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ルーナマリア、仕掛ける

 ヴィオラ殺しについて、裁かれることがないと私の言葉通りになったことで、エミィはさらに私への信頼を高めていった。


 現在、彼は妹を呼び寄せるための準備を進めている。闇ギルドの人間にバレないように、タイミングをよく見計らわなければならない。


 すべての条件がそろったときに、ようやくエミィの妹は助けられる。移動に耐えられるだけの体力があるかもわからない。私は早急に、妃としての地位を確立し、辺境の村へと名医を送り込む算段をつけなければ。


「ということで、手紙を書くわ」


 エミィが帰ってきたのだから、女官たちは不要だ。四六時中ついていられるのも息が詰まると言って、他の皇族たちのところへ追いやっている。私のところに寄越される連中など、たかが知れているので、ひょっとすると、向こうで虐められているかもしれない。特に、マリアナ皇女のところでは。


 突拍子のない私の言葉に、エミィは「かしこまりました」と、驚きもせずにペンとインクの準備をする。真っ白な紙は、貴重品だ。ペーパーウェイトを指でなぞり、すでに頭の中で完璧に出来上がっている文面を書き起こす。


「親愛なるお兄様へ」という、明らかに嘘から始まる書状である。最初から最後まで、真実などどこにも含まれていない。


 さすがに読むのは気が引けると、部屋の隅で背筋をしゃんと伸ばして立っているエミィは、鼻歌交じりの私を、どう思っているのだろう。


『皇帝陛下は、大切な女官を失った私のことを大変思いやってくださいます。娘ほどの年齢だと言いますのに、三日に一度は私の部屋を訪れ、困ったことはないか、と気遣ってくださるのです。この調子であれば、私は間もなく、陛下との間に御子を授かるでしょう。お兄様、伯父となられるのですよ。喜んでくださいますね?』


 自分で書いていて、うすら寒くなるほどの嘘っぱちだ。皇帝は私の部屋には決してやってこないし、会話だって先日の査問会が久しぶりだ。気を遣うどころか、新しい宮を皇妃に与えることすらせず、放置されていた。


 できたわ、と私に見せられたエミィが、眉根を寄せて微妙な顔をしている。


 私は手を組んだ上に顎を載せ、上目遣いで彼を見やる。メイド服は今日も相変わらず似合う。可愛い私の猫ちゃん。


「これを読んだお兄様は、どう思うかわかる?」

「それは……」


 エミィは馬鹿ではない。女官どころか、皇帝になるための教育を受けているはずのマクシミリアンよりも、おそらく頭の回転が速い。すぐに彼は答えを出す。


「暗殺が難しくなると、焦って……」


 皇帝陛下の寵を得ること、そして彼の血を引く人間を妊娠したとなると、警備はより一層厳重になるのは間違いない。


「エミィは、お兄様には直接報告をしていないのよね?」

「はい。ギルド長に、それも簡単にしか」


 彼はプロだが、年齢通り経験は浅い。そんなエミィでも、生気の感じられない、生きているのかどうかもわからないヴァチュリエ王女・ルーナマリアであれば簡単に始末ができると踏んで、派遣されてきた。


 簡単な仕事に、未熟な暗殺者。人を育てるのならば、どれほど小さいことであっても、報連相が大切であることを実地で教えなければならないのに、それを怠った。


 エミィは、城への潜入は完了したことは伝えていても、細かいことはごまかして報告していた。彼は手紙を各部署から集めたり配達したりする部署に配属されたと適当な嘘をついていたのだ。妹を人質にして、罵りながら命令をしてくるギルド長を、信用できなかったからだ。


「あなたは資料通りの、無気力な少女ではないと感じましたので」


 愛の告白でも聞いている気分だ。


「あら、そう? ふふ、私は何の力も持たない人間よ?」


 女神の命令を受けていても、特別な力は何もない。思い切り殴られただけで怪我をして、打ちどころが悪いと死ぬし、病気もする。ほら、ただの女の子だ。


「お父様は、すごく短気でいらっしゃるの。そしてお兄様に、あれこれとご命令になるわ」


 兄への手紙は、父の知るところでもある。暗殺がうまくいかないことで、八つ当たりをされるのは兄・サーランだ。功を焦る彼は、必ずやってくる。帝国の、私のところまで。


 インクが完全に乾いたところで、封筒に入れた。封蝋、シーリングスタンプは、現代日本では趣味であったけれど、この世界では現役で利用されている。


 皇族の紋章は決まっているが、嘘八百を並べ立てているので、検閲をされたくない。かといって、向こうで偽者だと判断されるのも嫌なので、まずは皇族の紋章である剣を象ったスタンプを押しつける。その上から、適当な形のスタンプを押して、ごまかす。二重の封蝋は、見る人が見ればわかる。削ってもう一方の紋章を確認するであろう。


