだけで、そういった人事権を持っているとは思えなかった。


「アメノミナカは万博用のデモ用に作ったロボットだから、正式なパイロットはいないの」

「それでも宇宙飛行士はいるんじゃ……?」


 その言葉に環希が唇を歪め視線を下げる。


「実はアメノミナカによるこの計画はオウカが一人いれば賄える。だから当初はパイロットなしで宇宙へ送り出す計画で進んでいた」

「だったら……」

「本当ならアメノミナカにはオウカが開発した制御システムを組み込む計画だったの。でもこの事態になってオウカを組み込んで制御を頼む以外の選択肢は消えた。彼女の制御がなければアメノミナカは立ち上がることもできない」


 環希が唇を噛みしめる。


「でもオウカは宇宙へ行くことを拒否したの。使い捨てとして作戦終了後に宇宙に放棄される可能性を考えたんだと思う。誰かと一緒じゃないと嫌だと……」

「オウカはコンピュータなんだから、複製を作るとか命令に従うように書き換えるとかはできなかったの?」

「それもオウカは拒否している。彼女の思考、演算能力は私たち人間の能力を大きく超えている。彼女は自身の土台となるオペレーションシステムから再構築し、プログラムの最適化と暗号化を行い、誰も手を触れることのできない領域にいる存在となった。私たちにできることは彼女を物理的に停止させることだけ。それに……」

「それに?」


 環希は唇を噛み、顔を歪める。


「私は彼女をプログラムとして扱いたくない」


 その言葉で、壱馬の脳裏にオウカの赤く結んだ唇が生々しく蘇った。


「制御をオウカに任せるなら、宇宙空間での作業に慣れた、もしくは訓練を受けた人をパイロットに充てようとしたんだけど、アメノミナカに乗り込むパイロットをオウカはことごとく拒否している。でも壱馬くんは違った。だから協力してほしい」


 環希が深々と頭を下げた。

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