 不自然な盛り上がりができるが、手先が不器用ゆえであると、いくらでも理由付けが可能だ。


 自分でやる作業ではないので、エミィに任せた。こういう細かい作業も、彼はお茶の子さいさいなのである。


「お兄様とは、仲が悪いのですか?」


 道具を準備しているエミィの邪魔にならないように、私はソファへと移動した。慎重に蝋を取り扱いつつ、彼は質問をしてくる。


「さぁ? 向こうでの私は、自我がないようなものだったから……」


 ない、というか私の自我ではなかった。神を下ろすことができる、ルーナマリア本人に、自意識が備わっていたかどうかは甚だ疑問である。私の頭の中にあるのは、サーランへの感情ではなく、知識でしかない。


「兄という存在は、可愛くないわよねぇ……弟だったら、可愛かったでしょうに」


 日向瑠奈には、弟がいた。小さな頃は「お姉ちゃん、お姉ちゃん」と後ろをくっついてきて、可愛かった。


 可愛いものは、ついつい虐め倒したくなっちゃうから、嘘知識を与えてみたり、遊びに行った先でわざとはぐれて、べそをかいている様子を遠くから見守ったりするなどした。


 成長するにつれて、私のことを「人間として、欠けているものが多すぎる」と批判して、険悪さを増していったけれども、それでも私は、あの子のことが好き。


 そういえば、小さい頃に女の子の格好をさせすぎたことで嫌気がさして、無理矢理ぶくぶく太ろうと頑張っていたわね。まったく、私が気に入っているのは、容姿だけじゃないっていうのに。


「可愛い、ですか」


 封をした手紙を、彼は担当の部署を経由させず、外部の輸送機関に直接持って行ってくれる手はずとなっている。


 女官のが宮中で死んだというショッキングな内容を、外に漏らすのだ。背信を疑われるのも面倒なので、私企業を仲介するのである。


 どこか不満そうな彼の頬に、私は手を伸ばした。


「あら、ふふ。エミィもじゅうぶん、可愛いわよ」

「可愛いと言われて、喜ぶ男はいませんよ……」


 そういう言葉の裏側には、隠せない喜びが滲んでいた。




 査問会後、私は引きこもり生活を脱した。第三皇妃用の屋敷の準備のためである。もちろん、引っ越しだとかそういうのは、文官や力仕事の得意な武官たちが行うのだが、現状、その前段階の状態だ。私が嫁いできて、もう数か月、冬の寒さが差し迫っている。なのに、このありさまである。


「あら、そのお話はもう終わったのではなくて?」


 エミィを背後に貼りつかせた私は、国内の資金繰りを一手に担う財務大臣と向き合っていた。それから、ことなかれ主義の内務大臣と。


「しかし、ルーナマリア様。新しい建造物となりますと、予算が……」


 グーツァ帝国は、この世界で一番広大な領土を持つ。土地が広いということは、産業の種類も多い。豊かな実りがあるにも関わらず、財政はひっ迫している。ひとえに、この国を率いる男たちが、歴代そろいもそろって戦争屋であることが原因だ。


 戦勝国として、賠償を得たところで、民には目に見える形で還元されない。


 女が帝として立っていたとしたら、少しは違ったかもしれない。想像の話だから、わからないけれど。


 第三皇妃のための宮殿は、既存のものを修繕するか新築すべきかという議論は、終わっていた。今回、不愉快な思いをさせられ続けてきた私に、お古で我慢しろというのか、誠意が足りないのではないか、と主張した。


 自室で殺人事件が起きたばかりだ。セキュリティにこだわるのは当たり前。下げ渡されようとしている邸宅をエミィと一緒にチェックしたが、「穴だらけですね。五分とかからず仕事完了です」と言われるほどの、ザルであった。


 こんなところに恐ろしくて住めるわけがありません、と脅したりなだめすかしたり、時には涙を浮かべて新築の許可をもらったばかりであったのに、こんなにもすぐに翻すのか。


 小さく溜息をついて、「……ヴァチュリエ王国からの支度金は、どうなったのです?」と、尋ねた。財務大臣は、ぐっと詰まる。新生活のために用意されたお金は、ヴァチュリエ王女であったルーナマリアに使われなければならない。使途不明金にするなど、もってのほか。


 相当な金額を、父は用意していた。支度金の額面が、親の愛情を測るバロメータになっているらしい。すぐに殺してしまう娘に対しては多すぎたが、これは、あまりにも短い新婚生活で、そっくりそのまま返ってくるという計算だったのだろう。


 思い通りにさせてたまるか。きっちり全部使い切ってやるのだ。


「あら? 本当に、何に使ったのかわかりませんの? おかしいですわね。私、ここに来てから、そんなに高いものは購入した記憶がないのですが」


 何せ、高価なアクセサリーには興味がないもので。


 次に顔を出すまでに、調査と報告を命じると、私は部屋を出た。


「この調子だと、引っ越しはいつになることやら……」


 溜息交じりで城内を歩く私の背に、「ルーナマリア妃!」と、大きな声がかけられた。振り向けば、マクシミリアン殿下である。


 査問会以来であると記憶しているが、だいぶ痩せてしまったようだ。これまではすっきりと整え得られていた前髪が、はらりと額にかかっている。


「ごきげんよう、殿下」


 無視するわけにもいかず、私は会釈に留めた。近づいてきた彼が距離を詰めすぎると、すかさずエミィが間に入る。


「何か、ご用でしょうか?」


 首を傾げて問いかける。本当に何もわからないという顔をする。含みを持たせない、純真な子どもの表情だ。とっくに純潔を失い、人を死に追いやった人間とは思えない顔を作り上げる。


 マクシミリアンは、毒気を抜かれたようだった。こんなあどけない表情をする女が、自分の関与に気づいているはずがないと、気を取り直した。


「あ、ああ……いえ。お見かけしたので、挨拶を、と思いまして」

「そうですか」


 ならば用事はこれで終わりだと打ち切って、私は彼に背を向けた。


「あ、ま、待ってください」


 振り返る。為政者は、いつどんなときも堂々としていることも仕事のうちだ。上に立つ者が不安そうにしていたら、民はついてこない。


 やっぱり、放っておいても次代で帝国の勢いはだいぶ削がれそうだ。


 ……いや。


 不意に、マクシミリアンの背後に控える男が目に入った。いつも皇太子に付き従う男だ。名前すら記憶に残っていないが、この男はなかなか切れ者のような気がする。


 男はマクシミリアンに耳打ちをする。何を言われたのかまでは聞こえなかったが、先ほどまでの自信なさげな態度は、少し鳴りを潜めた。


 こういう男が、マクシミリアンの治世に口を出すとしたら、皇帝は傀儡であっても繁栄する。その場合は、大人の男だと従順さを失ったときに大変だし、後継ぎがある程度成長したら、さくっと殺してしまうだろうけれど。少なくとも私なら、そうする。


 やっぱり今の皇帝が在位中に、滅ぼしておくべきかしらね。


 呼び止めた割に、マクシミリアンの話には中身がなかった。女官を失った私を励まし慰め、外に遊びに誘う不届き者である。だから私は、あなたの父親の妻なんだってば。どうしてわからないのかしら、このロリコン。


 皇太子から解放された私は、疲労を隠さずに部屋へと戻った。


「あら?」


 部屋の前には、見知らぬ女官がいた。新しい人かと思ったが、私の要望とは違い、年齢はだいぶ上だ。また皇妃たちの嫌がらせかと一瞬身構えるものの、彼女は礼儀正しく一礼をすると、「ペネロペ様からのご招待でございます」と、手紙を寄越した。


 すぐに去らないということは、この場で返事をした方がいいのだろう。私は彼女を招き入れると、机の引き出しの中にあるペーパーナイフを手にする。途端に、エミィに奪い取られてしまった。


「ルナ様の手が傷ついては大変ですから」


 と、なんとも過保護である。


 部屋の隅に畏まって立っている女官を待たせるのもしのびない。エミィに開けてもらって、中身を読む。


 丁寧な性格が滲む細い筆記によると、明後日神殿に行くが、一緒にいかないか、というお誘いであった。そういえば、そんな約束をしていた。ヴァーチェ女神にこちらからコンタクトを取ることができるかもしれない、と思ってのことだった。


 私のもといた世界について聞くためだったが、今はそれどころじゃない。面倒になってしまったな、と思ったが、私は「喜んでお受けします、と姫には伝えてちょうだい」と、にっこり笑った。


 皇族の女が自由に外に出られる機会はほとんどない。情報はいくらあっても困るものではない。ゴミみたいなものもあるけれど、そんなものは忘れればいいだけだ。


 あのお淑やかなペネロペと、人見知りだというエレーラが、外でいったい何を感じ、何を語るのか。


 私には興味があった。



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